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特集・実用を超えた実用本



時間を超えて「実用本」は光り輝く 南陀楼綾繁

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 五、六年ほど前に友人たちと北海道に旅行したとき、札幌の郊外に「明治村」みたいに昔の建物を移築した野外博物館があると聞き、バスに乗って行ってみた。「北海道開拓の村」という名前のその場所は、「野幌森林公園」の一角をかなり広く使って、明治時代の銀行や新聞社、農家などの建物が移築・復元されており、村のナカを鉄道馬車が走ったりしていた。

 その一軒に、大正か昭和初期の札幌の洋風住宅があった。住人は医者だか銀行員だか忘れてしまったが、それなりのインテリで高収入の人物だったろう。家の中まで上がって、居間や寝室を見て回り、小さな本棚を見つけた。果たして住人が残したモノかどうかはワカラナイが、そこに詰まっているのはたしかに明治から大正にかけて出版された本だった。

 どんな本があったかはほとんど忘れてしまった。強烈に覚えているのは、谷孫六が書いた金儲けの本が何冊かあったことだ。谷孫六というのは、現代で云えば邱永漢みたいなヒトで、昭和四年頃から『岡辰大福帖』『儲けた人々』『生きた富豪術』『金作りの秘訣百ヶ条』『世渡り秘訣百ヶ条』などの本を乱発している。それと、「サラリーマン」というタイトルが付いた本が一冊あった。『サラリーマン貧乏物語』とか、そんなの。この開拓の村のサイト(http://www.kaitaku.or.jp/)で検索してみると、ぼくが本棚を見たのはどうも大正期の家だったらしく、そうなるとホントに居住者の蔵書だったかは怪しくなってくるが、それはさておき。

 そのとき感じたのは、「なんだ昔のヒトの本棚にもワリとこういう本が入ってたんだな」ということだ。「こういう本」というのは、親父が買っていた『祝辞の述べ方』だったり、祖母の本棚にあった『手紙の書き方宝典』だったり、つまりは何らかのテーマでの「実用本」だ(「実用書」よりも「実用本」の方がどことなく暢気な感じなので、主にコッチを使わせてもらおう)。こういう本を見るたびに、「ショボイなあ」「どうせ使わないのに」と思っていたが、なに、自分が買ってた本だって、『切手の集め方』とか『簡単工作法』なんかだったのだ。

 そういうショボイし、あまり人様にお見せしたくない本が、戦前にも結構出ていて、それを買って本棚に納める人たちもいたんだという、親近感のようなものが湧いてきたのだった。

中略

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「実用本」はタイトルだけでもおもしろいが、中身も相当オカシイ。

 たとえば、『美人になるには』(『婦人倶楽部』昭和八年五月号付録)は、美髪法、化粧法、着付け法、身のこなし方にわたって、各界の先生方が事細かに解説しているのだが、本文に入っているイラストに書き文字で、「頬紅を上の方へぼかしあげます」とか「肥った方はワンピースに限ります」などと入っているのを見ると、妙に楽しくなる。婦人雑誌の付録は、定番の廃物利用法やら女性の就職法やらいろいろあるが、本文のほか、キャッチコピー、写真、イラスト、広告、レタリングとすべての要素にわたって愉しめるスグレモノである。

 石角春洋『人をチャームする応接の仕方』(九段書房)という本は、序文では「兎角今日の社会では、(略)須らく立身出世を為さんと欲する人は交際秘訣の要件を研究せなければならない、まして短時間の中に応接を為し完全に交際を為さんとするには、人心観破的交際術を会得し之を各場合に応用するときは僅か五分間の短時間を以て円満に其目的を達することが出来るのである」とむやみに忙しがっているが、具体的な応接の相手となると、「先生」の次が「馬鹿」「債権取立」「小娘」「暢気者」とどうでもイイ対象ばかり。暢気者を「チャーム」してどうする。

 これらの「実用本」は、発行された当時でも、読み物として楽しく読まれた形跡があるが、発行後五十年も六十年も経った現在のわれわれが読むと、時代の変化がまるまる感じられて余計にオモシロイ。当時の最先端の知識がいまではとんでもなく時代錯誤だったり、逆に変わらない共通の要素を見つけることができたりする。扱われている題材も卑俗で具体的なものばかりだから、抽象的な哲学書などに比べて、自分にひきつけて考えやすい。

 いい具合に年月を経た「実用本」は、納戸の奥から発見された梅干のように、得も云われぬ魅力がある。寝かせておいた本を世の中に引っ張り出してくるのは、古本屋だ。だから、古本屋と「実用本」は相性がいいということになる。さすれば、わが「sumus」が「実用本」特集を組むことに、なんの不思議があるだろう。諸兄、心してこの特集を熟読し、須く「実用本」の深遠を理解すべし。
(以下本誌にてどうぞ)
    


  

南陀楼綾繁 * 時間を超えて「実用本」は光り輝く

田村七痴庵 * 実用の日本

串間 努 * 「実用雑誌」研究

近代ナリコ * 超・実用書読書術

松本八郎 * 晃文堂の欧文活字見本帳

南陀楼綾繁 * 大正の何でも博士−加藤美侖のこと

生田 誠 * 海を渡った実用書−海外旅行ガイドブック

扉野良人 * 『山羊の歌』の作り方−「同人雑誌と詩集出版の実際的知識」を読む


HOW TO COLUMN

パッケージ工作

歌手になるには

英会話かるた

「その他」専門のオンライン古書店
 

 

両切り紙巻きタバコ「ゴールデンバット」は、明治三十九年(一九〇六)に発売されているが、名前にちなんだ「コウモリ」のマークで親しまれている。「あの黄金の翼と若草の様な緑との配色、見た目の美しさ、愛らしさの上から、又利用価値の点から考へて、それは捨てるには余りにも惜しい小箱です」と、『バットの手工』(日本玩具協会、昭和七年)の著者・本多功は云う。このバットの箱の図案や配色をうまく利用しての「手工」は、たんなる廃物利用を超えて、一種の芸術となるのだ、と。著者は同協会から『おりがみ』全二巻も出しており、「近代折り紙草創期に活躍した折り紙作家」だという(「折紙探偵団」http://www.origami.gr.jp/)。(パッケージ工作より)




BOOKSCAPENAVIGATOR 8

串間 努さん



聞き手 河上進 + 荻原魚雷

 串間努さんは、一九六三年、千葉市生まれ。大学中退後、スーパーの店員、長野の観光バスの車掌など数々のアルバイトを体験する。一九九四年、「昭和B級文化の記録」をめざすミニコミ『日曜研究家』を創刊、九六年にはじめての単行本『ザ・おかし』(扶桑社)を刊行した。その後も、『まぼろし小学校』(小学館)、『子供の大科学』(光文社文庫)など意欲的なテーマの書き下ろしに取り組んでいる。

 ぼくが串間さんと出会ったのは、九五年頃。前にいた出版社で『年表で見るモノの歴史事典』という企画本を編集していたときで、その広告を見て、串間さんが電話をしてくれたのだ。ぼくはその数日前に、偶然、『日曜研究家』というミニコミを手に入れていた。秋葉原の「メトロ」という喫茶店で出会い、何時間も話した。その次に会ったときには、『日曜研究家』で「帝都逍遙蕩尽日録」という日記を連載するコトが決まっていた。南陀楼綾繁という名前を自分のミニコミ以外で使ったのは、それが最初だった。

 その後も、雑誌の発送作業を手伝ったり、コミケに出店したり、古書展に行ったりと付き合いが続き、九九年には串間さんの編で、ぼくや扉野良人さん、近代ナリコさん、いまやマンガ原作者の大西祥平さんらが原稿を書いた『ミニコミ魂』(晶文社)という共著を出すことができた。

 串間さんはその後も書き下ろしを中心に著作活動を続けている。近著に『ザ・駄菓子百科事典』(扶桑社)がある。また、青梅にオープンした「昭和レトロ商品博物館」の名誉館長、レトロ系ポータルサイト「まぼろしチャンネル」(http://www.maboroshi-ch.com/)のプロデューサーでもある。

 今回の特集を「実用本」に決めたとき、インタビューしたいヒトとして、真っ先に串間さんの顔が浮かんだ。「レトロ」とか「昭和B級文化」という切り口での彼へのインタビューは何本もあるが、子どものときに読んだ本や、物事のディティールにこだわる性癖がどうやって生まれたかをきちんと聞いてみたかった。少年時代に「実用本」の魅力にとりつかれ、のちに「実用本」の送り手になった串間さんの「実用本」人生をダイジェストでお届けしよう。

 


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