

敗戦直後、無数に出版された安直な出版物が好きだ。紙も露骨に粗末で、印刷、裁断、製本、いずれをとってもきわめていい加減、さらに悪いことには、内容もほとんどが戦前の再版・焼き直しでしかない。そんな本のいったいどこがいいのだ? 面と向かって尋ねられると、答えに窮するが、口ごもりながら、そして少々照れながら、あえて応えれば、出版に対する「情熱」だろうか。
もちろん、刷れば売れるという状況も一時的にせよあったことも事実だ。金目当ての出版人も大勢いたことだろう。それはそれとして、雑誌がどんなに売上げても次号の紙代でほとんどが消えてしまうような、非常に限られた状況下であえて出版に志すというのは、やはり大きな冒険ではなかったろうか。そもそも小出版社の歴史というのは、ときにオアシスのようなものがそこここに見つかるとしても、荒涼たる風景の連続である。そのまるで墓標で埋まった原野へ乗り出してゆくに等しい旅、それを支える自信過剰の楽観と意気込み、それらが何にも代え難い魅力を、触れれば今にもパラパラと崩れそうな、あの書物群に与えているような気がするのである。
そのような無数の小出版社のなかから、前回、本誌第4号では、甲鳥書林、臼井書房、世界文学社、全国書房、ぷろふいる社を取り上げたわけだが、予想外の好評をいただいた。そこでさらに第二弾として、敗戦直後に限らず、高桐書院、三島書房、第一芸文社、蜘蛛出版社、書肆季節社、牧野書店、婦女世界社、に加えて、幻の再興ぐろりあ・そさえてを選んで特集とした。紙数の都合もあり、実際に各社に対する情報が極端に少ないこともあり、十分な出版社研究とまではいかないけれども、荒野をめざした各社各様の冒険ぶりと熱い「情熱」を堪能していただければなによりである。[林哲夫](以下本誌にてどうぞ)

「彷書月刊」を読みはじめた一九九〇年代後半。「河内紀」(かわちかなめ)という、池内紀のそっくりさん(ごめん)みたいな名前のヒトが「うーむ、なるほど」という不思議な連載をやっていた。文庫本の書き込みをもとにその本を手放した人を推理したり、台湾美術展の新聞記事のスクラップを読んだり、あの杉浦茂と同姓同名の、でもやはり漫画家の杉浦茂のことを調べたりと、一冊の本の内容だけでなくその外側にずるずるとハミだしていくものだった。「その本が出版されたときに背負っていたもの、それを嗅ぎつける」ことを、学問的に追求するのでなく、あくまで「あそび」として愉しんでいるトコロがあって、このヒトはいったい何者なのか、と思った。
その後、河内さんがかつてTBSラジオにいて、現在はテレビ番組制作会社にいること、鈴木清順の映画『ツィゴイネルワイゼン』(一九八〇年)の音楽監督だったことなども知り、ご本人とときどき古書展で顔をあわせるようになったのだが、それでもぼくにとって未だ不思議なヒトであることは変りがない。ちょうど、『ラジオの学校』(筑摩書房)という新刊も出たコトだし、河内さんの話を聞きに行こう。『ツィゴイネルワイゼン』の頃から知り合いだという月の輪書林の高橋徹さんも誘って。
三人が集まった場所は、三軒茶屋は三宿交差点の辺りにある「江口書店」だった。河内さんが『古本探偵』(北宋社)の献辞に「江口書店とその古・雑本たちに――」と書いた、あの店である。(以下本誌にてどうぞ)