裾野ラグビースクール

裾野ラグビー史


トヨタ東富士ラグビー同好会 回顧録 

2005年の春、自分がラグビー競技に関与していることを不思議に感じながら、過去の記憶を辿ってみる。

私とラグビーの出会いは昭和46年、トヨタ東富士ラグビー同好会が発足した時から始まる。トヨタ自動車ラグビー部所属の所憲之さんが、本社から東富士へ転勤されたことにより、夢と希望を我々に与えるために行動した結果である。当時の上司から「津江月ラグビーをやってみないか?」の一言から始まった。「ラグビー?どんな競技だ?自分に出来るのか?」様々なことを感じながら了解した。元々、運動音痴寄りであり、ルールも知らない、競技を見た事も無い自分にとっては、未知の領域であった。練習は昼休みから始まった。

職場の片隅で仲間と共にボールに触れるのが楽しみで、パスやキックの練習を繰り返し、思い通りに出来ると本当に嬉しかった。就業後はグラウンドでの練習。当時の裾野市(駿東郡裾野町の時代)は、生活、交通の面では現在からは想像もできない環境であり、寮と職場の往復が主たる行動範囲だった自分にとって、変化のある活動であった。

経験者が稀有で発足した同好会も、やがて経験者が加わり始め、試合をする機会が増加してきた。県大会への参加、東海大会への出場、東海リーグへの加入。チームとして活動範囲が広がった。全てが順調な訳ではなかったが、チームとしての成長があった。勿論、チーム内では練習方法や考え方に誤解が生まれることもあった。しかしメンバーの協力で乗り越えた。又、過酷な体力消耗や所さんの負傷等、辛い事も多くあった。一緒に活動した仲間との別れも有った。職場を去った北岡さん、高山君、石神君、家治君、小原君・・・元気で過しているかな?

最も良い思い出として残っていることが、2つ有る。1つはトヨタ自動車ラグビー部と公式戦で戦えたこと。普通では考えられない対戦である。社内の広報誌にも掲載された。結果は推して知るべしだが、不安に感じながらもワクワクしていた気がする。もう1つは県大会で初めて優勝した時である。当時の浜松基地には何度戦っても勝てなかったが、遂に勝利を収めた瞬間であった。その夜は大騒ぎしたなぁ・・・。

おっと、一番大切なことを忘れていた。それはラグビーを通じて今の妻と出会い、一緒に人生を歩んでいることかな?妻との出会いが、3人の息子の成長が、その後の自分を支えてくれていると感じる。結婚を機に練習にも参加しなくなったが、若い日の思い出として心に残っている。

以上、第一部終了。