モンテアルバン

古代サボテカの祭礼モンテアルバン

メキシコの魅力を凝縮したような町オアハカ州の州都オアハカから車で20分の
ところにある遺跡がモンテ・アルバンです。
紀元前500年頃から建設が始まった中央アメリカ最古の遺跡です。
マヤ文明が栄える前に最も高度な文化的水準を誇っていたサボテカ人は
400m程の山の頂上を平坦にして建造物を築きました。

それをさらに取り囲むようにして、北の大基壇 南の大基壇をはじめ
ピラミッドの神殿や球戯場などが建てられています。
踊る人々の神殿

この遺跡で有名なのが 『踊る人々の神殿』とよばれている
大きな石に踊る人の様子を彫った
レリーフが刻まれたものです。

「踊る人々」といえば 誰でも「楽しくて踊る」と思いますが どの石の彫刻も楽しくありません。
写真の中央の人の表情を見ても分かりますが、口はあえぐ様に力なく開いており、目は輝きがなく
生命の息吹が感じらません。ガイドは「捕虜の人や拷問される人たちです」と説明しましたが
なぜ捕虜ばかりをこんなに沢山 彫刻して残したのか疑問に思います。
中には局部から血を出しているものもあり 私は権力や軍事力を誇示していることに変わりないが
当時この地に生きた庶民の姿もこれと似かよったものなのかなと思いました。

日差しのキツイ中この広い遺跡の中をガイドの後について歩きましたが 
この地に豊な水源があるとは思えず 宗教的祭礼の建設には過酷な労働を
強いられたことでしょう。 物を運ぶ動物もなく車輪もない時代に
ブルトーザーの代わりに人々は喜んではたらいたでしょうか。 
私の見てきた世界では「人間は信仰のためにここまでやるか」と心うならせるほどの
秀作遺産が各地にありますが それは造る人の心がこもっています。

だから何年たっても観る人を感動させるものだと思います。

どんな立派な神殿を建設しても、恭しく生贄を捧げても旱魃はあります。
旱魃に強い植物を栽培しても人口が増え、飲み水だけでなく下水処理など
衛生面でも困難な生活状態では文化はたもてません。
各地の遺跡がそうであったように決定的な理由はまだ謎のままのこの遺跡も

忘れ去られたのです。
墳墓としてのモンテアルバン

その後 この地へやってきたアステカ人は モンテ・アルバンを埋葬の場として
利用しました。
現在まで170ほどの墳墓が発掘されいくつかの墳墓からは財宝が発見されました。
107号墳墓は男性の遺骸と壷が発見されました。
特に有名な第7号墳墓は1415世紀の貴人の埋葬地で宝石や金銀の財宝も
出土しています。

その財宝や 本物の石のレリーフも オアハカ文化博物館に展示されています。

オアハカ文化博物館

オアハカのサントドミンゴ教会は その一角がオアハカ文化博物館になっています。
主にモンテ・アルバンやミトラなど近郊の遺跡から出土した遺物が展示されています。
中でもこの第7号墳墓から発見された金銀を使ったアクセサリー類は必見です。
メソアメリカでは金や銀を使った装飾品は皆無といっていいほど出土していませんが
そのわずかな例外がミシュテカ人による金銀細工なのです。
地方の博物館とは思えない 展示品も多く必見の博物館です。

第7号墳墓から

第7号墳墓でないが素敵な粘土の芸術出土品

トルコ石の装飾がある頭蓋骨 王が身につける黄金の耳飾
ジャガーの騎士の面 シベ・トテックの黄金マスク
踊る人のレリーフ マヤ文字 脳手術のある頭蓋骨
 
サボテカ族の埋葬品
大きな頭飾り・耳飾・首飾りなど装身具を身につけた人
ポッサム(神格化された動物)
メキシコの魅力を凝縮した町オアハカ

オアハカ州は先住民の比率が最も高い州で民族衣装や民芸品などの宝庫です。
露天もあり売り手も買い手もカラフルな民族衣装を身にまとい
まるで古代メキシコにタイムスリップしたよう光景です。

賑やかな市場
貴人と従者の遺骸と財宝が発見された第7号墳墓 墳墓発見者
神殿の入り口のレリーフ 踊る神殿の内部のレリーフ

オアハカの伝統の図柄

真ん中の図柄エストゥレジャ(星)
真ん中の図柄エストゥレジャ(星) ミトラの遺跡に似た模様
民族衣装を着てゲラゲッア踊り
踊る人々の神殿  墳墓としてのモンテアルバン
オアハカ文化博物館 魅力の町オアハカ ゲラケッアの踊り