数々の病気で何度も入院した私ですが、やはり(一応)女である以上子宮全摘出手術はても辛い出来事でした。
筋腫のみ摘出の手術後3年で再発、そして2回目の手術。あきらめもつき、退院の二日前に様態が急変。
その時の様子を書いています。今、子宮筋腫でお悩みの人がいましたら恐がらずに婦人科に行き検査を
お勧めします。私みたいにひどくならないように・・・・
同じ病気を克服された人のHPをリンクさせて貰ってます。是非ご参考下さい
□■□闘病日記□■□
*最初の手術から再発まで*
<<平成10年4月>>
鳥取にて子宮筋腫が見つかり個人産婦人科から紹介状を貰って総合病院に行った。
そこで手術日も決まっていたのに入院直前に「麻酔科の先生が当日いないので変更します」と言われ・・・
不信になって・・・お世話になっていた別の病院の院長に相談。この院長は大学病院の麻酔科の
助教授を辞めてホスピスケア専門の総合病院を開設。町の有力者の話では「出世欲やそういったものを持たない人」と
と言われていた。それだけに患者のケアには定評があった。
最初に手術予定だった総合病院は大学病院から麻酔科の先生が来るので「当日いない訳が無い!」と院長は抗議してくれ
そして大学病院に紹介して下さった。当時婦人科ではとても優秀な先生に見てもらえる事になった。
「院長からの紹介(元助教授)」と言う事で即見てもらえた。
<<平成10年6月初旬大学病院へ>>
手術は7月末の予定で筋腫が大きくならないようにホルモン注射にて生理を止める。
(この治療は最初に受診した総合病院で5月から開始していた)
しかし個人差が有りすぐには生理が止まらない。6月末家族で大阪に行ったとき生理になった。
道頓堀辺りで買い物をしていた時に急に激しい痛み。すぐに帰ったが運転は私。
片道300キロだが途中「院庄」という所で痛みから身体中冷や汗が出て全身が痺れてきて運転を変ってもらった。
そのまま米子道を降りて家に戻らず病院へ直行。緊急入院となりオペも予定より早くなった
☆医師の話☆
筋腫が大きくならないようにホルモン注射したのに大きくなるなんて稀にはある事だが驚いた・・・と(;¬_¬)
<<平成10年7月9日手術>>
手術は無事終了。筋腫のみ摘出予定だったが卵巣にもチョコレート膿腫が出来ていたので卵巣も少し摘出。
手術は約2時間余りで済んだがその後麻酔が覚めず病室に戻ったのは予定より数時間遅れたらしい。
筋腫だけ取ったが再発する可能性は?と聞いたが「解らない。でも全て取るには年齢的に無理がある」と言われた。
更年期障害の苦痛は後に述べるが、「骨粗症」が早く来るので全摘・卵巣摘出は避けたとのこと。
退院までこれといって変った事は無かった。少し胃の調子が悪かった
<<平成10年7月19日退院>>
術後は重労働は避けるように言われた。。。。が!
当時田舎の本家に嫁いでいた私は退院翌日に学校から帰宅して間の無い小学4年の娘が
「洗濯ぐらいなんでできない!女の子でしょう!」
と怒った義理の妹に「自分でしますから!」といきなり大所帯の主婦に戻った。
更に二ヵ月後の9月に稲刈りが始まり「嫁さんはなにしてる!」と下から(2階にいてた私に)
旦那の兄弟の罵声に我慢できず、モンペに履き替えて稲刈りをするはめに・・・・
しかし別にこれといった症状はないまま過ごしていた。
<<平成13年11月>>
生理が少し不順になり個人病院に行った
「子宮筋腫出来てます」といわれた。2個もしくは3個見られますと・・・・
よほど育ちやすいお腹をしているのだろう。経過を見て手術も考えて下さいと言われた
しかし当時の私はその後鳥取脱出の為ひたすら働いていたのでそのままにしていた
<<平成14年2月>>
年が変わり正月が終わってから大阪に戻ってきた私は昔大阪でお世話になった内科医で受診、血液検査を
すると「鉄欠乏性貧血」と言われ数値は4まで下がっていた。
相も変わらず生理痛も出血の量も半端ではなく血液検査の結果を持って近くの個人の産婦人科に行った
「更年期症状を作って筋腫が大きくならないようにしましょう。手術ならうちでも出来るし。」>医者
「筋腫はどれぐらいの大きさですか?」>私
「一つだけだから大丈夫}>医者
・・・・・・?(;¬_¬)?・・・・3ヶ月前の筋腫は消えたのか?????
との不安を残しながらとにかく毎日薬を「鼻から」入れた。それから半年間その病院に通った。
生理は6月から止まった。しかし病院に行っても造血剤の注射と薬を貰うだけで診察は一度も無かった。
(貧血改善の薬は飲むと嘔吐したので注射にて治療した)
<<平成14年11月>>
子宮筋腫再発から1年。個人の産婦人科に行かなくなった・・・つまり薬も切れて生理が始まった。
もともと近所の病院で手術するつもりは無かった。既往症から考えたら総合病院で無ければ無理だと解っていたから。
「うちで切ってあげるよ」と簡単に言う先生に不信もあったから。
<<平成14年12月>>
いよいよ生理の量も半端では無くなった。仕事も息切れがして何度も目の前が真っ白になっていた。
造血剤の注射をしても改善が見られない。
<<平成15年1月>>
生理痛もひどく痛み止めが効かなくなってきた。1回の出血量が夜用のナプキンでも収まらない。
笑い事ではないが真剣にアテント(老人用紙おむつ)をつけて仕事しようかと思うほどであった
当時勤めていた会社は働いて4ヶ月と仕事を覚え始めた頃で夏は忙しいので秋口に手術しないといけないなぁと
呑気に考えていた
<<平成15年2月25日>>
お腹が異常に痛かった。あお向けに寝て下腹部を触ると子宮がわかるほど腫れていた。
これ以上ほっておく事は出来ないと思いかかりつけの内科医に頼み腹部エコーをお願いした。
「大き過ぎる、手術を早急にしたほうがいいと思います。大きな病院に紹介状を書くから決心がついたら来てください」
悩みながらも翌日仕事に行く用意をしていた。朝6時過ぎ立ちくらみをした。気が付けば昼だった。
会社に連絡しなければ・・と思っても目の前が白く話すことも出来ない。トイレに行こうと立ったとたんに生理が
始まった。それは今まで体験した事のない出血であった。床一面血の海になった。
「もう待てない」と諦め翌27日に内科医にお願いして紹介状を貰った。
3箇所の病院から選ぶように言われて・・・・・少し離れた大学病院にしようか悩んだが近い事もありA病院にした。
早速病院に連絡してもらい2月28日総合病院に行った。