ものづくりの魂



戦後日本。
国土は荒廃し、人々は希望も自信も失いかけていた。
幼いころからの夢。
大志を抱く、二人の男がいた。

焼け野原に立つ、小さな町工場。
夢と、希望、それしかなかった・・・。

本田宗一郎と井深大
これは、挑戦と創造のドラマである。


2004年07月08日

会場の新潟県民会館

気温は34度。溶けかかっています(笑)ですが、こんなこともあろうかとまるでウルトラ警備隊の基地のような
地下駐車場にSを停めてきました。多分、衛星写真で見ても、この下に駐車場があるとは思えないくらい、緑
に囲まれた場所に入り口があります。



2004年07月08日

入って一発目

本田宗一郎と井深大が生まれた時代背景。題して「夢の始まり」ああ、もうご両人は近代日本の伝説
と化しているんですなー。



2004年07月08日

本田技研工業社是

うををを!ホンダファンのマグナ・カルタ。この段階ですでに血圧が上昇し始める私。



2004年07月08日

ソニー(東京通信工業)設立趣意書

自由闊達にして。愉快なる理想工場の実現と、日本再建を記した趣意書。プロジェクトXに出てましたね。
当然のことながら、貴重な現物です。



2004年07月08日

展示している製品群

ホンダA型 これは「漆塗り」タンクを装備した「量産型」ですな。色も「量産型」にふさわしい色だし。
あ、「あっ、赤い奴は通常の三倍・・・」とか、お約束のボケは慎めよ!ガンヲタども!(爆)
こいつのプロトタイプ、燃料タンクに「湯たんぽ」を使用していたエピソードは、あまりに有名。



2004年07月08日

社是のタペストリー。

これ、一枚ください(爆)



2004年07月08日

これ、うちにあったよなー。

そうそう、当時はごついマイクが同梱されていて、『録音』機能は必須条件でしたなー。
「ラジカセ」という語句も、久しぶりに聞いた・・・。



2004年07月08日

初代ウォークマン


懐かしいねー。親戚のお下がりをもらったのが嬉しかったなー。このヘッドフォン、当時は「ナウい」
デザインだったんだよー。判るかなー?わっかんねーだろーなー(ショカクヤチトセ師匠風に)



2004年07月08日

行けっ!ウォークマン!


これこれ、すえっちさんが「あのベアークローとかシャキーーン!!って」
「そりゃあウォーズマンでしょ!」(爆)
これだよ。越後勢は・・・。これ読んでる人、苦笑しつつも納得してるよなー。
「越後だねー」って。(笑)



2004年07月08日

ここっ、これは・・・。


この形状のどの部分が「フラミンゴ」なのか、一晩徹夜する意義のありそうなネーミングはさておき、
これって、倒れたときのこと(針もレコードもお釈迦だ)考えたり、レコード盤むき出しで、静電気で
埃が集まってきたりしないか不安だね。
でも、これでDVDとか、CD読める奴出たら買う人いるでしょー(笑) 危険だよー。なんせ40倍速
だと、もう凶器だね(笑)



2004年07月08日

史上、唯一のコラボレート

もう詳しくは説明読んでください。でも、これだけ小さい発電機なら、バッテリーでもいいのでは??
あ、だから市販しなかったのか??



2004年07月08日

この製品には・・・。


HONDAのロゴがついてません。「ソニーのために作ったのだから」と、いうことだそうです。



2004年07月08日

これも初めてみましたなー。


これもプロジェクトXでおなじみですね。1955年か・・・。当然生まれてません。



2004年07月08日

これが元祖「赤ヘッド」

カブF型です。当時梱包は木箱が常識のときに、専務の藤沢さんの発案で、ダンボール
で梱包したそうです。でも、もうバイクが主流の時代に移行しつつあり、大量に在庫が出てしまい、
最初の経営危機に陥りました。



2004年07月08日

Sの海外向けカタログ

当時のカタログですが、とてもキレイでした。やはり、Sには赤が似合います。



2004年07月08日

本田さんの絵

故郷、静岡は天竜川の鮎です。現物はとっても繊細に描かれています。



2004年07月08日

本田さんの道具


日本画の道具ですが、筆にも工夫の跡があり、自作の「刷毛」や、柄の部分を
加工してあります。



2004年07月08日

これは貴重


説明の通りです。奇妙な形のパターですねー。



2004年07月08日

1966年にテレビ電話??


やっぱソニーって、すごいわ。この他に、70年代から早くも「紙資源の節約」ということで、何度でも
印刷できる特殊紙を使う「電子新聞」というのもありました・・。今よりも進んでいるじゃないか・・・。



2004年07月08日

ソニーの製品ではありません。

モトコンポ。初代シティに積み込めるということで、確かプラモにも付いていたはず。
でも、大人二人じゃないと持ち上げられないぞ・・・。



2004年07月08日

沢山のことをおそわりました。


やはり人間「夢」がないといけませんね。沢山のことを学ばせていただきました。
何もない時代、焼け野原から苦労してきた二人なのに、これだけ穏やかな笑顔
。幸福な人生だったんですねー。
F1で初めてコンストラクターズタイトルをとった後、最高顧問の宗一郎は、座敷に
正座して、スタッフに深々と頭を下げたといいます。
「われわれの夢をつなげてくれて、ありがとう」
さあ、今度はぼくらの番です。





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