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私は今回、広河隆一さんの写真をお借りして写真展を開きました。広河さんのホームページはこちらですが、写真の貸し出しには、市民組織による「写真展事務局」があります。写真展を考えておられる方は、事務局にご相談下さい。ここのホームページで写真のサンプルもご覧になれます。 また、広河さんが先頭になって、今、世界の真実を伝える写真雑誌『DAYS JAPAN』の発行しました。こちらもぜひご購読とご支援をお願いします。 |
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平和な日本がまた戦争への道を歩まないように頑張って下さい。北区にもこんなこわい基地(自衛隊十条基地)があるなんて始めて知りました。身近なことでも知らない事が多すぎます。一般の人々にこの現実を教える為にも、このような機会を多く開催して下さい。(40代、男性) |
●イラク戦争とは2003年3月20日、米英軍がイラクの首都バグダッドなどへの空爆を始め、イラク戦争が始まった。 攻撃前、ブッシュ米大統領は、イラクのフセイン大統領が核兵器などの大量破壊兵器をかくしもっていると指摘。しかし、決定的な証拠はなく、仏独の反対で国連安保理の決議もえられないまま、米英軍は攻撃に ふみきった。4月9日にバグダットが、同14日にはフセイン大統領の出身地ティクリートが陥落し、フセイン体制は完全に崩壊した。12月13日には、消息不明だったフセイン元大統領もティクリートで拘束されたが、大量破壊兵器はまだ見つかっていない。今年1月には、米イラク調査グループ(ISA)責任者だったデビット・ケイ氏が「大量破壊兵器は存在しない」と明言し、イラク戦争の「大義」は根底から揺らいでいる。 イラクは現在、米英軍の占領下にあり、36カ国が参加している。米英軍による武装勢力掃討作戦で、空爆や家屋破壊・侵入など人権侵害が相次ぎ、誤爆など直接、間接に死亡したイラク市民は1万人以上にのぼる。また1万5千人のイラク人が米軍に拘束されているという。占領に不満をもつイラク人によるゲリラ攻撃が多発している。 米軍が使った「劣化ウラン弾」により、イラク全土に放射能汚染がひろがり、小児がんや先天性異常が激増している。 |
●クラスター爆弾とはたくさんの子爆弾を内蔵した爆弾のこと。航空機から投下すると、小型爆弾や地雷などが目標上空で散布される。通常爆弾より1発当たりの殺傷力は劣るが、広範囲に分散した目標を一度に破壊できる。散布された不発弾が地雷化して一般人に被害をおよぼし、復興のさまたげともなっている◇クラスター爆弾については次のホームページをご参照下さい。 地雷廃絶日本キャンペーン(JCBL) |
●劣化ウラン弾とは核兵器をつくるために天然ウランを濃縮する過程で生まれる残りかすが「劣化ウラン」で、それを使った爆弾。鉛の1.7倍も比重が重く固い性質に目をつけたアメリカの軍事産業が、戦車の装甲や弾丸に使った。貫通力が大きく、戦車等への攻撃に使われる。飛び散るチリは強い放射能をもち、人体や環境に重大な影響をもたらす。アメリカは1991年の湾岸戦争で300〜800トンの劣化ウラン弾を使ったといわれ、放射能は広島に落とされた原爆の1万4000〜3万6000倍にもあたる。今度のイラク戦争ではその倍以上使い、イラク全土が汚染されたとみられている。 ◇劣化ウラン弾について詳しくは下記のホームページをご覧下さい。 STOP!劣化ウラン弾キャンペーン 森住卓ホームページ ◇漫画の好きな方は、講談社マガジンKCDX『汚れた弾丸〜劣化ウラン弾に苦しむイラクの人々〜/アフガニスタンで起こったこと』(540円)をお読み下さい。 |
●イラク略年表紀元前8000年ごろ、北メソポタミアで原始的な農村が生まれる。紀元前3500年ごろ、南メソポタミアにシュメール人が多くの都市国家を建設。 その後、セム族やヒッタイトなどが侵攻をくり返すが、しだいにいくつもの都市を合わせた統一国家が形成される。 0961年、イラク中部にマズヤド朝成立(~1150年) 1587年、トルコ帝国、イラクを占領。 1638年、トルコ帝国、バグダッドを奪い、イラクを併合。 1683年、トルコ帝国最盛期。イラク全土を併合。 その後、イラクはトルコ帝国の衰退とともに、英・仏・独などの植民地戦争にまきこまれる。 1920年、第1次世界大戦の終結で、イラクは英・仏の委任統治に。 1932年、イギリスの委任統治から独立し、イラク共和国となる。 1963年、2月、バース党がクーデター。 1979年、サダム・フセインが大統領に就任。 1980年、イラン、イラク戦争始まる。 1990年、8月、イラク軍、石油をめぐりクウェートに侵攻。首都を制圧し「暫定自由政府」樹立。 1991年、1月、米軍を中心とする多国籍軍がイラク、クウェート領内に空爆開始、湾岸戦争に突入(「砂漠の嵐作戦」)。 2月、フセイン大統領がクウェート撤退を宣言。多国籍軍がクウェート市に突入し、首都を開放。湾岸戦争が停戦。 2003年、3月、米英軍が首都バグダッドなどへ空爆を開始。イラク戦争始まる。 4月、米英軍バグダッド制圧。イラクは米英軍の占領下におかれ、イラク人によるゲリラ攻撃が多発。 12月、日本が占領下のサマワ(イラク南部)に自衛隊派兵を決定。 2004年、::::: |
●自衛隊十条基地とは十条地区(十条基地)と赤羽地区(赤羽基地)を含めた「陸上自衛隊十条駐屯地」というのが正式名称。十条地区は、区民のねばり強い解放運動で、一部地域が返還されたが、そのほとんどが「補給統制本部」として強化されている。陸海空3軍のあらゆる装備(軍艦やミサイルから衣服まで)の補給・調達をコントロールするハイテク中枢基地。地下にはコンピューター基地があり、3千人の自衛隊員が勤務している。 一方、赤羽地区は縮小・廃止され、現在、約半分が北区に返還されて「赤羽自然観察公園」になり、残る半分も北区が取得する計画です。 1999年5月、周辺事態法とともにアメリカと「日米物品役務相互提供協定」(ACSA)が結ばれ、十条基地と米軍との直結体制も想定されている。 今年1月、政府は自衛隊のイラク派兵にあたり、自衛隊と現地駐留の米軍との間で、車両部品や燃料などの相互提供ができるように、この協定の適用を決めた。
●十条基地所在地<所在地=東京都北区十条台1丁目>![]()
●十条基地全体図![]()
●十条基地写真![]() 正面ゲートから出勤する自衛隊員ら(北部中央、社会保険事務所のそば)ーこの写真のみ平和委員会提供(2003年12月24日朝撮影)
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