2011年東日本大震災関連の写真を掲載します。
2011年5月1日から2日にかけて片付けに帰省したときの写真を追加です。
まずは南に10km程の野田村の状況。片付けは進んではいるようです。

奥の左側、がれきの山になっていました。

壊された防波堤と松林跡

こちらは久慈港、壊れた漁船などがそのままでした。

実家の裏。更に一軒取り壊したそうです。
4月の写真と見比べてもらえばわかると思います。

2011年4月1日から2日にかけて被災した実家に帰省したときの写真です。
一部はブログで紹介したものです。
津波に襲われてから、3週間後の写真ですので、一部は片付けられた後の状態です。
津波の直後はもっとひどかったのだと思います。
ボランティアで片付けに参加された方々、本当にありがとうございます。
この場を借りてお礼をさせて頂きたいと思います。
上の橋付近 橋脚に流されてきた木などが引っかかっています。

久慈橋付近 津波で川岸のフェンスなどが、がれきに。

海からそれなりに離れているホームセンター。
駐車場は泥だらけで、その駐車場の一部はがれきの山となっていました。

諏訪公園から見た久慈港 穏やかな海でしたが港周りの陸の方は乾いた泥の色だけでした。

諏訪公園から舟渡に向かう海沿いの道 護岸は崩れ、山側の土砂崩れ対策用の
コンクリート壁も壊れていました。

港のそばの缶詰工場。 ものの見事に泥だらけ。

石油備蓄基地 左の建物はトイレ、右の建物は水族館。
その中間にお土産の売店とレストハウスの建物があったはずなのに、建物がない。

造船所近く 備蓄基地のタンクがここに転がっている。

造船所の建物 見ての通りの状態でした。

八戸線 陸中八木駅付近 ガードレールの向こう、あるのは鉄橋の橋脚のみ。
橋と線路はどこに行ったのでしょうか?

野田村 がれきの置き場所
クレーンや軽トラと比較すれば、およその高さと幅が想像できると思います。

海側(十府ヶ浦海岸)から見た野田村の市街地方向

十府ヶ浦の壊された防波堤と倒された松林

実家から50mぐらい海に近い家
1階は壊されて、ブルーシートで覆っている家が何軒か。
手前の家も1階部分が壊されていますが。

ここからは私の実家の状況
まずは風呂場 体の洗い場に泥がたまっています。 お勝手、シンクは捨てた後 でも泥だらけです。

実家の裏 家が建っていたのですが取り壊したそうです。 物置小屋の外壁、津波の痕が残っています。

泥だらけの畳を乾かしているところ
