I LOVE KUNG-FU FILMS
子どものころ忍者アクションテレビ「赤影」にしびれまくりました。
「赤影」のプロマイドを集めては主役の役者さんのパーマのかかり具合の違いを指摘しては。
そのバージョンの違いを楽しんでいました。
やがてマンダムのCMでチャールズブロンソンにはまりまくり。ジュリーウォレスの「男の世界」を
聴きまくって小学校を卒業します。
次にブルースリーです。本物ですよね。本物の迫力にはまりまくりました。
いや。ほら、ブロンソンもスターになってからは一度も来日してませんが。第二次世界大戦では
爆撃機に乗って日本上空を飛んでいたそうなんで「本物」ですけど。
で、ブルースリーなんですが・・何が面白いかって。やはりアクションだけでなく、それを際立たせる
プロットが抜群です。
そして、それらのルーツが京劇だったりキンフーだったりと。充分な伝統の上で、より面白く見せてくれる
テクニックがある訳ですよね。
「水戸黄門」も印籠を出すタイミングや、その前後のぬるい格闘シーンをよりシャープにした面白さが
香港武侠片にはあると思います。
そして、はじめて中学生でブルースリーを見たころから。いつか日本でもカッコいい時代劇
作れないのかな〜と夢想しておりました。
やがて、その思いは一旦、お休みになりまして。
高校時代、宇崎竜堂さんの「ファイティング80S」というロック番組に衝撃を受けて。
そのまま、21歳にしてROBOTやJHONSONSを扱うロックファッションブティックを開業。
そして趣味と店の販促を兼ねて、ARB、THE MODS、ROOSTERZ、シーナ&ロケッツ、BOOWYなどを
招聘してコンサートプロモーターとして一時代を築きます。
で、バンドブームも落ち着いてきた95年、「さよなら人類」のヒットで記憶に残る、たまのマネージャーに
誘われて結局97年頭まで、たまの活動を手伝います。
この時、ミニDVで撮影したツアードキュメントを自ら編集しまして映像制作の楽しさも体験させて
もらいました。
ついでに書くと、この時、劇団ナイロン100Cのケラリーノサンドロビッチさんと故・山田花子さんの
半伝記映画を製作企画をしました。
当時のナゴムレコードのアーティストを全員出演させて、「アメリカングラフティ」や
「あの頃ペニーレインと」のような映画を考えてました。
この企画はGAROシネマに持ち込んだのですが、当時の山中社長のOKは採れたのですが、
例の会社分裂騒動で頓挫してしまいます。
で、「大陸美姫伝」も、この頃(96年)に一旦、短い企画書を書いてるのですが。
この時は、時流に合わなかったため誰にも相手にされませんでした。
今、再びここに、この企画書をしたためるのは昨年末ご縁から「MISSING」という映画の高知ロケの
現地コーディネーターを担当させていただきました。
そこで、監督をはじめスタッフの方々とお話をする中で、もう一度、この企画の実現に挑戦してみよう。
という気持ちになりました。
もちろん96年と違い「KILL
BILL」や「グリーンディスティニー」などのヒットも追い風です。
さらに、企業家として。もう一度新しい分野に挑戦してみたいと思う次第です。
うだうだ書きましたが、タランティーノがショウブラザース系カンフー映画なら。
我々はゴールデンハーベスト系ブルースリー流カンフー時代劇それも生前のリーがスチールのみ
残して幻の終わった「細鳳」を造りたいんです。
どうぞ、ご協力お願いします。
岡本
直也 2005年1月4日