ここでは、僕が今まで影響を受けてきた(オススメ)音楽の
紹介と共にちょっとしたエピソードやコラムなどを添え、‘日記’
のようなものとして書いていきたいと思います。

■    EMINEM / MY NAME IS
 早いもんで、もう十一月。衣替えをする暇もなくめっきり寒くなってしまったので、まだ薄着でがんばっている(でもカゼ引いて咳が止まらん!)。・・・ただのバカですね。「バカはカゼ引かない」んじゃなくて、「カゼを引いてることを知らない」、とはよく言われるけど、その典型だぁ(笑)
 ・・さて、なぜこんなありきたりの時事ネタで来たかというと。模試の結果が悪くてへこんでるため、日記を更新しようとしてもいまいち書く気が・・(縛)ということで今日は軽く。いま悔やんでる「もしあのとき計算の見直しをしていれば・・」「もしあのときもっと時間を有効に使ってれば・・」 ‘もし’・・。‘模試’だから通じるが、本番では・・・。だから恐い。そして人生にもまた‘もし’はない。だから面白い
                                       〜10.30


■    B’z / TIME
 現代の若者のマナーに対して、特に年配の世代から「今の若者は言葉遣いが乱れている」といったことをよく例に挙げられる。言葉の語尾を上げたり、それまでになかった新しい言葉を使ったりと、自分たちとの著しい違いを実感しての批判だ。しかし、現代の若者たちの言葉遣いは本当に乱れているのだろうか?
 確かに、今の若者たちのマナーの悪さは明らかである。携帯電話の使用ひとつとっても、周りを気にせず車内で堂々と使ったりと、公共性の欠けた若者たちが多く蔓延っている。けれどもだからといって、「マナーの乱れ」を「言葉遣いの乱れ」といっしょくたにして‘悪い’と決めつけてしまうのは、早計である。決してマナーの乱れは言葉遣いから来るものではなく、両者は全く別離しているのだ。なぜなら、『言葉』というものは時代と共に受け入れやすいように変化してゆくものであり、それとは逆に『マナー』は時が過っても不変であり続けるものであるからだ。そして後者に関しては、親をはじめとした上の世代が若者たちにしっかりと教えてゆくものであるため、それが乱れているということはつまり、上の世代にも責任はあるということで、一概に「若者たちが悪い」とは言えないのだ。
 「言葉遣いの乱れ」と言ったが、ではそもそも『正しい言葉遣い』とは一体何だろう?例えば僕もよく使うのだが、‘全然〜ない’と否定の言葉で終わるはずが、肯定で終わる。現在の文法では‘正しくない’はずだ。しかし年配の方が若者にそれを「乱れている」と指摘するならばそれは、自分たちの世代の言葉遣いを‘正しい’と認めているからである。それならば、なぜ私たちは「言葉遣いが乱れている」古文を学ぶのだろう?もう正しい言葉遣いがあるのだ。それを学べばよい。また紫式部から見たら、今の教科書に載っているほとんどの文法を‘正しくない’と思うはずだ。つまり。本当に正しい言葉遣いなど‘ない’のだ。前にも述べたように言葉とは時と共に移ろいでゆくため、『正しい』一点を定めることはできない。
 結局のところ、「現代の若者たちの言葉遣いは乱れている」のではなく、どんどん新しいものへと変化している。そして若者のマナーの悪さに対する責任逃れをしようと、上の世代が自分たちの言葉遣いを正当化し若者に強要させ、責任を押しつけようとしているだけなのだ。いや僕には寧ろ、変化の流れについて行けない世代の負け惜しみのように聞こえる。ってカンジ?
                                        〜10.18

■    ラルク・アン・シェル / Blurry Eyes
 人から、「お前って温厚だな」と言われることがある。そう言われるとうれしいのだが、実はオレは、そこまで温厚ではない。腹が立つことがあれば人並みに怒るし、無償にいらいらするときだって人並みにあるのだ。ただそれを普段は表に出したり、人にあたったりするのを押さえてるから、そう思われてるんだろう。
 腹が立ったとき、無償にいらいらするとき・・・。オレは、とりあえず「音楽を聞く」。聞いている間は何にも考えない。ただ純粋にその音楽を「聞く」事を楽しむのだ。そしてしばらくすると、さっきよりは幾分かは気持ちが落ち着いている。その後で初めて、いらだちの原因などに思いをめぐらせてみるのだ。そうすれば、その場の高ぶった感情に扇動されずに、少しは冷静に考えることができる。
 ‘興奮はその人をその人でなくす’と言われる。自分にとって、手軽にできる「自分を落ち着かせること」とは何か?(オレにとっては音楽か、友達となんでもない会話を交わすことかな)それを知り、実行することが人の『強さ』のひとつであるとオレは思う。
                                        〜10.13


■    E・サティ / ジムノペディ1番
 ‘学ぶ’ということは、‘知る’ということに他ならない。あらかじめ定まった、決まったものを履修すること。学ぶものは昔の人が発見したり、こうだ、と決めたものである。そして‘知る’とは、自分の持つ疑問にはっきり答えが出ることだ。学ぶ前には(自分には)分からなかった疑問が、「知る」ことによってどんどん解消されていくはずである。しかし・・。疑問は一向に減る、ましてや無くなることは有り得ないのだ。そして‘自分’の範囲の中で考えた場合、たとえ「知る」という行為を行ったとしても、疑問は少しも減らない!、とオレは断じる。
 「一体何わけのわからんことを・・」と言われるかもしれない。でもこれはちょっと考えれば分かるはずである。例えばひとつ、疑問を挙げてみよう。‘なぜ、フグを食べてはいけないのか?(このネタ好きだなぁ)’・・答えは、そう、‘死ぬから’である。ん?ふと、新たな疑問が浮かんだぞ。‘なぜ、フグを食べると死ぬのだろうか?’・・答えは‘毒が入ってるから’だ。あれれ?また新たな疑問が。‘なぜ、毒が入ると人間は死ぬのだろうか?’‘なぜ、フグは毒を持ってるんだろうか?’・・・んなもん知るかっちゅーねん。・・とまぁこんなカンジで、疑問は減ることはなく、いつのまにか増えていたりもするのだ。これは世の中にあるあらゆる疑問において、言えることである。
 では果てがないのにどうして人間は「知ろう」とするんだろうか。まぁ多分、納得できる限界を見つけるためであろうが。(そしてそこから先はすべて、推測になる。)だから結局、どんな些細な疑問でも突き詰めてゆけばいつかは壁にぶち当たると言える。
 それにしても、‘知れば知るほど、疑問は増え、深みを増す’とは、なんとも不思議なことだと思いません?
                                         〜10.6


■    10CC / I’m Not In Love
 一度経験したこと、一度習ったことを、人はどれだけ覚えていられるだろう。・・・よく、授業で習った公式を覚えていようとしても、しばらくたって使う場面が来ると忘れていることがある。歴史の年号だって、一度覚えたのにすぐ忘れる。人間の記憶力はなんて浅いんだろう。一度覚えたことは絶対忘れないような頭になれればいいのに、って思ったことは誰でもあるんじゃないかな。・・オレもよく思う。でも。・・そんな頭になったら、きっと人は生きてゆけないだろう。今まで起こったすべてのことを忘れない。つまり、どんなうれしかったことも覚えていられるけど、どんないやだったことも忘れられないってことだ。おそらく、いや絶対、どんなに精神力の強い人だって無理だろう。(少なくともオレは無理だろう)『人は忘れることによって生きてゆける』といわれる所以である。
 ここでちょっと考えてみると。数学の公式なんかはすぐ忘れるくせに、先生が授業の合間に余談で話してくれたことなんかは、案外覚えているものだ。なんでひとつひとつ、忘れ方が違うんだろう?・・・印象の度合いが違うんだろうか・・「印象」、そうだ。刺激だ。印象、つまり刺激が強いと、人はよく覚えているんだ。だから、すべてを覚えているのは無理だとしても、それに近づけることはできるのかもしれない。そう、自分の毎日毎日を刺激のあるものにすれば。楽しいことを刺激に、勉強さえも刺激に変えてしまえばよいのだから。
                                         〜9.30


■    VAN HALEN / JUMP
 YAWARAちゃんがシドニー5輪、ついに悲願の金メダルを取った。そのときの笑顔・涙・歓喜の表情は名状しがたく、俺はたぶんずっと忘れないだろう。日本が湧いたあの瞬間を、そして夢をあきらめず、ひたむきにがんばりつづけた小さな巨人を。
 夢に向かうものの姿はたくましく、そのたゆまぬ努力はそれを見た次代の者たちへ、また夢を与える・・・。しかし。夢は、必ずしも叶うとは限らない。金メダルを取ることが夢ならば、取った者の夢は叶い、取れなかった者の夢は崩れ去るのだから。
 それでも。それでも絶対に、夢は持っていなくてはいけない。前に進むための道標として。希望から夢は出づるが、夢がなくては決して希望は生まれない。そう・・夢は、暗くて先が見えない人生を照らすための、『たいまつ』だと、オレは思うんだ。
                                          〜9.17    


■    oasis / supersonic   
 俺はとても目立ちたがり屋だ、と知った。いつも周りの自分への視線を気にするし、服だってみんなが着ないよーなものを専ら選ぶ。決して外見で目立っても意味がないと知らないわけではないが。…ちっぽけである。これまではずっと、そーゆー行いは、「個性」を出すものだと思っていた。しかし、本当の意味での「個性」とは似ても似つかないものだった。俺のはただの「目立ち」に過ぎない。それ以上にはならないし、何しろ自分がそれ以上の意味を欲してないのだから。「個性」とは、自分の力で培ってゆくもの。そして俺は、それは自分では気づかないものだと思う。けれども、「目立とう」と思ったことの反省で、本当の個性への出発点に立てたのだから、無意味ではなかった・・。「目立つ」とは目的ではなく、自分を育てていった結果『目立った』のである。これからも、「目立ちたい」という欲は消えないだろうが…横道にそれつつ、目指そう。
                                           〜9.8


■    SMAP / らいおんハート
 いろんな人に支えられて、人は生きる。支えられた人は、強くなり、誰かを支えて生きてゆく。人間はそうして、支え合って生きてゆく。その‘つながり’は細かったり、太かったり…あたたかったり、やさしかったり。また人間同士ではなく、人間と動物たち、人間と植物たちの間にも、切り離すことの出来ないつながりが存在する。そんな様々なつながりが、まるでひとつの洋服を形成してるみたい。そしてその洋服を着る、地球。だから地球さんは僕たち人間や動物たち、植物たちのつながりが作り上げた洋服を着て、動いている。

         「はがれることのない服に、止まることのない地球」

 あなたはこのホシの中で、どんな存在であるか、そしてどんなつながりを持っているか、馳せてみたことが一度でもありますか?・・この日本に住んでて、家族、友達、先生、恋人がいる・・。いろんなつながりが浮かんできますよね。では今一度問います。人間以外で、あなたは今どんなつながりを持っているか、考えてみたことがありますか?

      
「はがれることのないはずの服に、止まることのないはずの地球」
                                            〜9.3

■    BEASTIE BOYS / INTERGALACTIC
 いやでも、こんな事言うと元も子もないんだけどさ。やっぱり高3のときもちっとべんきょーしとけばなぁなんて思うよ。そーすればいまここまで負われなくても、ゆっくり過ごせたのにな〜。・・まっ、いっか。今更、んな事言ってもね。はじまらんし。
 それにしても、‘浪人するといろいろ考える’ってのはまんざらウソでもないみたいだな。大学入るためがんばってんのに、いざ入ると今度は後戻りできずに決まりきった道を歩かされる。それがホントに自分の望む道ならいいけど、それ以外はいや!ってきっぱり言える奴が果たしてどのくらいいるんだろう。そう思うと、楽観主義者の典型のような俺でも流石に不安になる。
                                            〜8.25


    FATBOY SLIM / PRAISE YOU
 
「あの時やっておけば…」最近心に浮かぶ文句ベスト1。でも、「あの時」やっていた‘別のこと’は必ずある。だから、その‘別のこと’の分野においては、「あの時やっていた」人よりかは少なくとも秀でているはずである。つまり。本当に無駄な時など無いのだ。無駄に思えるのは、その「無駄に過ごした」と思ってる‘時間’を、有効に使っていないor今・そしてこれからの‘時間’に利用していない、と思ってしまうからだ。何らかの形で必ずプラスに働いていると、オレは思う。
 「じゃぁ、だらだら寝てた人とか、女の子とチャラチャラ遊んでた人はどーすんだよ」と言われるかもしれない。でも、みんなが夜遅くまでテスト勉強してるなかで「寝てた」分、その分、例えばみんなより‘背が伸びている’かもしれない。あるいは見かけは変わらずとも、みんなよりは多くの休息を取っているのだから、‘みんなより健康体でいられる’かもしれない。後者の場合だってそう。みんながあくせく働いているのに誰かとチャラチャラ遊んでいる。その分、例えば人との接し方・付き合い方がみんなよりうまくなっているかもしれない。もしなってなくても、少なくとも‘なる’ための要素はみんなより持ち合わせているはずである。それだけ多くの機会に接してたわけだから。
 勉強してなかった分‘知識’はみんなより劣る。真面目に働いてなかった分‘裕福さ’はみんなより劣る。でも変わりに何かをしてた分、その‘何か’はみんなより勝るのである。端から見れば、いや、自分から見ても、その‘何か’をしてた時間は無駄だったと感じるかもしれない。でも上に述べたように、知らず知らずのうちに自分にとってプラスに働いている。自分から利用しようと思わずともね。その‘何か’は、‘知識’や‘裕福さ’に比べればまだ劣って見えるかもしれないが、これからいくらでも超える可能性は秘められているのである。みんなと違うその部分を『さらに』どう生かすか?それは自分次第だが。
 ・・・って考えたりすると、少しは今が楽しくなるかもね。なんちゃって自己啓発セミナーおしまい。
                                            〜8.12


■    サザンオールスターズ / 希望の轍
 よく、「一年のうちでどの季節が一番好き?」と聞いたり、言い合ったりしてたっけ。『夏はスイカが食べれるから好き』『冬はスキーができるから好き』『春は暑くも寒くもないからね』でもよくよく考えてみると、そもそも四季がある国の方が珍しいのだから贅沢を言うものではない。だからオレは一歩引いて、『四季があることが好きだよ』って答えとこ。因みに「夏と言えば?」と聞かれたら、『サザン』と即答。さぁ 夏だ♪
                                            〜8.1     


2000.5〜7

BGM:スーパーマリオ