『ユーモアとは』
「ユーモアがある」というのはとてもアンビギュアスな表現だ。
「ユーモア」とはそもそも「人を笑わせる」という必要性をもたない。
全然笑えないユーモアだってある。シニカルなやつだ。苦笑を誘う類のやつだ。
頭をひねっておかしな事を言うのもユーモア。(別に『言うモア』とかそういう駄洒落ではない。)
性格をひねって皮肉を言うのもユーモア。(これも別に駄洒落ではない。)
特に笑えなくても絶妙なひっかけを言うのもユーモア。(別に・・・もうやめる。)
ユーモアは人に好かれる性質も嫌がられる性質も備えているとても扱いにくいものである。
いわば「吸い過ぎにご注意ください」みたいなもんだ。
笑いをとろうとする時は常に注意しなければならない。
誰かをネタにして笑いをとろうとする時、注意を怠ると単なる悪口になってしまう可能性がある。
悪口を言って笑う奴とそれを聞いて笑う奴。それはユーモアのある人間ではなく、単なる嫌な奴らである。
嫌な奴には決してなりたくない。嫌な奴になるくらいなら不良になった方が数十倍もマシなはずだ。
「面白さ」と「嫌味」を取り違えたら一貫の終りだと思ったほうがいい。
(まぁ実際『嫌味』を言う人たちは己が『嫌味』を言っているなどとは全然気付かないだろうが・・・。
意識して『嫌味を言ってやろう』っていう人は別として。)
嫌味を言ってくる人間がいたらそんな人には
「嫌味言うくらいなら『シェ−!』とでも言ってろ!」と、吐き捨ててやるといい。
(そこで『それはイヤミ違いだろ!』と返してきたらその人はホントは面白い人なのだ。)
ユーモアでわからないことがもう一つある。
それはよく耳にする女の子の「好きなタイプは面白い人」発言だ。
これこそ最大のミステリーである。
ここでいう「面白い人」には何の具体的な説明もなされていない。
実際「面白い人が好き」という女の子自身その「面白さ」を定義できてないのだと思う。
この発言を真に受けてギャグを連発してしまったり、ひたすら体を張ってしまった男が過去一体どれだけいただろうか。
とても不憫で仕方がない。
でも今まで自分が見てきたことから推測するに、この「面白い人」というのは大抵「天然野郎」を指している場合が多い。
だから「面白い人が好き」という言葉を聞いて、
「よしなんか面白いことをしよう」と考える男はその考えをめぐらせる時点で天然とは言えないので既に対象外なのである。
と、なんだかよくまとまらない小言になった。
とにもかくにも自分は理性のあるユーモアをもちたい。
そういうヒトにワタシはなりたい。