年賀 ねんが 長寿の祝。室町末期以後、四二歳・六一歳(還暦)・七○歳(古稀)・七七歳(喜寿)・八八歳(米寿)・九○歳(卒寿)・九九歳(白寿)に祝宴を張ることとなった。ほかに八○歳(傘寿)・百歳(上寿)もある。(広辞苑)
「少将様御七十御年賀ニ附御宥罪」
宥罪 ゆうざい    罪をゆるすこと。恕罪。(広辞苑)
「少将様御七十御年賀ニ附御宥罪
廉書 かどがき 数えあげるべき箇条、理由などを書きしるしたもの。(日本国語大辞典)
「郡中之義ニ付御示談廉書
案文 あんぶん    (アンモンとも) したがきの文書。(広辞苑)。書式のひな形。
「病人送り状案文
受伝ひ  うけつたい 継承する。
「村々役人手元受伝ひ諸帳用場附諸道具類」
用場 ようば 村政の事務をとる場所、主として庄屋宅が使われていたようである。郷土史メモ)。役場。
「村々役人手元受伝ひ諸帳并用場附諸道具類一件」「川端の一かまへハ用場とて惣新開の諸役所・吟味算用所にて、日々役人出勤す」広島独案内)
土御免 つちごめん 「素より御年貢方之儀兼テ土御免被仰付御請申上候上、たとへ何程ニ豊作たり共定物成之外不召上候へ、旱損致候迚も平年御宥メ被為置候作法」(広島県史WP63)「当年も土御免被仰付候条」→土免
土免 つちめん 土免とは専らに前年農作の良否、又は該村民の盛衰情況、田畑の肥瘠等に依り其免を増減して、其年の春初に管轄の代官より之を其郡内農民へ布告せしむるを謂ふ。(広島県史TP268)「次ニ内々申めんあいの事、つちめんに及可申付之事」(「自得公済美録」巻13上)→土御免
小百姓 こびゃくしょう わずかの田畑を耕作する農民。(広辞苑)。下の資料では、小百姓と浮過が並記されており、一応両者は区別されていたと思われる。
「末々小百姓迄耕作精出可申旨、不洩様可申付者也」「押概し壱歩方御奉公人三歩方小百姓浮過六歩方百姓而已古江村国郡志御用ニ付下しらへ書出帳)。
切畠 きりはた 山の斜面などを切り開いてつくった畑。また、山の斜面などを焼いて、その跡を開墾した畑。切替畑。(日本国語大辞典)
切畠無断仕間鋪事、附り、断相達し焼申刻、火用心堅可申附候」
矢篦竹  やのだけ 矢柄にする竹。(日本国語大辞典)
矢篦竹一切伐採申間敷事」
無印紙 むいんがみ? 広島藩では浅野氏入封以来、紙・楮の生産・販売を農民の自由にまかせていたが、正保三年(1646)には「御紙方」を設けて増産と統制にのり出した。漉き上がった紙はすべて検査の上買上げられ、紙蔵に収納されたものには、正規の品であることを証するため官印が捺された。(広島県史1P543)官印のない紙。
「其辺村々無印紙取扱候者も有之哉ニ相聞候に付」「御紙蔵印形付ニ無之紙、并御家中渡り極印付之紙、其外無印紙他国紙之類買受申間敷候事」広島県史WP100)
免許跡 めんきょあと 「跡」は先例。故実。(広辞苑)。免許跡は、以前の免許状。
「村々役人・長百姓・年行司等打寄、以前御免許跡ニ応シ帳面相約メ一応差上」。「先年同人川替致候節之御免許跡差出候様ニとの事ニ候へ共」
只様 ただざま 普通のさま。(日本国語大辞典)。そうでなくても。
「段々御押合往返数度ニおよひ、彼是仕候内、只様延引仕候段、甚以恐入奉存候」
連印 れんいん 一通の文書に二名以上の者が姓名を列記して印をおすこと。連判。(広辞苑)
「為其連印添書附を以奉申上候」
村役人 むらやくにん 庄屋・組頭(与頭)をさす。庄屋は一人が原則であったが、村高の大小やその他種々の理由によって二、三人任命される場合もあった。組頭は村をいくつかに分けて組ごとに一人おかれたから、一村としては数人になる場合もあった。(広島県史1P304)
村々役人・長百姓・年行司等打寄」
長百姓  おさびゃくしょう 村民の代表という意味で、村内の集落を単位に長百姓がおかれた。(広島県史1P304)
「村々役人・長百姓・年行司等打寄」
年行司 ねんぎょうじ 村入用の監査のため長百姓の中から「年行司」が選ばれていた。(広島県史1P304)
「村々役人・長百姓・年行司等打寄」
御建山 おたてやま 御建山は藩用に供するための山で、当初は松・杉・檜などの良木の育成が可能な場所は御建山とする方針をとって設定され、そこではどんな木でも伐採を禁じられた。(広島県史1P502)
御留山 おとめやま 御留山は、(1)御建山の立本を藩用に供した後、五年ないし一〇年間伐採を禁じて再び生育させるために御留山とした場合や、(2)水源涵養や砂防などの治山の目的で設定した場合もあった。(広島県史1P502)
御薮所 おやぶしょ 「村々御建・御留山・御薮所之儀御用山ニ被建置候ニ付」(広島県史VP707)
御用木 ごようぼく 松・椴・杉・檜・栗・槻・栂・楠・弓木等が指定された。御用木に指定されると、農民の所持・利用にゆだねられた林野であっても、藩に無断で伐採することは禁じられた。そして、「御帖付本数人名帖」に樹種・本数・持主を登録され、風折・枯本になったときは藩に届け出て、検査後払下げになり、伐り跡には御用木の植栽が義務付けられていた。(広島県史1P495)
御山方 おやまかた 「山林の事に関しては郡廻り及山奉行の如きは常に各郡を巡視して実地を監督せしむる所にして之を御山方と称す」(広島県史TP401)。
「別紙御山方触状下ケ遣スもの也」
触状 ふれじょう 通達の書状。回状。回章。(広辞苑)。
「別紙御山方触状下ケ遣スもの也」
博打宿 ばくちやど 博打場に貸す場所。(日本国語大辞典)
「右之もの共博奕宿仕候ニ付、居家家財欠所被為仰付候処」
欠所 けっしょ 闕所といって家財田畑を召上げることも多く行なわれた。(広島県史1P)
「右之もの共博奕宿仕候ニ付、居家家財欠所被為仰付候処」
頼母子 たのもし 互助的な金融組合。組合員が一定の掛金をなし、一定の期日に抽籤または入札によって所定の金額を順次に組合員に融通する組織。(広辞苑)
「居家頼母子質入ニ仕」
加印 かいん 上級官庁、監督者が承認の印を押すもの。証文の類に保証のために押すもの。(日本国語大辞典)
「役人共加印仕置候ニ付、頼母子証文写シ仕入御披見ニ申候処」
年貢未進 ねんぐみしん 年貢を滞納すること。未進者が出れば部落・村で負担することが殆どであったといわれているが、この場合、何かの事情でそれがなく公になったものと考えられる。(相田地区辺の郷土史メモ)
重む かさむ 嵩む。数量が大きくなる。(広辞苑)。「重」と「ミ」が送ってあるので、「かさみ」と読みたい。
「御未進等相重ミ、甚難渋仕候」
番組 ばんぐみ 代官の下僚機構として、勘定組と番組がおかれた。徒士・足軽のもの五、六人からなり、その一部の者が郡元代官所に常駐して庶政の現地処理に携わった。したがって、村役人はこの下に位置づけられた。御代官手附。(広島県史1P)
「沼田郡御番組衆中様」
腰林 こしばやし 藩有林は御建山・御留山に、農民利用の林野は、村方の入会地は主として野山に、個別利用林野は腰林に編成され、(広島県史1P497)
腰林山壱ヶ所 高サ拾三間、横弐拾七間 立木松 持主徳兵衛」
井手 いで 川の上流を堰きとめ、そこから水路を伸ばして田地に取水する施設を井手(井堰)というが、これは谷水の利用よりも広域に配水でき、水路一帯にわたる広い水田面積の潅漑用水を確保することができた。(広島県史1P410)
「川筋堤廻り并用水井手堰溝桁所々取繕入用」
元伐 もとぎり 本伐とも。山中にある木を伐り倒すこと。(岩波歴史辞典)
「所々取繕入用杭木元伐御切手御願書附」
相対 あいたい 当事者同士が直接に会って事を行うこと。双方が納得すること。合意。(広辞苑)。交渉し、納得の上で合意すること。
「長百姓共より相対仕候間」
はり 上部の重みを支えるため、あるいは柱を固定するために柱上に架する水平材。桁と梁とを区別して、棟と直角にかけられたもののみを指すこともある。(広辞苑)
「居家壱軒 但弐間桁三間」
けた 柱の上に渡して垂木を受ける材。(広辞苑)
「居家壱軒 但梁弐間三間」
下地 したじ ある状態になるための基礎となるもの。(広辞苑)。
「損建替下地之通藁葺」。「下地之通」は「今までの通り」。
別段 べつだん 格別。(広辞苑)
「入用足シ材木之儀ハ別段御願申上候通ニ御座候間」(別の願書でお願いしたとおり)
大束 だいそく 一尺二寸又は一尺五寸の定寸に切った割木の束のこと。(郷土史メモ)
「松大束薪ニ売払」。「松大束 凡一ヶ年百把程 但長弐尺、三尺手把」(広島県史TP156)
候半 そうらわんと 候わんと。
「弥御壮全被成御座候半奉珎重候」
緩々 ゆるゆる いそがないさま。徐々。くつろいださま。(広辞苑)。じっくりと。
「御緩々様子被仰聞可被下丁度相待居申候之所」
何たる なんたる なんという。(広辞苑)。
「今以何たる儀も不被仰聞、如何之趣ニ御座候哉」
期す ごす 期待する。(広辞苑)。
「早々様子御緩々御聞せ被下度奉上候」
受印 うけいん 請印。請けあいの判。(日本国語大辞典)
「江波村迄村下江受印之事」
先住 せんじゅう 先代の住持。(広辞苑)
先住後住之遣言有之所外之出家を後住ニ可居旨申といへ共」(広島県史UP989)
後住 ごじゅう 後任の住持。(広辞苑)
「先住後住之遣言有之所外之出家を後住ニ可居旨申といへ共」(広島県史UP989)
惣代 そうだい 仲間全部の代表者。総名代。(広辞苑)。
「惣門徒中惣代として私共より願書差上申候」
仏護寺境内十二坊 ぶつごじ 当山(仏護寺)の属寺に、塔頭十二坊といへるあり、十箇寺は、同じ寺町の内に列し、四箇寺は郡村の内にありて、都合十四刹なり、さるに十二坊と称するは、龍原の旧称に依るといへり、塔頭の唱も、最初天台宗の時の称なるべし、且昔は十二刹多く坊号なりや、今は報専坊正善坊のみにて、余は寺号を用ふ、享保頃の文書に、今の真行寺は東前坊、徳応寺は立蔵坊、元成寺は香林坊、善正寺は慶蔵坊、光円寺は東林坊と見えたり、毛利氏、龍原を再興の時、離散の塔頭も皆古墟に返らしめけれど、品窮寺蓮光坊光禅寺正伝寺の如きは、散居の地に居留りて返らざれば、また二坊を増置て、十四坊になりけると、本寺の伝ふ所如斯、(この増置二坊、詳ならず、天明年間の申状には、超専寺、徳応寺と見えたり、)かの四刹は、郡村にありといへども、猶十二坊の列にて、寺町の内に、三刹は各寺の地割もありといへり、外地に棲は、便利によるなるべし、同じ寺町に浄専寺といふあり、是別なり、品龍寺浄満寺実相寺の三刹は、仏護寺垣内に在て、全本寺の役僧なり、(芸藩通志)
差縺 さしもつれ 紛糾。(広辞苑)
「此度高田郡向山村野山、上根村と差縺一件」
水論 すいろん 夏の渇水期などに、田の用水分配について争うこと。水争い。みずろん。(広辞苑)
「中馬村水論所」
かえ 交換の割合。(広辞苑)
「蒲苅繋船米三石三斗六升弐合、此銀百五拾八匁壱厘、石ニ付四拾七匁かへ
銀47匁×米3.362石=158.014≒158.01匁
仁恵 じんけい いつくしみ。めぐみ。なさけ。(広辞苑)
「此度格別之御仁恵を以夫々今日御赦免被成下候」
赦免 しゃめん 罪を許すこと。過失を許すこと。(広辞苑)
「此度格別之御仁恵を以夫々今日御赦免被成下候」
追放 ついほう 犯罪者を一定地域外に放逐する刑。江戸時代には所払ところばらい)・江戸払・江戸十里四方追放・軽追放・中追放・重追放などがあった。庶民は軽・中・重追放のいずれも江戸十里四方・犯罪地・住国からの追放とし、付加刑の闕所けつしよ)の範囲だけが異なっていた。構かまえ)。(広辞苑)
「其外追放出奔者等当時良民ニ相成候もの并囲留メ等之類共、追々可被差免候間」
出奔 しゅっぽん 江戸時代、徒士かち)以上の者が逃亡して跡をくらますこと。(広辞苑)
「其外追放出奔者等当時良民ニ相成候もの并囲留メ等之類共、追々可被差免候間」
良民 りょうみん 善良な民。一般の人民。(広辞苑)
「其外追放出奔者等当時良民ニ相成候もの并囲留メ等之類共、追々可被差免候間」
当時 とうじ 現在。ただいま。(広辞苑)
「其外追放出奔者等、当時良民ニ相成候もの并囲留メ等之類共、追々可被差免候間」
故障 こしょう 事物の正常な働きがそこなわれること。さしさわり。さしつかえ。(広辞苑)
「勿論村方故障無之分人名罪状共相しらへ書附を以申出候ハヽ」
奉公構 ほうこうかまい 江戸時代、改易し、他家への奉公をさしとめ、その土地から追放する刑。切腹に次ぐ武士の重刑。(広辞苑)
「御家中家来々々追放或ハ奉公構之類」
御家中
家来々々
ごかちゅう 陪臣。臣下の臣。又家来またげらい)(広辞苑)
御家中家来々々追放或ハ奉公構之類」
帳外 ちょうはずれ・ちょうがい 江戸時代、欠落かけおち・勘当・久離などにより人別帳から除籍されること、また除籍された者。無宿。親類等の願出により村役人が上申して許可・執行された。欠落の場合は、一定期間の捜索(尋ね)が義務づけられ、その後に許可された。(岩波歴史辞典)
「御追放出奔者帖外等之類良民ニ立直り候もの」
組合 くみあい 五人組。「慶安二年には、領民支配の根幹ともいうべき五人組の制度が創始された。いままでの十人組に代って、とくに治安の維持に連帯責任をもたせるために、農村だけでなく町・浦方一斉に、ほぼ五軒の世帯ごとに組合わせて制度化し、支配の末端機構としたのである」(広島県史近世1)
「親類縁家又組合之もの共より帰住願出候分ハ」
帰住 きじゅう 江戸時代、欠落者、または久離、勘当処分をうけて離村した者が改心して立ち帰ったのを、許して復籍させること。(国語大辞典)
「親類縁家又組合之もの共より帰住願出候分ハ」
宥免 ゆうめん 罪をゆるすこと。(広辞苑)。
「御家中より追放奉公構等之類も宥免蒙度もの共も御座候ハヽ」
連々 れんれん ひきつづいて絶え間のないさま。(広辞苑)。たびたび。
「紙楮之儀、是迄連々御紙蔵御示筋有之」
他国紙 たこくがみ 他国産の紙。
他国紙并ニ無印之紙商売致間敷事」
抜買 ぬけがい 抜荷を買うこと。(国語大辞典)
「諸紙抜買抜売不相成事」
抜売 ぬけうり 規則を犯しひそかに商売すること。(国語大辞典)。
「諸紙抜買抜売不相成事」
壱丸漉 ひとまるすき 壱丸の紙を漉くこと。
壱丸漉と定相渡り候楮可成丈ケ漉込」(壱丸を漉く分量と決めて渡した楮はできるだけ残さず漉き込み)
まる 日本紙を数えるのにいう語。半紙は六締(しめ)、美濃紙は四締、奉書紙は一○束、杉原紙は八束を一丸とする。(広辞苑)。
「壱漉と定相渡り候楮可成丈ケ漉込」
見取 みとり 検査。
「上紙漉立、御紙蔵見取ニ可差出候事」
漉延 すきのべ? 
「上紙漉立上納之上、若残漉延ニ相成候ハヽ」(上質紙を漉き立て上納しても、残りの材料で余分の紙を漉けるなら)。「漉延せ之為ニ上納之紙薄ク漉候儀堅ク仕間敷事」
紙屋株 かみやかぶ 広島藩ではすでに宝永三年(1706)紙座を設けて専売制による統制策を確立した。すなわち製紙原料の楮は原則としてすべて藩で買い上げ、これを製紙割賦額に応じて紙漉人に交付し、漉かれた諸紙は見取りの上紙蔵へ納めて藩の定める価格で買い上げる。紙には官印を捺して無印の抜紙と区別し、公用・家中向けのほかは商人を通じ販売されたが、享保期からは紙屋株(城下のほかに主要在郷町にも設ける)商人にのみこれを許可して、無印紙や無株者による販売を禁止した。(広島県史近世2P333)
「御紙蔵より紙株御免無之ものハ商売不相成事」
請売 うけうり 問屋から買い受けて売りさばくこと。小売。(広辞苑)
「小売紙致度ものハ、紙株御免之ものより請売之看板申受候へハ、小売紙相成候」
染紙 そめかみ 種々の色に染めた紙。いろがみ。(広辞苑)
染紙類ニも看板不申請ものハ商売不相成事」
小売紙屋 こうりかみや 紙の小売店。
「小売紙屋心得書……諸紙買請候節望之通有合無之候へハ株紙屋通し合候上買受候事」
株紙屋 かぶかみや →紙屋株。
「諸紙買請候節望之通有合無之候へハ株紙屋通し合候上買受候事」
改役 あらためやく 検査する役人。
「御紙蔵改役見廻之節ハ、有合之紙速ニ指出シ見分請候事」
有合 ありあわせ ちょうどその場にあること。また、その物。(広辞苑)
「御紙蔵改役見廻之節ハ、有合之紙速ニ指出シ見分請候事」
御印紙 ごいんがみ 抜紙と区別するため御紙蔵で官印を捺した紙。
「売事不相成紙取交有之候へハ、御印紙共ニ取上、以来紙商売差留メ候間」
塵紙 ちりがみ 楮の外皮の屑で製した紙。表面に塵滓かす)がある。鼻紙または落し紙として用いる。(広辞苑)
引起 ひきおこす 衰えたものを再び起し立てる。(広辞苑)。
「荒地引起之事」。「一度検地有之て畝高直ニ成候ハハ、それよりしてハ荒起等有之度々相改、其時々ニ荒ハ高を引起シ開ハ高を増、かつき高隠し地共無之様之御仕向可有之事也」(広島県史VP773)
出切 できる すっかり外に出てしまう。(広辞苑)。出たまま帰ってこない。
「村民他所出切り不相成様取〆り之事」
懸ケ下米 かけさげまい 「懸ケ下米減方之事」。「辰六月洪水地損畝之内高懸下ケ米七石五升弐合之内壱石六斗七合去ル辰年并壱石五斗壱升弐合去ル亥年見起三石九斗三升三合残り七ケ年之間御願申上懸ケ下米」。「畝数八町三段六畝弐拾七歩 五拾六石八斗弐升六合壱勺 古荒川成並に悪所懸ケ下ケ高共」
小普請 こぶしん 小規模の修築工事。(広辞苑)
「村方小普請事ハ、百姓共農隙を以自力手入之事」
廻達 かいたつ それぞれへ回して知らせること。(日本国語大辞典)
「御別紙両通写し仕、廻達いたし候間、御写し取置可被成候」
悪田合力米 「悪田合力米之義、先前より附ケ来之分当時土地肥立作物相応出来候も、矢張仕来之合力米遣し候分も有之哉ニ相聞、甚タ不当之義ニ付、是等村役人・長百姓共得申値、実意ニ叶候様相改可申候事」(広島県史WP681)
給知 きゅうち 江戸時代、各藩で藩士に給与した知行地。給領。(広辞苑)
「高七石四斗九升壱合 筒瀬村之内 甲益之進渡
右之通当申年より給知ニ相成候条、此旨相心得、田畑百姓分り、鬮取書無甲乙様例之趣ニ相認、来月十日迄ニ可差出」
鬮取書
(鬮帳)
くじとりしょ 「給人に知行判物が下されると同時に、各村々へは給人名とその知行地高が代官から通達される。村方ではそれをうけて、全村をいくつかの石組コクグミ)に分けた鬮帳を作成して郡役所に提出する。鬮帳は一冊ごとに、田畑の善悪や百姓数とその居りの善悪、牛馬数などに不公平のないように組合わせ、これをたとえば、七〇石組・五〇石組・三〇石組・あるいは一石以下のように、数種類の石組に組分けしたもの数十冊を用意するのである。ついで、代官から各給人に対して、鬮取りの日時を案内し、代官立会いのうえで鬮帳についてくじ引きが行われる。そして合計がその村の知行地高となるように数冊の帳面を引くと、そこに記載された百姓が知行地百姓となり、その持高の合計が知行地高となるという理屈である。」(広島県史1P174)
「右之通当申年より給知ニ相成候条、此旨相心得、田畑百姓分り、鬮取書無甲乙様例之趣ニ相認、来月十日迄ニ可差出」
土風 どふう その土地の風俗。(漢字源)
「勿論土地所ニ寄り土風等一様ニも無之儀」
名聞 みょうもん 名誉をてらうこと。みえをはること。(広辞苑)
名聞之仕方ニハ無詮事ニ候間」
無詮事 せんなきこと 効果のないこと。
「以後十分ニあぜをねり不申候ハ水すき出ル也、新あぜぬり候無詮事也」
入札払 にゅうさつばらい 入札の方法によって売り払うこと。(広辞苑)
「博奕宿仕候もの共家財等欠所入札払ニ被仰付候処、右之もの共高札ニ被為仰付候旨」
高札 こうさつ・たかふだ 入札の中で、価格の最も高いもの。たかふだ。(広辞苑)
「博奕宿仕候もの共家財等欠所入札払ニ被仰付候処、右之もの共高札ニ被為仰付候旨」
領分追放 りょうぶんついほう 犯罪の較重き者は其額〔後に右腕に改む〕に黥して獄に繋留したる後に藩境に於て之を他国に放逐するなり。(広島県史TP727)
「右之者先達度々博奕取扱并宿等仕候義、去春御吟味ニ依相顕御領分御追放被為仰付候処」。「追放に三種あり、曰く領分追放、曰く郡追放、曰く村追放と為す、広島市内の者に在ては別に城下追放の刑あり、是は村追放に相当す、是等は皆軽罪犯の処刑と為す」(広島県史TP726)
主意 しゅい 主君の意志。(広辞苑)
「此度御上御慶事ニ依有罪之もの御宥免之御主意被為仰出候趣被仰聞」
先達 せんだって さきごろ。このあいだ。(広辞苑)
先達御触書之趣申出候処」
さし 米刺。俵の中に挿し入れて米を抜き出し、その品質を検査するのに用いる、斜めにそいで先を尖らせた竹の筒。(広辞苑)
「社倉蔵ニおゐて、何レ之俵ニも見分之御歩行目附考を以抜々弐三俵乃至三四俵刺を入させ見分致候ハヽ、一躰何角之善悪可否も相分り可申事」
大数

たいすう 大きい数。多数。(広辞苑)
大数之ものを見分作法

算用 さんよう (連声でサンニョウとも)数を計算すること。勘定。(広辞苑)
俵数之算用も成易キ様積置せ候事
可否 かひ よしあし。(広辞苑)
何角之善悪可否も相分り可申事
小尻 こじり 端数。
「右之通相定置候得共小内小尻少々間違之義有之候ニ付」。「俵数升目等相改申候ニ付、全書附前算用詰之通小尻端俵等迄も少しも無間違様御取計可被成候事」
端俵 はしたたわら? 規定の分量にみたない俵。
「俵数升目等相改申候ニ付、全書附前算用詰之通小尻端俵等迄も少しも無間違様御取計可被成候事」
枡掻 ますかき 枡に盛った穀類を縁と平らにするのに用いる短い棒。斗掻とかき)広辞苑)
「御見分之節ハ不及申支配役之面々致見分候節も、刺・つるばん・升かけ・莚等御用意可被成置候事」
郡割 ぐんわり 郡割とは、いつれの村々不片付郡中一配懸ル諸入用ヲ村々高ニ応して割懸いたすをいふ也、たとヘハ公義衆之旅行人馬賃銀等之足銀、御茶屋・牢屋等之作事繕等之入用割、庄屋其外共郡中へ懸り候儀ニ他行往来雑用等之類、皆郡割等いたす事也、此内ニ又給知懸ル物不懸物之差別アリ、浦嶋水主役勤ル所ハ郡割懸物アリ不懸物アリ、郡割ハ先ハ郡本之役人惣して専割庄屋之引受ニいたす物也、村々ニハ郡割之米銀を免割ニ出し取立也」(広島県史UP785)
鬮取札 くじとりふだ  →鬮取書 
「新割被仰付候鬮取札差上書附 ……拾石 高弐石札五枚 三石 高壱石札三枚……」
新割 しんわり 「来春御給知被仰付候筈ニテ御家来衆給知之外新割相成」
添札 そえふだ 鬮取札のうち、石未満の札。→鬮取書
「新割被仰付候鬮取札差上書附 ……三石 高壱石札三枚 七斗六升 添札壱枚」
半俵 はんたわら 穀物などの一俵の半分の量。また、その量を入れる俵。(日本国語大辞典)。規定の分量にみたない俵。
「所々より御城下近辺之村は津出シ集所へハ道遠其村より米出候道筋難所ニて三斗入を背負難仕、半俵ニて当町へ出し集置、兼て役人出合御蔵米向俵仕置シ申ス村有之」。「御囲籾弐百弐拾五俵 但三斗五升入 外ニ弐斗六升七合七勺入半俵
かます 主に穀物・塩・石炭などを入れるのに用いる藁むしろの袋。かまけ。(広辞苑)
「御囲籾百拾弐俵 但三斗五升入 外ニ壱斗三升三合 かます入」
方角ニ寄り ほうがくにより 場所により。
「其村々へ去々冬御下渡之櫨苗生立之員数、去秋御申出候処、方角ニ寄り去冬之寒気ニ又々枯いたミ出来候趣ニ相聞申候ニ付」
差向 さしむき さしあたり。とりあえず。目下。(広辞苑)
「委細書附ニして……御出可被成候、差向入用ニ御座候、必日限御延引被成間敷候」
本植 ほんうえ 苗床から本式に移植すること。
「先達御下渡之櫨苗、当時生立之内何程本植ニ御取計、何程ハ以今床植ニ相成居」
床植 とこうえ なえどこ植。
「先達御下渡之櫨苗、当時生立之内何程本植ニ御取計、何程ハ以今床植ニ相成居」
無心元 こころもとなし 心許無い。おぼつかない。(広辞苑)
「格別ちさき内本植ニ取計候而者往々生立之程無心元ニ付」
売薪 うりまき 「郡中村々腰林売薪、願御免許ニ付伐揃之義」
隙取 ひまどる 時間がかかる。(日本国語大辞典)
「左候而ハ彼是と隙取
上下 じょうげ 上の者と下の者。(日本国語大辞典)
上下不便利ニも相聞候間」
伐揃 きりそろえる 切って同一の形に揃える。(広辞苑)
「郡中村々腰林売薪、願御免許ニ付伐揃之義」
山目付 やまめつけ 現地にあって藩内林野の管理・育成の中枢に位置した職務。享保十八年山奉行が設けられ、同時に山目付も設置され、郡内で割庄屋クラスのものが二、三人任命された。その後、一時廃止されたが廃藩まで設けられていた。その職務の第一は、藩有林の管理・育成、村内林野の管理の責任者である村役人・山番を監督して、御山守の目付役として郡中を巡り、山々を絶えず見廻るべきとされた。林野の利用・管理に関して、村方からの諸願は山目付の下吟味と承認を経て受理されるなど、藩と村方を結ぶものとしての役割を果たした。(広島県史1P501)
「定格之歩銀取立之儀山目附被申附候義ニ有之所」
小休 こやすみ 少憩。(広辞苑)
「四月廿一日御小休 長束」
給庄屋 きゅうしょうや 与庄屋・給与頭・給役。知行地および知行地百姓が決定すると、給人は知行地百姓の中から給庄屋を任命した。給庄屋は文字どおり給知の庄屋という意味であるが、組内でも筆頭の高持で、しかも人柄が良く、依怙贔屓しないものから選ばれ、年貢納入などの責任者とされた。給庄屋の人選は、初期には給人が任命していたが、中期以降になると、割庄屋や庄屋が推薦したものから選任されることが多くなった。(広島県史1P176)
給役人 きゅうやくにん →給庄屋
「当村給主様給役人共より御立用銀」
振替 ふりかえ 一時取りかえて用いる。(広辞苑)
「当村給主様給役人共より御立用銀等右之通ニ御座候処、年々利払而已ニて元入無御座、給役人共手元大ニ差閊甚迷惑仕候間、何卒御慈悲を以御振替等被成遣候ハヽ」
懸御目 おめにかける お見せする。(広辞苑)
「則証文写シ懸御目申候」
仕廻 しまう 仕舞。なし終える。すます。しとげる。(広辞苑)
一当村田方植附之義、四月廿八日より当月廿二日迄端々迄不残相仕廻申候
上ケ米 あげまい 借知のこと。家中の知行や切米・扶持米から、一定の率を定めて強制的に借り上げる制度で、家臣にとっては事実上の減俸を意味する。藩財政の補填策として寛永十六年(1639)から始められたが、延宝三年(1675)に恒常化して幕末にいたったものである。享保四年(1719)の上げ米が一つ成(すなわち、年貢率を五つ成とした場合は知行物成は四つ成となる)から嘉永元年(1848)の三つ成(同じく知行物成は二つ成となる)となって、一躍三倍にふくれている。(広島県史1P194)
「当申年(文化九年)分壱つ成御上ケ米 相田村 一米弐石 坂田吉太郎」(坂田吉太郎は相田村で32石5斗6升6合の給主である)
やな 川の瀬などで魚をとるための仕掛け。木を打ち並べて水を堰せ)き一ヵ所に流すようにし、そこに流れて来る魚を梁簀(やなす)に落し入れてとるもの。(広辞苑)。御簗所 藩直営の鮎の捕獲場のこと。一時期深川村に移されていたが、元文3年(1738)再び可部河戸に移された。(郷土史メモ)
「河戸御簗所御用懸り御願書附」
近々 きんきん ちかぢか。近いうち。(広辞苑)
「当年河戸御簗所御堰方等近々より御取懸り被遊候半奉恐察候」
御払鮎 おはらいあゆ 藩より払下げになる鮎。
御払鮎問屋御用懸り私共両人へ被為仰附被遣候ハヽ」
三田 みた? 初ニ熟ル稲を早稲(わせ)といふ、次ニ熟ル稲を中田といふ、又其次ニ熟ル稲を晩田といふ、此三田ハ熟之遅速ニツイテ之惣名にて(広島県史UP776)
「当村田方三田毛植附之義四月廿三日より当月廿日迄端々迄不残相仕廻申候」
早稲 わせ 初ニ熟ル稲を早稲といふ、次ニ熟ル稲を中田といふ、又其次ニ熟ル稲を晩田といふ(広島県史UP776)
中田 なかて 初ニ熟ル稲を早稲(わせ)といふ、次ニ熟ル稲を中田といふ、又其次ニ熟ル稲を晩田といふ(広島県史UP776)
晩田 おくて 初ニ熟ル稲を早稲(わせ)といふ、次ニ熟ル稲を中田といふ、又其次ニ熟ル稲を晩田といふ(広島県史UP776)
弱竹 なよたけ 細くしなやかな竹。若竹。なゆたけ。また、女竹めだけ)。(広辞苑)
なよ竹弐束 但弐尺手把 右河戸御簗所御用差出申候」
懇ニ ねんごろに 念入りに。(広辞苑)
「組合村々へ懇ニ可及教導」
時節柄 じせつがら 時期が時期だから。(広辞苑)
「御時節柄ニ付、来ル五日出勤之式相止候条」
省略 しょうりゃく はぶいて簡単にすること。(日本国語大辞典)
「御省略中、正月五ヶ日御役所出勤初メ之式被差止候」
九月勘定 くがつかんじょう 
「九月勘定引受 同(割庄屋)清水利兵衛」
上り銀相場 あがりぎんそうば 年貢銀之相場。上納銀相場。年貢を銀子で上納する場合には、上納銀相場が立てられていた。寛永六年(1629)までは、郡代官が算用奉行と協議の上決定する方法を用いていたが、翌七年からは「当町之直段ニ応シ、納壱石ニ付銀子壱匁上りを遣可相改事」と、広島町の米相場に一匁を加えて年貢銀の上納相場にしている。(広島県史1P343)
上り銀相場之覚 一米石ニ付銀百匁ツヽ 右従今日之相場ニ候条、此旨相心得、組合村々へ不洩様相触可申もの也」。「年貢銀之相場当町之直段ニ応シ、納壱石ニ付銀子壱匁上りニ時分を見合相場付可遣事」
春普請 はるふしん 普請之事とかく百姓之隙之時分ニ申付候様可有之候、其時節遅速有之故、百姓取込候時分ニも成申候と考候得、春普請之儀其場所之儀年内可成程ハ、其前にも見分之上粗相極、尚又春ニ至上しらへいたし候て、其侭申付候様ニ有之候ハヽ、百姓共も助力ニ成、第一時節もたかい不申候て可然事、百姓をつかい候時分ハ、昔より相定候時節有之候(広島県史VP499)
「当春普請所見分として、拙者共義来月初メ頃入郡廻村」
出先 でさき 出張先。(広辞苑)
「拙者共義来月初メ頃入郡廻村、出先ニおゐてヶ所々々帖面へ引附見分いたし」
手組 てぐみ 手筈てはず)。段取り。(広辞苑)
「直ニ小内入用取約メ候手組ニ候間」
町新開 まちしんがい 浅野時代の五組ならびに新開の区域は、「知新集」によれば左のごとくなっている。
町分

中島組 本町 材木町 天神町 木挽町 新町 元柳町
新町組 山口町 銀山町 東引御堂町 胡町 堀川町 屋町 石見屋町 橋本町 京橋町 新愛宕町 東柳町 稲荷町西組 同下組 同中組 同東組 猿猴橋町
白神組 三町目 二町目 一町目 四町目 尾道町 塩屋町 紙屋町 猿楽町 細工町 横町 鳥屋町
中通組 平田屋町 播磨屋町 革屋町 西魚屋町 中町 袋町 研屋町 立町 東魚屋町 鉄砲屋 新川場町 竹屋町 東白島町 西白島町
広瀬組 塚本町 堺町一町目 同二町目 猫屋町 油屋町 十日市町 西引御堂町 鍛冶屋町 西土手町 唐人町 堺町三町目 西大工町 堺町四町目 寺町

新開分

国奉寺村 六町目村 竹屋村 段原村 比治村 山崎新開 大黒村 亀島新開 皆実新開 東新開 矢賀村 尾長村 古川村 大須新開 西愛宕町 東愛宕町 大須賀村 明星院村 白島村 広瀬村 空鞘町 左官町 天満町 川田村 観音村 西地方町 船入村 江波新開 水主町新開 吉島新開(広島市史2P277)

「初午ニ付、三之御丸稲荷社へ来月六日・七日両日共、朝五つ時より夕七つ時迄、町新開・近在之男女拝参勝手次第之事」

米立 こめたてり 銀ではなく米を基準にしてあらわすこと。 
「郡中見廻り役之者賃銀、元一日銀弐匁ニ相定居候処、銀札下落ニ付、右割合を以米立ニて被差出御聞届ニ相成候得共」。「御年貢御未進之儀、前々ニ米ニ年弐割利附ニ御取立御座候処、近年ハ銀立ニして年三歩之利附ニ御取立御座候、此儀も古形之通り米立ニして御取立被遣候様御願申上候」
捨置 すておく 放置する。(広辞苑)
「難被捨置分取繕等之普請」
上向 うわむき? お上の。藩の。
上向御普請所ニても真之漏留メ迄之事ニ相成居候御場合候処」
切磋 せっさ 骨・角・玉・石などを刻みみがくこと。(広辞苑)。切りつめる。
「不得止ヲ分計遂切磋可被差出」
村辻 むらつじ 村全体。
「勿論櫨生候実ハ其土地主、或村辻へ引受、為筋ニ相成候義」
為筋 ためすじ 利益になる方法。(広辞苑)
「勿論櫨生候実ハ其土地主、或村辻へ引受、為筋ニ相成候義」
申値 もうしあう 互いに言いかわす。
「第一正金融通之事柄ニ候得、篤申値、村々差閊有無之様子書附を以申上候様」
再応 さいおう ふたたび。再度。(広辞苑)
「尚早春再応示談仕候処」
手守護 てしゅご 手を入れて世話をする。
「左之村々植試、……手守護等入念生立候様取斗ひ申度旨」
可然 しかるべき ふさわしい。適切な。(広辞苑)
「植附方等之義、可然様御差図之程奉希上候」
希上 ねがいあげる やうやしく願う。(広辞苑)
「御差図之程奉希上候」
竈改 かまどあらため 所帯調査。
「右村々竈改見廻り候処、不審体之義無御座趣」
家作 かさく 家を作ること。また、その家。(広辞苑)
「焼失諸家作仕戻し不申候而者諸向御通行之節御差閊ニ相成申候ニ付」
差繰 さしくる さしつかえのないように都合をつける。くりあわせる。(広辞苑)。遣り繰りする。
「家主共銘々差繰、高歩之銀子借暮仕、差向相凌申候義ニ御座候」
延着 えんちゃく 予定の期日または時刻よりおくれて着くこと。(広辞苑)
「郡中御用状送り方之義は、……近年莵角延着致、御用柄ニ寄忽差閊」
付紙 つけがみ 文書中の必要な箇所にしるしとしてつけておく紙。さげがみ。付箋。(広辞苑)
「畝数等増減之所、……被相約メ下タ付紙ニして可被差出候事」。下タ付紙は書面の下部につけるもの。
質素倹約 しっそけんやく おごらず、つつましいこと。費用を切り詰めて無駄遣いしないこと。(広辞苑)
「質素倹約筋之義ニ付而者度々触示し候処」
甘む ゆるむ 緩む。緊張がとける。油断する。(広辞苑)
「此甘キを以御免御上ヶ候共」「此ゆるきを以御免御上ヶ候とも」(異本)、「質素倹約筋之義ニ付而者度々触示し候処、近来何となく相甘ミ」。「質素節倹相守、常ニも気甘ミもたれ気ニ相成候様ニ而者不相済候間」
饗応 きょうおう 酒食を供して、もてなすこと。供応。(広辞苑)
饗応筋等奢美超過いたし候哉に相聞、甚以心得違ひ之義」
奢美 しゃび 奢靡。身分に過ぎたおごり。(広辞苑)
「饗応筋等奢美超過いたし候哉に相聞、甚以心得違ひ之義」
稠敷 きびしく 厳重である。(広辞苑)
「此場合弥以稠敷触示し方手厚ク可申談者也」
難有狩 ありがたがる 
「いつれも難有狩可申奉存候」
不及其義 そのぎにおよばず その必要はない。
「音楽御用相勤候様被仰付置候処、自今不及其義候事」
他国出 たこくで 他国に出ること。
「郡中之者共、伊勢参宮他国出之義、……当御省略御年限中、右他国出之義一切差留メ候条」
申付 もうしつける 上の者が下の者に処罰を言いわたす。
「若心得違ひ相背候者も有之候ハヽ、其者勿論、役人共始メ申付方有之候条」
そうじて・すべて 
「町方諸商物、上品高直之類取扱申間敷段、連々被仰出相示し置候趣」
上品 じょうひん 品柄のよいこと。品質のよいこと。また、そのもの。(広辞苑)
「町方諸商物、惣上品高直之類取扱申間敷段、連々被仰出相示し置候趣」
自然 しぜん もし。ひょっとして。(広辞苑)
自然心得違之者有之候ハヽ急度可及沙汰」
おして しいて。むりに。(広辞苑)
「自然被申付候方角も有之候ハヽ、其段申出、差図受候様可申付候」
縄手 なわて 畷。田の間の道。あぜ道。まっすぐな長い道。(広辞苑)
「奥海田村市頭同所縄手往還地上ケ普請」
地上 じあげ 盛り土をして地面を高くすること。(広辞苑)
「縄手往還地上ケ普請」
下宿 したやど 大名などが宿駅の本陣へ泊る際、家臣たちの宿泊する所。(日本国語大辞典)
「諸御通行度毎御下宿ニ相成、駅用専相勤来申候処」
川埋 わかうもれ 川の運搬した砂礫が堤防の間をうめて、河床が高くなること。「近年ニハ川埋レ強、纔之出水ニも水漬リニ相成」
わずか ほんの少し。(広辞苑)
「近年ニハ川埋レ強、之出水ニも水漬リニ相成」
出水 でみず 降雨のために、河川などの水量が増すこと。(広辞苑)
「近年ニハ川埋レ強、纔之出水も水漬リニ相成」
水漬 みずつかり 水につかる。水にひたる。(広辞苑)
「近年ニハ川埋レ強、纔之出水ニ水漬リニ相成」
川浚 かわざらえ 川底にたまった土砂や汚物などをすくい取ること。浚渫。(日本国語大辞典)
「地上御赦免被為成下候様奉願上候、勿論大川埋り土砂を以取斗候義ニ付、川浚ニも相成、両全之弁利ニ御座候ニ付」
両全 りょうぜん 両方ともに完全であること。(広辞苑)
「地上御赦免被為成下候様奉願上候、勿論大川埋り土砂を以取斗候義ニ付、川浚ニも相成、両全之弁利ニ御座候ニ付」
勘味 かんみ 検討する。
「彼是御勘味被成下、御慈談之程厚奉希上候」
唐樋 からひ 
「新開石唐樋三ヶ所、樋蓋仕替積帖」
如何様 いかよう どんなふう。どのよう。(広辞苑)
如何様之振合ニ候哉、早々様子御申聞候様いたし度」
振合 ふりあい 事のなりゆき。(広辞苑)
「如何様之振合ニ候哉、早々様子御申聞候様いたし度」
手業 てわざ しわざ。所業。(日本国語大辞典)
「郡々繰出し菜種、干立・手入・俵拵等念入差出し候得ハ、買受直段高下ニ拘候義ニ候処、中ニハ種々手業いたし差出候分も候ニ付、心ヲ付差出候様、村々役人中より厚示教筋示談有之候事」
絞り草 しぼりぐさ 菜種・綿実など、油を絞る作物。。
絞り草不足故歟、手近之菜種勝手我儘ニ買集メ候風聞も有之候ニ付」
手作手絞 てづくりてしぼり 自給用としての油絞り。(広島県史2P388)
手作手絞株持之者共」
見留メ みとめ 認。見通し。予測。(日本国語大辞典)
「郡々菜種植附候畝数・当新種出来高等見留メ附候へハ、相約メ書附差出候様」
めど めあて。見込み。(広辞苑)
「凡石数相知レ不申も難立候間」
算当 さんとう 見積り。(広辞苑)
「油方ニおゐて算当上、一応見当直段相定メ」
有実 実情。
「他国塩買取候者も有之哉ニ相聞候得共、其実如何可有之歟、有実聞探り様子可被申聞」
必至 ひしと びしく。きつく。(広辞苑)
「御世帯向必至御差閊ニ付」
上下銀 じょうげぎん 備後銀。大森銀山の産出銀を元手に、上下代官陣屋が在所の有力商人に委託して金融貸付業を営ませ、その利潤銀をもって銀山産出銀の低下を補填する役割を果たさせていたものである。(広島県史2P215)
「別て上下銀借請候ハ不相済義に付」
斤目 きんめ 斤を単位としてはかった物の重さ。転じて、目方。(広辞苑)
「八代嶋之灰(正石灰)ハ俵斤目四貫目内外ニて代壱匁六分位ト相聞」
作毛 さくもう (「毛」は草木、特に五穀を意味する) 稲や麦の穂のみのり。また、農作物。さくげ。(広辞苑)
作毛出来立候ハヽ、年々少々ツヽ之寸志ハ御山方可遂上納」
伏蔵 ふくぞう 心の中に包み隠すこと。(広辞苑)
「頭書之廉々等是亦手厚被申値、御心付之儀は無伏蔵承度候事」
裁許 さいきょ 訴訟の判決の称。(広辞苑)
「郡中ニおゐて工事出入御法度相背、……御吟味被為遂、御裁許相済候上」
仰山 ぎょうさん 数量や程度の、はなはだしいさま。(広辞苑)
「近年諸色仰山高直ニ相成候ニ付」
諸色 しょしき いろいろの品物。物価。(広辞苑)
「近年諸色仰山高直ニ相成候ニ付」
開地 ひらきち 開墾した土地。(広辞苑)
「御山所之内、開キ地一条御紙上之通りニ候処」
先案内 さきあんない 先だって案内すること。また、その人。先導。(広辞苑)
「諸向入郡之輩先案内之者差出方之義」
区々 まちまち それぞれ異なること。個々別々。(広辞苑)
「近来村ニ寄区々之取計いたし」
先触 さきぶれ 官人または貴人が道中する場合に、前もって沿道の宿駅に人馬の継立つぎたて)などを準備させた命令書。(広辞苑)
「案内差出候様先触へ相認候向も有之由」
脇道 わきみち 本道から分れ出た道。(広辞苑)
「往還・脇道之無差別、案内之者差出可申候」
口過 くちすぎ 暮しを立てること。(広辞苑)
「他国出之義ハ……難渋もの為口過罷出候様之類へ当り候ハ」
出捨 ですて 無償労働。(広島県史2P766)
「府中辺四ヶ村大川筋掘さらへ方助精出捨掘之義……心得方宜敷奇特之至ニ付」。「毎年雨池内掘浚仕、於下方出捨勤崩仕候得共」。「出捨夫弐千七百七拾四人」
暖気 だんき あたたかい気候。(広辞苑)
「弥暖気ニ押移り申候処」
安康 あんこう 安全無事で異変のないこと。(広辞苑)
「先以各様愈御安康可被成御座奉賀候」
助勢 じょせい 力を添えること。かせい。たすけ。(広辞苑)
「同五日より村助勢取懸り候ニ付、御組合村々人夫出方」。「助勢夫六百拾人」
要用 ようよう 大切な用事。(広辞苑)
要用迄如此御座候、以上」
おって (手紙・掲示などで) つけ加えて。なお。(広辞苑)
申上候」
掘浚 ほりざらい 浚渫。水底の土砂をさらうこと。河川の流路を拡げ、航路の水深を増し、また埋立用の土砂を採取するなどの目的で行う。(広辞苑)
「大川筋掘浚方ニ付村々出夫」
得貴意 きいをえる お考えをうけたまわる。
「右之段可得貴意如此御座候、以上」
竿入 さおいれ 間竿けんざお)で地積を測量すること。また、検地のこと。竿打ち。(広辞苑)
「右両村新開之義ハ、去ル寅之春御竿入御高附ニ相成申候ニ付」
村普請 むらふしん 村の費用で普請すること。
「堤平打損所、外並之通御銀出場所ニ被為成下候様一応御願申上候趣も御座候得共、其節之義各格別損しも無御座、御竿入間合も無御座候ニ付、役人共心得を以村普請ニ相調」
仮成 かなり 非常にとまではいかないが、並み一通りを越える程度であること。相当。(広辞苑)
「村普請ニ相調、仮成ニ相凌申候得共」
村業 むらわざ 村の事業。
「追々堤筋大破ニおよひ、忽難捨置ヶ所も有之、依ハ此場合村業ニ難相叶」
只管 ひたすら ただそればかり。(広辞苑)
「此余難捨置旨只管願出候趣無余義次第ニ御座候間」
無余義 よぎなし 他にとるべき方法が無い。やむを得ない。(広辞苑)
「此余難捨置旨只管願出候趣無余義次第ニ御座候間」
美々敷 びびしく はなやかで美しい。りっぱである。見事である。(広辞苑)
「村別印幟・其外着類或ハ手拭ニ至ル迄美々敷形チ等見受候義も有之候処」
博労 ばくろう 馬喰。馬を売買・周旋する人。(広辞苑)
「都馬工労共気質一統風儀不宜ニ付」
行作 ぎょうさ 行儀作法。ふるまい。おこない。(広辞苑)
「悪敷行作へハ染易キ道理」
悪情 あくしょう たちのわるいこと。特に、酒色にふけること。遊蕩ゆうとう)(広辞苑)
「村中ニも菟角悪情ものハ馬工労相好」
動スレハ ややもすれば どうかすると。(広辞苑)
動スレハ村方厄介引出候様之儀ニ
目利 めきき 器物・刀剣・書画などの良否・真贋しんがん)を見分けること。鑑定。また、その人。(広辞苑)
「其筋目利功者成ルもの共」
一廉 ひとかど 一人前であること。相応であること。(広辞苑)
「暮向一廉ニ相成申候」
安気 あんき 心の安らかなこと。(広辞苑)
「牛馬代貸附約メ方安気ニ相成候ニ付」
落合 おちあう 決着する。
「約ル処百姓共商仕候農牛馬買入便利ニ落合可申奉存候」
不為 ふため ためにならないこと。不利益。(広辞苑)
「生質不宜馬工労共弥増候様ニハ百姓共不為甚以歎ヶ敷次第」
休泊 きゅうはく 休息し、宿泊すること。(広辞苑)
「近々郡内御廻村被遊候間、其村々御役人中……最寄御休泊之内へ御出揃可被成候」
出浮 でうく 出歩く。(日本国語大辞典)。出かける。
「中野村御泊り所へ畑賀御役人中、同日八つ時迄ニ出浮可被成候」「九月御勘定出浮キ之節」
昼所 ひるしょ 昼休みの場所。
「海田市御昼所へ……朝四つ時迄ニ御出揃可被成」
ふと 何かの拍子に。偶然。(広辞苑)
「自然狐狸共ニ誑カサレ候もの歟、先月十八日朝家出仕」
有懸り ありかかり 形式通り。(日本国語大辞典)。ありのまま。
「行衛相知不申ニ付、乍恐有懸り之趣御注進申上候間」。「依飛脚口上書相添、有懸り之様子乍恐書付奉差上候」
改印札 弘化四年十月に発行された銀札は、旧来の明和札に「弘化未定」・「改」の朱印を捺し、紙幅等を少し変えただけの改印札で、これをもって正銀同様金一両六五匁とし、旧札とともに通用させた。いっぽう旧札は、一両二貫六〇〇目の定相場として四〇分の一切下げを断行したので、世にこれを「四拾掛相場」と称した。(広島県史2P555)
改印札通用被仰出、旧札ハ改印札へ四拾掛之割合ヲ以取引候様仰出候付」
物入 ものいり 出費。(広辞苑)
「盗賊町方へ牽出候得、上之御物入を以御吟味被下、牽出入用も専ラ御銀出ヲ以村方迷惑不相成様被成候事故」
徘徊 はいかい どこともなく歩きまわること。(広辞苑)
「近年菟角盗賊類多人数徘徊いたし候様子ニ盗難申出も不少」
無宿 むしゅく 主として平人身分の者で人別帳から除籍された者。無宿人ともいう。牢人体の者から博徒および乞食非人の者まで、居所を定めず生業をもたない者の一般的総称。(岩波歴史辞典)
「盗賊召捕候得ハ……郡中懸り合無之分ハ有宿無宿共牽出可申候」
子細 しさい いわれ。(広辞苑)
「何そ子細有之、郡中ニて吟味ニ相成候方下方為筋ニ可相成見込有之分ハ」
かれ それ。かれ。第三人称の代名詞。(漢字源)
「全体等共義ハ多分浮過者ニ御座候」
多分 たぶん 大抵。大方。(広辞苑)
「全体渠等共義ハ多分浮過者ニ御座候」
得勝手 えがって 得手勝手。
「中ニハ心得違ひ得勝手之取引仕候ニ付」
継人馬 つぎじんば 駅家・宿場で乗り替える人馬。(広辞苑)
継人馬員数、近年之振り合を以用意いたし可申候事」
木銭 きせん 旅人が米を持参し、薪代まきだい)を払って旅宿に泊ること。また、その代金。(広辞苑)
「若御小人宿主へ致相対木銭ニ泊り候類も有之候ハヽ、定メ木銭受取可申事」
御跡慕 おんあとしたい 殿様などの跡を慕って行列に加わる役目。
「郡内御跡慕 割庄屋代社倉支配役牛田村吉左衛門」
はば 幅。
「同所縄手往還義之も下地道陌も狭く御座候ニ付」
巻上ケ まきあぐ まくりあげる。(広辞苑)
「勿論川筋巻上ケ土砂を以地揚取計候義ニ御座候に付」。「砂川之義ニ御座候ニ付、大水之節ハ兎角川中へ巻上ケ所ニ寄り出来仕」(川砂がまくりあがって高くなる)
積り帖 つもりちょう 積書(つもりがき)。大体の計画、また予算を書き記した文書。(日本国語大辞典)
「往還地揚普請諸入用積り帖
窪所 くぼしょ 窪地。周囲より低くなっている土地。(広辞苑)
「類焼跡地揚ケ仕、追々小屋懸ケ等取計申義ニ御座候へ共、往還筋弥窪所ニ相成、当夏梅雨之節諸御通行御差閊之程も難計」
なにとぞ 何卒。ぜひ。(広辞苑)
早々御見分之上願意之通、地揚ケ御赦免被為成下様奉願上候」
寄村 よせむら 村々の代表などが集ること。
「海田市ニ郡中一同寄村免状下ケ渡し有之候間」。「御代官衆御廻村寄せ村之節」
免状 めんじょう 領主からその年の年貢の高を記して各村に下した文書。年貢割付状。(広辞苑)
「麦毛上見分免状下渡兼御代官廻村之義」
郡元 ぐんもと 郡役所(代官所)の所在地。広島藩では祇園(沼田)・海田(安芸)・廿日市(佐伯)・可部(高宮)・吉田(高田)・三次(三次)・西城(奴可)・庄原(三上)・四日市(賀茂)・本郷(豊田)・甲山(世羅)・吉舎(三谿)・後地(御調)・本郷(甲奴)・本地(山県)・宮内(恵蘇)にあった。ここに勘定組と番組とを常時詰めさせることにし、代官が機に臨んで出郡した。(広島県史1P213・近世用語の概説)
「免状ハ郡元出張、郡中一同寄せ村ニ下ケ渡候事」
升突 ますつき 枡突を為すとは、番組は村役人等と共に出張して村中を巡視し、其作況良好の畝に就き壱坪の中へ竹四本を四方に入れ其中の稲を刈り取り……其籾を桝にて量り改むるをいふ、蓋し実地に就て之を検し、往に村役人より呈出せし下見帖の籾数と合するや否やを見るなり。(広島県史TP271)
「稲毛上見分升突として手附廻村之義」
受郡 うけぐん 受持ちの郡。
「郡廻り・御代官入郡受郡廻村之節」
郡方吟味屋敷 ぐんがたぎんみやしき 宝暦九年、郡方吟味屋敷を広島城下に設けて、郡中の公事出入の関係者すべてを吟味屋敷に引き出し、代官の直吟味を励行させた(広島県史2P19)
「海田市・船越村争論一件吟味、郡方吟味屋敷ニおゐて佐伯・山県郡御代官加藤衛守直吟味被仰付」
口演 こうえん 文書でなく、口で述べること。口述。(広辞苑)
「此儀ニ付ハ当春口演を以一応歎出候趣も御座候得共」
定宿 じょうやど いつもきまって宿泊する宿。常宿。(広辞苑)
「海田市定宿 江州 油屋甚六 宿竹原屋良助」
御鷹野 おたかの 大名などが鷹を使って山野で鳥を狩ること。たかがり。(広辞苑)
御鷹野之節、御小休所諸入用」
密書 みっしょ 秘密の文書・手紙。(広辞苑)
「内実表へ上ケ難申出入用方も可有之候得共、……別紙に委細認メ、密書ニシテ可被差出事」
響合 ひびきあい 反響。「御鷹方之響合必ス恐レ不申様呉々有之儘申出候様御申出之事」
参宮仏参 さんぐうさんぶつ 神社仏閣に参詣すること。
「格外之御省略筋被仰出御年限中ハ参宮仏参等他国出不相成段も申付置候程之次第」
折柄 おりから ょうどその時。折しも。(広辞苑)
「当時一統難渋之折柄ニ候得ハ、門徒共備銀等之義不相成」
抜々 ぬけぬけ あつかましいことを平気でするさま。(広辞苑)
「此節麦作取入中之処、抜々積出しいたし候哉ニ相聞候得共」
他所 たしょ その場所とちがった場所。ほかの所。よそ。(広辞苑)
「可成たけ他方売払他所積出し不申様相成度に付」
出帰諸入用 でがえりしょにゅうよう 往復旅費。
「馬口労共……備中辺へ牽参り、……売払申候、尤右之内出帰諸入用金壱歩位相懸申候趣」
聞繕 ききつくろう あれこれと情報を集めととのえる。聞きあつめて事情がよく分るようにする。(広辞苑)
「大坂表之相場……得E聞繕ひ申出可然との御申値ひも御座候」
間ニ合 まにあう 用が足りる。(広辞苑)
「いまた作附之間ニ合申候牛成丈ケ養詰メ申候様ニ相成申候ニ付」
養詰メ やしないづめ できる限り飼育する。
「いまた作附之間ニ合申候牛成丈ケ養詰メ申候様」。「惣若牛より老牛迄養詰申候得ハ」
若牛 わかうし 
「都牛四歳より六歳迄ヲ若牛と申伝候、風体而已美々敷いまた筋骨相堅メ不申候ニ付、深耕ニハ不向ニ御座候」
綿打弓 わたうちゆみ 繰綿をはじき打って不純物を去り、柔らかくする具。弓形で、弦は牛の筋または鯨のひげを用いる。わたゆみ。わたうち。唐弓。弾弓。(広辞苑)
「当村内ニも作間ニ綿打弓弦製法仕候もの多分御座候処」
牛蝋 ぎゅうろう 牛脂。(日本国語大辞典)
「郡内蝋燭職仕候ものも多分御座候得共、是又牛蝋皆々御他領仕入ニ御座候」
不成大形 おおかたならず なみたいていでない。(広辞苑)
「皆々御他領仕入ニ御座候、彼是不成大形出銀ニ相成候」
こそ 
「何私先願御座候事ニハ毛頭無御座候」
取繕 とりつくろう その場をうまくととのえて言う。(広辞苑)
「余ハ宜敷御取繕ひ被仰上可被下候」
当分庄屋 とうぶんしょうや ある村の庄屋が、臨時に他村の庄屋事務を分担する際の名称をいう。(近世用語の概説)
「当村庄屋順三郎殿義去ル五月已来より禁身被為仰付、当分庄屋官三郎殿被為仰付」。「其方義庄原村役人共咎中同村当分庄屋申付候条」
漆掻 うるしかき 漆の樹皮を傷つけて流れ出る生漆きうるし)を採集すること。(広辞苑)
「当郡内漆掻キ之者幾人有之候哉」
存意 ぞんい 心持のあるところ。かんがえ。存念。(広辞苑)
「売主直段相当ニ存候得ハ直ニ広島ニ売払、直段存意ニ不叶候得、改メ印ヲ受、其余何レ成共勝手ニ売払せ候仕法」
手遠 てどお 手元から遠いこと。(広辞苑)
「広島へ手遠之村方不弁利差閊候様ニ被存候得共」
役筋 やくすじ 村役人になる資格のある家柄。(日本国語大辞典)
「郡中古キ役筋之家々旧記之内ニて相見へ候事共ハ無御座哉」
しかと はっきりと。たしかに。しっかりと。(広辞苑)
「右御運上差出候根元之様子承知罷在候もの無御座」
聞合 ききあわせ いろいろたずねて確かめること。問いあわせ。(広辞苑)
「不審之義も有之趣ニ、京都表聞合有之候処」
いとま 奉公を免じて去らせること。解雇。(広辞苑)
「以前高丘殿家来ニ有之候得共出、当時町人ニ相成居之趣」
世上 せじょう よのなか。せけん。(広辞苑)
「近年蘭学之医師相増、世上而茂致信用候者有之哉ニ相聞へ」
出宝 しゅっぽう 寺院などへ寄付する。
「他邦へ金銀致出宝候義、決不相成旨」
行当 ゆきあたる 行きづまる。窮する。(広辞苑)
「前廉より段々買取方心配仕候へとも、所詮買求メ出来不申、甚以行当り心痛仕居申候」
立働 たちはたらく 動きまわって働く。(広辞苑)
「種々立働キ候へとも御差紙手ニ入不申」
月越し つきごし 二ヶ月にわたること。翌月にかかること。(広辞苑)
月越し御勘定之儀……御許容被為成下候得ハ、……七月五日迄ニハ御勘定差上可申奉存候」
石漆 いしうるし 瀬〆漆。漆の枝から掻き取ったままの漆液。ねばり強く上等なもの。(広辞苑)
「当郡内ニおゐて漆掻之者幾人有之、石漆いつ方へ売捌キ、代銀取引品物交易等之訳合」
手造り てづくり 自身で製すること。また、その物。(広辞苑)
「郡中之儀ハ市町船津等其所々ニ醤油屋も有之、且大家分ハ過半手造りニて相済せ候様子」
正道 せいどう 世の人の守るべき道義。(広辞苑)
「商事向正道ニ取計候様相示し可申」
手付 てつき 江戸時代、郡代・代官・寺社奉行・勘定吟味役などに直属して事務をとった役人。(広辞苑)
「御代官手附被仰付 大谷清六」
飛札 ひさつ 飛脚に持たせてやる急ぎの手紙。急用の手紙。(広辞苑)
「急飛札を以得貴意申候」
小間銀 こまぎん 広島城下町の町財政は、各町内で要する費用としての小間銀があり、家々の表間口の広狭に応じて家持が負担した。宝暦八年(1758)藩はこれに干渉を加え、大割銀・小間銀を水主役銀とともに定小間銀とよんで一括し、月割で徴収することとした。(広島県史2P491)
「海田市上市出火ニ付、……小間銀御貸下惣難渋もの御救被遣候人別」
いられ子 いられご? いられ。せっかち。(日本国語大辞典)。早稲の中でも特に早く収穫できる稲か。
「当早稲毛上之内いられ子苅揚、例年之通菜種・蕎麦蒔付申度」。「郡中いられ子稲刈上之儀奉願上書付」
熟口  熟すこと。
「当秋之義ハ季節よりも惣体稲毛熟口遅ク村々米納手後レニ相成」
郡辻 ぐんつじ 郡全体。
「郡中諸普請所諸約メ等、都て郡辻用向キニ付、出役人出勤方之儀」
出府 しゅっぷ 地方から都会に出ること。(広辞苑)
「割庄屋中始メ村々役人中出府之儀相減候様有之度」
町宿 まちやど  一般旅客のための宿泊施設。一夜限りを原則として滞在を許さず、広島では「旅人一夜之宿」といわれた。(広島市史3P136)
「広嶋町宿等ニ之諸約メ諸談等も是迄之仕成シ不拘可成丈ケ郡内ニおゐて被取計候様有之度」
如何敷 いかがしく? どれほど…ことか。(広辞苑)
「当盆会……一円差留メ之儀、若年之男女如何敷不興いたし候儀も可有之哉ニ候へとも」
届ヶ敷 とどかしく? 行き届くように。
「御教導届ヶ敷御触示し可被成候」
手重 ておもい 取扱いが丁重である。(広辞苑)
「銘々軒先キへ燈候灯籠花美風流を好ミ細工手重ニ仕立候哉之趣ニ相聞候」
水役銀 みずやくぎん 職人で、自宅所持者を本役、借屋住いの者を半役といい、在方に居住し半農半工の者の場合も半役とされることが多かった。徴用に応ずる日数は本役で一ヵ月に二日、半役はその半分の一日を基準としたが、寛永十六年(1639)からこれを米代納に改め、寛文十一年(1671)にはさらに銀代納制へと改正された。この銀納入諸職人水役銀ともよばれる。(広島県史1P650)
「右之者共、下大工・下桶屋・下舟大工・下畳刺・下木挽・下屋ふき・下鍛冶・下左官・下石工、夫々作間ニ職業仕度趣、右ニ付半役之水役銀上納仕度段申出候ニ付」
消印 けしいん 職人たちはすべて、藩の作事所に届出た後、職人改帳に登録された(帳付け)。(広島県史1P650)。この登録を抹消すること。
「右之者共、御定通水役銀上納仕、農業間合ニ職業仕居申候処、……老年ニおよひ、いつれも職業得不仕候ニ付、御消印被為成候様願出申候間」
乳持 ちちもち 母乳を出せる人。
「二才位之女子捨子有之、早速村内乳持之ものへ養育申付置」
道者 どうしゃ 連れ立って社寺に参詣する旅人。道衆。回国。巡礼。(広辞苑)
道者共致野宿候事哉立休見合候得共」
矢庭 やにわに その場で。たちどころに。即座に。(広辞苑)
「女子捨有之候ニ付、矢庭手分いたし相尋せ候得共」
納所 なっしょ 年貢などを納める所。また、納めること。(広辞苑)
「御年貢米納所不相済以前、百姓共為自用猥ニ新米取扱候義一切無用ニ候」
献上柿 けんじょうがき 幕府に献上する干柿。
「御献上柿、高宮郡於河戸ニ御買入相成候処」
竿留 さおどめ 柿の収穫を一時禁止すること。
「当年同郡之内柿生り付不自由ニ付、当郡村々竿留メ之義申来候条」
忽緒 こっしょ 軽んずること。おろそかにすること。(広辞苑)
「此旨相心得、忽緒無之様組合村々手厚可申聞」
積戻 つみもどす 再び倉庫に積み込む。
「郡中村々御囲ひ籾新古共、此節蔵出シ貸渡し、当新穀を以積戻方之義願出」
新知 しんち 新しく受ける知行。新領地。(広辞苑)
新知加増被下候面々へ、当時之免を以已来春所附御判物可被下候趣ニ付」
加増 かぞう 禄高や領地の増加。(広辞苑)
「新知加増被下候面々へ、当時之免を以已来春所附御判物可被下候趣ニ付」
判物 はんもつ (ハンモノとも。書判のある物の意) 室町時代以降、将軍・大名などが下の者に宛てた文書で、花押(かおう)のあるものの総称。御判。御判物。(広辞苑)
「新知加増被下候面々へ、当時之免を以已来春所附御判物可被下候趣ニ付」(所附御判物は知行判物のこと。)
丸明知 まるきゅうち 知行地村のうち、いまだ知行地はなく、全て明知の村。
「下地給知在之分割増并従来丸明知之村々来年より給知割出ニ可相成趣ニ候」
明知 あけち 明知方とは知行地村のうち知行地として給人に宛行われた以外の土地をさし、知行地とされたものの残余分や知行地を没収したものなどがこれにあたる。(広島県史1P171)
廉立 かどだつ 正当な理由がある。
「余程廉立候閊筋無之候ハ難承届」
焼米 やきごめ 新米を籾のまま炒り、搗いて殻を取り去ったもの。いりごめ。やいごめ。(広辞苑)
「御給主様方へ例年彼岸頃焼米少々宛差上来申候義ニ御座候」
つじ 物の合計(日本国語大辞典)
「纔宛之義ニ有之候も、御給知村々ハ余程之弁利ニ相成」
こころむ ためしてみる。(広辞苑)
「心附之儘各様方迄申上候間」。「彼是御判断も可被成下哉、一応申上試ミ候」
成立 なりたち 一人前となって世に立つ。立身する。(広辞苑)
「御与合村々之内成立之ものより木綿献備いたし度段……申出候一件」
てうさい ちょうさい 頂載。
てうさい出し申間敷并幟寄進事相成不申候事」
不如意 ふにょい 生計の困難なこと。(広辞苑)
「御初穂賽銭等相減し、当時不如意之社家中迷惑取続ニも拘り」
汐漬 しおづかり? 海水に浸かること。
「両日之大風、浦辺村々風当テ之新開込汐多、沖之堤近ク汐漬ニ相成」
虫気 むしけ 害虫。(日本国語大辞典)
「土用後曇天虫気相生」
風損 ふうそん 風災による損害。(広辞苑)
「各別多分風損と申様ニハ相見不申、乍去丁度出穂時分之暴風熟実之支如何可有御座哉」
尓今 いまに いまだに。今となっても。(広辞苑)
「明知しらへ之儀、御紙上を以申参り候処、尓今申出無之村方多」
差急 さしいそぐ 「いそぐ」を強めていう語。(広辞苑)
差急候儀ニ付、早急相しらへ可被申出候」
何角 なにかと あれこれと。(広辞苑)
「御番組衆御廻村休泊有之村方ハ御先触到来御承知ニ可有之、何角御差支ニ不相成様近例之通御取計可被成候」
はぜ ウルシ科の落葉高木。暖地の山地に自生。秋に美しく紅葉する。実から木蝋を採り、樹皮は染料となるので栽培される。(広辞苑)
実益筋之訳合等得申及し植弘方熟談いたし度段願出」
押付 おしつけ 強制的に。
「櫨実買集候儀ハ勿論全相対之取引ニ押付買取候訳ニハ更ニ無之、直段合其時々相当之相場を以取引」
不一形 ひとかたならず ひととおりでなく。なみなみならず。(広辞苑)
「都拾歩一銀之儀ハ不一形御趣意之儀ニ候処」
竿甘 さおゆるめ 柿収穫禁止の解除。
「西条柿御買入相済候ニ付、竿甘之儀申来り候条」
報恩講 ほうおんこう 祖師の忌日に報恩のために行う法会。浄土真宗では、開祖親鸞の忌日(陰暦一一月二八日)を最終日とする七昼夜にわたり法要を行う。(広辞苑)
「真宗一派之門徒共、毎年八月頃より霜月頃迄、報恩講と相唱、村々寺院相招、祖師忌執行相営候義、古来より之仕馴ニ相成居候処」
直勤 じかづとめ? 門徒の家で僧がお勤めをすること。
「檀寺より直勤いたし候由ニ、矢庭ニ入込、其所へ居留り、門徒共家別相勤」
受取手形 うけとりてがた 領収書。
「自今定法之外飲食等有之候ハヽ、其度銘々より代料相払ひ、村役人共受取手形取置候様申談有之候条」
皆済 かいさい 残らず返済または納入すること。完済。(広辞苑)
「御年貢上納方当郡村々之義ハ、年々共速ニ被遂皆済候処」
一段 いちだん 一際ひときわ)。一層。(広辞苑)
「年々共速ニ被遂皆済候処、去申年ハ別早皆済一段之事ニ有之」
莵口 とこう あれこれ。なにやかや。いろいろ。(広辞苑)。あれこれと言うこと
「畢竟各厚御駈引有之候より之事ニ被存、莵口無之義ニ候得共」
空敷 むなしく 無益である。むだである。かいがない。(広辞苑)
「外郡々ニ被乗越、当郡去年之手際空敷相成候様ニハ、甚以残念之義に付」
御蔵払 おくらばらい 藩の御蔵に年貢米を納入すること。
「村々共抜群立働キ、取立津出し速ニ取計、一日も早く御蔵払ニ至り合」
増長 ぞうちょう 程度が次第にはなはだしくなること。(広辞苑)。増加。
「楮増長方益相励候様、組合村々役人共へ手厚可申聞もの也」
過楮 すぎこうぞ 割当量以上の楮のこと。(郷土史メモ)→御仕入楮
「作増過楮代ハ御仕入楮代ニ弐割増直段宜御買上ケ被下候事」
御仕入楮 おしいれこうぞ 広島藩では宝永三年(1706)紙座を設けて専売制による統制策を確立した。すなわち製紙原料の楮は、各村に一定の生産額を割当て置き、原則としてすべて藩で買い上げた。これを御仕入楮という。(広島県史2P333)
「作増過楮代ハ御仕入楮代ニ弐割増直段宜御買上ケ被下候事」
仕戻 しもどし 元に戻す。復旧。
「去夏洪水ニ付、損所仕戻急場入用銀へ当り、左之通御拝借御歎申上候処」
取替 とりかえ 金を一時立て替えて渡すこと。
「損所仕戻急場入用銀へ当り、左之通御拝借御歎申上候処、御格別を以当分御取替被為成下」
元居 もとすえ? 元金は借りたままにして手をつけずにおく。
「元利御返納之業差寄出来不申候ニ付、……利足御上納元居之義、村々共一同厚歎出候ニ付」。「格別之御仁恵ヲ以三ヶ年之間元居、四ヶ年目より無利四十ヶ年賦ニ御取立被下候事」
落家 おとしや 盗品を買い受ける者。(日本国語大辞典)
「近年郡中へ盗賊多分入込、諸民之難義被為捨置御義に付、盗賊并落家之刑御厳法ニ御改メ被為在」
冥加至極 みょうがしごく 身に過ぎたもてなしを受ける。
「其節御内々御褒美頂戴仕、冥加至極難有奉存候」
他所者 よそもの 余所者。他の土地から来た者。他国者。(広辞苑)
「馬口労共他所者も御座候、農牛馬売買得勝手之取計仕」
葉境時分 はざかいじぶん 端境期。古米に代って新米が市場に出回ろうとする時期。九〜一○月頃の称。転じて、果物・野菜などの市場に出回らなくなる時期、広義にはさまざまな移行期をもいう。(広辞苑)
葉境時分銀子廻り合、一統便利ニ相成候義に付」
頃合 ころあい 適当な時機。好機。(広辞苑)
「此節専ラ植付候頃合ニ相成候ニ付」
平体 へいたい? 通常の。
「他所より積参り候蕨粉平体之相庭ニ仕凡銀拾貫目内外之義相聞」
下拙 げせつ 自分の謙称。わたくし。拙者。(広辞苑)
「日限無相違下拙町宿へ御差出し可被成」
勝手向 かってむき くらしむき。家計。(広辞苑)
「右之者儀、勝手向相応相暮、近年成立之者ニ有之」
筆算 ひっさん 書くことと数えること。文筆と計算。(広辞苑)
筆算等不調法之方ニ御座候得共、組内百姓共算用丈ケ之義ハ仮成ニ相済可申」
業前 わざまえ でまえ。てなみ。技量。(広辞苑)
「組内百姓共算用丈ケ之義ハ仮成ニ相済可申、全躰給役業前十分行届兼可申哉と村役人とも申値候得共」
たって 強いて。無理に。(広辞苑)
「給役不相当之者ニ、組内不居合之方有之候得共、石田様より御指ニ付、無拠人撰差出候」
新出来者 しんできもの にわかにできあがったもの、なりあがりの意。(広辞苑)
「難渋仕候処、近年奥通ひ小商ひ仕候処、追々勝手向立直し、申サハ新出来者ニ御座候」
不都束 ふつつか ゆきとどかないこと。(広辞苑)
「私ニおゐても内密人撰御答書附差方不都束之取計仕候段奉恐入候」
藍玉 あいだま 藍の葉をきざんで発酵させたものを乾し固めた染料。玉藍たまあい)(広辞苑)
「藍座製作之藍玉受引之者、郡内ニ壱人ツヽ拵度趣」
藍座 あいざ 広島新開其他郡中に於て耕作する所の葉藍を徴収して之を製して藍玉と為し、民間に売却する所なり。(広島県史TP315)
「藍座製作之藍玉受引之者、郡内ニ壱人ツヽ拵度趣」
御紙蔵 おかみぐら 藩内各地方に於て原料を支給して製紙せしめ、之を収納して公用に供し、其余は藩士へ売却し、若くは公商に売附して広く藩内に販売せしめ以て民間の使用に供す。(広島県史TP315)
御紙蔵御仕入楮」
地鳥見 じどりみ 地鳥見は、百姓の中から人物・生活程度・筆算の出来不出来などを考慮し、村役人の推挙によって選ばれた者(郡に一・二名)であり、常時御鷹野を巡視して、鳥類の保護・繁殖に意を用い、特に密猟を取り締まる役を有していた。(近世用語の概説)
「遠在地鳥見共鳥附等申出方、河田彦助・野口金十郎名前宛ニ差出候様触示し置候得共」
御鷹方 おたかがた 御鷹ヲ預リ御鷹ノ飼育ヲ専務トス(広島県史UP819)
「自今御鷹方役所宛ニ差出候事ニ相成候条」
掻揚 かきあげ 上の方へ引きあげること。(広辞苑)
「清吉より同村的場川裾掻揚開作仕度旨」。「浦辺嶋方浜辺掻揚又ハ入海等新開築調候屈竟之場所も可有之」
つたう 経由する。
「村方差閊筋無之候ハヽ、村役人伝ひ願書差出せ候様、当秋御示談被為在候趣」
開作 かいさく 開墾して作物をうえること。(広辞苑)
「右場所開作仕候義ハ差閊も有之旨、一応別紙△印之通書附差出申候処」
居合 おりあう しずまり落ち着く。おさまる。(日本国語大辞典)
「何様村内一統居合兼候趣」
不悪 あしからず 相手の意向にそえないで申訳ないという気持を表す語。わるく思わないでほしい。(広辞苑)
「御答申上候筈ニ御座候処、……不計延引仕候、此段不悪様御許容奉希上候」
荒透 あれすく 山が荒れて、樹木が少なくなる。
「安芸郡浦島左之御山所、従来御建所之処、追々荒透毛上難生立」。「御山々見廻り候節、毛上立茂り候処ハ御手入、又ハ荒透候ケ所へハ苗物植付等之義」
御囲山 おかこいやま 囲林ともいう。幕府・藩が緊急用材または公用を含めた自家用材を確保するために設定した保護林をいい、搬出便利の山を指定し、下草取・枯木取も許さなかった。(近世用語の概説)
「自今御囲山ニ相成、依之村方入用之筋有之願出候共、一円御下山無之」
気受取迷 きうけとりまよい 当惑する。
「村方不為ニ不相成様被成下候間、万々気受取迷ひ不申様一統へ可申聞」
人出 ひとで 人が出ること。(日本国語大辞典)。出張すること。
「近々御山方御人出御山所方限り毛上等得見分有之筈ニ付」
御山札 おやまふだ 此御山札と云於此山ニ何木ニ不限断無して伐採まじきとの制札ニ而、郡御奉行記有之なり。(廿日市町史UP102)
「御囲山御定メニ相成候段、別ニ御山札被立置候事」
間引伐り まびきぎり 間伐。立木密度を疎にし、発育を助けるため、林木の一部を伐採すること。(広辞苑)
「時々御人出見分毛上繁茂之様子ニ寄御手入間引伐り取計」
鳳尾草 ほうびそう 裏白の別称。
「一鳳尾草 半荷、一楪 拾五本 右、二葉山御社殿、来正月御錺御入用ニ候条」
ゆずりは 譲葉。トウダイグサ科の常緑高木。葉を新年の飾物に用いる。(広辞苑)
「一鳳尾草 半荷、一 拾五本 右、二葉山御社殿、来正月御錺御入用ニ候条」
年賦 ねんぷ 納付または返済すべき金額を年額いくらと割り当てて払うこと。年払い。(広辞苑)
「当暮之処利足計御取立、元銀之義ハ来暮より年賦御取立被為成下候様、只管奉歎上候」
飯用 はんよう 飯米。飯に炊く米。(広辞苑)
「作方虫気等ニ出来米少ナク、御国中飯用不自由之場合」
添書付 そえかきつけ 添付書類。
「依村別請書取揃、此段添書付ヲ以奉申上候」
差免 さしゆるす 「許す」をおもおもしくいう語。(広辞苑)。辞任を許す。
「仁保島庄屋差免、牛田村庄屋申付 割庄屋清水利兵衛」
諸向 もろむき 双向。ウラジロの別称。正月の注連飾りに用いる。(中国・九州地方でいう) (広辞苑)
「一門松弐門、一錺竹弐門、一御歳木弐門、一差松弐門、一もろむき一束半、一楪一束半、一錺わら一束半、一縄一束 右御宮御入用」
左義長 さぎちょう 正月一四日または一五日(九州では六〜七日)長い竹数本を円錐形などに組み立て、正月の門松・七五三飾しめかざり)・書初めなどを持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食えば、年中の病を除くという。子供組などにより今も行われる。どんど焼。(広辞苑)
左義長抔作略いたし候義ハ素り之義」
存命 ぞんめい 生き長らえていること。生存。(広辞苑)
「孝子奇特之者当時存命、右父母舅姑是迄存命之様子」
御小人賄札 おこびとまかないふだ 御小人が藩用で郡中(主として郡役所)へ出張する際には、藩発行の賄札(紙製で認札ともいう)を持参した。この札を、御小人賄札という。この札にはヱト印と御勘定所役印が押印してあり、賄料(諸入用米札は七合、宿賃米札は二合七勺、泊り分は九合七勺)が記されている。御小人が賄札を昼食や宿泊をしようとする村(村は指定さていた)へ差し出すと、その村は事前に配布されている御勘定所役印の押印と照合し、札と引換に、厘米の中から札に記入されている米の相当料で賄った。但し、指定村以外の村で昼食等をしようとする場合には、年寄のいる村が引き受けた。なお、村が受け取った賄札は、三、四月頃に組毎に割庄屋元へ集められ、郡役所へ提出された。また、村が負担した賄料は、郡割にして各村が負担した。(近世用語の概説)
「郡中就御用御小人罷通り候節、御勘定所より賄札相渡り認等いたし、右賄札差置罷通り候ニ付、……村々より差出之上全厘米ニ相立候得大切成ル切手ニ候」。「御小人賄札毎年正月十日限」
年番 ねんばん 一年ごとに交代して執務すること。また、その番に当っている人。(広辞苑)
「当丑年役割年番、左之通申付候条」
つぎに それから。(広辞苑)
私方無異加寿仕候、乍憚御休意可被下候」
休意 きゅうい 心を安んずること。安心。休心。(広辞苑)
「次私方無異加寿仕候、乍憚御休意可被下候」
不大方 おおかたならず なみたいていでない。(広辞苑)
「去年ハ不大方御懇情被成下、当年不相変御懇情之段奉希上候」
御手元 おてもと あなた。
御手元引続御通行年番御引受、御苦労御義奉存候」
山々 やまやま たくさん。重々(じゆうじゆう)(広辞苑)
「御家内様方へ山々宜敷様奉望上候」
拝顔 はいがん 人に会うことの謙譲語。拝眉(はいび)。拝芝(はいし)(広辞苑)
「余ハ拝顔御礼可申上旨、早々如此御座候」
弟鷹 だい 大鷹(おおたか)のめす。鷹狩に用いた。(広辞苑)
居小屋 いごや 寝泊りのための小屋。
「瓦師居小屋、細工ばとも梁三間桁弐間一ト棟新調」
地形 じぎょう 建築前に地固めをすること。(広辞苑)
「瓦師居小屋地形并瓦干場地拵へ」
手間代 てまだい 手間に対する報酬。手間賃。(広辞苑)
「細工人手間代前貸」
小身者 しょうしんもの 地位が低く、俸禄の少ない人。(広辞苑)。貧乏人。
「喜右衛門義小身者ニ御座候ニ付、仕入方差閊申候」
江戸廻り えどまわり 江戸へ廻漕する。
江戸廻り御用瓦之義ニ付」
本法成就 ほんぽうじょうじゅ 永貸穀まで貯穀した社倉を「本法成就」の社倉といい、永利穀まで貯穀した社倉を「全備穀」の社倉という。(広島県史2P928)
「社倉穀本法成就ニ付而者八幡社先年関外衛殿、御代参被仰出」
仕構 しかまえ 仕掛け。用意。装置。(広辞苑)
「関外衛殿、御代参被仰出、右ニ付夫々仕構方取計有之候処」。「夫より麦作蒔付等之仕構仕」
吹増 ふきまし 追加鋳造する。
「弐歩判金之義、世上通用不足之由此度吹増被仰付」
弐歩判 にぶばん 弐分金・二分金。江戸時代の金貨の一。一両の二分の一にあたり、二枚で小判一枚に相当する。一八一八年(文政一)から六八年(明治一)まで鋳造。(広辞苑)。真字弐歩判(真文・真中)は、背面刻印の「文」の字が真書(楷書)で書かれたもの。草字弐歩判はに草書の「文」の字があるもの。
「是迄之弐歩判ハ金座極印之文之字真字ニ候処、此度より小判・壱歩判同様、草字ニ相直シ候筈候間」
イスノ木 いすのき 柞・蚊母樹。マンサク科の常緑高木。西南日本の山中に自生。庭園樹としても栽培。樹皮を焼いてつくった灰(柞灰)は磁器のうわぐすりの融剤。(広辞苑)
イスノ木之皮を取、灰ニして焼出候ハヽ、石ニ付五六拾目位ニ町方皿山へ御買入ニ相成候趣」
甘蔗 かんしょ・かんしゃ さとうきび。(広辞苑)
甘蔗植付製作之義、一円無之義とハ相見候得共」
持成 もちなり 持っている。
「六郎右衛門持成御高外山端り、都て諸作出来立不申土地合、少々宛植試之趣」。「家財・田地・山林持成り之品闕所ニ相片付」
休株 やすみかぶ 株仲間の構成員や入会権の保有者が、一時休業や利用を中止して、株のあいている場合をいう。権利を放棄しているのではないので株数には入っている。(古文書用語辞典)
「諸国酒造之儀、……休株之もの其外是迄渡世不仕ものニも」
つかえる 仕える。 目上の人の身近にいてその用を足す。かしずく。奉仕する。(広辞苑)
「同人妻とわ 右、父母孝養尽し、とわ義も舅姑へ方宜」
鳥目 ちょうもく (中に孔があって、その形が鳥の目に似ていることから)銭(ぜに)の異称。(広辞苑)
鳥目五貫文 同久七娘すゑ 右、……奇特之至ニ付、為御褒美被下之」
竈廻り かまどまわり 各所帯を巡視すること。(広辞苑)
竈廻りと唱、村役人共軒別見廻り、少し不審之儀無之趣」
江戸上屋敷 えどかみやしき 広島藩の江戸藩邸は、幕府の拝領屋敷として、桜田に上屋敷、赤坂に中屋敷、青山に下屋敷、鉄砲洲築地に蔵屋敷などがあった。(広島県史1P979)
江戸御上屋敷御普請ニ付、当浦ニおゐて御入用瓦焼調」
薪炭木材十歩一税 しんたんもくざいじゅうぶいちぜい 郡中人民所有の山林より伐採する木材又は薪炭等は、妄に他方へ輸出を許さす、其広嶋城下へ輸出するものに対しては、人馬を論せす其実際輸入する物品の価格十分の一を徴収する所にして、左記の各村に之か管理者を置き其運輪する現品に対し直に徴収せしむ〔廿日市は寛永五年より、串戸・大野・玖波は寛永十六年より、矢野・海田村は寛永廿年より、竹原及沖は承応四年より徴収せり〕、然れとも之か処理頗る繁擾なるを以て、特に管理者を置き、之をして一週年間之に委任管理せしめ(広島県史TP302)
「海田市薪御拾歩請負人」
仕向 しむけ 待遇。扱い。(広辞苑)
「御拾歩銀村々より直御上納御聞届被成下候様御仕向御歎申上置候処」
為何 なんたる なんという。(広辞苑)
「以今為何ニ御御沙汰も無御座」
やまかせぎ 山で伐木・採薪・狩猟などに従事すること。(広辞苑)
「無拠第一ニ仕、ケ成ニ渡世仕候趣ニ御座候」
見へ透 みえすく 底までとおって見える。内まで透いて見える。(広辞苑)。当然予想される。
「薪ハ下直ニ相成、実ニ難渋見へ透居申候」
頻ニ しきりに しげく。ひきつづいて。しばしば。(広辞苑)
「右之振り合ニ頻ニ御拾歩銀増取立御宥メ之義、村々より歎出申候」
宿駕籠 しゅくかご 旅人を乗せて宿駅間を往来した極めて粗末な駕籠。雲助駕籠。(広辞苑)
宿駕籠拾挺」
桐油 とうゆ アブラギリの種子を圧搾して得る乾性油。絶縁用・油紙用・灯用・駆虫用などとする。桐油紙の略。桐油合羽の略。(広辞苑)
桐油拾枚 大損ニ相成、仕替新調奉願上候」
あと しるしをとどめる、そのもの。(広辞苑)。書類。
「此御免許海田へ遣ス」
御銀出 ごぎんしゅつ? 藩による出銀。
「惣銀〆壱〆四百七拾七匁五分 内 壱〆三百九匁五分御銀出、百八匁郡割」
平打 ひらうち?  
「海田市平打損所小石詰取繕入用」。「其市(海田市)沖堤、去ル申年切立石垣長百間築調候積り免許前之内ヲ以、此度北壱番より四番迄三百間平打ニ調替之義願出」
苅こなし かりこなし 刈取りと脱穀。
「纔之種籾を以差寄せ得失考合も難附、追々右稲生立、苅こなし仕候上ニて委敷様子可申上」
御料 ごりょう 天領。江戸幕府直轄の領地。幕府の経済的基盤をなす。(広辞苑)
御料御代官、私領領主・地頭ニ右諸入用頼」
地頭 じとう 知行所を持つ旗本。また、各藩で知行地を与えられ、徴租の権を有した家臣。(広辞苑)
「御料御代官、私領領主・地頭右諸入用頼」
代官 だいかん 江戸幕府の役人で、幕府直轄地を支配し年貢収納その他民政をつかさどったもの。(広辞苑)
「御料御代官、私領領主・地頭ニ右諸入用頼」
与合村々 くみあいむらむら 郡内の数ヶ村宛をだいたい地域的にまとめて村組がつくられていて、その代表者として割庄屋が置かれた。(矢野町史)
「私与合村々相しらへ申候処」
はつと はっと 不注意に。
「はつと不致様与合村綿密ニしらべ有之、様子可被申聞候間」。「はつと道売不致様、聢と相示し可申事」。「此儀下方へはつと洩聞候ハ、却機働ニ懸申間敷も難計ニ付」
風聞 ふうぶん うわさ。とりざた。(広辞苑)
「専風聞有之候ニ付、実意之行成委細ニ申上候」
一類 いちるい 同族。一族。(広辞苑)
「帰り懸、尾長村一類内へ立寄、凡六つ半時頃帰村仕」
いぬる いぬる 帰る。(広辞苑)
「其人申候、いつれへいぬる人歟、同道可致と申縋り」
定加 じょうくわわり? 
「沼田安芸郡御代官手付定加人 服部多八郎」。「沼田安芸郡定加り 宗兼金三郎」
憐愍 れんびん あわれむこと。なさけをかけること。(広辞苑)
「実ニ下方難渋仕候儀ニ御座候間、格別之御憐愍奉希上候」
伐り組 きりくみ 建築工事で、木材・鉄材などを柱・梁などに組み立てるため必要な形に造ること。(広辞苑)
「江戸表御建物伐り組材木・赤土・石等追々積廻し」
莫太 ばくだい 莫大。最も多いさま。ひじょうに。たくさん。(広辞苑)
「殊更莫太之御物入も有之御事故」
積廻 つみまわす 廻漕。船舶によって運送すること。(広辞苑)
積廻シ船頭共心得違ひ之儀無之」
べっして とりわけて。特に。(広辞苑)
「船中念入候儀勿論」
屹度 きっと 急度。必ず。相違なく。(広辞苑)
「浦々船持共へ屹度可申付旨」
心付 こころづき 気付き。
「薬草類掘出し方心付種類多端ニ書出し」
引合 ひきあう 商いをして利がある。転じて、骨を折るかいがある。割に合う。(広辞苑)
「たとへ薬草有之、掘出し候も第一直段不引合と見候時ハ行ひかたく」
村割 むらわり 村の負担。
「銀〆壱貫弐百九拾八匁壱分 内 八百弐拾四匁壱分御銀出、七拾五匁六分村割」
無数 むすう 数がない。少ない。
「全躰同村之義ハ田畠無数之村柄ニ御座候ニ付、少々宛ニも土地開作出来仕候得ハ、往々下方弁利ニ相成」。「太田筋之義田方無数、畠作専ら之所柄」
毛上 けじょう 山林・原野における樹木・柴薪・牧草、田畑における作物の類。(広辞苑)
「追々毛上出来立候上ハ、御見取上納御高付等も御願奉申上旨申出候」
見取米 みとりまい 新開が造成されるとはじめ数年間は年貢・諸役が免除された。その後、見取米といって、その年々の収穫に対して年貢が賦課された。そして耕地の状態が安定したと認められると、地詰が実施されて、石高が確定し、高付地となった。(広島県史1P288)
「追々毛上出来立候上ハ御見取上納、御高付等も御願奉申上旨申出候」
ひらん貝
「江田嶋之内切串、仁保嶋之内宇品、右両嶋海辺ハ真珠有之候ひらん貝掘出し候趣」
施行 せぎょう 善根・功徳のために僧や貧民などに物を施すこと。(広辞苑)
「末々之者困窮いたし候に付而者米麦之類施行取計有之候方角有之哉ニ相聞候」
鰯網 いわしあみ イワシを捕るのに用いる網。(広辞苑)
「一浦島ニ鰯網引候節」
菜鰯 ないわし 自村の浦で漁が行なわれたときには、村人が鰯網漁を少し手伝っただけでも、漁獲物のいくぶんかを無償でもらう権利が慣習的に認められていた。また、地先の網代で取れた鰯については、居村の者が網主からこれを優先的に買い取る権利が認められていた。(広島県史2P311)
「鰯網引候節、百姓共大勢菜鰯ひ罷出」
申懸 もうしかく 言いがかりをつける。(日本国語大辞典)
「種々難題等申懸
肥いわし こえいわし 干鰯。(広島県史2P311)
「浦島百姓共肥いわし夥敷致直買ニ候由」
干鰯 ほしか 脂をしぼったイワシを乾したもの。ニシンも用いる。江戸時代、乾燥肥料として農業の発展に役立った。(広辞苑)
「浦嶋浜沖ニ干鰯仕立候節」
不得止 やむをえず 仕方なく。やむなく。(広辞苑)
「万一不得止訳合も有之、直買ニ仕度者も候ハヽ致和談」
和談 わだん おだやかに話し合うこと。また、紛争などを話し合いで解決すること。(広辞苑)
「万一不得止訳合も有之、直買ニ仕度者も候ハヽ致和談
入合 いりあい 入会・入相。一定地域の住民が特定の権利をもって一定の範囲の森林・原野または漁場に入り、共同用益(木材・薪炭・まぐさなどの採取)すること。(広辞苑)
「漁方之儀は前々より御領分一統入合之仕来ニ候処」
仕来 しきたり 以前からのならわし。慣例。先例。(広辞苑)
「漁方之儀は前々より御領分一統入合之仕来ニ候処」
法外 ほうがい 程度をこえること。理屈の通らないこと。とてつもないこと。並外れ。(広辞苑)
「右体法外之働キ致シ候由相聞、甚以不埒至極之事ニ候」
無躰 むたい 無理。無法。(広辞苑)
「得物多く候とて無躰ニ配分可致候様無之段ハ勿論之儀ニ候」
流合 ながれあい? 緊張がとける。油断する。
「十五ヶ年以前丑年屹度申付置候処、右申付候趣令忘却流合ニ相成」
居村 きょそん 自分の居住している村。いむら。(広辞苑)
居村隣村異変有之、広島へ注進飛脚賃又ハ役人罷出候諸入用居村割」
差置 さしおく そのままに捨ておく。放っておく。(広辞苑)
「百姓共大勢農業も差置、網元へ罷越」
手間隙 てまひま 手間とひま。労力と時間。(広辞苑)
「百姓共ニおゐてハ纔之事ニ手間隙ヲ費し、夫たけ農業之怠り相成」
網子 あみこ 網元(網主)の下で実際に網漁業に従事する漁夫。あこ。あんご。(広辞苑)。漁師。
「自然心得違之者も有之候ハヽ人名等聞糺し、早速申出候様、網子之者共へ厚可申付置者也」
組合割庄屋 くみあいわりじょうや 村組を担当する割庄屋。
組合割庄屋養兵衛」
張才者 ちょうさいもの おっちょこちょい。嘲斎坊。(日本国語大辞典)
「右之者、独身ニ生得張才者御座候へ共、実意者ニ
気遣ハ敷 きづかわしく 気がかりである。心配だ。心もとない。(広辞苑)
「常々とハ違ひ候躰ニも相見へ候趣故気遣ハ敷
鐘太鞁にて かねたいこにて 大騒ぎをして。(広辞苑)
「村内ハ勿論隣村山々迄鐘太鞁にて昼夜相尋候へ共、一円居不申候ニ付」
給用 たべよう 自家食用。
「宇品似之嶋両嶋、以前より少々宛ひらん貝居申候ニ付、給用ニ取」
一円 いちえん (多く下に打消の語を伴う) さらに。一向。全然。(広辞苑)
「他所売ハ一円仕不申候趣申出仕候」
辻書附 つじかきつけ まとめて一つにした書類。
「前書之通村々より申出仕候ニ付、辻書附を以奉申上候」
先払 さきばらい 貴人の外出の時、前方の通行人を追い払うこと。また、その人。(広辞苑)
「御旅行之節御往来共海田市より度毎御道触順達仕候趣を以御通行村々御先払両人宛差出申候」
時ニ取 ときにとり 場合によって。(広辞苑)
「町端迄御送迎ニ罷出并御宿主も上下着ニ御宿門前、時ニ取町端迄罷出申候」
立休 たちやすみ 立ちどまる。たたずむ。(広辞苑)
「上瀬野村ニおゐてハ毎度御立休・御小休等被為遊」
水船 みずぶね 飲み水を運ぶ船。みずとり船。みずてんま。(広辞苑)
「御船奉行中廻浦之節、浦島ニおゐて漕船并水船等差出」
爰元 ここもと 此許・爰許。このところ。すぐ身近の所。ここ。(広辞苑)
爰元当月中旬出帆之船五艘」
入湯 にゅうとう 温泉に入って保養すること。(広辞苑)
「願之通入湯旅行御聞届被成下候様仕度奉存候」
相応 そうおう 程よくつりあうこと。ふさわしいこと。相当。(広辞苑)
「当郡麦作出来立、当年之義も相応出来立候様相見申候」
麦目録 むぎもくろく 麦熟し候頃ニ成候ヘハ、麦見分とて御代官下役人共ニ廻村いたし、麦之善悪ヲ見合村方より麦目録を取置也。(広島県史UP781)
麦目録之義御免状御下ケ渡之節、取揃差上可申候」
御成間 おなりのま 将軍などが家臣の私宅へ渡るとき、その接待のために臨時に設けられた座敷。(日本国語大辞典)
「依私宅御成間畳表替仕度奉存候間」
手把 てば? 
「松葉五尺手把ニして直段何ほと」。「なよ竹弐束 但弐尺手把
割宿 わりやど 分宿。
「下宿ニ相成候へハ可然候へ共、其内差閊ニ候ハヽ割宿も可然事」
乍憚 はばかりながら はばかりではあるが。おそれ多い次第だが。(広辞苑)
「次当方無異義相暮乍憚御休意可被下候」
懇書 こんしょ 懇切な書状。ねんごろな手紙。(広辞苑)
「度々御懇書被下忝奉存候」
無音 ぶいん 久しくおとずれないこと。長らく無沙汰をすること。(広辞苑)
「御礼等可申上筈ニ御座候へ共、大ニ御無音申上候、御高免可被下候」
手過 てあやまち 過失。やりそこない。特に、過失による出火。(広辞苑)
「建物勿論坪覆ひたり共、手過出火焼失いたし候節」
奥筋 おくすじ 山間部。
「総生産之義、海辺・奥筋郡々ニ寄り風土之違ひ、其差別甲乙も有之候得共」
すきはひ すぎわい 生業。世を渡るための職業。なりわい。生計。(広辞苑)
「農業之余力を以益相励候ハヽ、別小百姓難渋之者共之すきはひ共可相成」
富有 ふゆう 財産を多く持つこと。かねもち。ものもち。富裕。(広辞苑)
「其所々之長、或富有相暮候者、右産物之取捌方実意を以過分之利徳を不貪懇ニ致世話候ハヽ、小身難渋之者共之成立と相成」
成立 なりたち 一人前となって世に立つこと。立身すること。(広辞苑)
「富有相暮候者、右産物之取捌方実意を以過分之利徳を不貪懇ニ致世話候ハヽ、小身難渋之者共之成立と相成」
御仕向 おしむけ 援助。
「農業素より諸産業等まて一統銘々之力一抔致出精、可成丈御仕向筋不相願」。「当年稲毛虫附ニ付、、飢人之儀……御領分之儀初秋以来追々御仕向も候処」。「不時難渋御仕向歎出候ニ付作食米或ハ駅所夫飯米唱莫大之米数御拝借申上」
返上物 へんじょうもの 返済すべき金品。
「兼御世話被成下候返上物不怠様相励合」
じゅくと? じっくりと?。
「小百姓共ハ役人共之取計振不存事有之候共、得実否を糺し其筋を以相尋」。「当町方ニ魚類不自由ヲ見込、御城下へ持出高直ニ売捌候趣も相聞、彼是甚以無之事ニ候得
仮令 たとい 縦令。もしそうだとしても。よしや。よしんば。たとえ。(広辞苑)
仮令願訴訟之義有之候共、猥ニ人数をかたらひ強訴いたし候時ハ、其訳不相立のみならす」
掻揚新開 かきあげしんがい 
「其村宮ノ下新開干潟へ其方共才覚銀を以掻揚新開築調申度旨、願之通聞届差免候条」
不一方 ひとかたならず ひととおりでなく。なみなみならず。(広辞苑)
「江戸表御普請御入用瓦、……瓦焼辺ニ出来、他所瓦御買入無之相済、不一方御便利之儀」
最易 もやすい たいへんに容易である。(日本国語大辞典)
「諸廻船ノ通路筋ニテ船手ノ交易至テ便利能キ所柄ナレハ、物事売買最易ク」
仕廻 しまう なし終える。すます。しとげる。(広辞苑)。終了する。
「当七月中御役所朝五つ時出勤、九つ時仕廻ニ相成候ニ付」
差懸 さしかかる まぎわになる。さしせまる。(広辞苑)
「本文之趣ニて候得共、何そ差懸り候儀勿論、格別之儀ニ候間右様承知可有之候」
奥書 おくがき 記載事実の真正・確実を証明するために、その書類の末尾に記す文。(広辞苑)
「普請入用御借銀御願書奥書
大造 たいそう 大層。非常に。最も。多く。大相。(広辞苑)
「別右新開方御借銀大造之儀ニ、近年柄之儀返上等差閊」
難渋 なんじゅう 難儀。また、貧乏。(広辞苑)
「素り難渋之村方、……困窮仕候儀ニ御座候へハ、所詮仕戻し村業ニ相叶不申」
憐談 れんだん 憐れんで話合うこと。
「偏ニ御憐談之程奉乞願上候」
通し とおし はじめから終りまで。(広辞苑)
「諸向御役筋通行之節、案内之者村別より差出来候処、小内失却筋有之候ニ付、郡限り通し案内之者一手ニ差出度旨歎出し」
無間違 まちがいなく 
「来ル廿八九日頃迄無間違可被差出候様御取計可有之」
十方ニ暮 とほうにくれる 途方に暮れる。どうしてよいかわからないで、困りきる。(広辞苑)
「役人共ハ勿論、下方一統難渋十方ニ暮居申候」
縋ケ間敷 すがりがましき たよりにするような。
「当御時節柄、御仕向筋御縋ケ間敷儀御歎申上候段、重々恐入」
加勢 かせい 労力奉仕をすること。(広辞苑)
「大洪水ニ付……郡加勢夫等、先例ヲ以御聞届被成下候時
忽緒 こっしょ 軽んずること。おろそかにすること。(広辞苑)
「仕戻方忽緒ニ仕置候ハ往々破損弥増難計、丈夫ニ仕戻普請取計置申度候得共」
郡貯銀 ぐんたくわえぎん 郡方でも各郡ごとに闕所銀などを積み立て、あるいは特別の方法で資金を醵出して郡貯銀と称し非常に備えることの試みられた例はすくなくない。また藩府の貸下米などを基金としてこれにあてさせた例もある。(広島市史3P349)
「御格外之御慈悲を以郡貯銀之内無利永年賦御貸付被成下候ハヽ、御蔭を以夫々普請相調」
又候 またぞろ またしても。またもや。(もう、いいかげんにしてくれというような気持をこめて使う) (広辞苑)
「去秋風損、下方一統難渋困窮仕戻申候場合、又候水難不得止此段御歎奉申上候」
辺道 へんみち? 「往還筋御案内壱人差出申候、辺道御通行之節役人壱人罷出候」
枝郷 えだごう 新たに開発された部落、或いは分村をした場合に、本郷に対して枝郷という。(近世用語の概説)
「一坂村 右村之儀枝郷小屋浦ニ松葉少々ツヽ作間ニ伐り出し申候得共」
わずか 僅か。
「時ニ取仁保嶋内へ少々宛売払候儀に御座候得共、至之儀ニ御座候
差合 さしあい かちあってうまくないこと。さしつかえ。さしさわり。(広辞苑)
「尤煩ひ・差合等ニ不罷出面々ハ」
有体 ありてい ありのまま。いつわりのないこと。(広辞苑)
「右種植付畝数并出来高共承度候間、実ニ有体之処被相約」
壱端帆 「一船壱艘 但壱端帆 持主百姓善吉」
作替畝 つくりかえせ 
「当夏洪水ニ付田畠不植畝并作替畝等之儀」
小屋掛ケ こやがけ 仮小屋をつくること。また、その仮小屋。(広辞苑)
「焼家小屋掛ケ入用諸品一応御役所より御免許ニ相成」
頭書 「左之廉々御しらへ、頭書ニにして早々被差出候用致度」
自用 じよう 自分のために使用すること。(広辞苑)
「御年貢米納所不相済已前、百姓共為自用猥ニ新米取扱候儀無用ニ候」
公儀 こうぎ 幕府。将軍家。(広辞苑)
「別紙之通従公儀被仰出候条、此旨相心得」
南鐐 なんりょう 美しい銀。良質の銀。(広辞苑)
「此度世上通用之為南鐐上銀ヲ以、壱朱之歩判吹立被仰付候間」
壱朱之歩判 いっしゅのぶばん 一朱銀。江戸時代の銀貨のうち、最少額で最小形のもの。一六個で金一両と換える。形は方形。(広辞苑)
壱朱之歩判吹立被仰付候間、右歩判十六ヲ以金壱両之積」
切賃 きりちん 金銀貨を銭に切り替える手数料。切銭。替賃。両替銭。打賃(うちちん)。和利(わり)(広辞苑)
「壱朱銀両替ニ付切賃之儀、弐朱判并是迄之壱朱判同様相心得、差遣ひ可致事」
せん 先の。
「船越村先ン与頭」
勧化 かんげ 仏寺の建立・修復などのために、人々に勧めて寄付をつのること。転じて、金品の寄付を勧めること。勧進。(広辞苑)
「全体勧化御国中寺社たり共容易ニ難相調、殊ニ当時郡中難渋之場合ニ候得ハ、勿論寄進事難出来候得共」
愚昧 ぐまい 愚かで道理が分らないこと。(広辞苑)
愚昧之百姓前後之弁へもなく寄進等致候へハ」
方角 ほうがく お方。
「郡御奉行并兼役被仰蒙候御方角へ為御歓各内壱人ツヽ為惣代来ル六日朝御役所へ被罷出候ハヽ」
引付 ひきつける 照合すること。(広辞苑)
「当度損所村々為御見分御入込被遊、壱ヶ所限り帳面御引付御約メ之上」
如何体 いかてい どのような様子。いかよう。(広辞苑)
如何体仕候も御縋ヶ間敷気配有之候而者相済不申旨」
御貸物 おかしもの 公借米銀(広島県史2P654)
「右積帖面へハ御貸物等之儀願出不申候得共」
眼前 がんぜん 明らかなこと。確かなこと。明白。(広辞苑)
「実以下方ニハ取捌も出来不申儀ハ顔前ニ御座候」。「中々村業ニ仕戻出来不仕儀眼前ニ御座候」
形合 かたちあい? 形。
「右入用出方外新開之形合ニ寄り御銀出郡割等歎出候ニ付」
失却 しっきゃく 失脚。(「脚」は足で、世の中をめぐり歩くもの、つまり銭の意) 費用がかかること。(広辞苑)
「出方いつれ共治定迄見合候而者只様損増しニ相成、失却不少」
才覚 さいかく くふうして金を集めること。くめん。(広辞苑)
「御代官所才覚を以左之通当分取替遣」
助情 じょせい 助勢。力を添えること。かせい。たすけ。(広辞苑)
「其辺之者講中と唱、相集り、米銀少々宛持寄、其節(葬式)入用之内相互ニ助情仕値申候」。「夫方ニ当り出方取分ケ一郡割助情聞届差免候条」
あう 合う。たがいに…する。(広辞苑)
「相互ニ助情仕申候」
麁略 そりゃく 粗略・疎略。おろそか。ぞんざい。なげやり。(広辞苑)
「其方共内日々罷越普請麁略之儀無之様万々〆り合手堅得可申」
米入 こめいれ 年貢米を村役人から受取り広島御蔵所に納める運送、納米の仕事を請負った者のこと。(郷土史メモ)。村方では、あらかじめ米入志望者の入札によって租米納入に要する経費の見積りとその人を決定し、落札者の見積りに従って、米払歩米として取立てるが、この経費で米入の者は蔵払いいっさいを村に対して請負うわけである。(広島市史2P231)
「収納所ニおゐて内札・外札・さんたわら等俵毎入させ、内かわ俵調等何角見合ニ入可申、是等米入毎収納罷出相勤可申事」
素札 そさつ 此藩最初より多額の紙幣を札場にて包み、保証押印して、判賃を取れり、少額の銀札は包まずして用う、其多額取り集め札は未だ包まず、これを素札と称せしならん。(芸藩紙幣始末六)
「是迄例之通封し被差出候ニ付、封しヲ切儀もいかゞ敷候ニ付、依其侭受取置候得共、夫ニ而者統合も不宜との儀ニ付、以来素札被差出候様ニ村々へ御示し合有之候様致度」。「御年貢銀并諸上納等十月廿九日迄銀札相納候儀勝手次第之事 但、判銀札・素札ニても納り可申候、尤素札ニ候ハヽ判賃相添可差出事」
押付ケ おっつけ 追っ付け。間もなく。ほどなく。(広辞苑)
「社人石見方へ押付ケ罷越致教示候趣申聞候ニ付」
所為 せい しわざ。(広辞苑)
「先月十日家出之次第、出奔等ニも無之、自然狐狸の所為ニも可有之哉ニ付」
桟俵 さんだわら 米俵の両端にあてる、円いわら製のふた。さんだらぼうし。さんだらぼっち。内俵。(広辞苑)
「御年貢米内俵・サン俵等、去年藁ヲ以調方之儀ニ付」
初手 しょて てはじめ。最初。(広辞苑)
初手升突之節宗助より及示談、尚後手升突之節孝蔵よりも及示談候得共、今以為何様子申出無之」
今以 いまもって 今になっても。いまでも。(広辞苑)
「升突之節孝蔵よりも及示談候得共、今以為何様子申出無之、如何之様子候哉」
押合 おしあい 照会。
「右帖面当夏一応相備置候所、御付紙を以御押合被為在候ニ付、下タ付紙を以御答申上候通ニ御座候」
仕立 したてる ととのえる。用意する。(広辞苑)
「右帖面仕立方之義ニ付、為見合沼田郡帖面御下渡」
見合 みあわせ 比較して見ること。(広辞苑)
「右帖面仕立方之義ニ付、為見合沼田郡帖面御下渡」
手控 てびかえ 心おぼえに手許に記録しておくこと。また、その記録。(広辞苑)
「素より手ひかえ等所持罷在候者共も無御座」
受込 うけこみ 引き受けること。また、引き受けたもの。(広辞苑)
「当郡之義ハ此儘ニ受込被成遣候様奉希上候」
出情 しゅっせい 出精。精を出して事に励むこと。精励。(広辞苑)
「御年貢米拵……於下方ニも無油断成丈出情念入相調候義ニ御座候」
手廻 てまわし その事が到来する前に手はずを整えること。てくばり。準備。(広辞苑)
「去年藁ヲ以春夏作間ニ相調置候ハヽ、下方手廻し便利ニも可有之」
外俵 そとだわら 
「是迄内俵・外俵・縄・サン俵等迄無差別其年出来有之色合宜上藁相撰能々干立相調来候処」
心組 こころぐみ かねてから思い設けていること。心がまえ。(広辞苑)
「右繰綿ハ全伴三郎義他所積出し候心組
仕出し しだし (工夫して)作りだすこと。新案。新趣向。新流行。(広辞苑)
「莚縄薦仕出し渡世仕候様之難渋者多御座候ニ付」
荒々 あらあら ざっと。およそ。大略。(広辞苑)
荒々得失私共愚考申値候趣、各様方迄申上試候」
鳥附 とりつき 鳥がその場所に居着くこと。
「追々鳥附之時節ニ向候得共」。「御鷹野御場所廻りニ近年度々鉄炮筒音いたし、鳥附等之障りニ相成」
蕨粉 わらびこ ワラビの根茎からとった澱粉。蕨糊または蕨餅の材料。(広辞苑)
「右品(蕨粉)近年殊外不自由ニ御座候、傘屋共迷惑仕、」
へげる へげる 剥がれる。
「傘屋共迷惑仕、中ニハ餅粘へ渋ヲ加へ用ひ候様ニも相聞候得共、永雨之節自然へげ候様ニ而者必評判ニも相懸り可申ニ付」
平日 へいじつ へいぜい。(広辞苑)
「蕨粉平日壱升ニ付壱匁より壱匁四五分位仕候処、近頃ハ壱升ニ付三匁四五分」
懸目 かけめ 秤にかけて量った重量。量目(りようめ)(広辞苑)
「此節掘取候品懸目拾〆目ニ付代四匁位」
品合 しなあい 品質。
「粉土落兼、自然者蕨之粉へ交り候故、……夫たけ品合劣り可申被相考申候」
蕨縄 わらびなわ 蕨の根茎から澱粉をとった後の繊維で綯(な)い作った縄。色黒く、水に強い。(広辞苑)
蕨縄之義ハ先達於江戸御国産物申出書ニも段々御座候故」
押ならし おしならす 平らにする。平均する。(広辞苑)
「当年之相庭ニ仕候得ハ押ならし弐拾貫目位之儀相見候得とも」
まる 
「牛馬皮百 大坂表へ当春差登申候」
旦寺 だんでら 檀那寺。自家の帰依している寺。檀家の所属する寺。檀寺。だんなじ。(広辞苑)
「養子嫁取等之節、其もの下地之旦寺へ其侭付居候類間々有之」
別家 べっけ 本家から分れて別に構えた家。分家。(広辞苑)
別家ハ本家之宗旨ニ相成可申事ニ候間」
しいら しいら 粃・秕。殻ばかりで実のない籾(もみ)。また、果実の実らないでしなびたもの。しいなし。しいなせ。しいな。しいだ。(広辞苑)
「上籾五合六勺相成申候、……其余しいら実無之」
五歩挽 ごぶびき 籾から玄米をとる容量の割合(もみすり歩合)。普通は50〜60%。(世界大百科)
「上籾通例米ニして五歩挽ニ相成候得共」
見越 みこし 予想すること。(広辞苑)
「籾見附長く御座候ニ付うすへかけ候ハヽ、乍見越折米多分可有之哉申値候」
湊ひ つどう 物事が重なり集まる。(日本国語大辞典)
「郡方御用向差湊ひ罷居申候ニ付、手先キ之もの差出度義御願申上候処」
手先キ てさき 使用人。
「郡方御用向差湊ひ罷居申候ニ付、手先キ之もの差出度義御願申上候処」
代勤 だいきん 他人の勤務を代わって行うこと。(日本国語大辞典)
「手先キ之もの差出度義御願申上候処、御聞届ニ相成、依私共代勤善五郎・佐七とお申もの差出申候間」
ついで よいおり。機会。(広辞苑)
御序之節、御与合村々へ前文之趣御通達被成置被下候様奉願上候」
心を添 こころをそえる 気を配る。(日本国語大辞典)
「尚何角御心被添御差図之程奉願上候」
書中 しょちゅう 書籍・文書・手紙などの文中。転じて、手紙。(広辞苑)
「先ハ右御頼申上度以書中如此御座候」
むし苧 むしお からむし。苧。(日本国語大辞典)。イラクサ科の多年草。茎の皮から繊維(青苧あおそ)を採り、糸を製して越後縮などの布を織る。木綿以前の代表的繊維で、現在も栽培される。苧麻(まお・ちよま)。草真麻(くさまお)(広辞苑)
「一むし苧 中野村 右之品作り申候者無御座趣申出仕候」
せんぶり せんぶり 千振。(千度振り出してもなお苦いの意) リンドウ科の二年草。茎・根共に苦く、乾したものは生薬の当薬(とうやく)で、煎じて健胃剤とする。いしゃだおし。(広辞苑)
せんふり 同村 右之品、野山ニ少々宛御座候得共、掘取手間程之儀も無御座候趣」
くらら くらら 苦参。マメ科の多年草。根は味が苦く、生薬の苦参(くじん)として健胃薬、茎葉の煎汁は蔬菜の殺虫剤。古くは茎の皮から繊維をとって織物・紙とした。クサエンジュ。
秤師 はかりし 秤を製造する人。(日本国語大辞典)
「近年紛敷諸秤売買候者有之哉に付、此度京都秤師神善四郎名代、武川垣三罷下り、相糺し度趣」
駈引 かけひき 交渉などで、相手の出方を見て態度を変え、有利になるように処置すること。(広辞苑)
「万々寛政度之振り合を以手違無之様可及駈引
手違 てちがい ものごとの手はずを誤ること。(広辞苑)
「其段御承知無手違御取計可被成候」
行倒 ゆきだおれ 病気や空腹、疲れや寒さのために路上に倒れ、あるいは死ぬこと。また、その人。いきだおれ。(広辞苑)
行倒もの之類、死骸取片付方之儀ニ付」
皮荷物 かわにもつ 
皮荷物差登せ方之儀、相しらへ様子申出候様被為仰聞」
死失 しにうす 死んで消えてしまう。死ぬ。(日本国語大辞典)
「村々ニおゐて百姓共持牛馬死失仕候節最寄之革田共皮類はき取、御城下東西并郡内革田共之内右類取扱候者へ売払申候」
いたって はなはだ。きわめて。非常に。(広辞苑)
「山不自由之村柄ニて、蕨乏少之趣申出仕候」
まる すべて、そのままのさま。(広辞苑)
「何米納相励ミ於外村々ニ丸米納仕候様厚ク示談仕候儀ニ御座候得共」(丸米納とは差紙納をなくし、全て米で納めること)
一入 ひとしお ひときわ。一層。一段。(広辞苑)
「当年柄之儀ニ候得ハ今一入御考合振りハ有之間敷哉」
せり立 せりたてる せきたてる。催促する。(広辞苑)
「米納せり立相約メ見申候処、下地成たけ相約メ候儀ニ有之、此余如何ニ共米納之業相叶不申」
大船 おおぶね 大きな船。(広辞苑)
「右様江戸廻り御用相勤候様之大船無御座候趣申出仕候」
廻在 かいざい 村々を廻ること。
「御調郡村々虚無僧吹笛廻在致候節、不如法我侭之振舞いたし」
本則 ほんそく 普化宗の僧侶である虚無僧が入門のとき本山(京都明暗寺)から与えられる証書。尺八の免許状。(日本国語大辞典)
「右之者共(虚無僧)内ニハ多分村役人共へ無沙汰ニ銘々勝手次第ニ本則ヲ取候哉ニ」
紙上 しじょう 紙面。(広辞苑)
「委細書付ヲ以御註進申上候上、御人出御見分被為在、或御紙上を以死骸取捨等被為仰付」
端り へり 端っこ。
「死骸捨場之儀、其村々最寄之山端り、亦火葬場等之内差閊無之場所へ捨埋仕候」
出生 しゅっしょう その土地の生れであること。(広辞苑)
「かも郡熊野跡村出生庄蔵と申ス者」
灰小屋 はんや 肥料小屋。灰部屋。(広辞苑)
「全非人体ニ村内灰小屋ニ行倒煩ひ居申候ニ付」
生所 しょうじょ 生れたところ。生地。出生地。(広辞苑)
生所熊野跡村へ駈合」
非人 ひにん いやしい身分の人。極貧の人や乞食を指す。(広辞苑)
「病死仕候ニ付、……帖外ものニ非人体ニ相見へ候ニ付」
旅人 たびびと 旅路にある人。旅行をしている人。旅客。(広辞苑)
「早速旅人宿へ引取服薬相用致養育候処」
養生 ようじょう 病気・病後の手あてをすること。保養。(広辞苑)
養生不叶、翌十一日朝病死仕候」
節季 せっき 年の暮れ。年末。歳末。(広辞苑)
「七八ヶ年以前極月節季へ押詰」
大辻 おおつじ 物事の概要。あらまし。(日本国語大辞典)
大辻左之通聞届遣候条、此旨相心得可申」
可成丈ケ なるべくだけ。 できるだけ。力の及ぶかぎり。なるべく。(広辞苑)
「此余可成丈ケ差次払相減シ、米納相増候様無油断可取計者也」「可成たけ他方売払他所積出し不申様相成度に付」
品柄 しながら 品物の性質のよしあし。品質。(広辞苑)
「素麺……品柄上中下三段ニ製し立候義ニ御座候」
逗留 とうりゅう 旅先で、しばらく宿泊すること。滞在。(広辞苑)
「病気ニ付、道後入湯仕度、依之往来日数七十日之間逗留仕度段、願之通聞届差免候条」
手元 てもと てもとに置いて持っている金銭。(広辞苑)
「彦右衛門義、手元差閊、銀子同村庄屋六郎右衛門借替呉候様相頼申候処」
家職 かしょく その家の職業。家業。(広辞苑)
家職追々手広ニ仕候ニ付」
止宿 ししゅく 宿泊すること。(広辞苑)
「殊ニ往還筋村々ニてハ他所御家中毎度止宿、往来も有之候へハ」
荷附馬 につけうま 荷物を運送する馬。(日本国語大辞典)
荷附馬等念入麁略不仕、荷主へ対し聊も非礼雑言等之義相慎」
馬追 うまおい 客や荷物を駄馬に乗せて追って行くこと。また、その人。(広辞苑)
「幼少之子供ニ馬追せ申間敷事」
中背 なかせ 仲仕。荷物をかついで運ぶ人夫。(広辞苑)
「馬方并中背・日雇類、都浮過之者共」
やや ずいぶんと。(漢字源)
「郡中革田共作法筋之儀は是迄連々申付置候処、流合心得違之者も有之趣相聞」
在家 ざいけ 在郷の家。(広辞苑)
「郡中革田共作法筋之儀……都在家に紛敷風俗無之様可仕」
曲髪 まげ 髷。一般に、髪をつかねて結ったもの。わげ。(広辞苑)
「近来兎角曲髪いたし候ものも有之趣相聞候、畢竟在家ニ紛候風俗いたし候事之義と被相考」
合印 あいいん 帳簿・書類を他の帳簿・書類と引き合せたしるしに押す判。あいはん。あいじるし。(広辞苑)
「虚無僧用聞……飯田亀次郎へ用聞申付候、依之此元合印相改候ニ付、印鑑三十六枚下ケ遣候条」。「御領分虚無僧姿ニ無本則者并他国者等猥ニ徘徊不〆リニ付、当正月より御領分虚無僧世話人三宅利忠次より合印相渡せ候筈ニ候間」
呑込 のみこみ のみこむこと。心にさとること。納得。理解。(広辞苑)
「百姓共不呑込之儀有之候ハヽ、随分無用捨申聞候様申聞せ」
考味 こうみ 熟慮。
「何角能考味いたし、兼々申聞之通御不安無之様役意念入可申」
そう 総。すべて。全体。(広辞苑)
「村内惣百姓心得違之者も候ハヽ内々可申出候」
弥以 いよいよもって 前よりもなおいっそう。(日本国語大辞典)
「近来郡中より被盗もの申出多ク有之様被相考候得弥以革田共厚相心掛候様可申付候事」
胡乱 うろん 疑わしいこと。うさんくさいこと。(広辞苑)
胡乱体之者召捕」
村継送り むらつぎおくり 村から隣村へと、リレーで送届けること。
「御領分之者御領分之中ニ相煩、歩行得不仕、村継送り之義相頼」
早便 はやだより 至急のしらせ。急便。(広辞苑)
「成丈ケ早便ニ注進申出候様」
綿改所 わたかいしょ 宝永七年(一七一〇)城下西土手町に置かれた綿改所は、商品としての綿類いっさいの品質を調べて、その風袋に検印を押す業務を行っていたが、享保十四・五年(一七二九・三〇)頃から生綿の不作が続き、綿改所に差し出される繰綿等の数量も激減して、改め賃ではその入費を償いえない状態になり、町方支配銀(町奉行所支配銀)の中から連年融通して、綿改所の維持費にあてるという実情に立ち至った。そこで、寛延二年(一七四九)綿改所の機構を改革し(銀山町に移転)、綿改めのほか新たな業務として町方支配銀を管理し、その増殖をはかることになった。かくて綿改所は公設の機関となり、繰綿・実綿の商事を統制するだけでなく、金融商事にも威力を振るうことになり、さらに、天保十二年(一八四一)には高額の「綿座預り切手」の発行も許されて、銀札同様に流通した。もっとも綿改めの業務も、一般に商品統制の強化されたこの頃には、「御国産第一之品柄」として品質の保全をはかり、抜け荷を取り締るためにも、いよいよ厳重に行われたことはいうまでもない。(近世用語の概説)
「当町綿改所近在より繰綿差出し、預切手請取、夫レヲ以差繰いたし候義」
川口入津米 かわぐちにゅうしんまい 広島へ搬入される他国米のこと。年貢米納入用の六ヵ月間は停止されていた。(広島県史1P696)
「今日より川口入津米被差免候、尤出米其儘被差留」
改宗 かいしゅう 従来信仰した宗旨から転じて他の宗旨に改めること。(広辞苑)
「御領分ニ罷在候東本願寺一派之末寺計、当四月より来寅四月中迄改宗改派不相成候条」
改派 かいは 宗派のある門派の寺が、他の門派に所属を改めること。(日本国語大辞典)
「御領分ニ罷在候東本願寺一派之末寺計、当四月より来寅四月中迄改宗改派不相成候条」
山手銀 やまてぎん 郡中村々之内難渋等ニ付御山所毛上下之義願出候村柄も有之、左様之節、一応御山方より御人出見分之免許申付、……兼相約居候山手銀御山方差出候へ、鎌入之節山目付共立会可申ニ付(広島県史WP1015)
山手銀約メ有之、依村々役人共内御山方へ罷出候様申来候条」
恐悦 きょうえつ つつしんでよろこぶこと。他人によろこびをいう時の語。(広辞苑)
「此度殿様御帰国為恐悦各内壱人ツヽ御役所被罷出候様、先達申参居候」
町借押米 まちがりおさえまい 給人が代官の保証で商人から借米し、秋の収穫時に給人元に運ぶ以前に給知村の貢米を押えておく制度。(広島県史1P203)
「当丑年給人中町借押米ニ候条、此旨相心得、別帖之通押置可申」
来聘 らいへい 外国から外交使節が来朝して礼物を献ずること。(広辞苑)
「朝鮮人来聘ニ付御国役金高懸り、左之通例之趣ヲ以取立」
国役 くにやく 幕府が国・藩などを限って河川改修などの課役またはその経費を賦課したもの。国役金。
(広辞苑)
「朝鮮人来聘ニ付御国役金高懸り」
法則 ほうそく 必ず守らなければならない規範。おきて。(広辞苑)
「社倉麦貸付方取立之節、小身之者詰戻し難相成滞之砌償ひ方、郡々法則ハいか様之義ニ御座候哉」
ながら …ではあるが。(広辞苑)
御面倒御様子御附紙ニて被仰聞可被下候」
社倉十人組 しゃそうじゅうにんぐみ 倉穀借受候もの相撰ひ十人宛を壱組トシテ幾組も相立、頭取役之者手許ニ帳面を拵置、納之人別家内幾人大人(男幾人女幾人)小児(男幾人女幾人)記シ置候相応ニ貸付可申(広島県史TP466)
十人組ハ下地之五人組弐組合十人組ニ仕候、仍十人組之頭壱組ニ弐人ツヽ御座候」
受米 うけまい 御蔵所が年貢米として受領すること。
「御年貢米……縄俵等至麁略薄側ニ仕立差出し候分も儘有之、受米ニ難相成分ハ於御蔵所ニ刎俵等ニ相成」
刎俵 はねだわら 御蔵所が年貢米として受領しないで、刎ねる俵。
「御年貢米……受米ニ難相成分ハ於御蔵所ニ刎俵等ニ相成、替俵指出候類も毎度有之趣相聞」
替俵 かえだわら 刎俵に替えて差出す俵。
「御年貢米……受米ニ難相成分ハ於御蔵所ニ刎俵等ニ相成、替俵指出候類も毎度有之趣相聞」
薄側 うすがわ 米俵の俵の厚さが薄い物。
「サン俵至少き分も有之、俵締りも不宜、薄側仕立之分ハ別抜こほれも多く、大坂御登せ米ニ相成候分ハ数度取なやミも致仕候義、大坂浜方ニおゐて薄側之分不相好」
畳借 たたみがり 歩行組以下の者が広島町方から借銀するには、藩勘定方の貸銀方通じて、「知行御切米畳借年賦証文」により行われた。(広島県史2P656)
「当丑年給人中畳借押米候条、相心得別帖之通押置可申候」
采地 さいち 領地。知行所。(広辞苑)
「元和五年十月、自得公は藩士へ各采地を授附すへしと」
新開地 しんがいち 新開地、新に開拓せし土地にして、未た正式の検査を歴て草高及租額の定らさるを以て、仮に見取米を出すを云ふ。(広島県史TP262)
家老給知 かろうきゅうち 家老給知は永世禄なるを以て、給知に年々増減する事なく一定の草高と為す、而して此給知と一般藩士の給知との該地租は、其事務に於ては藩吏の関渉せさる地と為せり。(広島県史TP262)
引高 ひけだか? 其郡村の草高は一定する所あれとも、地租は種々の事情に依り徴収すへからさる地所にして、之を引高と称して草高を除算する所なり。(広島県史TP263)
定見取米 じょうみとりまい 年々の見取米を数年間平均して定数とし、納租額を出願し、許可を得たもの。(広島県史TP267)
「都定御見取米之義ハ御建り合も有之、年柄天災ニ寄り毛損多ク上納差閊候時、其節之模様ヲ以減石或ハ一円御宥メ被下、寸志米ニ上納相調候義ハ有之候得共」
地詰 じづめ 其土地の草高を決するに際しては、先つ代官所掛り職員をして皆会合し其検地を執行す、此検地と称するものは一に地詰とも云ひ、実地の丈量を為さしむるなり、……而して其田地の段別已に定るや、之か善悪の区分を為す、区分とは上田より下田に至る田畑の地位にして、……已に毎田の地位定るや、其石高の決定を為せり……其高の決定方は、上田一段歩に対し米一石八斗乃至一石五斗、又上中田は米一石七斗乃至一石四斗等、其他各階級の田位に随ひ産出の額を定む。(広島県史TP267)
田方 たがた 稲を植る地を田方と称し(広島県史TP267)
田方受 たがたうけ 雑穀・木綿・麻苧・紅花・藍抔の作地にして、稲作を凌駕する物産地ならは、田方と其位地を同しく為すものあり、之も田方受といへり(広島県史TP267)
斗代盛 とだいもり 上田一段歩に対し米一石八斗乃至一石五斗、又上中田は米一石七斗乃至一石四斗等、其他各階級の田位に随ひ産出の額(単位、斗)を定む、之を其各石高といひ、又は斗代盛、又は分米とも称せり(広島県史TP268)
定免 じょうめん 定免とは幾年の産出高を平均し、一定の貢米額を定めて納租せしめ、該年の農況如何に依りて其額を異動せしめさるの法なり。(広島県史TP268)
秋免 あきめん 秋免とは毎年官吏をして秋作の実況如何を巡検せしめ、其租額を定めて布令するものをいふなり。(広島県史TP268)
五つ成 いつつなり 貢米一斗を納るゝを一つ成といふ、一升を一厘、又一合を一毛、又一勺を一弗といふ。五つ成とは高一石に対し現米五斗を納るゝをいふ。是は則ち五公五民なり、故に石高の四分を納るゝを免四つ成といひ、四分五厘五毛を納るゝを免四つ五歩五厘といふ、其他は皆此類なり。(広島県史TP268)
十干成 じっかんなり 高一石に対し貢米一石を納るゝを十干成といひ(広島県史TP268)
切免 きりめん 免に切免と称するものあり、例之は高百石の村にして免五つ三歩を課せられたるに、或る谷畑の悪くして定免に堪へさるものあらは、該畑に免五つを課し、残り三歩は他の田畑へ高と為すことあり。(広島県史TP268)
見取免 みとりめん 又新開地の如きは、官より開拓せしものならは四五年にして見取免を課し、凡十年に至らは丈量して畝数及高を定め之に免を課す、之れを本斗成といふ。……人民か自費にて開墾せし土地に在ては、之れを宥恕して凡十年間も見取免を課せす、仮令之れを課することあるとも、急に本高をは定めさるなり。(広島県史TP268)→見取米
本斗成 ほんとなり 新開地の如きは、官より開拓せしものならは四五年にして見取免を課し、凡十年に至らは丈量して畝数及高を定め之に免を課す、之れを本斗成といふ、本高の定りたるをいふなり。(広島県史TP268)
見取新開 みとりしんがい 沿川傍海の地即ち堤防外等の土地は川成り又は新開と称す、是等の田畑は海嘯洪水等にて災害を蒙り易く、其収獲に常格を為し難きものなれは、本高本免等は課せす、毎秋作況の如何を検して其収獲高に応して納租せしむ、之れを見取新開又は見取田畑といへり。(広島県史TP269)
見取新開有之村、御吟味之上御年貢可被取立事」
新開
免状 めんじょう 毎年三月、代官役は免状下附の為め其所管郡中を巡回して、町村吏を招集し、各町村へ各別に其年の土免幾何に定りし旨なる公文及庄屋門前に掲示すへき紙面に、本年土免幾何何郡何村と記載せるものを交付して、町村内一般へ周知せしむ。(広島県史TP271)
「熊谷文之進殿、免状下ケ渡、春毛上見分として、来ル廿八日昼後出立、左之通被相越候間」
下見帳 したみちょう 毎秋に該村庄屋・組頭・長百姓は村内の早中晩三田を遍く巡視して、某田は幾升穂(一間四方即ち一坪の籾高をいふ)、某田は何合穂と概算して、下見帳と称する簿冊を調製して代官所へ呈出す。(広島県史TP271)
何升穂 なんしょうほ 一間四方即ち一坪の籾高をいふ。(広島県史TP271)
「早稲中田穂ハ四合穂より壱升五合穂迄」
枡突 ますつき 升突。番組は早稲の桝突と中晩稲桝突との為め、両回に管内諸村を巡回して、一二村つゝ桝突を為す。村役人等と共に村中を巡視し、其作況良好の畝に就き壱坪の中へ竹四本を四方に入れ其中の稲を刈り取り、其籾を桝にて量り改む。蓋し実地に就て之を検し、往に村役人より呈出せし下見帖の籾数と合するや否やを見るなり。(広島県史TP271)
「手付番組之者共為升突、当月廿五日頃より佐伯郡差出」
見込桝 みこみます 手附番組も現地に臨ミ桝突を為さす、見込桝と号して、官舎机上に於て庄屋より呈出する下見帖なる簿冊へ桝突実施せし如く記入し、之を交附して事務を省略することあり。(広島県史TP272)
所払 ところばらい 年貢代銀納の一つ。年貢の上納に際しその一部が在所で売払われ、代銀をもって上納する制度であり、百姓の運送負担の軽減を意味していた。この原則は、年貢米を収納する広島(深川蔵)および浦辺五ヵ所蔵を起点にして、道法九里以上の村について認められたもので、五郡一三八ヵ村に及んでいた。(広島県史1P345)
「右合(定物成)弐百弐拾四石七升壱合 内百三拾七石八斗九升津出 八拾六石壱斗八升壱合所払
差次払 さしつぎばらい 指次払。差次。其地方に畠多くして稲作寡き歟、請願ある村落へは貢米に代るに広嶋にて米券即ち所謂差紙を購買し、之を以て米倉に上納するあり、之を差次払と称せり、此差次払は何れの郡にても、広嶋米倉へ上納する貢米に限り之を許さるゝ所なり。(広島県史TP272)
「兼御趣意も有之候事故、此余可成丈ケ差次払相減シ、米納相増候様無油断可取計者也」
差紙 さしがみ 藩勘定所の発行する米券。(広島県史TP272)→差次払・上り銀相場
「当年柄之儀ニ御座候得ハ、正米至て乏敷御座候ニ付、御差紙御上納仕度奉存候」
買次払 かいつぎばらい 御調郡も買次払と名付、尾道ニ御売米之相場ヲ立させ、其御売米を村方へ買セ直ニ上納いたさす事也。(広島県史UP778)
払目録 はらいもくろく 諸郡共米納は其都度に蔵奉行の切手を取り、銀納は銀奉行の切手を取り、追々代官所へ呈出し、暮に至り米倉払詰の以後に払目録と称する帳簿に右等幾回上納の員数を記載して、村々より決算を為す所なり。(広島県史TP237)
見附 みつけ 若し凶年等にて悪作に会し、貢米に不足を感する事あらは、該村役員は農民と協議して見附を請願する事あり、見附とは郡廻以下重役をして、特に悪作実地の情況の検閲を請願する事にして、其事頗る重大の事と為す、故に其事あるに会しては、代官は切に事情を調査し、果して見附請願の已むを得さるを認る時は、村役員及調査役員をして宣誓して実況を調査せしめ、之か帳簿を造り呈出せしむ、茲に於て郡廻役及代官役、若くは之に属する諸職員又は勘定所吟味役等実境を巡検すといへとも、早田中田晩田の三毛ある時は三回に出張して之を検査し、更に桝突を為し産米を積算して該貢米の額を定む。(広島県史TP273)
「素より御年貢取立出来不申見候時見付願出候義御定法ニ候得
一名見 いちみょうみ 水旱虫害又は猪鹿等の喰荒し抔にして、作物に損害ある時は、一定の公租上納し難きを以て、農民は村吏へ歎願して減租を訴ふ時は、庄屋・組頭・長百姓等出張して実地を検査し、之か現米升突を為して其損害の額を積算し、某地は若干の損害某地は若干の損害といふを調査す、之を一名見と称す。其損害米に懸る公租は之を上告請願して村と為す、畢竟其損害を詳細に調査し、人別に区分するを以て此一名見の称ある所以なり。(広島県史TP277)
切々 せつせつ たびたび。いくたびも。再三。度々。「此節切々風立候間、火之元別念入候様、町中末々迄可申付候、尤町々役人共無怠見廻り候様可申付候」 「月行司昼夜切々見廻り、町々火ノ用心之儀可申付候」。
戻米 おもどしまい 御勝手向、近年臨時御入用、不被得止御借米被仰出、一統取続筋可令難儀も御扶助筋之儀厚御苦労ニ被為思召、何卒御戻米被成下度御趣意を以、
景気書 けいきがき 「広島町ニて春秋両度大年寄共銘々組下を竃見分として相廻候得共、実ニ竃所を見るてハなし、竃見分の唱にて盛衰見分其趣を書附、景気書と唱へ追て町御奉行中へ出ス、御奉行は夫を以町々の趣考合、一紙にして言上有之事之由」(『芸備郡要集』)
和久 わく 枠。堤防の水除け施設。木造の枠の中に石を詰めて作る。「大須賀村二番和久下川中ニ在之溺死之男」
渡り奉公 わあたりぼうこう ここかしこと主家をかえて年季奉公をすること。「男女渡り奉公人、当春浪人仕候ハヽ……」
浪人 ろうにん 失業者。「男女渡り奉公人、当春浪人仕候ハヽ、親兄弟又ハ宿主より町中へ倹約被仰出候趣委細申聞、衣類等之定、急度相守候様可仕候事」
規式 きしき 定まった作法。きまり。さだめ。「左儀長仕候ハヽ、規式迄ニ軽ク可仕事」
多門 たもん 多門長屋。本宅の外周に建造した長屋。「佐藤忠左衛門様ニ支配役相勤、独身ニて多門ニ居申候処」
芥河屋 あくたがわや 塚本町芥河屋。先祖孫右衛門寄白は、芥河盛林が孫なり、其先は摂津芥川の人にて、中川原八郎左衛門資継が裔なり、盛林、始て此国に来て武田氏に属す、武田滅後、寄白は商賈となりて、本府に住す、宅地を賜りて世世広瀬組大年寄たり、今の久五兵衛まで八代、家に福島正則の手牘、又同氏より所与の吉宗の刀を蔵す、町内桃平、くら二家は、寄白が孫より分れて、共に同族なり、本支みな酒戸なり、(『芸藩通志』)
三国屋 みくにや 藤井豺右衛門。初代藤井茂兵衛ハ周防国由府村の産なり、白神一町目富士屋喜兵衛もとより同姓にして、其頃徒弟なりけるちなミをもて当地に来り、はしめかれかもとに寓居し、後宝永元年同町に別居して三国屋平右衛門と名つく、正徳五年今の家をもとめ当町に来住す、二代目次郎左衛門(養子なり実ハ堺町長谷川屋藤右衛門三男、初名平右衛門といふ)享保十七年はしめて才覚銀御用仰付られ翌十八年大坂へ登り御用とゝのひ、同十月御賞誉として御銀を賜ハる、この時御用を蒙りしもの十三人世に十三人組とよひ、此十三人のうち一人子孫たえ十二人の家連綿としていまに相続せり、(『知新集』)
尾垂れ おだれ (関西で) 家の庇(ひさし)。「商ひ見世之おたれも出し申候は不苦候由、売物外トへ余分出不申候様ニ可仕候」
玉雲院 ぎょくうんいん 玉雲院殿賢巌俊明禅公子。恭昭院殿(重晟)御嫡岩松君、安永四年(1775)乙未正月晦日江戸にて御逝去ましく青松寺に葬らせ給ひ当寺(国泰寺)へ御位牌御納あり、(『知新集』)。「玉雲院様御法事有之」
裏入 うらいり 奥行。「私居宅、表弐間三尺六寸五歩、裏入拾六間、但、建家之入六間御座候」。「建家之入」とは建坪の奥行か。
おもて 表側。家などで、道路に面した方。「私居宅、弐間三尺六寸五歩、裏入拾六間、但、建家之入六間御座候」
松平伊予守様之御奥様 まつだいら 桃夭院殿蓁誉誓憶貞廉大姉。安永四未年三月四日死亡。松平伊予守殿御室、鶴皐院殿(宗恒)御女、岩姫。(松山藩)松平定功に嫁し、ついで(宮津藩)本庄資承(従五位下、松平伊予守)に再嫁。(『知新集』等) 「松平伊予守様之御奥様、御病気御養生不被為叶、去ル四日御逝去被遊候」
市揚 いちあげ 市の終りか。「宮嶋市揚之時分ニ候間、遊女之類并悪人等参候儀可在之候」(『広島県史』近世資料編V)
立宿 たちやど 嫁入りに際して、婚家に入る前に、休息や化粧直しのために立ち寄る家を、九州でいう語。中宿。(『日本国語大辞典』)。【中宿】:「江戸時代、寝宿(ねやど)のこと。また、男女を密会させた宿。」とある。「宮嶋市立候ニ付、疑敷者并慰もの之類、若忍ひ候は此許へ罷越候共、立宿・一座之出会へ堅仕間敷候」
一座之出会 いちざのであい 【一座】:当座。【出会い】:男女の密会。(『広辞苑』) 「宮嶋市立候ニ付、疑敷者并慰もの之類、若忍ひ候て此許へ罷越候共、立宿・一座之出会も堅仕間敷候」
上り家 あがりや 【上り屋敷】:江戸時代、幕府や藩に没収された屋敷。(『広辞苑』)のことか。「一表弐間五寸 裏入拾九間弐尺 大工藤十郎上り家 右家、欠所入札御払被仰付候、望之者有之候ハヽ、……」
為心得 こころえとして 「別紙之通、御家中へ御触有之候間、町中為心得相知候」(家中宛のお触であるが、町人にも関わりがあるので、心得として知らせる)
可給 たまわるべく 「当年之危難、御察可給(たまわるべく)候」「気色しかともなく候よし、うけ(たまわり)候」
触留り ふれどまり 触書を順に廻した終点。「此紙面廻達可有之候、尤触留りより此方へ戻し候様可被致候」
触留 ふれどめ 触書を書留めたもの。「御触留帳」
朝都 あさいち 「渕崎といふ所に、朝(あさいち)とよぶ目しひあり」
ますかきや は概(とかき)に同じ。枡掻:枡に盛った穀類を縁と平らにするのに用いる短い棒。斗掻(とかき)。「細工町屋正右衛門」
取遣ひ とりつかい 広辞苑では「取遣」を「とりやり、とりやる」と読み、「授受」の意味とする。しかし、「取遣ひ」の表記も多くの資料に見られ、「取使」(とりつかう)の意と思われる。「結納其外祝儀もの之儀、酒肴取遣ひ無用、軽く鳥目を以相互ニ取遣り可仕候事」(鶴亭日記)。「寛政八辰年洪水以来は右流地之分ハ土地合今以復し不申、肥し等も余分取遣ひ候方ニ御座候」(中野村国郡志御編集ニ付下弾書出シ)
無数 むすう 「数かぎりなくおおくあること。多かったり少なかったりで、定った数がないこと。」(『日本国語大辞典』)と説明されるが、次の例文から、「数がないこと、少ないこと」とも解される。「荒地無毛之土地多、自然と作人も減、農家至て無数之村有之」(理勢志)
つなぐ 「御下ケ被為遣候御用銀を便りニ仕、露命を居申候」「近来御他領其外所々鬮引有之、町方之者共多人数致往来、札致渡世候者有之段、粗人名も相聞へ候」『芸備郡要集』に「小間(ツナキ)」とルビがある。【繋】(つなぐ):米銭などを各人各戸が出しあう。」(岡山・広島・山口の方言)
地抨 じならし 地坪、地概に同じ。笹原宏之『日本の漢字』で、広島藩などの“地域文字”としてある。
わざと ことさらに。わざわざ。正式であるさま。「申進候」の用例から、「わざと」と読む。「益」を「ますます」と読むので、「態」を「わざわざ」と読んでもよいと思われる。
地こぶり じこぶり 地こぶりは、田畑の等級や広狭を是正し租税の不公平を改めるために、村が主体となって土地の丈量および石盛(公定反当収量)の上げ下げ操作をおこなうことである。(呉市史) 「こぶる」とは、方言で、まぜかえして歩く。山口県柳井「田の中をこぶる」「地こぶり之儀村方建り畝高不同引直シ候仕形ニ(三原市史)
キ高

かづきだか 検地以後、水害や雨池の造成などにより、高付の土地が減少しても、村高は変えなかった(村高不易の原則)。この減少分に対する年貢を各農民に割り付けることを「かづき・かつぎ」と呼び、広島藩では「」という字を造って当てていた(地域文字)(笹原宏之「日本の漢字」)。全村民が共同で負担した、減少した高付の土地の高をいう。
「被く(かづく)」は「潜(かず)く」と同源で、頭から水をかぶる意が原義。転じて、ものを自身の上にのせかぶる意。@頭にのせる。頭にかぶる。A損失・責任などを引き受ける。しょいこむ。(広辞苑)。 
「村高定り候へハ、此高、年を経ても増減なく、尤村所ニ寄、天災にて田畑亡所ニ成候分も村々に有之事ニ候得共、夫にても、上より高を減し候事ハ無之、右之亡所ハ外百姓共候て、年貢ハ無滞相勤候事也、是等を村々にてハかつき高ト唱、」(理勢志)

何反帆 たんほ 帆船の大きさを示す数値。17世紀、木綿帆が使われだしたが、布地を二枚重ねにして刺子のように縫い合せ、三幅分横につないだものが帆布一反(端)で、その幅は三尺(90cm)前後(刺帆)。拾反帆とは、この帆布地一反を横に10枚つないだもので、帆の長さには無関係である。一反の幅は、18世紀後半からは帆を丈夫にするため、二尺五寸(75cm)幅で一枚に織り上げた厚手の帆(織帆)を使った。「同国同浦林右衛門船拾反帆四百石積沖船頭八蔵、水主炊共六人乗」
正米 しょうまい @米券(差紙)ではなく、米そのもの。「正米至乏敷御座候ニ付、御差紙御上納仕度奉存候」(野間家文書)。A籾米に対して脱穀をした米(玄米)。「正米三万五千石、籾ニして七万石」(鶴亭日記)。籾を脱穀して玄米にすると半分の容積になる。
積賃 つみちん 米蔵で俵の入実の入れ換え、見分などのため、俵の積み直しに要する人夫賃をいう。(近世用語の概説)。天保13年(1842)佐伯郡中村の囲籾6石9斗に対し、3升4合5勺の積賃をあてている。石当り5合となる。

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