大江戸捜査網(MAIN)
Introduction
大江戸捜査網は1970年10月にスタートし、1984年に掛けて(一部休止期間があり)東京12チャンネル系列で毎週土曜日の21:00から放映された1時間の時代劇番組。これは第1部(1970年10月〜1971年9月)、第2部(1972年4月〜1973年3月)が日活製作だったため、その頃、高樹蓉子は日活所属だった関係からこの番組への出演となった。出演回は今のところわかっている範囲では、第1部の23回目「大金庫をぶち破れ!」と37回目「男の意地」の2つである(第2部は今のところ不明)。
彼女の役は23回目が大店の米問屋の娘のおうの、37回目が高級旗本の娘の宮でどちらも琴を弾くお嬢さん役だった。
隅田和世の「大江戸捜査網」の出演作品は「大江戸捜査網−隅田和世」で述べる。

23回目より 37回目より
番組の構成(1部、2部)
時は老中の松平定信の時代で、世の中の悪を正すために、隠密同心を取り仕切る旗本寄合席の内藤勘解由(中村竹弥)の密命により隠密同心の十文字小弥太(杉良太郎)、井坂十蔵(瑳川哲朗)、小波(梶芽衣子)が探索し、悪を切り捨てる(この内容を見ると、狼無頼控に似ている)。
中村竹弥:内藤勘解由役で元々は幕府の要職に就く身だが、遊び好きのためお役御免になった。松平定信とは友人で、4000石の旗本であるが、定信の意に従い、隠密同心に指令を発する。
杉良太郎:十文字小弥太役で隠密同心。情け知らず。
瑳川哲朗:井坂十蔵役で隠密同心。情けにはもろい。
梶芽衣子:芸者の小波役。主に内藤勘解由の命を小弥太と十蔵に伝える隠密同心。
その他のレギュラーもしくはセミレギュラーの出演者として山猫お七(岡田可愛)、お七の母親で居酒屋を経営しているお上に白木マリ、町方の同心に深江章喜、三ッ木清隆などがいた。
当時はこのような主役が単独でない時代劇は非常に斬新で、痛快だったため、12チャンネルの中ではかなりの稼ぎ頭だったようだ。このため、日活が路線変更をし時代劇の撮影をやめた後でも、三船プロで継続的に撮影が行われ、1992年まで続く事になる。
その他
・この番組は時代劇にもかかわらず東京で撮影が行われた。「子連れ狼」でも述 べたように、東京の時代劇の撮影できる場所はその当時3箇所程度しかなく、 どこも満杯の状態で、スタッフもかなり苦労して撮影されたと思われる。
・日活はこの当時としてはヒット作品ではなかったろうか。
・番組の主要なスポンサーは日産自動車だった。「大江戸捜査網」の始まる前、 土曜日の夜に時代劇が無く、しかも当時日産自動車の宣伝部長が時代劇好き で、「土曜日の夜に時代劇が無いのは寂しい。」と言うことでこの番組ができた。
・この番組の監修は「レインボーマン」の原作者の川内康範である。
・この番組に主演している杉良太郎はこの番組の開始した頃は、「水戸黄門」でも助さん役で掛け持ちしていた。
・1970年6月10日の『サンケイスポーツ』によると、ケーシー高峰、堺正章、大友柳太朗も出演することになっていたがどうなったのか。
・1部ではほぼ全メンバーが出演する回が多かったが、2部になると全メンバーの出演が難しくなり、90回目の様にレギュラーが1人の場合があり、ゲストに重点が置かれた。
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