目次
- Introduction
- 原作者の川内康範について
- 「レインボーマン」は変わった特撮
- 高樹蓉子の「愛の戦士レインボーマン」への出演経緯
- 高樹蓉子の「愛の戦士レインボーマン」の出演形態
- 「レインボーマン」のイベント
- たみ役の本山可久子について
- その他
「愛の戦士 レインボーマン」は初めて東宝が製作した等身大ヒーローの特撮番組である。この他にも国際放映(東宝の子会社)、愛プロ、萬年社が製作に協力していた。
原作者は川内康範で、彼はシナリオライター、作家、政治評論家、作詞家など非常にマルチの才能を持った方である。彼の詳細については次の項で述べる。
川内康範は昭和30年代になると、特撮関係では月光仮面、七色仮面、太陽仮面を著作し、映画もしくはテレビ化された。太陽仮面は拝見するとダッシュ7に似ているし、月光仮面はサングラスをはずすとなんとなくダッシュ7に似ている。またレインボーマンのレインボーは七色仮面から来ていることが容易に想像がつく。
この番組が始まる前は川内康範と萬年社が「月光仮面」のアニメ版(1972年1月から放映開始)を放映していた。その関係で次は実写版を作ろうと「愛の戦士 レインボーマン」を製作する事になった。この「レインボーマン」の名称は円谷プロに登録されていたため、その許しを得て早速製作に取り掛かった。
この「愛の戦士レインボーマン」は「愛」や「平和」について多く語られており、「レインボーマン」の「愛の戦士」は番組の終わりごろに付けられた。川内康範は「愛の戦士レインボーマン」の後、「
光の戦士ダイヤモンド・アイ」、「
正義のシンボル
コンドールマン」の製作に携わる。
特撮版の「愛の戦士レインボーマン」は1972年10月〜1973年9月の1年間、毎週金曜日の7:30〜8:00にNET(現在はテレビ朝日)で放送された。今までの特撮番組の中では日本をターゲットにしている点が非常にユニークで色々と有名人が出演していたせいか、かなり人気があり、平均視聴率も20%以上あった。
さらに、1973年8月には第15回目の「殺人プロフェッショナル」が東宝で映画放映された。
しかし、製作者にとっては映画等の様にそんなに東宝からの費用が出なかったせいもあり、かなり苦労して作られていた。その部分は随所に見ることができる。(例えば糸につるしたような小さな飛行機やロープに捕まりながら移動する場面も人ではなく、人形を用いていた。など)
なお、放送中のテロップは「愛の戦士レインボーマン」ではなく、ただの「レインボーマン」だった。
ここではレインボーマンの敵であり、彼女の役(キャシー)が属していた「
死ね死ね団」(もっといい名前にしてほしかった)、特に彼女について述べたいと思う。
私は小学校2年生の頃、夕方5時に「レインボーマン」の再放送を見ていたことがある。サイボーグ編のアベック作戦は印象に残っていた。(この頃アベック作戦に高樹蓉子が出演しているとは夢にも思わなかったが)
アニメの「レインボーマン」
アニメ版の「レインボーマン」は82年10月〜83年3月まで全22回放映された。アニメの「レインボーマン」の敵も「死ね死ね団」だったが地球人ではなく、完全な異星人だっ
た。その首領は帝王ドンゴロスで、声の出演は「キカイダー01」のハカイダーの声、「イナズマン」の帝王バンバの声など数多くの悪の大物の声で出演していた飯塚昭三だった。特撮編ではミスターKだったが、そのミスターKは帝王ドンゴロスの部下で極東方面司令官だった。
レインボーマン及びそれに変身するヤマトタケシには当時人気があり、NHKの連想ゲームに出ていた水島裕が声の出演をしていた。他にもかなり有名な声優が出演していた。
しかし、アニメ版は時間帯が日曜日の午後1:30〜2:00だったせいもあり、また裏番組の影響により視聴率は悪く、結局半年で打ち切りとなった。他にも特撮編とはレインボーマン自体大きく変わっていたため、人気が出なかったと思われる。
(参考:『レインボーマン大全』等)
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1920年に函館で生まれ、実家は菓子問屋を営んでいたが、子供の頃倒産し、親は寺の住職になった。高等小学校卒業後、家具屋の店員をしていた。16歳のときお金が欲しいため夕張の炭鉱で働こうとしたが、そこはとんでもない浮浪者が集まるたこ部屋で、夜になると喧嘩が始まり、殴り合いで死者が出るようなところだった。彼はそこを命かながら逃げ出し結局東京に出て映画の仕事にあり就くことができた。
その後、海軍に入るが上官に殴られるなどにより病気となり軍隊を退役した。これが正義のヒーローを描く原動力ともなる。
戦後は脚本家、作詞家、作家などでマルチの能力を開花させる。2008年に青森県八戸市の病院で亡くなられた。
戦後になると日本は裕福となり、昔ながらのものがどんどん失われてきた。そのとき出てきたのが「レインボーマン」、「
ダイヤモンドアイ」、「コンドールマン」で、人間の醜いエゴが良く描かれていた。
特撮はたいてい子供向けに作られるため、子供たちの出演が多く見られるが、ことこの「レインボーマン」に関しては少ないように思える。普通なら小学生が多く登場する中であまり小学生の登場する場面が少ない(せいぜい淑江(伊藤めぐみ)の勤めていた幼稚園ぐらいか)。普通の特撮なら、悪役も世界征服をたくらむ中で、なぜか小学生を襲うなど小さいことにこだわる場合があるが、「レインボーマン」にはその場面が無い。
敵と戦っている場所も遊園地みたいな場所は少なく、倉庫だったり、神社だったり普通のドラマと変わらない場所で撮影している。こう見てみると、「レインボーマン」はインフレや石油貿易の遮断などある意味大人向けの特撮かもしれない。「レインボーマン」は幼稚園、小学生向けの雑誌や絵本にもなっているが、幼稚園の園児には少しどぎつく、喋ったセリフの一部(例えば「エコノミックアニマル」など)は判りにくい様に思う。
「レインボーマン」以後の川内康範作品である「
光の戦士ダイヤモンドアイ」にしても「正義のシンボルコンドールマン」は「レインボーマン」に比べてかなり小学生の子供たちが出演し、子供番組らしくなったが、それでも、世の中の不正や物価高などを扱っており、そういう意味からもかなり川内色の強い(現実的な)番組だったと思われる。
最も子供としてはヒーロー「レインボーマン」の7つの変身とかっこよさに惹かれたと思うが。
その意味では子供でも大人でも楽しめる番組だったのでは(1人の人間が7つの形態に変身できるのは後にも先にも「レインボーマン」だけ)。
それともうひとつ、レインボーマン側よりその敵の方がある意味経験の多い俳優女優が使われた点だ。東映の特撮番組だと敵役の場合、新人を使用する場合が多いが、「レインボーマン」の場合、それなりに俳優経験の長い人が使われている。ある意味番組制作サイドの意気込みが伺えるが。
番組制作側は「レインボーマン」放映前に今までの子供用特撮とは異なっているとテレビのスポット広告などで宣伝していた。
高樹蓉子の出演を遡れば、実写版「
あしたのジョー」が絡んでいると思われる。この「あしたのジョー」ではヒロイン白木葉子役で出演していたが、これは完全な日活映画(新国劇作品、日活製作)でなかったため、撮影には国際放映のスタジオを使用していた。その後、国際放映に出演した番組は「
美しきチャレンジャー」、「
男と女と」がある。こう見ると国際放映の推薦で高樹蓉子は「レインボーマン」に出演したと思われる。または日活で撮影していた「
大江戸捜査網」の監修が川内康範であったことが影響したか。
いざ高樹蓉子が「レインボーマン」に出演すると、レインボーマンの敵である「
死ね死ね団」の悪の女幹部だったため、今まで出演した番組とは勝手が違っていたと思われる。特に悪役の顔の作り方などで苦労したと思われるが、これにより役の幅が広がったことと思う。
これを初めに、「
スーパーロボット レッドバロン」など特撮物にも出演するようになる。特に1976年以降はよくゲスト出演していた。
最も彼女の出演シーンは主に「レインボーマン」の出演を生かして、悪がきれいな女に化けた形式が多い。
彼女が「レインボーマン」への出演はそれほど多くなかった。それは「
太陽にほえろ!」(30回目)へ「レインボーマン」出演途中で出演したり、前後のスケジュールがかなり詰まっていたためこの様になったと思われる。
ひとつ気になったのが、『レインボーマン大全』に載っていた六鹿英雄監督のインタビューで、六鹿監督が言われた言葉の中に、「彼女等(4人の女幹部の女優たち)は
いろいろあってね。そこら辺はよくある話で、撮影には非常に気を使いました。」といっている。この「いろいろとは」一体何のことか。高樹蓉子の場合、日活を離れ不安になっていたことか、それとも・・・?
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「レインボーマン」は72年10月〜73年9月の1年間続き、4つのパートからなっている。
パート1(72年10月〜72年12月)「
キャッツアイ作戦」
パート2(73年1月〜73年3月)「
M作戦」
パート3(73年4月〜73年6月)「
モグラート」
パート4(73年7月〜73年9月)「
サイボーグ軍団」
この中で高樹蓉子の出演はキャッツアイ作戦の終わりごろ(12回目)からサイボーグの前半(45回目)で、全部で17回出演している。
高樹蓉子の出演回
12,13回目(
キャッツアイ作戦)
14,15,16,20,24回目(
M作戦)
31,32,33,37,38,39回目(
モグラート編)
40,41,44,45回目(
サイボーグ軍団編)
キャッツアイ作戦編
キャッツアイ作戦ではみゆき(石川えり子)を誘拐し、ヨガの眠りについているレインボーマンすなわちヤマトタケシ(
水谷邦久)の処刑を見せる。次のレインボー大作戦では部下にミスターKの命令を伝える役目。

レインボーマンに初めて登場した時(左) みゆきにレインボーマンの処刑場面を見せる
M作戦編
M作戦では主に偽金つくりのための誘拐や、みゆき達を脅したりする場面が多かった。(
M作戦では同じ女幹部のダイアナ(
山吹まゆみ)はほとんど出てこなかった)

偽札作りのために松前源吉を誘拐 源吉を働かせるため孫のマー坊を誘拐
モグラート作戦編
モグラート作戦編ではダッカー飛行隊、その製造を指揮し、Xゾーン作戦(東京破壊作戦)では石炭の掘り出しの指揮、起爆装置の取り付けの指揮を担当した。
ダッカー飛行隊の指揮をしていた頃 Xゾーン作戦を指揮してた頃
サイボーグ軍団編
サイボーグ軍団編では最初にサイボーグにされ、レインボーマンを追い詰めたが結局破れてしまう。その後、アベック作戦で対抗したが、破れ、その後ボーグ工場を守る戦いで死んでしまう。ちなみに、アベック作戦でレインボーマンと戦った場所は「美しきチャレンジャー(16回目)」でも出てきた。

サイボーグとなり、レインボーマンと戦う レインボーマンとの最後の戦い
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73年にはファンの交流会として1月29日にはボーリング大会が、73年3月25日の午後に施設の子供たちをプリンスホテルに招いて、「愛の戦士レインボーマン」の感謝祭が行われた。このとき高樹蓉子も参加している。
1月29日のボーリング大会
1月29日にレインボーマンの新年会が東京芝のボーリング場で開かれた。ユニークな点はレインボーマンの格好をしたままボーリングのボールを投げたと言うこと。(下の写真)手袋をしたままなため、ボールの3つの穴にうまく指が入らないことは想像がつく。レインボーマン以外に原作者の川内康範も出席していた。(他の出演者が出席していたかどうかは不明)
高樹蓉子は「美しきチャレンジャー」でボーリングのプレーヤーの役をしていたので、ひょっとしていたら参加していたのでは。
ボーリングをするレインボーマンはたしてスコアはいくらか
3月25日の「レインボーマン感謝の集い」
3月25日の午後には東京プリンスホテルで、施設の子供を招いて感謝祭が行われた。このときは主役のインボーマンだけでなく、レギュラー出演している人ほぼ全員が出席していた。その中には死ね死ね団のミスターK役の
平田明彦や、ダイアナ役の
山吹まゆみ、オルガ役の
藤山律子。それに高樹蓉子も参加していた。彼等は死ね死ね団のテーマ曲に乗って歌い、踊っている。(下の写真)
私としては死ね死ね団の歌を彼女等に歌ってそれを番組の最後に放映してほしかった。山吹まゆみは宝塚時代には歌が非常にうまいし、高樹蓉子もそれなりだったと思われるので。
死ね死ね団の歌に乗っている4人(左から山吹まゆみ、高樹蓉子、平田昭彦、藤山律子)
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レインボーマンに変身するヤマトタケシの母親たみを演じる本山可久子は1932年に東京で生まれた。高校時代は学校が嫌いで、先生と言い争うこともあったそうだ。彼女の母親が俳句を通して知り合った久保田万太郎氏の勧めと、その学校嫌いによって文学座演劇研究所に入所し、1年で卒業して文学座の舞台で公演を行っていた。その中で1956年に「肥前風土記」で演じた娘役は大阪市の文化賞を受賞している。
彼女自身はレインボーマンに出てくるたみとはイメージが異なり、ドライブの遠乗りや乗馬などを趣味に持つバイタリティーのある女性だそうだ。
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・「レインボーマン」をテーマのパチンコ台が2008年12月にSankyoより出た。今までも「仮面ライダー」などの有名な特撮をテーマにしたパチンコ台が作られている。これによりいかに「レインボーマン」が人気のある特撮だということがうかがえる。ちなみに死ね死ね団のボスのミスターKとM作戦に出てきた7人の殺人プロフェッショナルとイグアナは出てくるが、キャシーなどの女幹部は出てこない。非常に残念。(ちなみに私自身、パチンコに興味がないため、未だにやったことがありません)
・国際放映、萬年社は同じころ大人向けの特撮ともいえる「ワイルド7」を製作していた。「ワイルド7」に出演していた俳優の中で「レインボーマン」に出演していた人
は「サイボーグ軍団編」の前半に出演していた長沢大がゲスト出演していた以外見当たらなかった。しかし、「レインボーマン」の後番組の「ダイヤモンドアイ」では「ワイルド7」でオヤブン役をしていた長井政春や世界役のマイケル中山などが出演していた。
藤山律子はバイクが運転できたので、「ワイルド7」に出演しても良かったのでは。
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