■第一話

もう死んでしまいたい。それしか頭になかった。
りえは制服姿のまま、フラフラと夜の道を歩いていた。足取りが覚束ない。
どちらかというといつも弱気で思った事を口に出せない性格の彼女だったが、ここまで落ち込んで家を飛び出したのは生まれて初めてだった。

「はぁ・・・」

夜の闇はどこまでも深く、目の前にある長いトンネルは闇の世界へ続いているように感じられた。
それでも、どこかここではない場所にたどり着きたい、そう思いながらりえはトンネルへと入っていった。
暗い道を一歩、また一歩と進んでいくと、先の方に何やら見える物があった。
「明かり?」

こんな暗いトンネルの真ん中で、ポツンとスタンドの明かりのような物が光っているのである。
思わずりえはその明かりへと走っていった。正体が確かめたいというより、衝動的に足が動いたのだ。
明かりのまん前まできて、りえは足を止めた。ダンボール箱が積み重ねられていて、その上にスタンドが乗せてある。
「なにこれ・・・」
そのまま視線をゆっくり下ろすと
「ええっ!?」
そこにいた存在に、りえは思わず声をあげてしまった。
それは、うぅんとうなりながら目を開けて、同じく
「わっ」
と声をあげた。
どうしてこんな所に・・・
それは、りえよりずっと幼いであろう少女であった。シートを敷き、ダンボールを積み重ね、その上で寝ていたのである。
こんな夜更けに、もう使われていないトンネルの中でスタンドをつけて寝ている少女なんて絶対変だ。
これはきっともの凄く深い事情があるのだろう、関わりたくない。
いつもはそう思うはずのりえだが、今は傷心のせいか、心がシンと静まり返り、こんな状況でも妙に落ち着いている。
りえは逃げずに、その場にとどまった。
りえが声を出す前に、その少女は喋りだした。

「こんな所に人がくるなんて・・・思わなかった、びっくりした」
少女は口に手をあて、半無表情で言った。
「夜道を女の子一人で歩くのは危険だよ。早く帰りなさい!」
りえは呆気にとれらてしまった。自分よりずっと年下であろう少女が、自分がこんな奇妙な状況下に置かれている事を無視して、自分に注意しているのだ。
「あ、貴方こそ・・・」
思わず口に出してしまった。そして、その勢いで、少女へと全ての疑問をなげかけた。
「なんでこんな所にいるの?」
・・・少女は無表情のままだった。なぜそんな質問をするの?と言わんばかりに。
少女は、しばらく考えてこう言った。
「ホームレス。これホームレスって言うでしょ?ほら、ホームレス」
ぱんぱんと自分の胸を叩く。

りえはもちろん呆気にとられてしまった。
こんな幼い少女がホームレス?家がない?そんな訳がない。
この少女は自分をからかっているのだろうか。でも、それにしたってこの状況はおかしすぎる。
昨日までのりえだったら、この素性の知れない謎の少女にこれ以上関わろうとしなかっただろう。
ただ、その日のりえは違った。
ふ、っと一息置いてしゃがみこみ、少女と同じ目線になったりえは言った。

「私も家がないの」

少女は、それを聞いてしはらくポカンとした顔をしていたが、すぐに笑ってこう言った。

「あっはっはっは。そうなの。家がないんだ!あんたもホームレスか。じゃー仕方ないね」

りえはその言葉を聞くと、「隣、いい?」と指をさして少女の隣に座り込んだ。

「ここさぁ、もう使われてないトンネルじゃん。人あんまこなくて、楽なんだよね」
少女はニコニコしながら続けた。
「誰かに見つかると通報されてさ、危ないだとか家に帰れだとか言われてしつこいんだよ」

あぁ、この子も家出をしているのか。それでこんな所に人に見つからないよう隠れてる。りえは悟った。

「最終的にはどうするの?」
りえが聞くと
「はーい帰りまーすって逃げてきちゃう。でも、ここで暮らすようになってからは、誰にも見つかってないよ」

たしかにこのトンネルは、入り口に柵がありもう入れないようになっている。幽霊が出るだなんて噂も聞いた事があるくらいだから、好んで入ってくる人もいないのだうろう。心霊スポットとしてもいまいちいけていない。
りえは意識的に柵を越えた覚えはないが、無意識のうちに踏み越えてきたのだろう。そのくらいフラフラしていた。

そんな事を思っていると、少女は着ていたパーカーのポケットをごそごそとまさぐって、中からコンビニのパックのおにぎりを二つ取り出した。
「食べる?」
りえは、おにぎりを見た途端グーっとお腹を鳴らしてしまった。もう何時間も何も食べていない。
「ありがとう、貰う」
りえはおにぎりを受け取ろうと手を伸ばしたが、少女は「サッ」とわざとらしい声を出しておにぎりを上にあげた。

「100円」
「え・・・?」
「だーかーら、100円!1個100円だよ」
「ええっ、お金とるの!?」
「当たり前だしょー。善意でホームレスはやってられんのよ」

仕方なく、りえはポケットをごそごそと探ってみる。・・・財布はない。
代わりに、おやつに食べたキャラメルの包み紙で織った、小さな鶴が一つ入っていた。

「はぁ、何とか譲って貰えないかなぁ。お姉ちゃん凄くお腹空いてて・・・」
りえが何気なく鶴を手で弄びながら言うと、「わぁっ!」と声を上げて少女がその手に飛びついてきた。

「これがいい。私、これがいいよ!これとおにぎり交換!」
鶴を無理やり手から引き離され、変わりにおにぎりを二つとも胸に押し付けられた。
少女は鶴をいろんな方向から見回してキャッキャとはしゃいでいる。

りえは突然の出来事に驚いたが、鶴を手にとりすっかり機嫌をよくした少女を見て、「やっぱり子供なんだな」と、少女が少し可愛い気がして少し笑ってしまった。

ただ、次の瞬間、ほんの一瞬。ほんの一瞬だけど、鶴を見る少女の目が凄く寂しげに見えた気がした。
その表情にハッとしたりえだったが、その時にはもう少女はニコニコとさっきまでの表情を取り戻していた。

そうだ、この少女も一見こんな幼いけど、家を出なくちゃいけないくらい辛い事があったんだ。
私と、同じ。

りえがうつむいていると、いつのまにか少女がりえの顔をジーっと覗きこんでいた。

「な、何?」
「いや、何でもない。友達に似てたの」

少女は鶴をパーカーのポケットにしまいこみ、そう言った。

友達・・・自分には縁のない言葉だ。
学校ではいつも孤立していた。自分に話し掛けてくれる人、一緒に遊んでくれる人なんて、一人もいない。
りえは、それが自分の暗い性格が災いしているのは充分分かっている。でも、どうしても人と仲良くなる事が出来ない。
ただ、今は違った。
傷つき、悲しみを背負った自分と同じ仲間がここにいる。いつもと違って話が出来る。とても調子がいい。
もしかしたら、友達が出来るかもしれない。
りえは、思い切ってもう一度少女に話し掛けた。

「ねぇ、あなた、名前はなんていうのかな?」

すると、少女はちょっとふてくされたような顔をして
「あのさぁ、その目下の人に使うような言葉やめてくんない?」

「あっ、ごっ、ごめん!」
りえは焦って謝罪した。

「んま、いいけどさ」

りえが、少女の機嫌を伺いながらもう一度「名前・・・」と呟くと

「忘れた」

少女はそう言って放った。

「あ・・・・」

りえは、またうつむいてしまった。
“拒絶されてしまった”そんな想いが心に立ち込めていた。
りえが言葉を出せずにいると

「友達の名前なら覚えてんだけどね」

少女は手を後ろに組み、壁にもたれかかったまま天上を見上げて言った。

「え・・・?」

自分の名前は忘れて、友達の名前なら覚えている。
どうして少女はこんな嘘をつくのだろう。
でも
でも・・・

「じゃあさ・・・」

この子と友達になりたい。

「その友達の名前、教えてくれない?」

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