武州日記・1
川越・残暑の小江戸
2005.8
2005年夏も盆を迎えてしまった。今年の夏は仕事が忙しかったので久々の休みだ。
とはいえ、夕方にはまた会社に行かなければならない。仕事は「たまご」関連なので休みが少ないのだ。
仕事の話はまたの機会にしよう。これもまたとても面白いのだ。
さて、北関東から武州は三芳の地に移ってきてはや一月半。まだ川越街道すら歩いていない。
バイクにも久しく跨っていないので体も気持ちもウズウズしている。
時間もあまりないがまずは小江戸と呼ばれる川越に向かった。

川越城本丸御殿

我が家(単身宿)鶴瀬を出て少し行くともう川越街道だ。
平日も休日も混雑しているこの国道254号は旧川越往還という。
東京は板橋宿で中仙道から分かれるこの街道は約30キロ。歩いても一日の行程だ。
従って有名な宿場はあまり無い。
川越市内に入ってまずは八幡宮におまいり。戌年の守り神、八幡宮には必ず安全祈願で立ち寄るのだ。
川越駅から北に一キロほどのところに忽然と現れる大イチョウ。となりのマンションが残念だが本当に大きい。出世稲荷という神社の境内にある巨木だ。
幹回り5.7m、根回り7.6mと、幹回り7.3m、根回り9.7mの2本の大イチョウの2本が立っている。樹高は約26.5mで、樹齢600年余りと書いてあった。
川越市指定天然記念物だそうだ。比較物がないので私が立ってみた。
有名な川越大師。喜多院。
平安時代の創建といわれるこの寺は27代の住職が徳川家康に厚誼を受けたことから大いに栄えたという。
正月三日にはだるま市でにぎわうというこの境内はきれいに掃き清められていた。境内をふと見ると鳩に混じってニワトリがいたので早々に立ち去ることにする。
その喜多院には家康公が亡くなったとき東照宮に行く際、4日間逗留したという。
それを縁に建立されたそうだ。
正しくは「仙波東照宮」という。
太田道真、道灌父子が守った川越城の本丸跡だ。国宝だ。
なんとなく親近感を覚える???

市内へ向かい蔵造りの町の看板を目指してゆくと高いやぐらのような建物にあたる。これが時の鐘といい川越のシンボルともいえる。今も1日4回、午前6時、正午、午後3時、午後6時に時を知らせているのだ。
一説には江戸幕府が江戸市中に鐘を鳴らして時を告げていたことにならい、当時の川越藩主・酒井忠勝が川越城下でも始めたという。
時の鐘は、都合4回焼けたりしていて今のものは明治26年にあった大火事の翌年に建てられたもので、平成8年に環境庁「残したい日本の音風景百選」にも選ばれている。

街には人力車が走る。この日は暑いので乗っている人は皆、アイスキャンデーや地ビールをのみながら快適そうであった。
ここは菓子屋横丁。
懐かしい駄菓子屋さんやおせんべいやさんなどが軒を連ねている。
さてここでタイムアップだ。小江戸の旅はまた何回かに分けて来よう。とても半日くらいではもったいない歴史や見所にあふれた城下町なのだ。
次回は横目に通り過ぎた蔵の町の風景や食の風景を交えて紹介しようと思う。

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