武州日記・六
小江戸川越を歩く
2006.9.24
晴れた!台風14号が近づき大荒れと思っていたら大きく東にそれた。
今日は久しぶりの休日。朝早くおきて、掃除、洗濯をすませ、出かけることにする。
晴れればバイク、のシーズンではあるが今は秋の交通安全週間中。
罠のような取締りもあるし、バイクには少し厳しいご時勢でもある。
今日は着物を着て川越に散歩に出かけることとした。
今日の仕掛け人の一人L氏。川越在住の方でいろいろと教えていただいた。
ここ、源氏家は大正13年から東明寺裏に開かれた老舗の料亭だ。
平成天皇もここで食事をされたことがあるそうだ。その食事。昼の弁当だが一つ一つの素材は味わい深い。右にある栗きんとんはここの名物でこのあたりの長者様方が宅への土産にしたのでしょう。 これは、「修行」と書いてあるそうだ。
総理大臣「桂太郎」の筆だそうだ。
ここの先々代の料理の腕に感激した桂が「田舎には稀なる包丁なり」と、うなったそうである。
田舎とは失礼な・・・。と思うのは私だけか・・。街中には料理屋、仕出し屋が多い。
往時の繁栄が偲ばれる。ここはリサイクル着物も扱っている「はいからや」さん。
貸衣装もやっている。
川越に来て着付けをしてもらって散策をして洋服で帰る。という芸当も出来るのだ。
はいからや 喜多町1-3 049-226-3799いわずと知れた「時の鐘」
現在のものは川越の大火、の後、の明治27年に再建されたもので、現在でも4回/日、時を告げてくれるそうだ。街中にはこういったから作りの旧家がたくさんある。ここは黒の漆喰で仕上げられている。 ここは、重要文化財の田中家。中は美術館となっており、小村雪岱、岩崎勝平の絵画や下絵が飾ってある。蔵造りに併設して広縁のある窓からは庭が見える。 その庭の見える和室でくつろぐ私。
少し目が泳いでます。ここは旧川越織物市場跡地。マンションの裏にひっそりと佇んでいる。
川越織物市場は明治43年に建てられ木造の2棟からなる長屋形式の建物です。戦後は引揚者などの住宅として使われていましたが開発業者により一時は取り壊される運命でしたが地元の方々の住民運動によって川越市が介在して保全の道筋が付いたとの事です。
したの栄養食配給所(市場内)と共に川越市指定文化財となったそうです。戦中戦後の影を落とす看板はいやにくっきりとしていた。
そういえば韓国での補身湯(ポシンタン)ことを栄養湯(ヨンヤンタン)というそうだ。
簡単に言うと犬鍋なんですが。最後に訪れたのが舟運亭むかし館。戸田製麺と言う地元で芋そうめん、芋うどんなどを作っている麺やさんが自ら収集した刀剣類、美術品などを展示してある。
これも珍しい昭和初期のビール瓶。
さて、家に帰ってビールを飲もう。
おしまい。