仙台日記・8
Kimuchi 北の大地を走る
北海道ツーリング2007
2007.8
いよいよ、その日が来た。
憧れの大地、北海道を走る日が来たのだ。
何年越しかで誘われていた知人との邂逅とその知人の案内で走る北海道。
ライダーにとって憧れの地は爽やかな空気で迎えてくれた。
知人といっても業界では著名な方なので名前も顔も出せないのが残念だが
その思いは画像からも感じられると思う。
バイクも立場も違うが共に走れると言う喜びで心ときめく出発となった。
さあ、短い期間だが思い切り楽しもう。
さて出発前のフェリー埠頭にて。
仙台港に出発する際、仙台市内は雨だったので自宅を出るときはサランラップを体に巻きつけて出た。
南海か試したがブーツが濡れず都合がいいのだ。
北海道が晴れていることはわかっていたしカッパを着るのが面倒だったからだ。太平洋フェリーが誇る豪華船「きそ」
12000tあるという。
船酔いする私には実に頼もしい。
船内も豪華。
夜はここで生演奏も行われるのだ。一等船室の廊下。
エンジン音も殆ど感じないプライベートな空間が並ぶ。室内の様子。
今回は少し贅沢にツインのシングルユース。
夜はバイキング。
ステーキを好みで焼いてくれたり船上とは思えないサービスだった。
「北海道に行くのはこれに限る。」
と思った瞬間だ。苫小牧に着いて下船したのは11時。
昼食は小樽でと決めていた。
苫小牧からは100キロ程度離れているが、
小樽港の少し西にある市場の食堂が美味しいと聞いていたのでそこを訪ねる。
これがその味さき
刺身と魚卵が美味しいと言う。
夕食はすしの予定だったので今回は刺身定食にする。この豪華な刺身定食が1500円!!
関東ではとても味わえないだろう。昼食後は小樽駅へ。 そして小樽運河。
数年前に亡くなった友人が好きだった唄。
「小樽運河」が頭に浮かんでくる。
「お〜たるう〜んが〜♪」
生きているのだから一生懸命に生きなければ。
と感傷に浸りながら札幌を目指す。
札幌では少しばかり仕事も有るのだ。
札幌で打合せを済ませ夕張を目指す。
夕張で来たかったのはこの幸せの黄色いハンカチのロケ地跡。
高倉健と倍賞千恵子の切ないドラマは私の青春時代の思い出と重なって来る。
自分の青春を確かめたいのは年を取った証拠だろうか・・・。
ロケ地はそのまま残っている。これは武田鉄矢と桃井かおりが乗っていたファミリアだ。
あのころは二人とも若かったなぁ。
もちろんそれ以上に私は若かったのだ。
この黄色いカードは観光客が自分の思いを書いていけるようになっているのだ。
もちろん私も書いた。
内容はおしょしくて言えないが。
その黄色いハンカチの下で。
この黄色いハンカチを見たときの高倉健の顔が今も鮮明に浮かんでくる。
その感動で思わず涙腺が緩む。
「年だなぁ・・」そして夕張駅へ
終点なので当たり前だが線路がここで終わる。
不思議な光景だ。
夕張は財政破綻自治体ですっかり有名になってしまった。
炭鉱で賑わったころの建築物。
バブルのときの遺産。
様々な思いが交錯する風景だった。
私にはコメントできないが考えさせられた。そしてその後は知人の待つ砂川へ。
隣町の滝川まで行って美味しいおすしをいただく。
これは蝦夷あわび。
昆布を食べているので旨みが違うと言う。
確かに小振りで甘み、旨みがすこぶる強いのだ。
夜の話はあまり書くまい。
翌日はツーリングなのに遅くまで飲んだ。右端は私の同僚。
真ん中が知人。
ハーレー乗りらしくビシッと極めている。
サイドカー付きのハーレーと走るのは初めてだ。無数のスイッチが並ぶ運転台。
いや、コクピットと呼ぶべきか・・。
今日は砂川から留萌(日本海側)に抜けて日本海を見ながら稚内を目指すのだ。私の希望であった雨竜のひまわり畑。
ひまわり畑にて。
今年は気温が低いので満開は未だ先だそうだ。気温と言えば正直、走ると寒い。
秋冬用のジャケットを出し着込んで走ることにした。留萌から稚内に続く国道232号線をひた走る。
右に潅木に覆われた丘陵、左に真っ青な海。
この風景がずっと続くのだ。途中、明治から昭和初期にニシン漁で栄えた地を訪ねる。
重要文化財で中にも入れるのだ。
往時の繁栄が偲ばれる豪壮な造りだった。知人と愛車。
隅々まで磨きこまれている。
氏は本当に北海道を愛しており私に次々と良い場所を教えてくれる。
服装、走り、マナー、どこをとっても非の打ち所が無い。
という人なのだ。昼食に追いついてきた同僚。
二人のライダーの間に割って入ってくる。風力発電の風車の脇を走る。
快適だ。途中、天売、焼尻にわたるフェリー乗り場へ行く。
ここでは見えなかったが
道すがら島影を見ることが出来た。
晴れて暖かそうに見えるがジャケットもパンツも秋物だ。
空気も乾いていて最高だ。
北海道に毎年多くのライダーが来るのが良くわかる。20数年前このフェリーに乗ったかもしれない。
などとまた思う。ここは初山別の展望台。
海も空も真っ青だ。風車が28機立っているサロベツの道。
ここもハイライトのひとつだ。そしてサロベツ原野へ。 愛車二機。
こういう道を走れるバイクは幸せだ。
しばしの休息の後、先を急ぐ。 ライダー憧れの道路。
何処までも続くまっすぐな道。
ガードレールも電線も無い。
もちろん前後に車も無い。
私たち2台のためだけに続く道がここには有るのだ。私の走る姿。ポスターにでもなりそうだ。 途中の海岸での氏。
コントラストが正に絵のよう。そして私。 この海の向こうはロシアなのだ。 夕方、稚内に着き更に来たのノシャップにたどり着く。
この向こうはサハリンだ。看板を抱え喜ぶ私。ノシャップの港。 ノシャップの魚港。 夜の宴会のあと、愛車に跨る。 私も着物で跨る。
羽織無しでは寒いくらいだ。2次会はホテルのラウンジで。
港を眼下に望む最高の席。
大分飲みすぎました。翌朝。
表情が少し暗い。
雨だったのだ。
ここで留萌組と宗谷岬方面に別れる。
互いの無事を祈り
固い握手を交わした。結構な雨だったが宗谷岬に着いたときだけ奇跡的に雨が上がる。
やはり普段の行いがここで出るのだ。宗谷岬から雨のオホーツク街道を紋別まで走りそこから内陸に。
音威子府から士別に抜けて昼食
昼食は「ひつじと雲の丘」にて。
ここは羊を触れるし
羊を食べられる・・・・。と言う場所だ。
何だか神妙な気持ちでオーダーする。結局ジンギスカン定食を頼んでしまった。
羊を見ながらジンギスカンを食すのは不思議な感覚だった。その羊に見られる。
申し訳ないので餌を買ってあげることにした。
何の足しにも供養にもならないのだが。寄ってくるとかわいいものだ。
肌触りもとても良い。士別からは高速に入り
砂川のハイウェイオアシスで土産を買い苫小牧を目指す。
売られてゆく牛たちと共にフェリーに乗り込む。
翌朝は八戸に着いている。
八戸からは高速で仙台だ。
今日も仕事が始まる。
夢のような3日間はあっという間に過ぎていった。