仙台日記・15 kimuchiの奥の細道
遠野から象潟、山形へ走る
2008.4
2008年黄金週間が始まった。バイクも洗ったし準備万端。
娘の住む盛岡を訪ねながら弘前と角館の桜を見よう。
そう決めていたこの連休だったが季節はずれの暖かい高気圧の居座り。
桜はすっかり散ってしまったようだ。
計画変更!!寒い冬で眠っていたバイクを始動、までは一緒。
今回は娘の住む盛岡に寄り、一緒に遠野を訪ねることにした。
遠野には母方の遠い親戚のお寺も有るという。
そこを見ておきたいとの想いも有った。
朝、9時に仙台を出発。
盛岡には10時半に到着。
やはりバイクは速い。
娘の愛車「ブーン」
今日は娘の運転で遠野を訪ねるのだ。
昼食を遠野でジンギスカンに照準。
11時半には出発となった。遠野は盛岡より寒いのであろうか。
遠野の堰堤にはまだ桜が散らずに残っていた。
娘の運転する助手席でのんびりとドライブなどあまり想像ができなかったが中々に良いものだ。「ジンギスカンあんべ」
は遠野の街中にあり、この日も30分待ちという盛況さであった。
地元の方、ツーリングライダーと様々な人々が集まっていた。娘の好きな肩ロースは霜降り、
私の好きなマトン、それに肩肉の3種を頼み、待つこと数分。
予想外のボリュームで出て来ました。
「あんべ」恐るべし。美味しいものを待つ表情は20年前と変わらない。 食べても食べても無くならない。
ここは大人数の方がいろいろ楽しめそうだ。そして智恩寺へ
ここ、智恩寺は私の母方の祖父の弟さんが継いだ寺だという。
元々は南部氏の支領であった遠野に1626年に開山したものの廃寺寸前だった安房の智恩寺を移したのが明治21年というから「智恩寺」自体の歴史はあまり古くは無い。智恩寺は桜の名所でもある。
参道から見上げる本堂は桜の巨木で見えないほどだ。
本堂をに続く石段を登っていくと境内を掃き清める方が。
ただ見るだけのつもりだったのだが「西山さんですか?」と母方の祖父の旧姓を尋ねる。
(日蓮宗の大僧正だった母方の祖父は新潟の寺の出身で母の実家に婿で迎えられたのだ。)この方が母の従妹??にあたる方とのこと。
話してみると思いのほか私の母方の実家である千駄ヶ谷の仙寿院のことを知っていた。
手土産ひとつ持参していない非礼を恥じ入りながらもお言葉に甘え本堂の中を案内していただく。本堂の中で。
お寺の中はとても良い香りだ。
永年蓄えられたお線香の香りが安らぎを生むのであろう。早々に辞去し山門からの風景を撮る。
仁王像が立派である。
また訪れてみたいと思った。そして遠野といえば河童が淵を目指す。途中はホップの畑だ。 河童淵がある常堅寺の山門。
智恩寺ほどではないが立派な山門だ。境内の桜の前で。
この暖かい時期に桜を見られるとは思わなかった。
東北の良さをまた感じるひとときだ。河童淵の前で河童頭の娘。 この明るさでは河童は出ないだろう。
遠野には日本人の心象風景がある。
何度訪れてもその魅力は倍加する。そして伝承園で。 遠野からの帰り道。
重要文化財に指定されている南部曲がり家
「千葉家住宅」を訪ねる。遠野でもいくらか高いところにあるこの場所は桜もまだ身頃に近い。 携帯で写真を撮る娘。 曲がり家入口で。 駐車場から千葉家を臨む。
この大邸宅には往時25人の家族や作男、更には20頭の馬が住んでいたという。そして再び娘の住むアパートへ。
私の愛車の前で。夜はじゃじゃ麺の専門店がもう閉まっていたのでふたりの好きな餃子を食べに行く。 私はたまたまメニューにあったじゃじゃ麺を食す。
何処の店も同じだがやはり冷麺の方が好きである。
そして夜は娘の部屋で爆睡。朝は娘は出勤。
私は盛岡から横手経由、由利本荘を通り象潟を目指すのだ。象潟への途中。
日本海を望む。やはり、ここも来たかったところ。
南極探検のパイオニア。
白瀬中尉の南極探検記念館だ。
私は子供の頃、極地探検を志した白瀬中尉が東北の冬でも靴下をはかず、寝るときも足先を布団に入れなかったという話を読んだのだ。
このときから私の心の中では白瀬中尉は英雄になったのだ。
実際記念館を訪ね、想像以上にすごい方だったことが判った。尊敬の念、限りなく・・・。そして象潟・蚶満寺へ。
松尾芭蕉が訪ねたという最北の地、象潟にあってその風景が最も残っているところだ。芭蕉が訪れた当時、ここは潟でその中に島々が浮いていたといいます。
芭蕉をして、「東の松島、西の象潟」と言わしめたその風景。
その後地震で隆起しその風景は無くなってしまったと言います。
そのことが必ず訪れたい理由であった。隆起した丘、一つ一つが当時の島々であったのであろう。
最近年の所為か、失われるもの、失われたものに郷愁を感じることが多い。
このときも目をつぶりこの風景を想像してみた。こんな感じ??でありましょうか。 境内には猫。
とても人懐こい。往時の芭蕉が苦心惨憺歩んだであろう三崎の断崖。
今日は天気も良く最高だ。さて、芭蕉を偲んだ後は酒田へ。
北前船で栄えた商都、酒田には今も往時を偲ぶ史跡がたくさんある。
以前にも鐙屋など商家を訪問していたが今回は武家と商家の双方を取り入れた造りで有名な、本間家旧本邸を訪ねた。
庭の松に圧倒される。
昼食は会社の同僚のお勧めのフェリー乗り場脇にある海鮮レストラン飛島(とびしま)へ。 店内は満員。
今日は平日だというのに・・・。海鮮丼。
1050円なり。
画像ではわからないが刺身はすべて2重に敷いてある。
豪華な食事である。
酒田からは月山経由で山形へ。
ここも得意先に教えてもらった天童のそばの銘店「やま竹」。で早い夕食、のつもりが・・・。
残念ながら定休日。定休日にはガッカリしたがそれには負けず、天童といえば「水車そば」へ。
もちろん駅前ではなくお母さんのやっている店へ。太目のそばにまんぞくまんぞく。
「やま竹」へはまたの機会に行こう。東由利にての吾が愛機。
よく頑張りました。
2日間の走行距離は700キロでした。