東北生活もあと2ヶ月
北東北を一筆書き
尻屋崎で寒立馬を見る


勤め人の常。
転勤が決まった。
3年半の東北生活もあと2カ月を残すのみとなってしまった。
いつかこの日が来ることを思い、できる限り東北生活を楽しんできたが
逆に東北を知りつつあっただけに離れる寂しさは格別のものがある。
冬の厳しさに対抗するような春の訪れの素晴らしさ。
桜の季節、新緑の季節、燃え盛るような夏の祭り、紅葉と味覚の秋、
そして冬の風情を彩る数々の雪まつり。

そんな思いを胸に秘め、まだ未踏の地、下北半島の尻屋崎を訪ねてみた。
昨年に引き続いての下北と津軽。
もしかしたら2度と訪れることが無いかもしれないこの地をしっかりと目に焼き付けて来よう。
5月1日、早朝に会社を出発。
この日のために整備もばっちり。
kimuchi号は絶好調だ。
仙台から高速をひた走り八戸、三沢経由で下北半島へ。
久々の走りで気合が入っていたせいか昼前には下北半島の六ヶ所村を過ぎてしまっていた。
かれこれ400キロ以上走っていたのだ。
尻屋崎を目指すkimuchi号
写真ではわからないが風が強く立っているのがやっとだった。
とうとう見ました「寒立馬(かんだちめ)」
独特の体系と温厚な性格で人々に愛されてきたのだ。
この足の太さ、足裏の蹄の大きさ、そして長い体毛。
すべてが独特なのだ。

一時は7頭まで減ってしまったが今は40頭以上が元気に最北の地で生きているのだ。
この日は猛烈な風で5月と思えない寒さだった。
でも真冬の下北で過している寒立馬(かんだちめ)にはいささかの影響もない。
長いまつげの向こうにやさしい瞳が光っていた。
寒さで凍える手を寒立馬を触って暖める。
予想外に温かく、また柔らかな感触に心も和む。
凍えた顔((+_+))
バイクも倒れよとばかりの猛烈な風。
尻屋崎灯台は厳然とたたずむ。
尻屋崎を後にして八戸に戻る。
八戸漁港にてしばしの休息。
ようやく体に温かさが戻ってきた。
その晩は八戸泊まり。知人との交誼を楽しむ。
5月2日は八戸を後に津軽に向かう。
とうとう乗れなかった津軽鉄道をせめて見るだけでもとの思いで終点の津軽中里駅にたどり着く。
本当の終点。日本最北の私鉄の最北の終点だ
列車が入ってくる。
本来であれば貨物用の機関車で客車を引っ張るのだ。


これはDD35型かな?
客車の中でストーブを前に。
本当はこれに乗りたかったのだ。
いつか必ず乗りに来よう。
そう心に誓い車両を後にする。
お約束の走行写真。
踏切手前でkimuchi号とともに待つ。
来ました!!


この写真を撮るために一時間近く待っていたのだ。

感動に心が震える。
昼食は十三湖のシジミラーメン。
B級グルメだがシジミの量が半端じゃない。
十三湖の中之島への木造橋
往時の繁栄に思いをはせる。
日本古代史の舞台となった十三湊。
古代文明はこの北の地に本当にあったのだろうか??
そして十三湖を後に鰺ヶ沢を目指す。
お目当てはこれ。
三度目の正直でようやく小屋の外のワサヲを見ることができた。
かわいいなあ
(^◇^)
触ってみたいけど我慢、我慢。


この辺りはわさお渋滞で激混みだった。
鰺ヶ沢の奉行所跡。

今夜の宿の深浦まではあと一息だ。
そして深浦駅に。

北前船の良港として知られた深浦の中心だ。
深浦港を眺める。
今夜の宿ペンション深浦に辿り着く。
ここは深浦出身の同僚の同級生が営んでいるのだ。
玄関前の桜はまだつぼみだ。
いつ咲くのだろう。
もう開く寸前の風情だった。
記念館「風待ち館」で深浦の歴史を学ぶ。
そして円覚寺へ

この名刹は北前船の船頭や荷主が必ず航海の無事を祈ったといいます。
夕陽を受ける港
そして灯台。
その同僚。
この後ろに将来は家を建てて住むそうだ。
高台で見晴らしがよい。
深浦港を見降ろせるこの地で老境を迎えるのだろうか。

帰れる故郷があるというのはうらやましいことだ。
ペンション深浦の夕食。
超豪華!!
同僚の差し入れの原木シイタケ。
ビールとお酒が進んでしまう。
翌朝、深浦を後に秋田経由で山形に向かう。
朝日を受けた深浦の風景。

冬の厳しさはわからないがその厳しさゆえの美しさなのだろうか。
出発
酒田で昼食後、天童高原でしばしの休息。
山形といえば蕎麦。
蕎麦といえば天ぷら。
寒ざらしそばを楽しむ。
蕎麦についてはブログのほうで。
三泊四日の東北ツーリングもお終い。

走行距離は1400キロほど。
天候に恵まれ、いい思い出になった。

kimuchiが綴るオートバイライフへ