「神さまに喜ばれる生き方をする」
日時 2019年3月3日
降誕節第10主日
聖書箇所 2コリント5章1-10節
賛美歌 18/155/528
交読 詩編85
説教者 小笠原純牧師(高槻日吉台教会・朝礼拝)
小川洋司の『深い河のかなたへ 黒人霊歌とその背景』(音楽之友社)という本は、黒人霊歌の歴史やまたいろいろな黒人霊歌の具体的な事柄について書かれてある本です。この本の中に、「黒人霊歌の保存と芸術的発展に尽した人々」というところがあります。
【文字を知ることを法律で禁じられていた奴隷たちが、奴隷制度の実態を書き記すことがほとんどなかったように、黒人霊歌が彼ら自身によって、楽譜の形で保存されることは皆無であった。つまり、黒人霊歌はそのままにしておけば、やがて忘れ去られてしまい、現在私たちが耳にすることのない音楽となってしまっていたはずのものである。現在歌われる黒人霊歌のすべては、奴隷制の終りごろ、あるいは奴隷制度が終って間もなく、元奴隷たちの歌う黒人霊歌を聴いた白人たちによって採譜され収集されたものが原形となっている。最も早く黒人霊歌に着目し、それらを楽譜にとどめようとしたのは、南北戦争も終りのころ、北軍が占領した南部の地域に収容された(元)奴隷たちの歌う黒人霊歌を聞いた北部の白人たちであった】(P.121)。
奴隷とされ文字を知ることを禁じられ、また楽譜として書き記すことがほとんどなかった黒人たちの歌であった黒人霊歌は、もしかしたら消えてなくなってしまっていたかも知れないわけです。しかし黒人霊歌のすばらしさに気がついた白人の人たちがいて、黒人霊歌を楽譜として書き記した。それでいま黒人霊歌を私たちが聴くことができ、すばらしい信仰の歌として私たちが歌うことができるということです。
黒人奴隷が歌う歌であるからそれは大した歌であるはずがないというふうに思う白人の人たちがたくさんいたわけです。しかしそうした時代にあっても、神さまを誉めたたえる歌として、黒人霊歌のすばらしさに気がついた白人たちがいました。信仰ということを中心にして見えてくるものがあるのだと思います。この世の価値観を越えて、「何が神さまをほめたたえるということになるのか」ということを大切にして歩む生き方があるのだと思います。
今日の聖書の箇所は「信仰に生きる」という表題のついた聖書の箇所の一部です。使徒パウロは、私たちクリスチャンは永遠なるものに連なっていると言っています。コリントの信徒への手紙(2)4章18節には、【わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです】とあります。私たちは永遠なる神さまに連なって生きている。そして私たちは神さまを見つめて歩んでいます。
コリントの信徒への手紙(2)5章1-3節にはこうあります。【わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、この地上の幕屋にあって苦しみもだえています。それを脱いでも、わたしたちは裸のままではおりません】。
ここで使徒パウロが言っている「地上のすみかである幕屋」というのは、私たちの肉体ということでしょう。たとえ私たちが天に召されても、私たちには神さまによって備えられている永遠のすみかが天にあるということです。でもいまはまだ天に召されていないので、私たちは地上の幕屋にあって、いろいろなことで苦しんだり、悲しんだりすることがあるということです。また私たちはこの世にあって生きている間は、どうしてもいろいろな罪を犯してしまったり、良くないことをしてしまったりします。その有り様は神さまが私たちに求めておられることからすれば、あまりふさわしいことではありません。しかしそうした罪を抱えながらも、私たちは「天から与えられる住みかを上に着たい」というように、神さまの求めるところにしたがって歩みたいと願っていると、使徒パウロは言っています。
使徒パウロは、「住みかを上に着たい」というようなことを言って、たとえとしてはどうも何を言っているのかよくわからないようなことを言います。私たちは大阪に住んでいますから、いちいち「住みかは、服のように着れへんやろ」と、ツッコミを入れたくなります。でも昔のコリントの人は、そんなことにいちいちツッコミを入れることはなく、「ああ、ちょっとパウロは説明がへただけど、なんかわかるよ」と思ってあげているのだと思います。使徒パウロは神さまからの祝福の出来事を、「永遠のすみか」と言ったり、祝福を受けていることを「服」のように「上に着る」というような表現をしているということです。ですから「脱いでも、裸のままでおりません」というのは、神さまの祝福、神さまの約束は確かなことなので、たとえ私たちが罪を犯したり、いいかげんな人間であったとしても、そうした私たちのいいかげんさを越えて、神さまの祝福は私たちを覆ってくださっている。だから私たちは「裸である」ということはないのだと、使徒パウロは言っているのです。
コリントの信徒への手紙(2)5章4-5節にはこうあります。【 この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、天から与えられる住みかを上に着たいからです。わたしたちを、このようになるのにふさわしい者としてくださったのは、神です。神は、その保証として“霊”を与えてくださったのです】。
依然として、使徒パウロは「地上の住みかを脱ぎ捨てたい」というような表現をするわけですが、同じような内容のことを言っている聖書の箇所が、コリントの信徒への手紙(1)15章53-55節にあります。新約聖書の322頁です。コリントの信徒への手紙(1)15章53-57節にはこうあります。【この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」。死のとげは罪であり、罪の力は律法です。わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう】。
私たちは罪深い者であり、神さまの前に立つことのできない者である。その点では私たちは死すべきものであるけれども、私たちは神さまからの祝福を受けて、死すべき者であるにもかかわらず、死なない者とされているのだと、使徒パウロは言います。そして私たちが神さまからそのような祝福を受けているのは、私たちの主イエス・キリストのゆえであるのです。イエス・キリストが私たちのために十字架についてくださり、私たちの罪をあがなってくださり、私たちを永遠の命に連なる者にしてくださったということです。
コリントの信徒への手紙(2)5章6-8節にはこうあります。【それで、わたしたちはいつも心強いのですが、体を住みかとしているかぎり、主から離れていることも知っています。目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです。わたしたちは、心強い。そして、体を離れて、主のもとに住むことをむしろ望んでいます】。
使徒パウロは「いつも心強い」と言います。神さまが私たちを愛してくださり、私たちに良きものを備えてくださる。だから自分がどんな目にあおうとも、必ず神さまは最後には良きものを備えてくださることを、使徒パウロは信じていました。体を住みかとして、この世での生活をしている限り、神さまやイエスさまがおられる天にいるわけではないのだから、神さまやイエスさまから物理的に離れているということは確かにある。でも私たちは目に見えるものに依り頼んで生きているのではなく、目に見えない永遠なる者により頼んで生きている。私たちは神さまに依り頼んで、信仰によって生きている。だから私たちは心強い。そしてできることであれば、この世での生涯を終えて、神さまがおられるところに帰っていきたいと思っていると、使徒パウロは言っています。使徒パウロは「自分のことだけを考えたら、もう天に召されてもいいかなあ」というようなことを、今日の聖書の箇所だけでなく、ほかの手紙などでも語っています。
フィリピの信徒への手紙1章21-24節にはこうあります。新約聖書の362頁です。【わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません。この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。だが他方では、肉にとどまる方が、あなたがたのためにもっと必要です】。使徒パウロは自分としてはもう天に召されてもよいのだけれども、でもフィリピの教会の信徒の人々のために働くということがあるから、やっぱりそう簡単に天に召されるというわけにもいかないというふうに考えています。
コリントの信徒への手紙(2)5章9-10節にはこうあります。【だから、体を住みかとしていても、体を離れているにしても、ひたすら主に喜ばれる者でありたい。なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです】。
使徒パウロは自分はこの世にいても、天に召されてもどちらでもいいのだと言います。ローマの信徒への手紙14章8節で、使徒パウロは次のように記しています。【わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです】。
自分にとって大切なことは、ただ主に喜ばれる者でありたいということだと、使徒パウロは言います。「ひたすら主に喜ばれる者でありたい」と、使徒パウロは言います。そしてそれは私たちがみな世の終わり・終末のときに、キリストの裁きの座の前に立つことになるからだと言います。私たちは世の終わり・終末のときに、みな神さまの前に立ち、そして生きているときに行なったことについての報いを受けることになる。だからわたしはこの世にあって、ひたすら主に喜ばれる者でありたい。神さまから喜ばれるような生き方をしたいと、使徒パウロは言いました。
世の終わり・終末についての裁きについて書かれてある聖書の箇所は、マタイによる福音書25章31節以下の「すべての民族を裁く」という表題のついた聖書の箇所です。新約聖書の50頁です。マタイによる福音書25章31-40節にはこうあります。【「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』】。
この聖書の箇所はなかなかきびしい聖書の箇所で、いいことをした人の話のあと、何もしなかった人たちのことについても書かれてあります。【呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ】とあります。
世の終わり・終末のときに、こんなふうに裁かれるのであれば、やっぱりこの世にあって、少しでも良いことをしておいた方がよいのではないと思うわけです。しかし私たちクリスチャンは、神さまに裁かれるからするのではなく、使徒パウロが言ったように、「ひたすら主に喜ばれる者でありたい」という思いが大切なのです。神さまに怒られるから、良いことをするのではないのです。神さまが私たちを救ってくださったから、私たちは神さまに感謝せずにはいれないという思いをもって、「ひたすら主に喜ばれる者でありたい」と思うのです。
私たちは地の塩、世の光として、神さまに喜ばれる者として歩みたいと思います。いろいろな悲しい出来事が、毎日のようにニュースで流れます。親がこどもを「しつけ」と言って虐待死させる事件がありました。児童養護施設の施設長が、その施設の元入居者によって殺されるという事件がありました。弱い立場の人々に手を差し伸べる社会の有り様を、私たちはしっかりと考えていかなければならないのだと思います。
立場の強い人々が、「自己責任」を強調する世の中にあって、私たちは賜物は神さまから与えられたものであり、神さまの愛と平和に満ちた、わかちあいの世界を、私たちは求めて歩みたいと思います。
使徒パウロは「ひたすら主に喜ばれる者でありたい」と言いました。私たちもまた神さまに喜ばれる歩みでありたいと思います。ちいさな良き業に励みたいと思います。神さまは私たちの良き思いを祝福してくださっています。
(2019年3月3日高槻日吉台教会朝礼拝式)
「イエスさまの命に満たされて」
日時 2019年2月17日
降誕節第9主日
聖書箇所 2コリント4章7-18節
賛美歌 16/120/522
交読 詩編82
説教者 小笠原純牧師(高槻日吉台教会・朝礼拝)
Aさんのお姉さまのCさんが、帰天をされ、
2月14日に高槻日吉台教会で葬儀がもたれました。ご家族のうえに、神さまの慰めがありますようにとお祈りしています。
Cさんが大阪女学院のご出身でしたので、大阪女学院の記念誌を読んでいました。【ウイルミナ物語 大阪女学院創立125周年記念誌】です。大阪女学院は1945年(S20)6月1日の大阪大空襲で、校舎のほとんどが燃えてしまい、瓦礫と化しました。大阪女学院の学生たちが、校舎の焼け跡に集まってとった写真があります。後の方に大阪城が写っています。「校舎焼け跡に集まって 1945(昭和20)年 周囲の瓦礫とは対照的に、大阪女学院の生徒・教職員たちの目は、姿勢正しくまっすぐ未来に向けられている」とあります。
まあそうは言っても、大阪女学院に残された建物は一つだけでした。もうだめなのではないかと思っていたわけですが、再建のめども立っていない大阪女学院に、1月中頃から1月末にかけて、一人二人と毎日のように入学志願者の保護者が、入学案内をもらいに来られたそうです。そして志願者は80名に達しました。「当時、鉄筋コンクリート建ての一流公立女学校はみな焼失を免れており、聖公会系のプール女学校も健在であった。それにもかかわらず、戦災にうちひしがれ、十分な教室もない大阪女学院に可愛い娘を託そうとする父兄(ママ)がこんなにもいるのだ。これでは、どうしても校舎を再建し、これらの父兄(ママ)の期待に応えなくてはならないと、関係者一同は決心した」(「ここに生きる 西村次郎伝」より)(「東雲の丘の学校」、P.23)。
まあそうは言っても、再建のお金はどうするのだということですが、校舎を再建するために銀行から借金をしようとしても、担保も保証人もいないので、全部断られてしまうという状況でした。しかしそののち幸いにも、住友銀行から融資が得られることになり、仮校舎建設のめどが立っていきます。そして教職員たち、生徒たち、保護者たちが、こころを合わせて、一生懸命に、校舎再建に取り組んでいきます。
こんな話もあります。「1946(昭和21)年の秋、米国長老派教会の元宣教師が、大阪女学院を訪れました。バラック校舎や屋外で行われている授業を見て「今後一体どうするつもりですか」と尋ねました。学校責任者は、ユーモアを交えてこう答えたといいます。「どうするつもりかって、焼いたのはあなたの方ですから、あなたのところで建てていただかなければ・・・・・」というと、宣教師は目を丸め、肩をすぼめ、微笑し、ジェスチュアまじりに大声で「OK、OK」と答えた」(「ここに生きる 西村次郎伝」より)。翌1949(昭和24)年、米国長老教会から20万ドル(当時の日本円で7200万円)送金の内示が届きました」(「東雲の丘の学校」、P.24)。米国長老教会を初めとする多くの人々の支援と祈りの中、大阪女学院は再建されていきます。
戦後数年の大阪女学院の歩みは、まさに本日の聖書の御言葉を思わせる歩みです。【わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない】。必ず、神さまが御手をもって、私たちを守ってくださり、良き道を備えてくださる。だから私たちは決してあきらめない。そうした祈りを持ちつつ、歩んでおられたのだろうなあと思いました。
今日の聖書の箇所は、「土の器に納めた宝」という表題のついた聖書の箇所です。使徒パウロは人は土の器である。金の器や銀の器のようにすばらしいものではないし、また鉄の器のように丈夫なものでもない。壊れやすい土の器でしかないけれども、神さまの大切な大切な器であると言っています。そして大切なのは、器ではなくではなく、器の中に神さまの恵みが納められているということだと、使徒パウロは言っています。
コリントの信徒への手紙(2)4章7節にはこうあります。【ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために】。私たちが何かできるのは、それは神さまがそのことを私たちにさせてくださっているからである。神さまが私たちにいろいろな能力を与えてくださり、神さまが私たちを用いてくださっている。私たちは大した器ではないかも知れないけれども、私たちを通して働く神さまの力はとても大きなものである。私たちの神さまは、天使創造の神さまであり、罪深い私たちを救ってくださった神さまなのだからと、使徒パウロは言っています。
コリントの信徒への手紙(2)4章8-9節にはこうあります。【わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない】。使徒パウロは神さまが私たちに働いてくださり、私たちを守ってくださるのだから、大丈夫だと言います。四方から苦しめられる。そうしたことはあるかも知れない。周りの人々からいろいろといじわるなことを言われて、なんかどうしたらいいのかわからなくってしまった。そうしたことはあるかも知れない。だれひとり自分の味方になってくれる人がいなくて、見捨てられたような感じに思うことがあるかも知れない。打ちのめされて、立ち上がることができないようなことになってしまうかも知れない。そうしたことは起こらないというのではない。ただ起こったとしても、大丈夫なのだと、使徒パウロは言います。周囲の人々からいろいろと苦しめられても、行き詰まることはない。「ああ、どうしたらいいんだろう」と思ったとしても、失望することはない。だれ一人、自分のことを支えてくれる人はいないと思えても、見捨てられることはない。立ち上がることができないと思えるように打ちのめされても、大丈夫だ。なぜなら、私たちには神さまがついていてくださるのだから。どんなことにあったとしても、神さまが守ってくださり、神さまが道を備えてくださるのだから、大丈夫だ。そのように使徒パウロは言いました。
コリントの信徒への手紙(2)4章10-11節にはこうあります。【わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死にさらされています、死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるために】。
使徒パウロは自分は、いつもイエスさまの死を体にまとっていると言います。どういうことかと言いますと、イエスさまが私たちの罪のために十字架についてくださったこと、そして私たちの罪を私たちの代わりに担ってくださったこと、そのことが自分にとって大切なことなのだと受けとめているということです。イエスさまがわたしのために死んでくださったことを絶えず心に留めている。そのことを、使徒パウロは、「いつもイエスの死を体にまとっています」と言いました。そしてイエスさまに従って歩むときに、死の危険にさらされるようなこともある。けれどももともと自分は罪深い、神さまから見れば、死すべきものであったのだ。ただイエスさまに救われ、いま、自分は死すべきはずの者であったけれども、永遠の命に預かる者とされている。そのように使徒パウロは言っています。
コリントの信徒への手紙(2)4章12-15節にはこうあります。【こうして、わたしたちの内には死が働き、あなたがたの内には命が働いていることになります。「わたしは信じた。それで、わたしは語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じ、それだからこそ語ってもいます。主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも復活させ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださると、わたしたちは知っています。すべてこれらのことは、あなたがたのためであり、多くの人々が豊かに恵みを受け、感謝の念に満ちて神に栄光を帰すようになるためです】。
「わたしたちの内には死が働き、あなたがたの内には命が働いていることになります」というのは、同じクリスチャンであっても、死が働いているのと、命が働いているのとあるのか、という疑問が出てきます。これはまあ、使徒パウロがちょっと自分たちは迫害を受けたり、大変な目にあって伝道してきたということがあり、まさにいつ死ぬかも知れないというような危険があったということを言っているわけです。もちろんコリントの教会の人々もこれから先、そういうことにあうかも知れないけれども、でもたぶん自分たちが経験したほどのことはないと思うから、これからは死ということよりも、永遠の命ということにこころをとめていけば良いということです。もちろん使徒パウロたちの内にも命が働いているのです。使徒パウロはこのあともエルサレムで捕まって、牢屋に入れられて、ローマにつれて行かれて殉教するということがありますから、そういう意味では、使徒パウロの内には死が働いているのです。
使徒パウロはローマの信徒への手紙14章8節で、【わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです】と言っています。新約聖書の294頁です。【わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです】。イエス・キリストが私たちのために十字架についてくださり、私たちをご自身の死でもってあがなってくださっり、永遠の命を得ることができるのだから、私たちは生きるにしても、死ぬにしても、イエスさまのものなのだと、使徒パウロは言いました。
神さまはイエスさまを復活させてくださった神さまなのだから、イエスさまと共に私たちをも復活させてくださる。私たちは共に神さまの前に立つ幸いを得ているのだ。すべて神さまがそのように計画してくださったことなのだから、私たちはそのことにこころから感謝をして、そして神さまに栄光がありますようにと、神さまを讃美するものでありたいと、コリントの教会の人たちに告げています。
コリントの信徒への手紙(2)4章16-18節にはこうあります。【だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。わたしたちの一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです】。
使徒パウロは、私たちは神さまのものであり、イエスさまと同じように祝福を受けるものであるのだから、私たちは落胆しないと言います。どんなことがあっても神さまの祝福は確かなものであり、私たちはイエスさまによって救われ、永遠の命を得る者とされたのだから、どんなことについても落胆することはないと言います。私たちは歳をとり、「外なる人」としてのわたしは衰えていくことになる。しかし「内なる人」としての霊的なわたしは、日々新たにされていく。内なる人である霊的なわたしは滅び去ることはない。たとえ肉体としての「外なる人」であるわたしが、天に召されることがあったとしても、わたしは永遠の命に連なる、霊的な「内なる人」として生きているのだと、使徒パウロは言いました。
そしていま一時的に、辛いことや悲しいこと、クリスチャンであるが故に迫害を受けたり、嫌がらせを受けたりすることがあるかも知れないけれども、しかし私たちはそうしたことに比べものにならないほどの祝福を受け、そして永遠の栄光を受けとることになる。私たちは永遠なるものに連なっている。私たちは目に見える、人間的な富・名誉ではなく、目に見えない神さまの栄光を信じている。【わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです】。そのように使徒パウロは言いました。
使徒パウロはイエスさまを宣べ伝えるときに、いろいろな大変な目にありました。使徒パウロはコリントの信徒への手紙(2)11章16節以下に、自分がどんな大変な目にあったのかということを記しています。コリントの信徒への手紙(2)11章16節以下には「使徒としてのパウロの労苦」という表題がついています。新約聖書の338頁です。コリントの信徒への手紙(2)11章23-27節にはこうあります。【キリストに仕える者なのか。気が変になったように言いますが、わたしは彼ら以上にそうなのです。苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした。ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。しばしば旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上の難、偽の兄弟たちからの難に遭い、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました】。
使徒パウロはいろいろな患難や苦難にあいました。しかしそうした中にあっても、使徒パウロは神さまによって守られ、神さまによって助けられた。そして使徒パウロは言うわけです。【わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない】。この言葉は使徒パウロの経験に基づいて語られた言葉であるのです。使徒パウロはコリントの信徒への手紙(1)10章13節でこうも言っています。新約聖書312頁です。【あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます】。
使徒パウロは、私たちはイエスさまの命が満ちている土の器だと言いました。私たちにはイエスさまの命が働いている。私たちにはイエスさまの命が働いています。私たちは罪深い者であるし、イエスさまにふさわしい者ではないけれども、イエスさまは私たちを愛してくださり、私たちをイエスさまの愛の光で照らしてくださいます。
私たちは死すべき者でありましたが、イエスさまが私たちを救ってくださり、私たちを永遠の命に連なる者としてくださいました。私たちはイエスさまの命に満たされて生きています。なにものにも変えるできない幸いを神さまからいただき、私たちは生きています。永遠の命に連なる者として、神さまに感謝をささげつつ、歩んでいきましょう。
(2019年2月17日高槻日吉台教会朝礼拝式)