01・「パラグアイへ」
ルケに在るスポーツクラブ「ルケーニョ」に武田修宏選手が移籍しました。11月末までの短い期間、レンタル契約だそうですが、当ページでは武田選手のパラグアイでの活躍を追って行きたいと思います。ようこそ「武田修宏選手」!!
武田選手は元気です。(2,000年 7月02日)
引越し、公式行事など到着して以降3日目、忙しい毎日の武田選手、今日は日曜日、午後は少々のんびりと過しているようです。今日、作者は始めてお会いする事が出来ました。一緒に日本レストランに出掛けたところ、武田選手の注文は「カツカレー」、お話を伺うとカレーが大好物で毎日でも良いとのこと。「体調も良く、元気です。多少プレッシャーもありますが、パラグアイではサッカーに集中して活躍したい」と抱負を語っていました。パラグアイのサッカーを見た感想は「レベルが高く、選手同士の当たりが強いのには驚いた、まさしく格闘技」とのこと。パラグアイでは「サッカーに集中してサッカーして食べて寝るだけ」と語っていました。まずは12日の歓迎試合、対パラグアイ・ナショナルチーム、相手はチラベル、ゴールを決めて欲しいものです。 日曜日の夜に全国放送されているサッカー番組に武田選手がインタビューされた。ルケーニョの後期の主役と紹介されていた。インタビューでは今までの経歴、ルケーニョでの給与、どうしてルケーニョを選んだのか、そして目的は、等の質問を受けていた。目的は「身体を作り、2002年のワールドカップの代表として出場すること」と力強く答えていた。公式歓迎行事が続く武田選手、セントロ日系でも日本人・日系人による歓迎パーティーを行うことになった。次ぎの日曜日7月09日、昼にセントロ日系で行います。参加可能な方は作者にご連絡下さい。

(写真:元気な様子の武田選手:アスンシオン市・レストラン広島にて-01)

(写真:元気な様子の武田選手:アスンシオン市・レストラン広島にて-02)

(写真:元気な様子の武田選手:アスンシオン市・レストラン広島にて-03)
(ファンからのお便り):おはようございます。今後 私たちファンが知りたいことは 武田さんの様子です どんな風に1日を過ごしているのか チームメイトとはうまくやれているのか 一番大事なのが試合に出場出来るのかです 試合に出るために行ったのです 。はっきり言って 望んでではありません。 そちらではたてまえとして違ったように報道されてるかもしれませんが。 どんな選手でも 実戦で使う 使わないは監督次第そこに問題があり 今日に至ったったのですから そこのところ重点的に 現地の田中さんに 託したいのです ご迷惑でなかったらお願いします。
良いですね、武田選手の熱烈なファンの方、ありがとうございます。今は公式行事もありますが、これかれは毎日、練習して、食事して、寝るという生活、サッカー漬けの生活をすると話をしています。自分はラテン系と話をされていますし、読売時代にサンパウロで長期滞在されているので生活面でも問題は無いと思います。ルケーニョでは戦力として大いに期待されています。出場することはまず間違いが無いと思われます。まだ着いて3日目、これからです。
パラグアイ・ルケーニョ武田、発進、デビュー戦決定(2,000年 7月01日)
到着後、空港(ルケ市に在る)での歓迎式典、クラブへの入団記者会見を終え、ルケの前期公式戦を観戦、グアラニとの対戦でしたが、消化試合でかつ日程も急に変更になったことにより観客は非常に少なく寂しいスタンドであったうようです。(400人足らず)今日は午前中身体を動かし、いよいよパラグアイ・ルケーニョの武田が指導しました。アパートも決まり、明日の日曜日にはホテルから引越しをするそうです。
多くのサッカー関係者が歓迎を表する中、チラベルなどが武田選手を歓迎する意味で試合を提案、これが実現する方向で進んでいます。「ルケーニョ」対「パラグアイ・ナショナルチーム」という対戦が12日(水)夜にルケーニョ競技場で行われることになったそうです。この試合武田選手の歓迎の意味と、18日に日韓ワールドカップのブラジル戦が行われますが、その練習試合の意味があります。世界のトップレベルのパラグアイ・ナショナルチーム。チラベルを始め、特に守りは世界一とも言われています。武田選手、どこまでやれるか楽しみですね、チラベルを相手にゴールを奪えるでしょうか?公式戦前期は残り1試合、ルケーニョとの契約は終了していますが、選手登録の問題があり、公式戦のデビューは30日の後期第一戦になりそうです。
武田選手パラグアイに到着(2,000年 6月30日)
武田選手は予定通りアスンシオン空港(ルケ市)に到着した。長旅のせいか、少々疲れた表情であった。空港には多くの報道関係者を始め、パラグアイ国旗、日の丸、ルケ市の旗(青と黄色)を持った日本学校の生徒、市民などが歓迎につめかけた。全国放送のテレビでも大きく紹介され、「日本が始めて参加した南米選手権から丁度一年が経過し、日本から今回は有名な選手を迎え入れた」と報道された。引き続き、ルケーニョの入団記者会見も行われ、背番号「9」のユニフォームを渡され、抱負を語った。(淵脇氏が同行し、通訳をしていた)いよいよ武田選手のパラグアイ生活が始まりました。
ヴェルディ川崎・公式ページ
パラグアイのルケーニョFCにレンタル移籍が決まった武田修宏選手が、6月29日(木)夜、パラグアイに向けて出発しました。空港にはマスコミの方々やファンの方々などが詰め掛け、大勢に囲まれ
たにぎやかな旅立ちになりました。アマリージャ監督の解任で、ファンの方から心配の声もありましたが、武田選手の契約には影響はないということ。現地ではサッカー協会の会長やクラブのオーナー、そしてアマリージャ氏などが出迎え歓迎のセレモニーをしてくれる予定ということで、武田選手に対する期待は相当なようです。言葉もまだわからない(パラグアイはスペイン語)武田選手ですが、たった一人現地に乗り込むということで、ちょっと不安?とりあえず、セレモニー用の挨拶文はスペイン語で書いたものを用意してもらい、それを握り締めて
旅立ちました。「こんな長い文章、覚えられないよ・・・」と言う武田選手に「28時間もあるんだから大丈夫だよ」と励ますスタッフ(パラグアイまではなんと28時間もかかるのです)。
ながーい移動時間で無事文章を覚え、きちんと挨拶できるのでしょうか?パラグアイでの滞在期間中は、ずっとホテル住まいの予定という武田選手。現地について落ち着いたらホテルの住所を教えてくれるとのこと。ファンレターなどを送りたいファンの方のために、ホームページ上でもその住所を公開しますので、
武田選手からの連絡をもう少し待っていてくださいね。
武田選手はアパート住まいとなりました。連絡は下記にある淵脇隼人氏宛てにして下さい。(淵脇氏に確認しました。)
武田選手日本を出発(2,000年 6月29日)
29日夕刻、予定通り武田選手はJAL便にて日本を出発した。TBSの「ZONE」という番組のスタッフが同行しているそうです。当地には30日金曜日11時半頃(日本時間・土曜日0時半頃)到着の予定です。
パラグアイ国内リーグは10チーム・ホーム&アウェー総当りで行われていますが、優勝(オリンピア)が決定し、現在2試合づつが消化試合として残っていますが、当初7月2日(日)に予定されていた試合が急遽明日・30日に行われることになり、武田選手は到着したその夜には観戦に行く予定になっているそうです。到着の歓迎の準備も進んでいるようで、ルケのクラブ関係者ならびに市民(アスンシオン空港はルケ市に在ります)、そして日本学校(現地の学校です)の生徒などが出迎えることになっているそうです。市民の間でも大きな話題になっているようで期待も大きいようです。
武田「パラグアイから世界へ」(日刊スポーツ)
パラグアイ1部リーグのスポルティボ・ルケーニョへ期限付き移籍するV川崎FW武田修宏(33)が、世界進出へ挑む。29日、成田空港から出発した武田は「まだいろんなことを吸収して経験したい。オレにはW杯出場の夢がある。パラグアイで成功して、世界で活躍したい」と話し、契約上のレンタル期間(7月1日から11月末日までの5カ月間)後も、海外修行を続けたい意向を明らかにした。
前日(28日)までに武田獲得に動いてくれた、元横浜Fのアマリージャ監督が辞任したことが判明したが、同監督のテクニカルディレクター就任を知らせるファクスが届き、不安は取り除かれた。後期のリーグ戦の開幕は当初の7月16日から同30日に変更になった。「28時間のフライトを終えて着いたら、すぐ走り出す。早く練習したい」と笑顔を見せていた。
アマリージャ監督辞任(2,000年 6月27日)
ルケーニョでは、アマリージャ監督が辞任し、カルロス・アルセ監督(69歳)が返り咲いた。武田選手が頼りにすると思われていたアマリージャ監督が辞めてしまい、武田選手には難しい船出となりそうですね。
パラグアイへ移籍する武田の壮行会が開かれる(朝日・27日)
パラグアイのスポルティボ・ルケーニョへ期限付き移籍するJ1ヴ川崎の武田修宏(33)の壮行会が27日、東京都内で開かれ、元日本代表FWに熱い視線が送られた。友好親善を進めている日本パラグアイ協会が主催。パラグアイ大使館からミゲル・ソラノ・ロペス大使も駆けつけ「日本のサッカー技術にパラグアイの選手が触れることは刺激的なことだ」。パラグアイには日系人が7500人住んでおり、日系人組織も最大のバックアップを考えているという。武田は「こんなに応援してもらって心強い。1点でも多く取って注目されるように頑張りたい」と誓った。
武田壮行会で大使もエール(日刊スポーツ)
パラグアイ1部リーグ、スポルティボ・ルケーニョへ移籍する元日本代表FW武田修宏(33)の壮行会が27日、東京都内のホテルで開かれた。日本パラグアイ協会の主催で行われた会には、パラグアイのロペス駐日大使も出席した。サッカー好きな大使は「武田選手の技術、才能が本国に刺激を与え、パラグアイが2002年W杯で日本へ来ることにつながる」と語った。29日に日本を出発する武田は「大いに不安はある。でも自分にはサッカーしかない」と話していたが、大使の熱いエールにうなずいていた。
かなり大規模な壮行会が開催されたようですね。我々日系人、朝日新聞の記事が嘘にならないようにバックアップして行きたいものですね。
アマリージャ監督のお話(2,000年 6月26日)
アマリージャ監督とお会いする機会がありましたので、武田選手の事を伺いますと、「フォアードで活躍して欲しい、戦力として考えている。ただ慣れるのにはしばらく時間がかかるかも知れない。自分も日本に行った時には慣れるのに3ヶ月かかった」とのこと。前期は18試合中、16試合が終わった時点で既にオリンピアの優勝は決定しており、ルケは6位、7月30日から始まる後期、優勝に絡むにはチームのレベルアップが不可欠、武田選手に期待したいと思います。
アマリージャ監督はJリーグ発足当初、横浜フリューゲルスで活躍された選手。ご記憶の方も多いと思います。写真を撮影しておりますのでご覧下さい。
淵脇隼人氏・サッカー専門会社(アマリージャ氏の写真があります)
パラグアイへ移籍の武田が会見=サッカー(時事通信)
パラグアイ1部リーグの「スポルティボ・ルケーニョ」へ期限付き移籍が決まった、V川崎の元日本代表FW武田修宏(33)が26日、東京都稲城市の球団事務所で記者会見し、「自分の目標である2002年ワールドカップ(W杯)代表に入るためには、一日一日が大事。海外のチームでやるのは初めてで不安はあるが、自分にはサッカーしかない。サッカーの面でも人間的にも勉強して、大きくなって帰ってきたい」と意気込みを語った。
スポルティボ・ルケーニョでは、かつて横浜フリューゲルスで2年間プレーしたアマリージャが監督を務めている。
武田パラグアイで2002年にらむ(サンケイスポーツ:2000年6月27日(火)
11時0分 )
サッカーのパラグアイ1部リーグのスポルティポ・ルケーニョに移籍するJ1のV川崎FW武田修宏(33)の移籍会見が26日、東京・稲城のクラブハウスで行われた。レンタル期間は7月1日から11月末までで、29日に出発する。33歳にして初の海外挑戦。武田は「今のままでは自分のサッカーが終わってしまう。アマリージャ
監督の言葉を信じていこうと思った」と緊張気味に口を開いた。元同僚のFW三浦知良(京都)らにも応援され、「2002年のW杯出場は小学生からの夢。同じ世代が代表で頑張っているし、大きくなって帰ってきたい」。前日25日には巨人の清原とも食事をし激励を受けた。
同国リーグは後期日程が7月16日からスタート。武田は愛車のベンツも売却し帰国日が決まっていない片道切符で出発し、7月2日のS・ルケーニョの前期最終戦を観戦する。坂田社長は「武田君を東京移転の顔にしたい」と話しており、来季はV川崎に復帰する。
武田がパラグアイのチームと契約(日刊スポーツ)
V川崎は26日、FW武田修宏(33)がパラグアイ1部リーグのスポルティボ・ルケーニョへ期限付き移籍すると発表した。期間は7月1日から11月末日までの5カ月間。この日契約書にサインを済ませた武田は、29日にパラグアイに向けて出発し、7月2日に予定される同リーグの前期最終戦を観戦して、同月16日に開幕する後期に備える。すでに愛車(ベンツ・ゲレンデバーゲン)を売却し、スペイン語の家庭教師の手配を終え、往復92万円の航空券を準備した武田は、東京・稲城のクラブハウスで記者会見。「この状況では、W杯出場の夢が終わってしまうと思った。不安はある
が、やるしかない」とキッパリ。坂田社長は「彼の希望と僕の思いがあり、2週間前から移籍先を探した。来年の東京移転に、武田は必要だ」と話していた。
やはりリッチですね。100万円近いチケット、要するにファースト、そして愛車ベンツの売却、清原選手との会食・・・。このパラグアイに来て大丈夫かな??と多少心配になって来ています。
この当方のコメントに対してあるファンから以下の説明がありました。
ファーストでさすがと ありましたが それは今年キャンプで オーストラリアに行ったとき 主力はビジネスだったのに新人扱いでエコノミーで行かされ 腰痛で1カ月リハビリトレになってしまったこともあるからです。
武田修宏選手、ルケーニョ入り(2,000年 6月24日)
現在、ヴェルディ川崎に所属している武田修宏がこの度当地の一部リーグ、ルケーニョに移籍する事が決まった。ルケーニョの監督は以前J1リーグ横浜フリューゲルスで活躍したアマリージャ氏、当地での活躍が期待される。ルケーニョは一部リーグでも常に上位を争うチーム、黄色と水色の縞模様がチーム・カラー。ルケ市には熱狂的なファンが多いので知られている。
ルケ市はアスンシオン市に隣接している街で、市内にはアスンシオン国際空港、南米サッカー協会本部がある。またこの街出身のサッカー選手にはあの世界のゴールキーパー、チラベルが居る。チラベルもこのルケーニョでサッカー人生を始めている。ルケのホームグラウンドは99年の南米選手権の際に主会場の一つとして使用され、その際に大改装が行われて近代的な競技場になった。
パラグアイに住んでいる作者は日本のサッカー事情には疎いが、昨年、武田選手の市原での活躍、特に最終戦での戦いには感動いたしました。
ヴェルディ川崎の武田修宏がパラグアイチームへ移籍
(朝日新聞)
J1のヴ川崎に所属する元日本代表のFW武田修宏(33)が、パラグアイのスポルティボ・ルケーニョへ移籍することになった。半年間の期限付きとなる見込み。同チームの監督は、1993、94年に横浜フリューゲルスでFWとして活躍した同国の元スター選手のアマリージャ氏(39)。Jリーグ時代に武田のプレーを見ており、戦力として評価している。武田は今季、市原から古巣のヴ川崎に復帰。開幕前に故障し、その後、チームの戦力構想からもはずれ、今季のリーグ戦出場はなかった。海外でのプレーを希望し、移籍先を探していた。)
[夕刊フジ2000年6月24日]
パラグアイ1部リーグのスポルティボ・ルケーニョへの移籍が明らかになった元日本代表FWの武田修宏(33)=V川崎。今季、市原から川崎に移ったばかりの武田が海外移籍を決断した理由とは−。関係者によると、武田は今月末にも離日し、チームに合流。半年程度のレンタル契約で、近く正式契約される。日本人選手がパラグアイリーグでプレーするのは初めてで、ルケーニョは元横浜Fのアマリージャ氏が監督に就任している。武田にはフランス2部リーグの練習生契約という話があった。だが、今回の電撃移籍について、関係者は「現在、武田はV川崎で構想外になっています。そこに、公式戦に出場できる可能性の高いパラグアイリーグから話がきた。武田にすれば、試合に出れるし、日本人が初めてというリーグに魅力を感じた」と話す。新天地で再生することができるか−。
V川崎武田、バラグアイへ(日刊スポーツ)
V川崎武田修宏(33)が、パラグアイ1部のスポルティボ・ルケーニョに期限付き移籍することが分かった。今季約2年半ぶりに古巣に復帰した武田は、開幕前のオーストラリア合宿で腰痛のため戦線離脱。4月には復帰したものの、ナビスコ
杯鳥栖戦に出場しただけで、リーグ戦は1試合にベンチ入りしただけ。李総監督の構想から外れたため「出場機会を得たい」と、関係者を通じて海外挑戦の道を探していた。期限付き移籍の期間は半年間程度となる見通しで、29日にも日本を離れる予定だ。ルケーニョは、消滅した横浜Fに在籍したことのあるアマリージャ氏が監督を務めている。両クラブ間の交渉は最終段階を迎えており近日中にも発表される。カズ、中山に次ぐ、Jリーグ通算92得点をマークしている元日本代表は、引退をかけたシーズンを完全燃焼するため、日本人として初めてパラグアイ1部リーグへ挑む。
ファンの方からの質問に答えて
既に日本のファンの方から質問が届いています。質問にはこのページで答えて行きますので何でもどうぞ。
(ひろさんからの質問)
パラグアイってどんなところですか?
治安はいいです?
サッカーは どんなかんじでしょう?
パラグアイに関してどのよなところか、それを知っていただくためにこのページを立ち上げて本を書きました。これらをご覧下さい。治安は比較的良いと思います。普通に生活していれば特に危ない目に遭うことはありません。ただし、危ない場所に危ない事をしに行けば危ないです。サッカーは当方のサッカーのページをご覧下さい。
青島さんご夫妻からの質問
私の友達が、しばらく、サッカーの応援を兼ねて、南米へ行きました。
その友人は、ポルトガル語とスペイン語が出来るので、心配ないようです。そこで、たなかさんに質問です。言葉が出来ない、私達夫婦連れが、パラグアイを観戦旅行するのは、治安は大丈夫ですか?
あと、ルケーニョは練習を見学させてもらえますか?
アスンシオンには日系の旅行会社が数社ありますので、そちらに依頼すれば移動は全く問題は無いと思います。空港からでしたらホテルの住所と名前が分かっていれば「TAXI」と書かれている乗り場に行けば簡単にホテルに連れて行ってくれます。治安に関しては通常の旅行であればまず問題はありません。ただし、あくまでの自己責任ですので、対策をしっかりされることを勧めます。ルケーニョの見学は全く問題は無いと思います。
(ひらさんからの質問)
武田選手にファンレターを出したいのですが、ルケーニョの住所を教えて下さい?
クラブに直接出した場合、当地の郵便事情も悪く届かない可能性があると思います。比較的確実は方法と考えられるのは、当地でサポートを担当する日系サッカー会社の淵脇隼人社長宛てに出すことだと思います。郵便物が途中で紛失する事がよくありますので、FAXもしくはメールの方が良いかも知れませんね。
また「物を送りたい」という希望もありますが、食品などを送付するのはかえって迷惑になる場合がありますので避けた方が良いと思います。その他の物品も送れますが、紛失する可能性がある事を充分頭に入れておいて下さい。
淵脇隼人さんへ
(多くの方からの質問)
パラグアイに行き、サッカー観戦をして武田選手を応援したいのですが?
簡単に手順を紹介します。
1・ガイドブックとして作者の本を買う
2・チケットを購入する(20万円前後)
3・ホテルは日本語が通じるホテル内山田が良いでしょう。
4・アスンシオン空港到着と市内までの交通についての予備知識
なお、ルケ市はアスンシオン市と隣接しており、宿泊は多くのホテルがあるアスンシオン市を利用して下さい。
ルケ(クルブ・スポルティーボ・ルケーニョ:ルケのスポーツ・クラブ)に関して
1921年にそれまであった3つのクラブが合併して誕生した。1951年と1953年にはパラグアイ・リーグで優勝、1983年には2位になり、コパ・リベルタドール(トヨタ杯・南米戦)に出場した。ルケ市民に親しまれているチームである。競技場の名前は「フィリシアノ・カセレス」1921に完成、収容人数は2万人。(アスンシオン市セントロから自動車で30分、アスンシオン空港から10分)
武田修宏選手プロフィール
1967年5月10日生
静岡県浜松市出身。小学校の時、佐藤少年団でサッカーを始める。丸塚中学校を経て名門清水東高校へ進む。(中学の時から選抜に入っていて海外遠征を経験している。)清水東高校が高校1年生の時、高校選手権で準優勝。この大会の得点王となり、一躍注目される。静岡県高校選抜の主将を務め、この時の副将は磐田の中山選手。高校卒業後、読売クラブ(現ヴェルディ川崎)に入団。(日本テレビ系列の静岡第一放送からの出向の形式)
その年、新人王を獲得し、その後全日本代表にも選ばれ若干20歳で日本のエースストライカーになり、日本のトップスターとして、カズらと共に「読売クラブ」「ヴェルディ川崎」の黄金期を築いた。ホリプロに所属しており、タレントとしてもテレビ等で活躍。この数年はジュビロ磐田、京都サンガ、ジェフ市原で活躍、昨年は市原のJ1残留に大きく貢献した。今期は古巣のヴェルディ川崎に戻ったが、出場機会に恵まれず、新天地を求め今回のパラグアイ行きとなった。巨人の清原選手とは、年齢も同じで高校1年から天才として注目浴びるなど似た経歴を歩んで来ており、親しい間柄。人柄は、誰にでも好かれる人で、おごった所も余りなく、誰からも「彼は優しい人だ」と評される。
天才タイプのストライカー、典型的なCFで、ゴール前を張って、点を取るというのが得意であり、南米のサッカーは向いていると思われる。
メーリングリストから(逐次増やしています)
01・武田さんはJリーグ開幕当初ぐらいからJリーガーで気になる存在でしたね。ますます お気に入りになったのは 6年ぐらいまえに友人に ヴェルディの練習見学に 連れていって貰ってからです。それ以来、何度か見学に行きましたが最後までファンの子に握手したり、サインしたり、ファンサービスしてるのは 武田さんでした。疲れているときも いつも 笑顔で応えてくれる姿勢には頭が下がります。どんなにつらい時期でも前向きでがんばってる武田さんをみて自分もがんばらなければといつも思います。それで、がんばって点を取れたり、J1に残留したときにはやっぱりがんばってれば、必ず報われるんだなと教えてくれる武田さんが好きですね。
02・それはJリーグ始まる前ですね。Jリーグがこれから始まると言うことで色々な各TV局が、特別番組をやたらとやっていた時期です。深夜にJリーグ特集をやっていたのです。そこで日本リーグ時代の名場面みたいなのをやってました。そこでセンタリングを直接オーバーヘッドで決めたり、ボレーを決めたりとアクロバチックなプレーばっかでした。まぁ、中学生だった自分はこんな漫画の様な選手がいるのかとすぐに武田という名前だけ覚えました。そして川崎に住んでたこともあってヴェルディを好きになったら、タケさんが居たのです。名場面はドーハ時にロスタイムで得点を取られ、誰もが肩を落としてた時、ボールを持ってすぐに試合を始めようとしていたタケさんです。あと、横浜マリノスに勝った時のタケさんの得点かな。タケさんのおかげでシュートを抑えて蹴ることも学びましたし・・・。
03・武田さんのことはJリーグ開幕当初からのファンです。一番、印象的だったのはドーハ帰国後の武田さんの活躍。男だなーって惚れ惚れしました。やっぱりシュートの後の笑顔がたまらないですね。パラグアイであの笑顔がたくさん見られることを願っています。 好きなとこは、いつも一生懸命で頑張っているところ、やさしいとこですかね。本当にファンにもやさしいですよね。そして、もちろんサッカーをしてるときです!!
04・Jリーグがはじまる少し前の92年に国立でアジアクラブ選手権の読売の試合を観に行って、武田さんの姿を見て、武田さんとサッカーがとても好きになって以来ずーっとファンです。今回パラグアイに旅立つ前に、武田さんが僕にはサッカーしかないとおもったと言っていてこれしかないと思えるものがあるということはとても素敵な事だと思います。武田さんがサッカーを頑張っている姿とっても好きです。もうすぐ開幕で、けがが、心配ですが、すぐ良くなること願って、信じています。この間、本屋さんでパラグアイの事を、見たのですが、牛肉がおいしいと書いてありましたが、おいしいのですか?武田さんの好きなカツカレーとそして、牛肉をもりもり食べて、頑張ってください。パラグアイでの大活躍期待しています。すてきなゴールとたけさんスマイル心待ちにしています。
05・Jリーグ開幕の時からファンでしたが一昨年のジェフの網走キャンプで実際に見てからますますファンになりました。とてもいい人でした。いつも向上心を持ちプロ意識が強くあきらめないところ。そしてファンの人に対してとてもやさしい。お体に気をつけて頑張ってください。日本に帰ってくる時は一回り大きくなられているのではないでしょうか?とにかく元気でいてください。遠くからでもいつも応援していますから。寂しいですけど武田さんのためになることですから待っていられます。活躍を祈っています。
06・武田さんを初めて見たのは、Jリーグが始まった時だからたしか小学生のころかな。あのころは、私のまわりではカズさんが好きな人のほうが多かったんですが、私は武田さんのプレーにすごい惹かれてました。ってゆ〜か、あの笑顔にコロッとやられちゃいました。エヘヘ(´〜`)ゞ
07・ファンになった理由は、やはり今回ジェフから帰ってきた時からかな?容姿が良
い方なのでイメージが違って驚きました。ZONEを見てからですね・・・すてきだなと思ったのは今季ファーストステージで試合にでられず、観客席でゲームを観戦している姿。その日は中澤君も出場停止で近くに座っていました。ファンの視線も記者の方の取材も中澤君に集中。それにもかかわらず背筋を伸ばして観戦していらした姿。必ずプレーをするために日本に帰ってきて下さい。節制が第一の今までになくつらい生活になると思いますが必ずプレーをするために。
08・もうかれこれ9年前、中学2年だった頃です。TVを見ていて武田さんを見つけ
ました。たしかお相撲かプロ野球のスポーツ大会のようなものでした。そこにゲスト出演していた武田さんを見て一目ボレしました。武田さんの顔いっぱいいっぱい笑った笑顔にメロメロです。初めて行った試合は、東京ドームで行われたオールスター戦でした。まだサッカーが盛んになる前で、チケットも余裕でとれ、リーグ戦は500円でメインスタンドの1番前に陣取れるほどでした。はっきり言って、私の中で武田さんはピカイチです。どこをとっても素晴らしい。しいて1番をあげるなら・・・。どこまでもボールを追う姿ですね。全力でボールを追う後ろ姿には武田さんのねばり強さを感じます。いつまでも何をするにも全力で頑張って欲しいです。私の1番印象的なシーンは、’93,11,10,対マリノス戦です。因縁対決の試合は、延長前半1分に武田さんのゴールで勝利しました。マリノス戦の連敗を「15」でストップさせた試合です。あの時のゴール後の武田さんの笑顔は今でもはっきり覚えています。あのような喜びがあるから、きっとストライカーは辞められないんだなぁっておもいました。ガンバレッ!!だけです。足の調子が悪いと聞きました。大丈夫ですか?体には十分に気をつけて下さいね。早くグランドを駆け巡るタケを見たいです。応援しています。
09・武田選手のファンになった理由を、考えたんですがどうしても、これ!って思いつきません。ただ、サッカーが大好きで、日本リーグ時代からのファンでした。気付けばいつの間にか、大好きな選手だったんです。武田選手の素晴らしい所?!う〜ん、きっと庶民の私には、本当の素晴らしさは発見できてないと思うんですがファンに優しく、本当にサッカーが好き!だって気持ちが伝わって、ひたむきな姿勢に共感出来る。好きなことに一直線!な所が、やっぱり素晴らしいですよね。
ジェフを残留に導いてくれたのに、解雇。その時に、笑顔でチーム事情も色々あるからと、発言している姿。大人〜と思いました。千葉県民の私。ありがとう・・・って、心から感謝してます。
10・タケさんのファンになったきっかけは 前回放送のZONEです。それ以前からも注目して応援していたのですが あのZONEの前向きなタケさんの姿に感動し、元気をわけてもらった気がします。今回も毎週ZONEの放送楽しみにしているんですが、のびのびになってますね。今回は前回のような こげた目玉焼き食べててほしくないなぁ。しっかりとおいしい朝食とっててほしいですね。無理して体調悪くするよりBESTコンディションで 望んでほしいですもんね。タケさんのサッカーに対する姿勢、前向きな考え方、夢をあきらめないとこ、そして最高の笑顔!!どこをとっても 素敵な人ですね。
11・私は、兄がサッカーをやってた影響で、読売時代からよくサッカーを見に行って
、その時に武田さんの事を知り、それから一筋で応援しています。武田さんの前向きの考え本当に大好きです!武田さんの言葉によって、自分の夢に対して「私も頑張ろう」と思った事、何度もあります!すごい私にとって、大きな存在です!なので、日本から武田さんの活躍楽しみにしてます!
12・武田選手を応援するようになったのは15歳の時、J リーグ開幕時期だったかな、そのころは単純に「かっこいい」と思って応援していた・・・高校生になって専門学生になって忙しくてあまり応援していなかったけど社会人になった19の頃からどうしてるかな?と思い、また応援しようと思いました。必ず何処かでサッカーをしていると思ったから、「全日本に選ばれるようにがんばる」そう聞いた時どんな道を選んでも、遠回りしても、サッカーは続けてほしいと思っています。応援するしかないから。
一番印象に残っているのは、嬉しそうな笑顔かな。
13・ほんとにサッカーが好きなんだな〜思えると事FWの選手にしては(?)、自己中じゃないとこゴールを決めたら、サポータや、アシストしてくれた人と喜びを分かち合う姿が好きですね。あと、「困った時のタケちゃん頼み」とでも言いましょうかこのままじゃ負けちゃうって言う時に、何とかしてくれそうなあの精神力の強さ、そして、多くの皆さんと同じくやっぱりあの笑顔でしょうか。マリノスに何年ぶりかで勝った時のあの笑顔はやっぱり忘れられないですね。その後、みんなに手荒い歓迎受けてゲホゲホしてたのも可愛かったけど。あと、サンガ時代アントラーズ戦でタケちゃんにしてはとっても珍しいミドルシュートをの前で見たときはほんと見に行ってよかったと感激!ルケでもタケちゃんの魅力が炸裂してくれるといいな
がんばれ!
14・武田さんの事は、高校サッカーの頃から知っていましたが、本格的にファンになったのはJリーグの始まる前の年のナビスコカップだったような気がします。今までいろんなところに移籍して、日本代表に復帰を目指して、頑張ってきた武田さんだから、今回もきっとやってくれることだと思います。これからも怪我や病気に気をつけて、自分のプレーに自信をもって、頑張って下さい。ずっと応援しています。
15・私はJリーグが開幕すると同時にファンになりました。武田さんのゴールしたあとのあの笑顔にわたしはひかれました。Jリーグ開幕時は武田さんは遊んでる人…なんてイメージがあったけど、私は練習場に行って人一倍努力をする武田さんの姿にもう感動しました。中学3年〜高校1年ぐらいの間、ちょこちょこ読売ランドへ行き武田さんをずーっと見てました。練習場に行かれたかたは知ってると思いますが、ファンが選手の帰りを待ってますよね。選手も急いでる時はまったくファンが追いかけても車は止まってくれないけど、武田さんは、帰りを待ってると"今日は用事があるからまた今度ね”といってちゃんと断っていってくれて、なんて優しい人なんだろうと思いました。こないだのZONEはほんと悲しかったです。なんでチームに貢献したのにダメなの?って・・・しかも、オファーもなくて・・・・でも、武田さんのサッカーに対しての情熱がすごくて・・・・ほんと、そんな様子を見ている私でさえクヤシイくて、武田さんはもっと悔しい
んだろうな…と思いました。パラグアイでは武田さんを必要としていて、これから地元の人も期待してるんだろうけど、けがとかしないでがんばってほしいです。私は日本から応援しかできないけど、ぜひともがんばってもらいたいです!!
16・私が武田さんを応援し始めたのは、Jリーグが始まるよりも前で細かいことを挙げれば切りが無くなってしまうと思うので・・・でも気がついたら、サッカーに対する闘志とかすごい努力とかどんどんファンになって。練習は、2・3回見に行ったのですが、実は試合は一度しか見たことが無くジェフ対ガンバの残留のかかった試合でした。初めて見た試合で大感動で、その後もいろいろあったけどサッカーをやっている、ボールを追いかけている武田さんが大好きです。今、就職活動してるのですが、全然上手く行かなくて、でも武田さんを見ていて、逆境も乗り越えて自分の道を突き進んでいる姿に自分も頑張らねばという勇気みたいなものをもらってもいます。これからもずっと応援しています。簡単な言葉でしか言えませんが、頑張ってください。
17・私が武田さんのことを知ったのは、まだ私が中学生の時でした。当時清水市に住んでいた友人が「こっちにはこんなすごい選手がいるんだよ」と、高校生だった武田さんのことを教えてくれたのが始まりです。読売に入団したときは今度から近くで見ることが出来るので、とてもうれしかったのでした。実際の武田さんは、ゴールへ向かって走っている後ろ姿が印象的でした。「俺に任せろ」みたいな、頼れる存在。パラグアイに行ってしまったのはとても寂しいことでした。でも、武田さんの選んだ道ですし……。現地でも日本人だから注目される、ではなく武田さん個人の価値を知ってもらって、注目してくれるようになればなと思います。
18・ZONEを見て、不安な表情が隠し切れないのがやっぱり武田さんの人間味あふれるところなのかな・・・なんて思えました。ただ、武田さんのサッカーに対する思いは、本当にすごいパワーだと思うんです。だからきっと、サッカーも武田さんのことを裏切らないと思います。プロ契約したものの、自分のチームのサポータに名前を覚えて貰えるのがやっとって選手がほとんどだと思います。よく武田さんの事を「ごっつぁんゴールの武田」って言う人が居ますが、名前どころかプレースタイルも記憶され、まして相手チームサポからあれほどブーイングの対象になる選手はやはり少ないでしょう。(^^:相手側のサポーターのブーイングはいい気分のするものではないでしょうが、人の記憶に残る選手は紛れもなくスターだと思います。パラグアイでもたくさんの人の記憶に残る選手である事を願います。
そして勝利の女神にもしっかり覚えてもらいましょう(^^)どうぞ自分の選んだ道、大好きなサッカーを納得いくまで楽しんでください。
19・わたしが武田さんのファンになったのは、Jリーグが始まった頃でした。武田さんの試合を始めて見に行ったのは、武田さんがJEFにはいってからでした。ほんとに感動して、泣いたことを覚えてます。わたしは、武田さんが、ZONEで、楽しそうに子供たちとサッカーする姿をみて、なんかあったかくなりました。ほんとに、サッカーが好きなんだって思いました。武田さんを見ると、とっても元気になれます。パラグアイに行ったことで、日本からは遠くなってしまったけど、逆にこうやって、TVで武田さんの情報が見れるし、ここには、こんなに応援してる人がいるし、身近に感じれてうれしいです。思った以上にパラグアイでは歓迎され、期待もされていますが、無理せずに、武田さんのプレースタイルでがんばってほしいです。何もできませんが、これからもずっと応援してます。がんばって下さい、武田さん。
20・武田選手のファンになったのはJリーグが始まった頃かな?地元(愛媛です)で試合がある時は必ず観に行きました。ヴェルディのユニホームを着てる時だったり、ジュビロのユニホームだったりしたけれど、私は武田選手の姿を追いかけてました。残念ながら前回のZONEは見逃してしまったけれど、この間のはちゃんと見る事が出来ました。やっぱりサッカーやってる時の武田選手が一番素敵ですね。「来てよかった」って言う言葉がとっても印象的でした。ワールドカップに出たいという夢を今でも持ちつづけてるんですね。夢叶うといいな・・・叶えて下さい。応援してます。
21・僕はJリーグが開幕した時からずぅーとヴェルディが大好きです!!そして2000年の今年、武田さんがまたヴェルディに帰って来てくれたので、とても嬉しく思っていました。でも出場したのはナビスコ杯の1試合だけ・・・。そんな中『パラグアイに移籍する』と聞いてビックリしました。だけどこの間の『ZONE』で楽しそうにサッカーをしている武田さんを見て、すがすがしい気分になりました。1試合も多く試合出て1日も早くGOALできるように頑張って下さい。応援してます!!
22・僕はJリーグ開幕直前くらいからずーっと武田選手を応援してきました。地理的に大阪に住んでいるため、GAMBA大阪サポです。しかし、天敵Verdyだけはずーっと大好きだったんです。だから、J1年目のレプリカも、GAMBAだけでなく、背番号9の輝かしい武田レプリカをもっております。ずーっとずーっと応援してきて、中田や名波といわれる今でもやっぱり一番は武田選手です。
23・私はJリーグが開幕する年のナビスコカップの頃から、武田さんのファンです。武田さんの、夢に向かっていつも前向きにチャレンジし続ける生き方が大好きです。そして、そんな姿にいつも感動させられ、元気と勇気を与えてもらってきました。「人は苦しいときこそ、その真価を問われる・・・」ということも、武田さんから教わりました。武田さんの、日本の裏側、パラグアイでの自分の実力の挑戦という、そういった選択は、やっぱり武田さんだとあらためて痛感しちゃいました。TBSの「Zone」は2週にともドキドキしながら見ました。ユニホームの襟をピンと立てて、グランドを夢中で走る姿は、やっぱり素敵。夢中になれることをしている人間とゆうのは、瞳がキラキラと光って、なんて輝いているものなんでしょーか。小学生の卒業文集で「マラドーナのような選手になりたい!」と書いた武田さんが、今、南米パラグアイで「東洋のマラドーナ」と、期待を一身に受けているなんてスゴイですよねー。「タケダ、タケダ!」のあの現地サポータのコール、嬉しかったですね!!「勝負だけど、楽しい!パラグアイに来て良かった!」そして「パラグアイでも通用するっていう自信がついた!」と言った武田さんを見て、ホッと安心しました。これからがまさしく、本当の正念場だと思います。これまで通り頑張って欲しいですね。自身を強く持って、思いっきりプレー出来れば、きっときっと、大丈夫。グランドの芝の状態が良くないようなので、怪我をしないことを祈って。
24・僕は中学校の時Jリーグの始まりとともに武田さんのファンになりました。どこが好きかって、やっぱ勝負どころを持ってるところですね。フィールドだとはっきり言ってあんまり上手くはないけど、エリア内での上手さとズバ抜けたゴール感覚はやっぱ武田ならでは!って感じだし。あと、絶対諦めないこだわりがあるところも好きですね。ゴールもそうだし代表も9番も、そして何よりサッカーが好きっていうのが一番かな。印象に残ってるのは、ゴールシーンは勿論だけど、いつも倒されたあとすぐにリスタートしようとするところですね。少しでも早く多くゴールを奪いたいって気持ちがガンガン伝わってくる。
25・Jリーグ開幕してからずーっとたけファン。だから、パラグアイに行っても応援してます。たけが頑張ってると自分も頑張んなきゃって気にさせられます。頑張ってください☆
26・思えば小学校時代から武田選手のファンでした。大学に進学しても武田選手のプレーに元気づけられる、そして彼を想い続ける毎日・・。今は遠い異国の地で1人頑張っている彼に負けないよう私も頑張りたい。パラグアイでいろんな経験をして、もっとステキになった武田選手を待ってます。ずっと応援します。
27・読売の試合を一目見たときからの武田ファン!未だに世界ナンバー1ストライカーは武田だと思っています。あの試合中の目の鋭さには男でもかっこいいと思わせる力がある。活躍を確信してます。
28・こんにちは。武田ファンになってから、今年で、7年になります。CMに出てる武田も好きだったけど、サッカーやっている武田の方が私は断然好きですね。写真集も持っていたし、絶対に試合は見てたし。今の武田はかっこいい!!男だな〜って、ますます好きになりました。ケガに泣かされる事が多いけど、めっちゃ実力を持っている天性のストライカーなので、みんなで応援しましょうね!!
29・8月にTBSのゾーンという番組で武田選手の特集をしていて思わず応援したくなって武田選手のホームページ探しちゃったわ。私はそれまでサッカーとかあんまり興味ない人間だったんですけど武田選手だけはテレビを観てすっごく応援したくなりました。もっともっと日本のテレビで武田選手のこと特集して欲しいんだけどなあ。日本とは程遠い状況ですけど頑張ってくださいねっ。なんか自分の可能性を信じてて頑張ってる姿はとってもかっこいいです。私も自分を信じていつかは夢を現実に出来るように頑張らないっと!って刺激受けました。お体に気をつけてサッカーに集中ですね。応援してます。かっこよい姿をたくさん日本に見せてください。楽しみにしてます。
30・武田選手の得点に対しての前向きな姿勢や、きれいなプレー(イエローが少ないこと)いいです。名場面というより、印象に残っている試合は静岡の草薙球技場でヤングサッカーフェスティバルのメインゲームとして当時読売クラブの新人として出場したゲームです。とにかくがんばってほしいです。同年代で私の中のサッカーの成長だったのでこれからもずっと見ていたいです。
31・ゴールした時の笑顔が好きです。武田選手の名場面:昨年はリーグ戦6ゴールとプレシーズンマッチの2ゴールをみました。福岡戦のゴールが印象的でした。一昨年の福岡戦のゴールも良かったです。他にもいっぱいあります。
皆さんもメーリングリストで一緒に武田選手を応援しましょう。