06・「ブラジルへ」そして「日本へ」
ルケでの選手生活を終了し、パラグアイを後にいよいよ10月18日にブラジル・カンピーナス市に向けて旅立ち、12月 5日に日本に帰国されました。
パラグアイを離れてブラジルへ(2,000年10月16日)
ルケでの選手生活を終了し、18日(水)ブラジル、カンピーナス市に向けて出発します。カンピーナスで新たなスタートです。カンピーナスではまたホテルを探し、今度はポルトガル語の中で新しい生活となります。何時も前向きな武田選手、新たな挑戦に期待します。
(写真)パラグアイでの生活を終えて
パラグアイでの感想など、お話しを伺いました。ボールが5個しか無い、宿舎はとても寝る環境では無かった等と話しをされていました。でも終始楽しそうに語っていただきました。
(写真)パラグアイを語る
パラグアイの生活は「来て良かった」と、笑顔で話しをして下さり、ほっとしました。来年はJリーグに戻られる公算が大きいのですが、作者としては是非もう一年パラグアイ・リーグにチャレンジして欲しいと思っています。作者の経験からカルチャーとの衝突で最初は慣れるのが精一杯、大変なストレスだったと想像します。来年になれば様子を理解して自分のペースで動ける、そうすれば必ず活躍していただけると密かに再チャレンジを期待しております。
10月18日(水)にはブラジルに移動され、そこでしばらく練習されるそうです。また武田選手の新たなチャレンジが始まります。皆さんと一緒に応援して参りましょう。
(写真)「来て良かった」と笑顔で
武田選手からのメッセージ
メーリング・リストの皆さんへ:辛い時、苦しい時、いろんな声援や励ましのメールを頂きありがとうございました。メールは、毎日読ませていただきました。パラグアイのリーグは終わりましたが、一人でブラジルに渡り、1ヶ月ぐらい練習して日本に帰ります。本当に、いろいろと応援頂きありがとうございました。最後に、このような機会を作ってくれた田中さんに心から感謝して下さい。自分もありがとうございました。
ファンからのメッセージ
01・武田さん、本当にお疲れ様でした。田中さん、本当にありがとうございました。私は武田さんの「パラグアイに来て良かった」という言葉が1番嬉しかったです。サッカーをやるには決して恵まれた環境とはいえないみたいだったけど、それでも武田さんにとってパラグアイでの日々は素晴らしい経験になったことと思います。これからのブラジルでの1ヶ月間も、これ以上に充実したものになるといいですね!それからブラジルでも武田さんからメッセージいただけたら嬉しいな。(^^)ずっと武田さんのこと応援してます。ケガなどしないように、頑張ってきてください。
02・ホームページ、見ました。武田選手の新しい門出の写真ですね。あれ見ててつくづく思いましたけど、武ちゃんは本当に笑顔が素敵な人だなぁと・・。私が武ちゃんを応援し始めたのは、あの華麗なプレーもそうなんですが、それよりきっかけはすごい無邪気に笑う・・笑顔がとても魅力的な武ちゃんを見たからです。いつでも私に元気を与えてくれたんです。いろいろツラい事もあったでしょうし、それは決して人には分からないのでしょうね。でもその陰で黙々と練習を積み上げてきたからこそ今の武ちゃんがいるんだと思ってます。武ちゃんほど有名だと、メディアも騒ぎ立てるし・・うるさいかもしれないですね。今度はブラジルですか・・遠い感じがします。ただ、今はコンピュータなんて便利なものがあって、こうして離れていても、もしかしたら武ちゃんが日本にいた時よりもずっと武ちゃんやファンの方々に近しい気がします。すごく嬉しいことですが。なので。私は武ちゃんがどこに行っても応援できるし、もちろんそのつもりです。1人だけなんて思わないで。みんなが応援してるから。頑張って努力すれば成功できるんだよってこと、武ちゃんが教えてくれた。私が頑張って勉強して大学受かった時も、心の中で武ちゃんが応援してくれてました(想像上)。今度は私が応援します。ぜひぜひ頑張って下さい。
03・武田君、ブラジルでは体に気を付けて下さいね。そして、日本に帰って来た時は元気な姿を見せて下さい。一生懸命な武田君の姿に私はいつも励まされてきた気がします。見ているだけで何の力にもなれないけれど、武田君の夢は私の夢です。心から応援しています。頑張って下さい。
04・とうとうパラグアイでのサッカーが終わりブラジルへ練習に行かれるんですね。タケさんの「パラグアイへ来てよかった。」というコメントを見てとても嬉しい気持ちになりました。どんな時でも前しか見てないタケさんに いつもいつも血からをもらってるのは私達ファンだと思います。でも、このメールは毎日見てくださったようで 私達の声が直接タケさんに届き、タケさんの力になれたかな(?)と思うだけで すごくすごく嬉しいです!!約1ヶ月ブラジルで練習されるとのこと・・・きっとブラジルでもたくさんの事を自分の力にして帰国されるんだろうなぁと思います。ブラジルでも 頑張ってくださいね。タケさんが どこでサッカーしてても心から応援しています!!
05・タケちゃん、パラグアイはどうでしたか。最初、海外に行くって聞いたときは行ってしまうのだと、寂しかった。私にとって、半年は長い?短い?ニュースも流れないし、田中さんが情報を流してくれてほんとに感謝です。ただ、試合見たかった。ゴールも・・・・結果だけがすべてでないことはみんな、わ
かっていることだとおもいますが、パラグアイでのことはタケちゃんにとって財産になったのではと思います。たけど、物足りなさも感じているんじやないかなぁと思うのは私だけなんでしょうか。一年になってもいいかなとも思ってしまいました。今度はブラジル、試合に出るわけではないけれど、日本に戻るまでの間、悔いのないように経験を積んできてください。
06・こんにちわ。メッセージを送るのは始めてです。とにかく、武田さんの笑顔とメッセージを拝見し、とってもうれしくなってしまい、メールを書きました。いつも武田さんのこと思うと、自分も頑張ろうと、何事にも勇気をだし積極的になることができます。ブラジルでのチャレンジ、がんばって、元気な姿で帰ってくる日をまってます。はやく武田さんのプレーがみたいです。これからも
ずーーーっと 応援してます!!ファンの皆様、こうして同じ思いをもってる方々のメールが読めること、とても素晴らしいことです。どんな形でも続けることができたらうれしく思います。このような素敵な機会をつくってくださった田中様、本当に感謝しています。ありがとうございます!!
07・武田さんの笑顔見られてとても嬉しいです。元気そうで安心しました。今度はブラジルですね。解りました。また、いっぱい応援しますから。いつも前向きで頑張っている武田さんを尊敬します。武田さんのファンでいて良かったなぁって思います。教えられることがたくさんあります。ブラジルに行ってもお体に気をつけていろいろなことを経験してきて下さい。健康と活躍を祈っています。田中さん、本当にありがとうございました。
08・パラグアイ、そしてブラジルでの経験をもとに夢に向かって頑張って下さい。武田さんの活躍を期待しています!
09・パラグアイでの生活をHPで拝見させて頂きましたが、いかに日本が恵まれている国だということがよくわかりました。言葉も通じない不便な生活の中にひとりで入っていけたのは、武田さんのサッカーに対する情熱があるからなのだと思いました。やりたいことがあるって、本当に凄いことですよね。また、その人自身が輝いて見えます。これからも、持ち前の明るさと行動力で大好きなサッカーに打ち込んで下さい。応援しています。月並みですが頑張って下さい。
ルケーニョ最終戦、武田選手は出場せず。(2,000年10月03日)
10月 1日(日)、いよいよ「ルケーニョ」の今年の最終戦が行われました。来期を睨んで若手中心で臨むルケーニョ、武田選手はベンチ入りしましたが、残念ながら出場する事無く試合は終了しました。試合自体は点の取り合いとなり、まず「10月12日」が2点を先取しましたが、ルケーニョはしぶとく追い付き、双方1点づつを取り合い、また退場者を一人づつ出し、最後のロスタイムに「10月12日」が得点を挙げて4-3で勝ちました。「10月12日」は9試合負け無し、オリンピアに次いで堂々の2位になりました。対するルケーニョは結局9試合、一つも勝てずに最下位と不本意な成績で後期を終了しました。ただこの試合、後期になり始めて2点以上取りました。
「10月12日」はアスンシオン郊外、アスンシオン市から35キロに位置するイタグア市にあります。このイタグア市は人口数万人の田舎町です。作者は「セントロ日系」に所属しておりますが、本部がここにあり、週末になるとこのイタグアにやって来ます。パラグアイの民芸品「ニャンデゥティ」がここで作られており、表通りには民芸品店が軒を連ねています。パラグアイ1部リーグのチームがほんとどアスンシオン市内に本拠を構えており、分散する目的で地方チームを振興し、この「10月12日」は最近1部に昇格したチームです。小さな町にあるクラブのグラウンドはお世辞にも立派とは言えず、日本の人が見たら多分驚いてしまうでしょう、とても1部リーグのチームの試合が行われるうようには見えません。これでこの後期「2位」になったのは本当に立派なことだと思います。なお、昨年南米選手権の時にヴェルディでコーチをしている都並さんが取材で当地を訪問され、セントロ日系で撮影を行いましたが、その時に対戦したのがこの「10月12日」です。勿論1軍でした。
都並さん、撮影のページ(1999年・セントロ日系:イタグア市)
(写真)メインスタンド
写真のメインスタンドの他には片側のゴールの後ろに少し席があるだけで本当に小さな競技場です。シンボルカラーは「水色と白」です。この写真の直ぐ横に仕切りの金網があり、その横がグラウンドになっています。
(写真)熱心な地元応援団
この日は勝てば2位、負ければ7位というこの1勝が大きな意味を持つので熱心な地元ファンが大勢詰めかけていました。メイン席はほぼ満杯の状態になっていました。普通ですと値段により3種類の席があるのですが、ここは種類だけ、15,000グアラニ(500円)でした。
(写真)グラウンドでは熱戦が繰り広げられた
ルケーニョの応援団はほとんどその姿は無く、ルケーニョの旗はこの下にある小さいのが一枚という寂しさでした。ルケーニョの応援に来ている人はほとんどが選手の友人・知人・親戚だという話です。一般のサポーターは負けが続き、消化試合の為に1時間以上かけて来るような事は無いようです。
(写真)ルケーニョの旗はこの1枚
ハーフタイム、武田選手は他のリザーブの選手と身体を動かしていました。ユニフォームを腰に巻き練習をしているのが武田選手です。ベンチは正面右の椅子で、太陽をまともに浴びていましたので非常に暑かったと思います。そしてその廻りには果てし無く森が広がっていました。
(写真)ハーフタイムでの練習
こうして武田選手のルケーニョの選手としての活動は終了いたしました。後期9試合の内、フル出場が1試合、後半出場が1試合、ベンチ入りが2試合という結果でした。後期を通じてチーム状態が余り良くなく、監督が3人と目まぐるしく変わり、選手が充分に動けず、ボールが余り廻って来ない、そんな感じで過ぎて行きました。これからしばらくはブラジルに滞在されて日本に帰国されるようです。「パラグアイで活躍する武田選手」はこれで終了となります。
武田選手のメッセージ
試合に出れませんでしたが、最後まで頑張りました。パラグアイに来て3ヶ月監督が3人変わったり、怪我したり、シャワーの出ないところで泊まったり、練習のボールが5つしかなかったり、いろんな経験をしました。9試合で2試合出場2試合ベンチでしたが、サッカー人生でとてもいい経験になりました。
ファンからのメッセージです。(戦い終わって)
01・武田さんへZoneを見ました。私は10年間やってきた仕事で、躓いていて、新しい生き方を始め様か毎日悩んでいました。そんな時Zoneで、武田さんの物凄いpositiveな生き方に勇気を貰いました。zoneを見るまで余りあなたを知りませんでした。あんなに色々な事があっても逃げることなく前向きの物を考え、迷うことなく進んでいる武田さんって凄いです。そんな武田さんを見ていて、私も、もう少し頑張ってみる事にしました。今二ヶ月経ち、もう少し頑張れそうです。あなたに勇気を貰って、今一生懸命生きている人間がいるという事を知っていてください。きっとあなたの事です、何かを見つけて、大きくなって帰ってくるでしょう。パラグアイで得てきた事きっと生かしてください。持ち前のpositive精神で、諦めることなくあなたの好きな道を進んで行ってください。今後どんな生き方になろうとも・・・そして私達ファンはあなたを応援しつづけます。
02・本当に今までありがとうございました!パラグアイでの武田選手の情報を事細かにメール下さって、また素敵なHPも随時更新に励んで下さり、心からの感謝の気持ちでいっぱいです。メーリングリスト、残していただけるんですね。嬉しいです!最終的に140人ものファンが集まったんですか?スゴイですね。今まで熱い応援メーセージを、みんな本当に沢山寄せてきましたね。時には中傷するメールもあったこともありましたね。応援メッセージを読む度に、励ましの言葉でも色々な言葉の表現だとか、物の見方や考え方の観点の違いなどを発見することがありました。武田さんを応援するメッセージにかかわらず、私自身が頑張らなくちゃと勇気付けられたこともしばしありました。それぞれ言葉は違っても、「武田選手が好きで頑張ってもらいたい」という強い気持ちは同じ、というところでみんな繋がっていたように感じます。パラグアイでの経験が武田さんをこの先どう変えていくのか、それは分かりません。しかし、武田さんにとって無駄な時間では無く、人生の貴重な宝物になるのではないかと思います。これからもみんなで温かく見守って応援してゆきたいですね。これからは田中さんもメーリングリストで発言されるって事になるんですねっ。また何卒宜しくお願い致します♪♪♪長い間、本当にありがとうございました。そしてこれからも何卒宜しくお願い申し上げます。くれぐれもお身体ご自愛くださいますよう・・・
03・数ヶ月という短い間でしたが、タイムリーに貴重な情報を伝えていただき、本当にありがとうございました。日本にいた時よりも、現在の武田選手を詳しく知ることが出来たように思います。月日が経つのは、本当に早いものですね。パラグアイに旅立った時は、心細くなりました。聞きなれない、パラグアイの位置を地図で調べたりなんかもました。でも、今はすごい愛着がわいたりして。きっと、これからもパラグアイの話題は、欠かさずチェックすると思います。ここで、たくさんの武田選手を応援する人達に出会いました。とっても貴重な出会い。私と同じように、ひそかに応援し続ける方々がいることを知りました。とっても嬉しかった。私は、これからも応援していきます。たとえ、現役ではない時代がきても。いつまでも。私は、武田さんからいっぱいパワーをもらっています。これからは、少しでも武田さんにパワーを届けられたらいいなぁ。ここのみんなと一緒に。いつまでも、サポーターですよ。武田さん。
04・田中様・・このML、とても良かったです。(いやまだ終わってはいないですけれど。)私はこれまで私の近くに一緒に武田選手を応援してくれる人がいなかったものですから、もうかれこれ6年ちょい位になりますか・・ずっと独りで応援しているような気がしていました。淋しかった。けれどここで多くの仲間に出会えて、私と同じ思いの人がいるんだと知って、とても心強かったし、勇気付けられた。ホントに、感謝の心でいっぱいです。こんなすばらしい仲間に出会わせてくれたこと・・多謝。今武田選手の情報を手に入れることはかなり難しい。実際的に。それがホームページ上でたくさんのことを知れて、しかも本人からのメッセージまであるなんて夢の様。管理されていた田中様、すごいと思います。まだまだこのMLを存続させていただける、とのこと。本当にご苦労様です。これからも多くの武ちゃんファンと、ここで会話できること、嬉しく思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。皆さんはどうなんでしょうか?武田私設ファンクラブ、みたいな?そんなカンジなんでしょう。武ちゃんへ。ご苦労様でした。誰が何と言おうと武ちゃんはすごいと思います。このパラグアイでの経験は、良い意味ですごい大きなものになると思います。ルケが1勝もできなかったことは悔やむべきこととは思いますが、武ちゃんが精一杯やったのなら、それも結果としてきちんと受け入れるべきものだと思ってます。日本に帰ってきても応援し続けますよ、もちろん。だってだーい好きですもん。どんな逆行にも耐えて下さい。武ちゃんなら耐えられると思います。だって今までだってそうでしたから。すごく精神的に強いんですね。・・って言うと何だか追いつめてるみたいですが、思う存分、サッカーであばれて下さい。みんな武ちゃんの力を信じてます。
05・タケさんがパラグアイに行くことが決まった時は すごく長い間パラグアイへ行ってしまう、と、淋しく思ったりもしましたが 田中さんのおかげで日本にいるときよりもタケさんの状況を知ることができ、日本にいるよりもタケさんを身近に感じた毎日でした。ありがとうございました。タケさん、言葉も通じない、日本とは環境も違う土地でのサッカーは大変だったと思います。お疲れさまでした。もちろんタケさんのサッカーはまだまだこれから!!このホームページのみんなのタケさんへの思い 届いてますか?みんなパラグアイでさらに力強くなってるタケさんを見たくて仕方ありません。タケさんがサッカーをしている限り、みんなで応援しています!!日本でタケさんの笑顔が見たいです!!タケさん、みんなの応援をタケさんのパワーにして・・・まだまだサッカー楽しんでくださいねっ!!タケさんが日本に戻ったら みんなで応援に行きましょう!!
06・HPをおつくりになられて、日本でも得られない的確で速く、サポーターの知りたい情報、とりわけ多くの写真を載せていただきき、ありがとうがざいました。毎日メールを読むのが、とても楽しみでした。
武田選手も、日本から遠く離れた外国で、田中さんのお心遣いに、メンタルな面ばかりでなく、いろいろな面で、心強かったことと思います。せっかくのHPなので、日本で持続できたらと思います。田中さんのようにはできませんが、みんなの力をあわせて!パラグアイ大使館の外交官の方にも、親切にしていただきました。いつか、ブラジルへ行くチャンスがあれば、パラグアイにも足を伸ばしてみたいです。これからは、パラグアイと日本で武田選手を応援できると良いと思います。成田空港を飛び立つときは、片道30時間もかかる、地球の反対側に5ヶ月も行かれてしまうのかと、たいそう寂しい思いでしたが、もう最終戦も終わってしまいましたね。慣れない遠い外国で、しかも、日本の終戦直後を思わせる風景のなかで、また、芝生ではない土のグラウンドでの練習、練習着も自前など大変な環境のなかで、サッカーに専念し、ハングリー精神も身についたことと存じます。けがをされたり、体調不良だったり、監督やコーチの交代があったりで、不本意なところも、あったと推察されますが、日本では体験できないことをたくさん習得されたと思います。田中さんをはじめ、日系人とのよい交流も大切な財産になりましたね。今年残された3ヶ月は、心身ともに、十分充電されて、来年のコンディションの糧にしていただきたいです。
07・HPや、このメーリングリストがなかったら全然武田さんの情報が入ってこないできっと、めっちゃ悲しい日々を過ごすことになってたんやろうなぁって。めっちゃ、ありがたかったです!忙しい中ほんまにありがとうございました。感謝感謝!!武田さん、お疲れ様でした。とりあえず、日本に戻ってきてゆっくりと疲れを癒して、それからまた、頑張ってくだしゃい♪めっちゃ、賛成!!確かに今試合会場人少ないし、淋しくなってきてて私も見に行こうとか思うけど、前みたいに一緒に行く人たちもいないしってなって、でも、前一人で頑張っていった!!(笑)なんや、ほんまに、いろいろ企画たてれるといいですね。って、何をどう行動していいかわかんないけど・・・・・。余談ですけど私も山口選手にサイン貰いましたよ!!めっちゃいい人やった。そのときに武田さんにもサイン貰ったんですけど♪武田さんももちろんいい人やった♪それではこれからも、みなさん武田さんの応援していきましょーね♪
08・武田さんがパラグアイに行かれて、早4ヵ月…。どうしてるかな?と思って、検索したらこのHPを見つけました。元気に頑張ってる様で、何よりです!ゲームレポートを読んで、久し振りに武田さんがプレイしている姿を生で見たいなあ−と感じました。これからも大好きなサッカーに掛けて前進し続けて下さいね!実は、わたし現在 就職活動中で、自分の将来のことで悩んでいるんです。が、武田さんの頑張りぶりを見て元気が出たし、「自分の好きなこと」に掛けて勝負しようという勇気が持てました!お互い頑張っていこうね!
09・武田さん、お疲れ様でした。私は武田さんの今の心境がとても気になります。今どんな気持でいるのか…?思っていた以上にうまくいったこと、いかなかったこと、決して恵まれた環境とはいえない中での練習や試合、それにケガもしてしまったり。でも、良かったことも辛かったことも含めてその全てがパラグアイにこなければ経験することの出来なかったことだから、パラグアイでの月日はやっぱり武田さんのサッカー人生の大きな財産になったことだと思います。みんなが持ってるわけではない、武田さんしか持っていないものですから、今後もこれをおおいに活かして、サッカー選手としてますますBIGになってくださいね。私がサッカーファンになったのは、7年前のJリーグからだけど、でも今までにたくさんの感動をもらったよ。時には試合を見てて涙することも…。武田さんが頑張ってくれてたから、ますますサッカーが好きになったし、今では自分でもフットサルなんかやったりして…。だから武田さん、これからもずっと輝いててね☆普段着の武田さんもカッコいいけど、グラウンドでボール追いかけてる姿が1番いいよ!!これからの武田さんにも期待してます。頑張って!!
10・武田さん、お疲れ様でした。慣れない環境のなかホント頑張っていましたね!体調が良くなかったり、肉離れしたりと大変だったですね(涙)。いろいろありましたが、武田さんにとっていい経験になったと思います。これからもずーーっと応援しています。、、体にきおつけて、、。そして田中さん!今までお世話にならました。本当に本当にありがとうございました。
11・武田さん、お疲れ様でした。なれない土地での生活、言葉の通じないチーム、怪我でたくさん苦労したと思います。本当にお疲れ様でした。きっと今回のパラグアイでの事がこれからの武田さんにとってきっといい形であらわれてくると思います。今後ブラジルにいかれるんですよね?!是非頑張ってください。私は日本で応援しています。
12・パラグアイで9月10日いっしょにご飯を食べて、インタビューにもお応じてくれた日系ジャーナルで勤めていた範子です。あの時、あと3試合で、終わりといっていましたね。日本には11月にならないと帰れないと聴いていましたが、ブラジルに行くんですね。私は、大学に戻って、パラグアイに事を、たくさんの人に伝えています。それが私のできることだからです。武田さんと、会えたこと、パラグアイでの本音を聞けたことは良かったです。記事を書いてます。機会があったら読んで下さい。
作者からのメッセージ
多くの方からメッセージをいただきました。ここに謹んでお礼申し上げます。パラグアイでの体験を活かしていただき、今後の武田選手の活躍に期待しております。武田選手は10月18日、ブラジルに向けて出発されます。
スポニチ(10月 3日)
パラグアイ1部リーグ後期最終戦が1日行われ、FW武田修宏=V川崎=の所属するスポルティーボ・ルケーニョは12ドクトブレと対戦し、3―4で敗れた。武田はベンチ入りしたが、出場しなかった。S・ルケーニョは3分け6敗で最下位、武田は2試合に出場し、無得点で公式戦の全日程を終えた。武田は「習慣、文化などが違う中で戸惑うことは多かった。ケガもあって結果には満足していないが、いい経験になったし、自信になった」と3カ月間を振り返った。今後はブラジルへ渡り、ネルシーニョ氏が監督を務めるポニチプレッタ(サンパウロ州2部)で1カ月間練習する。
ルケーニョ最終戦、武田選手はベンチ入り(2,000年 9月27日)
先週の試合の結果、2次リーグに進めないことになったルケーニョはこの日曜日にイタグアのチーム「10月12日」と最終戦を行います。この試合がルケーニョの今年最後の試合となります。監督が代わり若手中心で戦っているのですが、最終戦には武田選手がベンチ入りすることになりそうです。最後の試合ですから思い切ったプレーを期待したいと思います。
最終節 対 10月12日 10月 1日(日) 16:30 (夏時間)
この試合、昨日の時点ではどこで行われるか決まっていませんでした。どうやら10月12日の本拠地のイタグア市で行われるようです。
金曜日までで残りの全ての試合が終了し、対戦相手の「10月12日」は2勝6分、負け無しという成績でこの最終戦に勝ちますと堂々の2位となります。2次リーグは順位によって組み分けがされ、かつ最初に持ち点が与えられますので、「10月12日」にとっては大切な試合となります。なお、引き分けですと、4位、負けると6位となります。ここまで勝ち無しのルケにとりましては難敵と言えます。
武田選手のメッセージ
今週で最後の試合になりました。先週は風邪でしたが今週は練習でも調子がいいので、たぶん後半から出そうです。とりあえずメンバーに入りそうです。今は若手中心ですが何とかなりそうです。
ルケーニョ9位以下確定(2,000年 9月25日)
本日ルケーニョはソル・デ・アメリカと試合を行いました。結果は1-1となり、これで3分6敗で、勝ち点3、例え最終戦に勝っても勝ち点は6止まりで9位以下が確定しました。
今日の試合、U-22の監督から昇格したパドリ監督が指揮を執りました。若手中心の構成で健闘し、先取点を取りましたが追い付かれての引き分けとなり、2次リーグ進出の可能性は無くなりました。来週1日の対10月12日との試合が今年最後の試合となります。年間成績ではウニベルサルが最下位となり、ウニベルサルが1部からの降格となります。
残りは2試合、ルケーニョ生き残りを賭けての戦い(2,000年 9月20日)
今後の日程
残り2試合の日程が決まりました。ルケは下記の通りです。
第八節 対 ソル・デ・アメリカ 9月24日(日) 15:30 ホーム
最終節 対 10月12日 10月 1日(日) 16:30 イタ
現在勝ち点僅か2(2分5敗)、残り2試合連勝してようやく第二次リーグの8チームに残れるかどうかという非常に厳しい状況にあります。残る対戦相手「ソル」も「10月12日」も強豪チームで簡単に勝てる相手ではありません。ルケの新監督は「若手中心で行く」と自分が育てたサテライトの選手を中心に戦う決意のようです。武田選手、ベンチ入り出来れば良いのですが。2次リーグは10チーム中上位8チームを2つの組に分けて行われます。 下位の2チームは参加出来ません。現時点での順位ならびに勝ち点は下位の方から
10位 ルケ 2
09位 ウニベルサル 5
08位 ソル 7
07位 セロ 8
となっています。ルケはこれからの2試合を勝って勝ち点8となりますが、それでも8位以内になれるとは限りません。もし次ぎのソル戦で勝てない(負けもしくは引き分け)の場合にはその時点で事実上の敗退が決定してしまいます。残り2試合に勝ってもソルが最終戦で引き分けると勝ち点8で並ぶことになりますが、現在までの両チームの得失点差が大きいのでこの場合にはソルが残ります。要するにルケは2試合に勝ち、ソルが最終戦に負け、ウニベルサルが2試合に勝たず1試合は負ける場合にのみ、8位になります。(2分けですと勝ち点で並びますが、得失点でまず負ける。)非常に厳しい状況にあります。敗退が決まりますとルケの今シーズンはこの10月 1日の試合が最終戦となります。
武田選手のメッセージ
とにかくあと2試合そしてあと2週間、メンバーには、監督が若手中心で考えているので難しそうですが、最後まで頑張りたいと思います。火曜、水曜、木曜は若手と朝7時、午後3時、2回頑張ってます。どんな状況であろうが精一杯頑張っているので心配はしないで下さい。自分は必ず進歩してます。
インターネットの日系ジャーナルの記事に武田選手のインタビューがあります。下記にそのまま転記いたします。原文は日系ジャーナルのサイトをご覧下さい。なお、日系ジャーナルはパラグアイにおける日系新聞でパラグアイの政治経済社会の話題、日系社会の話題をタイムリーに取り上げている新聞です。
スポルティーボ ルケーニョ 武田修宏選手 胸中を語る
聞き手 高倉 道男 さん
サッカー人生の中で一番苦しい体験
−武田さんがパラグアイに来るようになったきっかけはどういうことですか?
武田=今年、ヴェルディー川崎に復帰して半年間練習を頑張ったのですが、監督の構想に入っていなかったのでこのまま残りの半年間を一生懸命がんばっても試合に使う気のない監督の下でサッカーをやったら自分のサッカー人生は終わってしまうなと思ったので社長に話をして、他のチームを探しました。そんな時、去年ジェフ市原にいた時に知り合いになったロベルト・佐藤さんという元パラグアイ在住の日系の方に話をしたらパラグアイのアマリージャ監督(元日本のJリーグに在籍)が、「こちら(パラグアイ)で戦力として考えているのでパラグアイでやってみないか」ということでした。急な話だったのですが、お願いしてこちらに来たわけです。
−海外は初めてですか?
武田=プロのチームでプレーするのは初めてです。
−日本、それも世界でも有数の大都会東京から南米のチベットといわれていたパラグアイに来て様々なカルチャーショックを感じたと思うのですが、何が一番強烈でしたか?
武田=日本にいたら電話して話す友達もたくさんいますがこちらでは誰も話す友達もいないし、言葉も通じないし、やはり一番の壁は言葉が通じなくて淋しい思いをしたので改めて言葉というのは大事なんだなと思いました。
−武田さんの場合は十代後半からサッカー選手として華やかな脚光を浴びて来られた人生の中で今回初めて体験された孤独な生活というものは貴重なものだという感じがするのですが…。
武田=ただ単にサッカーだけじゃなく初めての海外生活で自分自身のあらゆる面をたくましくしたいという気持ちで来ましたので、その意味ではいい経験をさせてもらっているし、今までのサッカー人生の中で今回が一番苦しい体験をしているかなと思います。
試合前夜に宿泊するスタジア内の牢屋の様な部屋…
−ルーケのサッカーグランドで練習をし、また何試合か実戦も重ねて来た訳ですが、サッカーを取り巻くハード面、ソフト面の環境が日本と全く異なっていて苦労されているようですね。
武田=例えば試合前夜などはサッカースタジアム内の宿泊室に泊まるのですが、クーラーも暖房もテレビもないシャワーもない全く何もないガランとした牢屋みたいな部屋にベ・ッド一つがあって、布団もない中で寝泊まりしてパラグアイの食事を食べて試合に臨むわけです。道路に面したスタジアムなので車の音などがすごくうるさくて夜中の二時三時頃目が覚めて熟睡出来ないんですね。そういった戦う前の環境等も含めて大変ですね。でも、そういった中でも結果を出さないといけない。
−日本では、チームドクターとかトレーナーとか至れり尽くせりでしょうけどね。
武田=そうですね。ケガをした場合でも自分のこれまでの経験から対処しなければいけませんからね。
−こちらでケガをしたのはいつ頃ですか?
武田=六月末に来て、七月のパラグアイ代表との試合が終わって一週間後位にケガをして、セロ・ポルテーニョの開幕戦は大事をとって止めて、その後のオリンピアとの試合はベンチに入ったりしていました。ただ、チームがずーっと負けていたのでケガしているからとか、そんな事を言っている場合じゃなかったんですね。本当は二週間位休養してやればいいんですがチームが連敗連敗で自分としても「がんばらなければ…」という気持ちでしたから、この間のサン・ロレンソとの試合でまた、無理したので、折角アマリージャ監督が僕を呼んでくれて彼が連敗続きの責任をとらされてクビになるんじゃないかという中で、無理してでも出たかったので出場したのですが、結果的にまたひどくなってしまいました。日本では肉離れした場合は、練習が終わって氷や薬を塗ったりトレーナーが毎日マッサージをしてくれたり、そういう面がこちらではないので氷やビニール袋等も自分で買って持って行って足にぐるぐる巻いて冷やしたり温めたりというそういう中だったので中々ケガも直らなかったし状態も良くなかった。でも、そんなに大きなケガではないので何とかやっています。
言葉が通じないのがじれったい
−でも中途半端な直り方だといつまでも尾を引きますからね。一〇〇 の状態で試合に出れないというのは自分でも悔しいでしょうね。
武田=本当に自分としても悔しいのですが、一番残念なのは言葉が出来れば気軽に監督やドクターにちちょっと練習を休ませてくれとか言えるのですが、通訳を入れて話しても直接伝わっていかないし、後、こちらのサッカー事情とか習慣、環境とかが全く分からないので自分としてもじれったいですね。
−先日のサン・ロレンソとの試合では武田さんがチームリーダー的な立場で試合を進めていましたが、指示を出すにしても言葉の壁があって難しいでしょうね。
武田=去年のジェフ市原もすごく弱かったので、言葉をかけてみんなを励まして頑張ってJリーグ残留となったのですが、今、ルーケのチームもこんな状態ですからチーム皆を励まして自分も頑張ろうと思っているのですが、言葉が通じないのでそういう面もすごく難しいですね。
−練習方法とかで日本と違う面はありますか?
武田=日本にいた時の監督も外人だから練習方法とかはそんなに変わらないのですが、ただ、紅白戦とかは当たりも強いし、思いっきりやってくるので激しいし、その辺は日本と全く違いますね。
−日本では武田選手といえばベテランですから体調が悪いときはマイペースでやれたのでしょうが、こちらでは全く新人と一緒のレベルで練習もこなさないといけないし、また、認めてもらうためにアピールもしなければいけないので手抜きということが出来ないのが辛いですね。
武田=今期九試合しかない中で監督も三人も変わり、選手も次から次に入ってきてこれが本当のプロの世界だなと思います。いい経験をさせてもらっていると思います。
来るまではこんなに日系の人達がいることも知らなかった…
−こちらに来られて苦しいことの方が多いとは思いますが、反面、良かったなとか嬉しかったこととかありますか?
武田=このサッカーの本場でサッカーが出来ることがしみじみ幸せだと思います。また、この貧富の差が激しい中で子供たちが一生懸命働いたりしているのを見るにつけ、今の日本は幸せだなと思います。日本にいては感じられない価値観とかサッカーをやれる喜びとかを感じることが出来てパラグアイに来て本当に良かったと思います。こちらに来るまでは日系の方たちがいるなんて全く知らずに来たのですが、こんなに沢山の日系の人達がパラグアイでがんばっている。「ああ、こんな所にも日本の人達が一生懸命頑張っているんだな…」というようなことが分か・った事だけでも自分にとっては大きな収穫です。だから、苦しいことは多いけれども決してマイナスではありません。
−高校レベルで日本とパラグアイが試合をしたとすれば、日本が勝つーと、しかし、一旦、大人一般レベルになると全く逆転してしまうという話をよく聞くのですが、その原因はどこにあると思いますか?
日本サッカーの弱さは島国で国際的な競争がないこと
武田=それは競争がなくなるからです。高校サッカーで僕らも活躍してトップになったらその後、その上がないのでそれ以上伸びることはない。南米等は高校を出てプロになってブラジルとかアルゼンチンとか強豪国ともまれる中で常に競争があり、刺激がある中でどんどん成長してうまくなります。所が日本は島国で海外チームと競い合うという経験が乏しいのでそれ以上伸びていかない。これからは中田選手のようにどんどん海外に出て行って強くなるだろうとは思います。
−ただ、日本人はブランド指向が強いので海外となるとどうしても目はヨーロッパに向くし、南米といえばブラジルということになるんですが、パラグアイのようなサッカー環境が貧弱な中で荒々しいサッカーを体験するという武者修行も今の日本の若い選手達に必要ではないかという気がするのですが?
武田=僕自身はヨーロッパのような環境が整った中でサッカーするよりもこのような南米の環境の中でサ・ッカーを体験する方が自分自身も鍛えられるしいいと思います。元々、僕はラテン的な明るい気風が好きなのでこちらに来ました。
−昨年ここで行われた南米大会に日本も参加したのですが、残念ながら一勝もあげられずパラグアイに惨敗するという結果に終わりました。あの時、真剣にファイトむき出しにやったのは、ブラジルから日本に行・っているロペス選手だけでした。着いてからの日本チームの練習風景も拝見したのですが、ロペス以外の日本選手は適当に流している感じでしたね。「お前ら南米をなめているのか?」と感じたのですが…。あの時の日本惨敗以降、日本は弱いというイメージがパラグアイに定着してしまった中に武田選手が来られて大変だなと思います。
武田=僕自身、弱い日本から来た選手という受け止められ方をしている中で、「オッ、結構やるじゃないか!」と見直してもらえればという思いで頑張ってきたのですが、ただ、もうちょっと試合に出たかったですね。
ケガの原因は堅いグランド
−今年のパラグアイの冬は異常に寒かったこともケガの原因になったのでしょうか?
武田=一番の原因は堅いグランドですね。日本だったらこんな堅い土で練習しないだろうと思うような所で練習したりしたのが原因かなと思いますね。
−オリンピア戦(八月六日、5対1で負け)は後半に出たのですね。
武田=そうです。後半四十五分出ました。その後、セロ・コラにホームグランドで負けて、その後、チームはエンカルナシオンに行って試合をしたのですが、本当はその試合に先発予定だったのです。所が、ずー・っと試合が続いて無理していたので結局行かなくて、その試合も負けてしまった。そしてこの間のサン・ロレンソ戦(九月二日、2対0で負け)は、どうしょうもないからということで無理して出たらまた、ケガがぶりかえしてしまった。日本だったら武田ならこれくらいは出来るから「(練習は)無理しないで試合だけやってくれ」ということで自分で調整は出来るのですが、こちらでは全く新人ですから無理してでも(練習を)やらざるをえないんですね。
ールケーニョは武田選手が来られた時は一部リーグでも下位グループでしたね。
武田=七位でした。
−そして今は最下位ですね。連敗続きだったから余計精神的にも焦りますね。地元のルーケでは随分武田選手に対する期待が大きいようですね。試合中、地元のサポーターたちの武田コールが随分繰り返されていました。
武田=最初のパラグアイ代表チームとの試合(七月十二日)は、そこそこやれて、自分でも「やれるな」と自信はできたのですが、その後ケガをして満足なプレーが出来ずにいるので、もっと体調万全のプレーを見てもらって評価してほしかったのですが、まあ、仕方ないですね。
カズ(三浦選手)もクロアチアに行った時、一点も取れなくて終わっていますし、海外でやるというのは本当に大変だなと、その厳しさは身に染みて感じましたね。ただ、自分の中でパラグアイで十分やれるなとそういう自信は持てたので良かったですね。
−日本とパラグアイで戦術とか選手のプレーとか違いはありますか?
ハングリー精神が違うし、本当に強いパラグアイ
武田=全く変わりません。でも、ボール際の当たりが激しいですね。
彼らは本当に生活をかけていますからその辺の気持ち、ハングリー精神が違いますね。
−パラグアイは伝統的に守備が強いサッカーだと言われてきたのですが、これなども隣のブラジルとかアルゼンチン等の強いチームに対抗するために失点を最小限に押さえる意味があると思うのですが、武田さんがパラグアイのチームをご覧になってどういう感じを持たれましたか?
武田=日本ではパラグアイの実情は全く知られていないのですが、メルコスール大会等を見るとパラグアイは本当に強いなと思いましたし、ブラジルより強いんだなと感じましたね。
−この間のブラジル戦は二十数年振りに勝ったし、アルゼンチンにも一対一で引き分けましたね。今、日本代表チームとやったらどちらが強いでしょうか?
武田=日本は勝てないですね。昨年同様の惨敗じゃないですか。
−その辺の差はどこにあるのでしょうか?
武田=環境が違うと思うんですね。今、同じ二〇〇二年のワールドカップを前にして日本は、オリンピック、オリンピックと二十三歳以下の選手を集めて強化しています。所がこちらはワールドカップの激しい南米予選を戦っている中で選手はどんどん伸びていくし、全くレベルが違ってきますね。ここではテレビをつければどのチャンネルもサッカーばかりで本当にサッカーに集中出来る環境です。うちのルーケのチームでも三試合続けて負ければファンに怒られて監督が変わりますが日本では三試合連敗しても監督は変わりません。そういう厳しい環境の中で育ったら当然選手の差が出てくると思います。
ー去年の南米大会に取材に来た記者たちも負け惜しみでもないでしょうが、「日本はサッカー以外のスポーツが一杯あるからなぁー」と言っていましたね。所でルーケの試合は残り四試合ですか?
武田=ケガで明日(十日)の試合は出られないので新監督に自分をアピールして残り三試合に一試合でも多く出て頑張りたい。その中で勝てば残り八位リーグに入ると、また四試合増えるので精一杯やろうと思っています
ーただ、我々としてはケガを完治して万全の体調で試合に臨んでほしいという気持ちが強いですね。
武田=(苦笑しながら)そんな悠長な時間はないんですよ。エンカルナシオンでやる前はすごく身体の調子が良かったのですが、あの時はチーム状況がひどく悪くて火曜、水曜、木曜日と毎日紅白戦をやったんですよ。そういう中で無理してやったのが悪かったですね。
−先般のサン・ロレンソ戦では、ルーケのチームは中盤が弱いですね。相手にスコンスコン抜かれていましたね。武田さんの所にボールが回ってくるのが少なかった。来たとしても徹底的なマークでチャンスボールがなかったですね。
武田=ボールがこない、シュートが打てないという中で評価されるのは辛いですね。予定では来年は一応帰ることになっていますが、自分の中では「まだ居たい…」という気持ちはあります。
−こう言っては失礼ですが、武田さんの場合は年齢のこともありますから気持ちが揺れ動くでしようね。
ワールドカップに出るために今年がある
武田=とにかく来年一年、精一杯やるしかない。自分の夢はワールドカップに出るということですから、来年選ばれなかったらもう選ばれることはない。だから今回来たのは今年、Jリーグで得点王になっても選ばれる訳ではないし、自分にとっては来年が勝負になるわけです。そのために国際試合の体験をして来年に備えるということなんです。
−となると、残りわずかな試合が非常に大事になりますね。
武田=チリのサモラノやブラジルのロマリオも一緒の歳だし、日本ではカズとかゴン(中山選手)とかも同じ歳で頑張っていますし、僕自身もまだまだ頑張れるという気持ちがあります。
−中山選手の試合などテレビで見ることがあるんですが、彼は、がむしゃらに"根性"でやっているなという感じがしますし、カズ選手にしても「もう終わった」とか言われていたのですが、クロアチアから帰ってまだまだ燃える試合をしていますよね。サッカーでもメンタルな部分が相当大きいような気がします。
武田=全てハングリーな奴が最後に残るんですよ。俺自身もこのまま終わりたいと思わないし、こっちに来る前にカズにあったら「タケ、お前、試合に出してもらってなくてなぜ、ヴェルディーにいるんだ。お前はまだやれる。実力があるんだからどこでもいいから行ってこい…」と言われたんです。自分自身の中にもそういう気持ちがあるし、最後はハングリーな奴が勝つと信じています。
ーその意味では、却ってヨーロッパに行くよりもこういう厳しい環境の中でサッカーをやるというのは大正解だったなと思います。技術的な面では完成の域に達しているわけですから、もう一度気持ちを奮い立たせるというか燃える気持ちを持つ方が大事だと思います。そういう荒ぶる闘志を抱いて日本に帰ればきっと何か新しい展開が生まれるのではないでしょうか。
武田=カズなんかすごいな、と思うのは中学を出た位でこういうハングリーな所に来て頑張ったから現在のカズがあるわけで、そういう所を自分も見れたし、また体験出来たことは大きいですね。技術どうこうというよりもここに来て精神的にも強くなってサッカーのレベルを上げ、自分自身を成長させることにもなるのでそういう意味では来て良かったなと思います。
−いずれは武田さんもコーチなり監督になって指導する立場になるのでしょうが、今回短期間ではあっても南米サッカーを体験したことは大きな財産になりますね。
武田=僕らが子供の頃はろくな指導者もいなくていい加減な指導を受けていたのですが、これからは僕やカズなど海外体験した者たちが現役を終えた後、いろいろな技術や考え方などを子供たちに教えればもっともっと日本のレベルは上がるし、たくましい選手も生まれてくると思います。
−残りわずかとなりましたが、体調には気をつけて頑張って下さい。パラグアイ中の日系人が応援しています。
武田=来る前はこんなに日系の方たちがおられてがんばっておられるなんて夢にも思わなかったので日系の皆さんが応援して下さって非常に励みになりますし、何とか帰るまでに一点でもゴールして帰りたいと思います。
−どうもありがとうございました。
〔あとがき〕
かって移住者たちは、血を吐く思いで日本を後にして海外に旅立った。 生まれ育った土地から、根っこをごっそり引き抜いて全く異質の風土に根付かせ、たくましい成長を遂げるのは並大抵の努力では不可能だ。 深い孤独や絶望感に打ち勝ったもののみが美味しい果実を実らせることが可能となる。
地球が小さく狭くなった今日、昔ほどの悲壮感はなくなったものの、新天地に旅立つというのはそれ相応の覚悟がいるものだ。
サッカーのエリート街道を常にフ・ットライトを浴びて来た武田選手にとって今回の武者修行は生まれて初めての厳しい体験に違いない。
カズやゴンには野生の雑草のイメージがあるが、武田選手にはスマートな都会派エリートの面影が強い。その都会派天才的なサッカーセンスにパラグアイの野武士的なたくましさが備わればまた新たな武田伝説が誕生するに違いない。