
一回、二回、三回…
と田中浩二はラザニアに粉チーズをかけていった。どんどん、どんどん、かけていく。みるみるうちに、
ラザニアは山盛りの粉チーズまみ
れになった。その粉チーズまみれのラザニアを見つめた後、田中浩二は粉チーズにがっつき始めた。
田中浩二は35歳。ワープロソフト会社に勤めている。今はお昼時だ。昼休みが終わった後は重要なプレゼンを控えている。
今はレストランにいる。普段は来ないレストランだ。レストランは家族連れでにぎわっている。
田中浩二は昼休みの後、大事なプレゼンをこなさなければならない。上層部に新しいプロジェクトの提案をするのだ。彼は何としてでも成功させたかった。彼
は前、彼が担っていたプロジェクトが失敗し、課長から平社員に降格した。もちろん給料も減給となった。そのことから妻とけんかし家庭のいざこざにもつな
がった。だからここでもう一度新しいプロジェクトのリーダーに指名されたかったのだ。
田中浩二が今いる席の前の席ではおばさんたちが談笑していて、後ろの席では家族連れがおもいおもいの料理を食べている。店内は蒸し暑い外とは違い、クー
ラーの涼しい風が吹いている。
彼が昔リーダーを務めていたプロジェクトは、次の新商品の目玉となるような新機能をソフトに新たに組みこむことを目的としていた。彼が担当するプロジェ
クトは途中までは上手くいっていた。しかし開発の中心にいた人が会社を去ったため開発に大きな遅れが出たほか、顧客にアンケート調査を行ったところ、もと
もと顧客がその新機能を求めてないということがわかり挫折したのだった。
彼がその失敗したプロジェクトを解任されて以来、彼は上司、元部下の今同僚共に厳しい目にさらされるようになった。彼が提案したアイディアはことごとく
否定され、彼にとってやりがいのある仕事はあまりやらせてもらえないようになっていた。
家では子供に
「ちゃんと仕事してるの?」
と聞かれ、妻には
「会社やめるなんてことにならないわよね。」
と言われ、家族からも厳しい声が聞かれるようになった。
彼はまだ粉チーズと格闘していた。その時聞きなれた声が彼の耳に入ってきた。
「おい、田中じゃないのか?」
それは大学で同期だった大島だった。
「おお、田中だ、久しぶりだなあ。」
「ああ、大島か。」
田中も返答した。
「おい、その粉チーズまみれの物は何だ?」
大島が笑いながら聞いてきた。
「ラザニアだよ。一応。」
大島は田中と向かい合う席に腰を下ろした後、ウェイターを呼ぶとコーヒーを一杯頼んだ。

「いやーこんなところで会うとは思わなかったよ。」
大島はコーヒーをすすりながらそう言った。
「仕事のほうはどうだい。うまくいってるか。」
「そっちこそどうなんだい。うまくいってるのか。」
田中は大島の質問には答えず聞き返した。
「こっちは上々。今度俺が担当したソフトの新バージョンが出るんだ。いいだろ。バージョン情報のとこ見てみなよ。俺の名前が出てくるから。」
「家族との関係はどうだい。」
田中が聞いた。
「家族との関係? 別に何も。そういや前家族で映画を見にいったんだ。楽しかったなあ〜。」
そう言って大島は手早くコーヒーを飲み終えると、
「じゃあな、いずれまた会うかもしれないな。俺はちょっと急がなくちゃいけないんで、ソフトの出来についての報告書を書かなきゃいけないんだ。」
と言って田中のもとから去っていった。
「またな。」
といって大島を見送った田中は、ラザニアに目をおろした。おもむろにプレゼンの資料をとりだしてひととおり眺めた後、ラザニアの最後のひとかきを食べ終
えると彼は席から立った。昼休みの時間は終わりに近づいていた。これからは新しいプロジェクトの旗揚げの成否を握る大事なプレゼンがある。「よし…。」と
小さくつぶやいた田中浩二は、軽い足取りでレストランを出ると、会社に向かって歩き始めた。