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最終更新 2011/04/10



范 元







2011/04/10 開始

01

 范元、字を伯珪と言い、呉郡は錢唐の人である。祖父の范ス之は、太學博士として任用されたが、赴く事は無かった。父の范靈瑜は、父の服喪期間に悲しみのあまり痩せ衰え、死んでしまった。元は時に幼年であったが、哀慕は禮を尽くしたものであったため、親族は元は出来る子だと思った。成長すると学問好きになり、經史に広く通じていただけでなく、佛義にも精通するようになった。その性格は謙敬であり、驕るような事は無かった。父を亡くした家は貧乏で、園で蔬を作るのを生業としていた。ある時、園の様子を見に行くと、菜を盗む人影を発見した。元は急いで走り帰った。母がその理由を問うと、具に見たままを答えた。母がその盗人が誰かを問うと


 逃げ出してたので、その愧恥を畏れております。今、名を申し上げますが、他言せぬようにお願いいたします。


と答えた。母子はこれを秘密のままにした。今度は、溝を飛び越えて筍を盗もうとした者がいた。元は木を伐って橋とすると、この盗人を渡らせようとした。これに盗人は大いに慚じ入った、これによって、この郷から盗人が姿を消した。城市に出る事はせず、一人で厳賓に対するがの如く座し、この姿を見た者は、皆な容を改め色を正した。沛國の劉は深く一目を置いて、上表して称賛した。

02

 南齊の建武二年(495)、安北參軍事として徴用されたが、赴く事は無かった。天監九年(510)、縣令の管慧辨が義行を上言し、揚州刺史で臨川王の蕭宏が辟命したが、これにも赴かなかった。天監十年(511)、宏が上表して推薦したが、徴用を受ける事は無かった。この年、家で死去している。享年七十。


2011/04/10  終了。


『晉書』「處士」 范元 - 746 -


第一回更新    終了 全02段  2011/04/10



2011/04/10 終了。