2011/04/10 開始
01
劉

、字を彦度と言い、平原の人である。父の劉靈真は、南齊の武昌太守であった。

は幼い頃から純孝と称された。数歳で父と母を相次いで亡くした。

は葬儀の時、哭泣して孺慕し、少しすると気を失ってしまった。弔問客で傷まない者は無かった。この後、伯父に養育されたが、伯母や昆姉に事え、その孝友は篤至であったため、宗族から称賛を集めた。早くに父を亡くした事を傷んでいたため、誤ってその諱に触れてしまった者で、未心を咎められ流涕しない者はいなかった。長兄の劉汲ェ

に妻を迎えさせようとして、成婚の期日を決めたが、

はこれを聞いて行方をくらませた。結婚話が流れたと知ると、ようやく姿を現した。州刺史の張稷が主簿として取り立てようとしたが、

は就こうとしなかった。召すべく檄が出されると、

は樹にその檄を引っ掛けて、逃亡してしまった。
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02

は玄言をよくし、釋典に精通していた。かつて、族兄の劉

が鍾山の諸寺で聴講していたが、共に卜した結果、宋熙寺の東澗に築して、終焉の志を有した。天監十七年(518)、

の舍で死去した。享年三十一。臨終にあって、

の手を執って
「
気が絶えたらすぐに斂して、斂が終わったら埋めてください。靈筵は立てる必要は無く、饗祀を設けられませんように。また、継嗣も求めません。
」
と言い残した。劉

はこの言葉通りにした。宗人や至友は、共に石に刊して銘を立て、諡号を玄貞處士とした。
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『晉書』「處士」 劉

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