2012/04/21
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袁湛、字を士深と言った。若くして操植を有し、沖粹を以って身を立てた。ただ、文華は無かった。そのため、流俗から重んじられる事は無かった。時に謝混は僕射であったが、范泰が湛と混に詩を贈ってきた。その内容は
「
亦有後出雋 亦た後出の雋の有り、
離羣頗


羣れを離れて頗る


す。
」
と言うものであった。湛は恨みて答えなかった。中書令から僕射、左光祿大夫、晉寧男とされ、義熙十四年(418)、死去した。湛の弟は袁豹である。
2012/04/21 終了
『晉書』 袁

/從祖準/準孫耽/耽子質/質子湛 - 2171 -
第一回更新 終了 全01段 2012/04/21