.経済とは何か

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言葉の定義から

いきなり経済とは何か、などと云うと哲学的に受け取られたり、違約的に考えられるとこまり
ますのでここで先に経済という言葉、そのものの意味から説明に入っていき言葉の定義をしてお
きたいと思います。
経済という言葉の意味を辞書で調べると、普通三通りくらいの解釈があるよ
うです。

一.   財貨を得たり使用したりする行為やその状態をあらわしている。

二.   国を治め、民を救う行為をあらわしている。

三.   費用の節約や倹約または消費が少ないといった意味につかわれる。

 この内 二、についてはこれを現在風に表現すれば、国や都道府県などの経済政策と理解して
いいでしょう。三、については経済という本来の意味の言葉とは離れ、日常生活の言葉のなかで
、安く済むと言った違約された意味に変化して、捉えられています。

 一、の言葉の意味がここでいうところの経済の意味だと考えて下さい。そこでこの一の内容を
もう少し簡潔に表現してみますと「商品売買とその状態を表わす。」と言い換えても宜しいかと
思います。つまりここで使おうとしている経済という言葉の意味は「商品売買とその状態を表わ
す。」と定義されるということです。

そこでさらに「商品売買」についても考えてみましょう。

 貨幣(お金)はもともと商品の一種ですから、商品売買とは商品と商品を交換すること、または
お金と商品を交換することです。もちろん貨幣と貨幣を交換しても商品売買です。

しかし差上げる(譲渡)という行為は売買ではありません。また一方的徴収(税金や年金等)も売買
ではありません。譲渡は商品の交換ではないし、徴収もまた商品交換が成立していないからです。
これらの行為は後に述べる労働効率を追求する行為が欠けているのです。このことは大変重要な
ことです。商品売買が成立していなければ経済ではないということです。  

また経済という言葉が[商品売買とその状態を表わす]と云うことから、売れない製品を作っ
ていることは経済ではないと云うことでもあります。ですから自給自足で消費されてしまうよう
な道具や食品を生産していることも経済ではありませんし、製品を他人にあげたり貰ったりする
行為
(譲渡)や一方的徴収も勿論経済では在りません。経済とはそこであくまでも売買が商われて
いること、或いは商品交換が行われていること、または金銭との交換が行われて双方の同意が成
立していることが前提条件なのです。

次に労働力という言葉についても経済論にとっては大変重要な言葉ですから、ここで定義させ
て頂きます。

「労働力とは売買可能な或いは交換可能な労働を示します。」

一般的には労働力という言葉は労働という言葉と同意義に使用されていますがここでは厳密に区
別して使用します。労働は働いている労力という意味で使用しますが労働力はあくまでも売買可
能なあるいは交換できる労力という意味で用いますので、混同なさらないようお願いします。


さらにもう一つ「所得」について説明しておきたいのです。この事は後述する内容が解かり易くなるためで
す。所得は貨幣経済が成立する以前にはお百姓さんでは米がどれ位採れたかであり、牧畜ではミルクや
肉がどれほど取得できるかで表されました。これら米、ミルク、肉といった所得は実は労働力によって得た
ものです。現在はこれをお金に置き換えて受け止めているだけで、その本質の意味は変化していません
ね。米、ミルク、肉の量が多ければ所得は高いことになります。ここで労働力の質を変化させてその効率を
高めれば米、ミルク、肉の量を増やすことが出来、所得を向上できることが容易に理解できます。
つまりここでは労働効率が向上すれば所得が向上することを理解して頂きたいのです。

ではいよいよ経済とは何かと云う本題に入りましょう。まず結論から述べ次に説明に入ります。
先ほど書きました通り経済の定義は[商品売買とその状態を表わす。]になります。
ここからそ
の本質はなにかといえば

経済とはすなわち「労働力の交換とその状態である。」ということです。もっと端的に云えば経
済の本質は「労働力の交換」なのです。互いの労働力を交換しているのです。極言すれば労働力
こそ真の商品なのです。では何故その交換は生じるのかと言えば、それは「高まった労働効率を
波及するため」なのです。交換する方が得となり所得が向上するからなのです。

 労働力の交換が盛んに行われていれば高まった労働効率が売買毎に波及し、一部の労働効率の
高まりであったその労働力は売買によって波及効果を生み、全体としても労働効率が向上します。
全体の労働効率が向上した分、より多くの商品を購入することができるようになります。つまり
全体の所得が向上し、生活水準が向上することになるのです。例えでは鉛筆製造会社が労働効率

を向上させて、1本100円で売っていたものを1本
10円で売るようになると、買う側は今までの
10分の1の労働力と交換することで、鉛筆を手に入れることが出来ます。今まで鉛筆を買える
ほど労働力をもっていなかった人も買えるようになり、製造会社も安く売ったからといって倒産
するようなことはありません。また今まで充分な労働力をもっていた人は余った所得
(90)で他
に商品を買うことが出来ます。こうして経済は拡大していきます。

  労働力 = 労働時間 × 労働効率

 また労働効率が高まらなくなればこれ以上交換する必要がありませんから、交換(売買)は増
加しなくなり、経済は成長できなくなります。交換
(売買)が増加しなければ労働効率が波及しな
くなることから、所得は向上せず、より多くの商品を購入することができなくなり、生活水準は
向上しなくなります。

経済 = 労働力の交換・・・〔売買=交換〕

それは労働効率の高まりによって発生します。

「売買とは労働力の交換」

では何故、経済は労働力の交換〔売買〕であるといえるのでしょうか。それをこれから詳しく考
えていきましょう。

次のような例題で考えてみると解かりやすくなります。

海の中を泳いでいる鯛の価値はいくらか

・・商品とも貨幣とも交換が出来ないので価値は無いのです。売買の発生がないので
すから値段も価値もないのです。

 ***人の労働力が加わっていないから価値はないともいえそうです。***

漁師が鯛を釣り上げた時の鯛の価値はいくらか

 ***交換が成立していないので値段は付かずまだ価値はありません。***これも同じこと
です。売買の発生がないのですから値段は付けられません。

次に、お百姓さんは労働をして米1kgを余計につくりました。

そこで漁師が鯛一匹をお百姓さんの米1kgと交換したらどうなるのでしょう。

ここで売買(経済)が発生しました。鯛一匹には米1kgという値段と価値が付きました。
漁師の鯛一匹を釣った労働力とお百姓さんの米1kgをつくった労働力とを交換したのです。

ここで鯛に労働力を作用させて商品とし、米に労働力を作用させて商品として、交換したとも思
えますが実はそうではないのです。何故なら漁師だってその気になれば米は作れるし、お百姓さ
んだって練習すれば鯛が釣れるのです。つまり漁師は米を得る目的だけで交換したのではなく、
お百姓さんの造った米と交換した方が少ない労働で済むから交換したのです。要するに労働効率
が良くなるから交換したのです。お百姓さんにとっても同じこと、自分で鯛を釣るよりも、得意
の米づくりで米を余計に作り、米と鯛を交換した方が労働効率はよくなるので交換したのです。
お互いに労働効率の高い労働力を交換すれば、欲しいものを効率よく手に入れることができるので
、労働力を交換したのです。つまり労働力が得するから交換したのであり、真の目的は労働力の
交換なのです。

我々の生活では必要だから買っていると思いがちですが実は安いと思えば、必要なくとも買ってしまいます
。その証拠に箪笥の中を調べてください。碌に着ていないものがあるはずです。これは得だと思って買って
いるのです。得とは何か、お金か、お金は労働力、労働力が何故得か、それは労働効率が高いからなので
す。

).仮に以下のように1日8時間働いたと計算して効率は2倍とみましょう。

漁師さんの鯛つりの労働力    8時間 × 2.0効率 = 16時間(所得)

お百姓さんの米づくりの労働力  8時間 × 2.0効率 = 16時間(所得)

 次に専門外の労働なので効率は1倍とみましょう。

漁師さんの米づくりの労働力   8時間 × 1.0効率 = 8時間(所得)

お百姓さんの鯛つりの労働力   8時間 × 1.0効率 = 8時間(所得)

交換しなければ

漁師さんの労働力計    8時間 + 16時間 = 24時間(所得)

お百姓さんの労働力計   8時間 + 16時間 = 24時間(所得)

互いの労働力を交換しあうと8時間所得を増やすことができます。

漁師さんの労働力計    16時間 + 16時間 = 32時間(所得)

お百姓さんの労働力計   16時間 + 16時間 = 32時間(所得)

漁師もお百姓さんも、その気になれば米もつくれるし、鯛も釣れるのですが労働力を交換した方
がお互いにより労働効率が高くなり、生活水準を向上することができるから交換したのです。突
き詰めて考えればその商品が欲しいから交換したのではなく、交換することによって労働効率を
高められるから交換したのです。要するに売買の真の目的は労働力を交換して所得を向上するこ
となのです。

 

以上の理由から経済の本質は「労働力の交換である」といえるわけです。労働力を交換するこ
とが目的なのですから、労働力こそ真の商品なのです。何故売買が発生するかと云えばそのこと
により労働効率が互いに良くなり、その結果生活が豊かになるからなのです。売買する方が労働
(所得)を余計に得られるから売買するのです。売買によって労働効率を高めさせ、高まった労
働効率を波及させているのです。つまり売買とは労働効率を追及する行為であり、経済は労働効
率を追求するシステムであることを証明しているのです。

このことは逆も真なりです。交換によって労働効率が高まらなかったら、労働力の交換は労働
(所得)を損してしまうので誰もしなくなります。どちらかが損すれば売買は成立しません。そ
の結果売買も発生しないことになるということです。

経済は「労働力の交換現象」であり、労働力こそ真の商品なのです。そしてその発生する理由
は「労働効率を高めるためであり、高まった労働効率を波及するため」であるのです。これが経
済の本質であり基本であるのです。故に経済は労働力の交換により、労働効率を向上させ、高ま
った労働効率を波及するシステムと云えるのです。

 では次に現代の我々が買い物をする時も先の例と同じなのかどうかもう一度考えて見ましょう

我々が買い物をする時はふつう貨幣(お金)で行います。それは貨幣が最も便利な商品だからです
。貨幣は価値が金額という単位で非常に解かり易く表わすことができることと、腐り難く、小さ
く、取り扱いやすく、またいろいろな商品と大抵は何時何処でも交換できるという特性を持つこ
とによります。

仮に何か欲しい物が有るとしましょう。このとき我々は何をもってして買うか買わないかを判
断するのでしょうか。

 通常は欲しいという欲求の強さと価格で判断していますね。価格が高いか安いかの判断はどう
しているでしょう。それは類似商品と比較すると考えるでしょうがそれは違います。その前に自
分の所得と比較しているのです。所得
(給与)は自分の労働力を貨幣(お金)と交換したものです。
実は殆どの人がこの自分の所得と比較して価格が安いか、買えるか、得かと判断していますね。
何故なら所得が少なければ買いたくても買えないことは誰でも知っていますし、高所得の人なら
それくらいだったら買おうと思うからです。多くの人は自分の所得に応じて、買うものを重要度
別に割り振り配分します。まず生活必需品である食費や家賃、電気、ガス、水道、ローンなどで
す。そして次に可処分所得である自分たちの趣味趣向品に振り向けるでしょう。

 今買いたいものがジュースだとしましょう。ジュースの値段は1000円であるとします。ジュー
スは趣味趣向品と思われますから可処分所得のなかから支払われます。

所得が月に35万円の人がいたとして、ざっと考えて、税、年金、その他で7万円、生活必需品で
20
万円、可処分所得で8万円とすると、4人家族で一人当たり2万円、一人一日当たりでは1000
となります。するとジュースは高いものと思われることでしょう。材料を自分で買ってジュース
を作った方が得と考える人もいれば水を飲んで我慢すると考える人もいると思われます。いずれ
にしろ、ジュースを飲みたいときに飲むといった豊かな生活は難しいのです。

 しかしここでジュースメーカーや農業生産者、容器メーカー、流通業者、小売店が省力化努力
してジュースの値段を
100円としたら、どうでしょう。ジュース1本を買ってもまだ900円残りま
す。我々はジュースがいつでも飲める豊かな生活ができるのです。つまり
1000円から100に労働
効率を高めた商品を買うことにより、生活が向上するのです。買う側は何も努力していないのに
売買を通じて生活が向上するのです。もちろんジュースを自分で作れば材料費だけで
100円以上か
かってしまいますから、誰も自分で作るよりは買うようになります。労働効率の向上した商品が
あると労働力を交換した方が自分も労働効率が良くなり得だと考えるのです。得すると思うこと
はその方が労働効率が良いと云う事なのです。

 漁師の例であろうとジュースの例であろうと、我々が商品を買おうとするときは常に労働効率
が良くなることが前提で、買おうとしているのです。つまり同じ所得でも余計に買えるように買
おうとしているのです。もちろん欲求は重要な要素ですが決定的要素ではないのです。欲求の度
合いと労働効率の高さで判断しているのです。

 同様の商品がたくさんあり、価格や品質を比較できたとしても、他の類似商品と比べて安いと
は思っても、最終的には自分の財布
(所得)と相談して購入を決めるのです。ですから、所得を増
加させるため、あるいは所得に対し生活を向上させるため、より労働効率を高めて商品を創り、
より労働効率のよい商品があれば手に入れようと売買するのです。それが高まった労働効率を波
及させる現象、つまり「経済」となって現われるのです。売買は労働効率の向上を波及させるとと
もに、労働効率を向上させる意識付けにもなっているのです。これが経済なのです。経済は労働
効率を追求するシステムなのです。

注・・・千円札一枚と500円玉二ヶを交換した場合は売買になるのでしょうか。お金は形や品質に
は価値はなく額面のみに価値があるわけですから、これは交換したとみることはできません。労
働効率は向上していないのですから。



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