.波及効果と経済成長

1st Page へ

もう一度、先ほどの漁師とお百姓さんの例で考えてみましょう。

漁師は鯛一匹と米1kgを交換しましたが漁師はさらに工夫をして、もっ
と鯛を捕れるようになったとします。漁師の生活はどうなるでしょうか
。鯛二匹を持って米
1kgと野菜一束も交換することができます。漁師は
鯛漁の効率を上げることにより、野菜造りの労働も効率のよいお百姓さ
んの労働力と交換することができたことになり、その分生活水準は向上
させたことになります。

 お百姓さんはどうかといえば米1kgと鯛一匹は交換できましたが野菜
一束とは交換しません。なぜなら鯛は二匹いらないからです。ですから
お百姓さんの生活はそれ以上に向上していません。もちろんもう一軒の
お百姓さんは野菜一束と鯛一匹で交換していますから、その分経済は成
長したことになります。漁師の労働効率の向上は労働力の交換を通じて
、漁師自身の生活水準を向上させたと同時に、より多くのお百姓さんの
生活を向上させたことになります。ここでも経済波及効果が発生したこ
とになります。

 漁師さんの仲間の多くも先の漁師の工夫を学び、鯛をたくさんとれる
ようにしました。するとどうなるでしょう。鯛がたくさんとれるため、
交換比率は下がります
(値段が下がる)しかし労働効率は向上しているた
(少ない時間でたくさん取れる)、鯛一匹と米500gを交換しても漁師の
生活
(所得)準は維持できることになります。そしてまたお百姓さんの方
は米
500gで鯛一匹と交換が出来、あとの500gで他のものと交換ができ
るようになります。つまり漁師の労働効率が改善され、それが他の漁師
にも波及すると、多くのお百姓さんの生活まで向上することになるので
す。漁師の労働効率の向上が売買を通じてお百姓さんまで波及し、お百
姓さんの所得まで向上させることになったのです。お百姓さんは米を作
る労働効率を向上させた訳ではないのに、生活が向上したことになった
のです。結果経済は大きく成長したことになります。これが売買によっ
て波及効果が生まれ、経済が成長する原理です。労働効率を高めていな
い人でも売買を通じて所得が向上する理由なのです。経済成長は始めに
労働効率の向上があり、それが経済波及することにより起こるのです。
都市部の労働効率が高まると
(経済が成長すると)舎に住む人もやがて所
得が向上してくるのもそのためであり、また経済の遅れている国が先進
国と貿易をするとその国の人々の生活が向上するのも、このためなので
す。

 経済は労働効率の向上を波及させるためのシステムなので、労働効率
の向上の程度によって波及効果も変化します。従って経済成長もその影
響によって違ってきます。労働効率の向上が大きな場合には波及効果は
より大きくな
ることになります。特に資本主義経済の時代になると、労
働効率の向上した労働力によって、次の労働力を生み出すことが多くな
り(二・三次製品)、著しい波及効果が見られることになります。高い労
働効率の向上と
強い波及効果により、資本主義経済は大きな所得の向上
を生み出し、大きな購買力を生み出し、大きく経済成長達成できるよう
になったのです。

需要と供給により値段は決まりますが需要があるから経済が発生するわ
けではなく、供給があるから経済が発生するわけでもないのです。需要
があっても供給する商品が高ければ所得が不足で消費できず経済は成長
できません。今の時代はただ供給するだけなら力は十二分にあるのは明
白です。しかし労働効率の向上がそれに見合っていないために、消費(需
要)できないのです。つまり安く売ることができないので、買えないので
す。
需要と供給は経済を成長させる要素ではないのです。経済成長は労
働効率の向上により、または労働人口の増加もしくは労働時間が増加す
ることによって成長するのです。しかし労働人口の増加による成長では
一人一人の所得に変化はありませんから、生活は豊かになりません。ま
た労働時間の増加も同様で、時間当たりの所得は変化していませんから
、生活が豊かになったとは感じられないでしょう。豊かな生活は労働効
率の向上によってもたらされるの真の経済成長と云えるのです。
 経済は労働効率の向上を波及させるためのシステムなのですから、経
済成長を促進させるためにはまず労働効率を高めることが必要なのです
。同じ労働力で安く作れることが必要です。また経済自体が労働効率を
高めることを(自由競争により)要求するシステムですから、その活動を
出来る限り邪魔しないことも経済成長を促します。
 労働効率の向上した商品は今まで必要とした労働力が要らなくなり、
変りに労働効率の向上によって増加した所得分、他の商品を作る労働力
に振り向ける必要があります。従って労働効率の向上
は労働力の構成を
変化させます。
ですから労働効率の追求
は労働力を供給する人の移動を
必然的に要求します。つまり労働力の移動を抑制しない政策、促進する
政策が円滑な経済成長をもたらし、大きな景気変動や失業を抑制します

 経済は労働効率の向上の度合いが高いほど、波及効果が高まりますか
ら、経済成長も労働効率の向上が高いほど成長率を高くすることになり
ます。つまり高い労働効率の得られるところ、あるいはその分野に、よ
り労働力
(資金)集中させた方が経済成長は高まることになります。その
ため労働効率の高まりの度合いが低いところやその分野に資金
(労働力)
注ぎ込んでも、期待するほどの波及効果や経済成長が得られないのです
。公共投資に莫大なお金を賭けても経済成長効果が現れないのはこのた
めなのです。
労働効率の向上を伴う公共投資でないかぎり、経済への呼
び水効果は現れないのてす。

新しいものを規制して、旧いものを無理に買わせる保護政策では労働効
率を高めることを(自由競争)要求するシステムが働かなくなり、その分
野の労働効率が停滞します。しかし問題はそれだけでなく、それを使用
する二次三次加工の分野でもその分労働効率が向上しなくなます。また
労働効率を向上しようとしない分野に補助金を注ぎ込んでも、労働効率
が停滞しているために、
その分野の
経済状態(景気)は一向に改善しない
ことになります。保護をすればするほど自立できなくなるのはそのため
です。むしろ資金を使った分、他の分野の資金が減少し、全体としては
経済成長を抑制することになります。経済原理(労働効率の追求)を無視
した政策では経済全体の成長まで鈍化させてしまうのです。

 経済政策論にはみんなで貯金を取り崩して購入をはじめれば景気はよ
くなるといった論法もあるようです。取り崩しているときは確かに良く
なったようになりますが取り崩し終わったときは元に戻ってしまいます
。その時景気は悪化したように見られますから、先行き不安から急激な
貯蓄が始まり、急激な消費不足から景気はさらに悪化した状態になって
いくでしょう。経済の大きさは労働力(労働人口×労働時間)と労働効率
で決まっているのですから一時的な貯金の取り崩しや借金による購入で
は見せ掛けの景気としかならないし、呼び水効果も期待できないのです
。後で預金が無くなったり、借金だけが残ることになって、失敗政策だ
と気付くことになってしまうのです。

公共投資を拡大すればそれが呼び水となって景気が回復すると、いわれ
ますがこれはお金が売買によって企業から企業へと廻っていくといった
論理によっているようです(循環論)。しかしそんなことはないのです。
企業に廻ったお金は銀行に返済されるか税金に取られるかで、投資分し
か影響しないのです。これは私達がお店に行って100円使えば200
円の経済効果が発生するという論理と同じでしょう。それなら何時でも
売買はしているのですから、景気の悪化などあり得ないはずです。10
0円使えば100円の経済効果と考えるのが常識です。そうではなく1
00円の商品が50円で買えるようになったら(そこで働く人の所得を減
らさず)、経済効果が発生するのです。もう50円余計に買うことができ
るのですから、相対的に所得が向上し、経済が成長したことになるので
す。それはデフレであっても実質経済は成長しているのです。

ではこの50円が余計に買えるようになったのにデフレで経済が成長し
たように見えないのは何故でしょうか。それは信用経済
(金融)問題なの
です。
[5.物価と経済] の項で説明しています。

1st Page へ