この石灯篭の裏に由来書があり 【甲州街道は往古水田地帯を通過していた。
その古街道が廃され現在の街道と家並みが出来たのは17世紀半ば、慶安から寛文の頃であった。
しかし台地は水に乏しく人々は度重なる火災に苦しんだ。ついに本宿村では「講」を作り
遠江の秋葉神社で「火伏せ」の祈祷をなし、寛政4年(1792)この地に常夜灯を設けた。
村内に「番帖」講中の氏名を列記した木板を廻し毎夕刻受領者は必ずこの燈籠に火を点じて
無事を祈り隣へと引き継いだ。爾来1世紀半に亘り村人の祈りは続けられたが太平洋戦争
末期、灯火管制が強化されて廃止となった。】
と記されている。
静岡県西部、赤石山脈南端、天竜川とその支流気田川の
間に秋葉山(標高836m)がそびえている。秩父古生層の古い岩石からなり、全山杉の老木
におおわれ、昼なお暗い。山頂に秋葉神社がある。祭神は火之迦具土之大神(ヒノカグ
ツチノオオカミ)で、毎年12月15,16の両日には火祭が行われ、火災防護を祈る。かつて
三尺坊という僧がこの山に登り、頭には火の神の威徳をいただき、仏の法衣を着て真言
秘密の修法を行い、飛行自在で鎮火の法に通じ、天狗になったといわれ、防火の権化と
して秋葉山にまつられるようになった。そして関東をはじめ各地にその信仰が伝わった。
明治初年神仏分離により秋葉寺と三尺坊は仏体や仏具とともに袋井付近に移され、秋葉
神社は火之迦具土之大神(ヒノカグツチノオオカミ)をまつるようになった。秋葉神社
への参拝路は秋葉街道と呼ばれ森町、三倉を経て山のふもとの春野町に達する。三尺坊
をまつる秋葉大権現も、秋葉神社とともに火よけの祈願で賑わっている。
**うんちく雑学・コラム**
秋葉大権現は天狗 様
関戸橋
府中市本宿2丁目、甲州街道と所沢府中線の交差するところ、交番のわきに
ひっそりと忘れられたようにコンナのがあるのを見つけました。石造りの常夜灯で、正面に
『秋葉大権現常夜灯』と刻まれています。
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