「玉造」の由来
 水と緑のふるさと、玉造。この町の歴史は非常に古く、縄文時代の暮らしの息吹を伝える多くの貝塚や集落
遺跡が残っています。古墳時代にも三昧塚古墳をはじめとする霞ヶ浦古墳文化圏の中心的存在で、『万葉集』
の防人歌にもうたわれています。
「玉造」という地名は、大和朝廷の頃「曲玉(まがたま)」を作った玉造部(たまつくりべ)が住んでいたことから名
付けられたとのこと。茨城郡から分かれて、行方郡ができたのは、白雉(はくち)四年(653年)のことで、当時
の様子は『常陸国風土記』にも記されています。
 激動の中世に伝統文化の基礎ができ、近世にかけて水田耕作が営まれました。江戸時代には水戸藩が領地
を治めていましたが、明治時代の廃藩置県により十四の村に分かれて茨城県に帰属しました。そして、明治二
十二年の町政施行によって玉造町、立花村、手賀村、現原村、玉川村の一町四村が生まれました。
 現在の玉造町になったのは、昭和三十年。悠久の時の流れは、今も町の人々の暮らしに刻み込まれており、
名所旧蹟はむろん、衣食住、信仰、年中行事など、素朴な中にも伝統や文化が確実に息づいています。 

大場家住宅 県指定文化財 建造物 玉造城(玉造町内宿)
玉造郷校跡 (玉造町内宿) 石神館(玉造町玉造字加要害)
高須の一本松 (玉造町高須) 手賀城(玉造町手賀)
西蓮寺 (玉造町西蓮寺) 手賀長者屋敷(玉造町手賀)
玉造氏 鳥名木館(玉造町鳥名木)
万葉歌碑 稲荷館(玉造町手賀
万福寺 井上城(玉造町井上字平)
三昧塚古墳 (玉造町沖州) 井上長者屋敷(玉造町井上字長者郭)
大日塚古墳 (玉造町沖州) 右近館(玉造町藤井字大久保)
玉造のその他の古墳 藤平館(玉造町藤井)
玉造大宮神社 (玉造町里) 姥ヶ谷長者館(玉造町玉造)
法眼寺 (玉造町芹沢) 岡部館(玉造町井上字岡部
芹沢家住居 (玉造町芹沢) 人見館(玉造町井上字見小屋)
一閑寺天狗党碑 (玉造町柄貝) 沖洲城(玉造町沖洲)
玉清井 (玉造町井上) 小貫城(玉造町西蓮寺
山百合の里 (玉造町西蓮寺) 京ノ内館(玉造町藤井)
宝幢院 (玉造町加茂) 三併堀(玉造町玉造)
鳥名木家文書 諏訪館(玉造町藤井)
椎井池 (玉造町泉) 芹沢城(玉造町芹沢字本郷)
孝子弥作像 (玉造町浜) 芹沢城(玉造町芹沢字本郷)
鴨の宮 (玉造町加茂) 高須館(玉造町玉造字高須)
関川稲荷神社 (玉造町上宿) 木(ねじき)館(玉造町捻木)
芹沢大宮神社 (玉造町芹沢) 野口館(玉造町矢島)
伝説!秘密の抜け道 箱根館(玉造町浜)
曾尼の駅 (玉造町) 羽生城(玉造町羽生字城山)
新選組サミット  注目!! 原田館(玉造町若海)
ふれあいランド・道の駅『たまつくり』 塙館(玉造町八木蒔)
鹿島鉄道 (玉造町駅 山中館(玉造町芹沢字山中)
景勝地 若常館(玉造町捻木)
ライブカメラ  見てね!! 蕨城(玉造町芹沢字蕨)
水神様 霞浦軒
手奪橋 (玉造町芹沢) 行方地区の名前の由来は現原
アサザの群生地 (玉造町浜)
セリ
エシャレット
みつば
いちご
わかさぎ
帆引き船 
鯉の養殖
鯉釣り
全国こいサミット  諸般の事情から中止になりました
日本水郷鯉釣り大会 霞ヶ浦カントリー倶楽部
バス釣り 藤代 範雄 (デザイナー)

第11回日本水郷鯉釣り大会
  毎年全日本水郷鯉釣り大会が行われています。16年春は4月16日から18日まで
  詳細は玉造町観光協会もしくは日本鯉釣り連盟まで


麻生町
どぶろく祭
毎年11月23日に青沼の春日神社で行われるこのお祭りは、参拝者にどぶろくをふるまう奇祭です。
平安初期、奈良の春日大社から分社してこの地に神社を建てた際、その祝いに酒を作って飲ませたのが起源
と伝えられます。
酒造りは青沼地区四地区の氏子らが持ち回りで行い、当番地区は十月下旬から準備に入り、十一月十日から
神社の境内にある酒倉で本仕込みが行われ、夜昼となく見回りを続けて温度を調節して醸造します。

祭り開催前には、潮来税務署による酒税の検定が行われ、酒税が納められます。

関東地方では唯一、濁り酒の醸造が許可されている神社です。

どぶろくは祭り当日参拝者に無料で振舞われ、夜には境内で催し物なども開催されます。

馬出し祭り
この祭は、麻生藩の保護を受け、約300年の歴史があります。麻生藩政当時は、毎年旧暦六月十四日、十五
日の両日、藩主を中心として祭典を盛大に執り行なってきましたが、廃藩後は、古宿、新田両集落が中心とな
り麻生祗園馬出し祭として、祭りを行なってい ます。
近年は、七月最終の土・日曜日に期日を変えた。
初日の宵祭りでは神輿を先頭に稚児や神職が行列をなして町を練り歩きます。
二日目の本祭りでは、御祭神須佐乃男命(すさのおのみこと)が、八岐(やまた)の大蛇を退治した故事に基づ
き、 神輿を御祭神須佐乃男命(すさのおのみこと)、馬を八岐(やまた)の大蛇に見立て飾り馬と神輿がもみあ
う。

麻生高校
管理人の母校
今年のサッカー全国選手権の県予選でベスト4になりました。

北浦町

随願寺
地元の人はウナギが神様なのでウナギを食べない
十三参りの虚空地蔵尊  
所在地:北浦町行戸北根781

 行戸の随願寺は、本尊三体のうちの虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)がとくに有名で、古くから「行戸の虚空蔵さま」「行戸
虚空蔵尊」として親しまれてきました。
虚空蔵菩薩は数え年十三歳の子の厄をはらい、知恵を授けてもらうための十三参りで知られます。ここでも毎年三月
十三日、十三参りの子供たちの姿が見られます。
この虚空蔵さまの地元、行戸地区の住民はウナギを絶対に食べないといわれます。虚空蔵菩薩像にウナギの彫刻が
してあり、ウナギは虚空蔵さまのお使いだと伝えられてきたためで、今もこのおきては生きているそうです。
稲荷神社
所在地:北浦町大字内宿1571-1
化蘇沼稲荷神社は文明十年(1478)の創建といわれますが、天明8年(1788)に野火で焼失。この時、再建に尽力した
のが当町の豪商・河野涼谷です。涼谷は「洞海舎」という社中をもつ俳人で、天保6年(1835)に74歳で亡くなりました
が、死後、社中の人々が、涼谷が尊敬していた芭蕉と涼谷の句碑を神社境内に建てました。芭蕉の「この道や行く人な
しに秋の暮」と涼谷の「名月も昨日になりぬ峰の松」が一緒に刻まれた碑と、芭蕉の「長き日も囀りたらぬひばりかな」と
いう句だけの碑とが今も境内に...
化蘇沼稲荷奉納相撲/化蘇沼稲荷例祭 けぞぬまいなりほうのうずもう/けぞぬまいなりれいさい
「奉納相撲」と「巫女舞」
 化蘇沼稲荷(けぞぬまいなり)神社では、豊作を祈る夏祭りの際に相撲が奉納されつづけてきた。そのため「関取稲
荷」とも呼ばれている。昭和21年からは、当番地区の小学六年生女子が巫女となって巫女舞の奉納神事も行われてい
る。
開催日:8月25日
交 通:鹿島鉄道玉造駅
問合先:北浦町企画課
TEL:0291-35-2111
石岡市
常陸風土記の丘 http://business2.plala.or.jp/fudoki/
石岡のおまつり (平成16年9月18日から20日まで)(関東三大祭り)
 現在行われている「石岡のおまつり」は「常陸國総社宮大祭」です。紀元8世紀頃, 武士が「武運長久」を祈願したの
が始まりと言われています。武家の祀りとして続けられた総社のまつりも,江戸時代元禄期に町人が参加して「家内安
全」「無病息災」を祈願する庶民のお祭りとなり,現在に至っています。石岡のおまつりは佐原ばやし(千葉県),府中の
暗闇祭 (東京都)とともに「関東三大祭」と言われています。
 現在のような形態で祭りが行われるようになったのは,明治35年(1902)に年番制度が確立し,現在に至ったとい
われております
常陸國総社宮
 常陸の国府が置かれた時代,石岡は常陸国の政治・文化の中心地として繁栄を誇っていました。国府の長官は国司
と呼ばれ,その重要な任務の一つに国内の神社の管理と祭事の運営とがありました。新しく就任してきた場合は,国内
の神々を参拝する「神拝」と言う行事があり,新任の国司は常陸国の神社を訪れました。この参拝を簡略するため,国
内の神々を一同に集め祀ったのが「総社」でした。社殿によれば,常陸國総社宮の創建は,天平年間で,天神地祇の
六柱が祀られています。
六柱のご祭神は,伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)・瓊々忤尊(ににぎのみこと)・大国主命
(おおくにぬしのみこと)・大宮比賣尊(おおみやひめのみこと)・布留大神(ふるのおおかみ)で,東西南北と天と地で国
の全部を網羅し国内のすべての神々をあらわしております。このほか境内には十二末社があり,常陸の国の主な祭神
がここに祀られています。
石岡囃子のあらまし
 石岡囃子の確実な発祥の年代は残念ながら不明です。只、ものの本によりますと現在も尚宮内庁雅楽部に伝承され
了いる御神楽(みかぐら)が後年、武門に入り、一般民衆へと受け継がれ御神楽(おかぐら)となったものが年月と共に
次第に簡略化され、それぞれ独創が加わり、諸方に流布されてゆき、今日のお囃子になったのであろうと伝われて
います。
 そのうちでも特に、石岡囃子は関東有数の町の歴史の古さにも証明されているように、同じ茨城を発祥の地としてい
る江戸の神田囃子などと同様に関東地方の祭り囃子の源流の一として、少しずつ形を変え
ながら各地に伝わっていったものと考えられています。
 石岡囃子の内容を一口に表現しますと、勇壮活発にして明朗優美であり、厳粛の中にも歴史の古さを示す優雅さを
伴せ持った山車、獅子舞と独特なささら舞とで構成されています。今は主として常陸国総社宮例大祭を盛り上げる大パ
レードの場で発表されており、これがこの大祭が関東三大祭の一として称される所以になっているわけです。
 三日間の祭礼期間中(九月十四日から十六日まで)町中を練り歩く数十台の山車と獅子舞の大パレードは、将にこ
れが民衆の祭典であると見る人に深い感銘を与えずにはおかないでしょう。
 獅子舞は、路上や空間にひそむ悪霊悪気を追い払って清浄な大地を創造し、山車囃子は家内安全と商売繁盛、五
穀豊穣豊年満作を祈って太鼓や鉦、笛を吹き鳴らし、舞い踊りながら路上を行進するのです。
 是非とも一度石岡のおまつりの実況を御覧下さる様にお願いいたします。      石岡獅子連合保存会

小川町
サマーフレンドリーフェステイバル2003(8月17日)
手接神社   与沢にあるこの神社は手の病気を治すという言い伝えがあり、手の形の絵馬が奉納されています。 
           河童伝説も有名です。
小川郷校
藤田小四郎ゆかりの天狗党拠点

河童伝説/手接神社
手の病を治す。河童伝説に縁の深い手接神社

潮来市
水郷潮来あやめまつり 
  
 第52回水郷潮来あやめまつりは、終了いたししました。来年もみなさまのお越しをお待ちしております。
 
◆第52回水郷潮来あやめまつりで開催された催し物 
催し物 日時 場所 
早咲きあやめろ舟運航 ※ 5/3〜5/5 前川あやめ園ろ舟のりば 
ろ舟運航遊覧船※ 6/1〜6/30 前川あやめ園ろ舟のりば 
  嫁入り舟 ※ 6月中の毎週土・日曜日 前川あやめ園ろ舟のりば 
全国優良品種花菖蒲展示会 6/1〜6/30 前川あやめ園 
帆曳船運航 ※ 6/1・8・15・22 北利根川周辺 
  あやめ踊り披露 ※ 6/1・8・15・22 前川あやめ園 
潮来囃子周遊演奏 ※ 6月中の毎週土・日曜日 前川・北利根川周辺 
潮来祇園祭礼踊り披露 ※ 6/8・15 前川あやめ園 
潮来市の特産品販売 6/1〜6/30 前川あやめ園周辺 
前川あやめ園ライトアップ 6/5〜6/23 前川あやめ園 
観光案内 6月中の毎週土・日曜日 大門河岸公園周辺 
所家住宅 
湯茶接待 6月中の毎週土・日曜日 前川あやめ園 
潮来ふるさと館 

 潮来祇園祭
潮来祇園祭禮は、旧潮来町の北に位置する天王山に鎮座する素驚熊野神社の例大祭で、初めて潮来で例大祭が行
われた文治四年以来八百余年の歴史と伝統があり、毎年八月上旬に行われます。 
 この祭りは、初日に二体の神輿(俗に天王様、権現様と呼ばれている)の出御(お浜下り)で始まり、二日目の本祭りに
は渡御(町内御巡行)、三日目には還御(お山上り)がそれぞれ行われます。 
 この祭りに花を添えるのが、三町目の獅子舞及び、総数十四台の山東(現在、三台が県指定有形民俗文化財)、そし
て、この山車に乗った芸座連によって奏でられる「潮来ばやし」(県指定無形民俗文化財)です。 
 この山東は、大人形に代表される飾り物や彫刻、玉簾、額など江戸・明治の匠の技を今に伝えるもので、各町内の
財産として大切に管理されています。芸座連を含めると総重量約四トンにもなる山東が町内の若衆によって曳き廻れ
る様は勇壮で、辻々で山車の向きを変える時や坂道を登るときは、若衆の粋と意地の見せ所となります。圧巻は「のの
字廻し」や「そろばん曳き」に代表される「曲曳き」と呼ばれる曳き廻しで、若衆と山車と芸座連とが一体となった様は必
見です。
 
◆と き  平成15年8月2日(土)〜4日(月) 

十ニ橋めぐり