發端
暮れ
易い
冬の
日は、
開會時間と
定められてあつた
午後五
時に
既に、もう
薄暗くなつて
居て、
澤山な
街燈や
大小のビルヂングの
電燈が、
老松の
緑も
深い
千代田城のお
濠の
水に
映えて、
晝よりか
幾倍か
美しい
眺めであつた。しかし
定刻になつても、
中々來賓は
揃はなかつた。
自動車が來たと
思ふと、お
隣の
帝劇に
止つて、
玄關に
立つた
案内役が、
幾つかの
欠伸を
噛み
殺してから、
漸く
開會が
宣せられたのは、もう六
時を十五
分あまりも
過ぎて、
すつかり下りた
夜の
幕が、
眞つ
黒では
今日の
會合にふさはしくないと
氣を
利かしてか、
眞珠色の
もやを
濃く
立籠めて
居る
頃であつた。
東京會館の四
階の一
室、
大きな
卓の
中央に
立つたのは、
今日の
主催者たる××
社の
社長山田良三
氏であつた。
『
本夕、
我が××
社が、
刻下の
重大問題であり、
且つ
急務である
所の
性の
問題、
例へば「
性教育」
或は、「
産兒制限」
其の
他の
諸問題に
關する
是非の
批判に
就て、
忌憚無く
御討論を
願ひたいといふ
考へから、
御來會を
煩はしました
所が、
公私御多用であらるゝに
拘らず、かくも
多數に、
各方面の
諸名士、
特にその
問題に
關する
專門家又はその
問題に
日常直面して、
極めて
造詣の
深い
方々の、
御出席を
得ました
事は、
主催者として
非常に
光榮に
存ずる
所であります。
皆樣の
御意見を
我が
社の
雜誌に
登せる
事に
依て、
世間を
裨益することを、
無上の
喜びとするものであります。一
言して
開會の
御挨拶に
代へます。』
社長の
挨拶が
終るのを
待つて、××
社發行の
雜誌「
科學世界」の
主筆、
秋山十
助氏が
立上つた。
『それでは
僣越ながら、
私が
之から
進行係を
務めます。で、
先づ「
産兒制限の
是非」に
就ての
御意見から
伺ひたいと
思ひます。
如何でせう、
安井先生の
御意見は?』
安井先生と
呼ばれたのは、
社會改良家として、
又昭和大學の
教授として
有名な
安井濱藏氏であつた。
安井氏は
顏面神經麻痺にでもかゝつたのか、
左の
眼が
細くて
右の
眼が
大きいばかりでなく、
殆ど
無表情の
顏を
揚げて、
『
私は十
餘年前から
機會有る
毎に
論じて
居る
如く、
産兒制限の
必要を
高唱して
居るものであつて、
今日最早、
是非の
議論をしたりする
時代ではないと
思ふ。
今日その
問題を
論ずるならば、
如何なる
方法に
依てすべきか、
或はその
講習機關[#ルビの「かうしふきくわん」は底本では「かうしふきくれん」]を
如何にすべきかといふ
程度でなければならないのである。だが
私は、
醫者でないから、それを
語る
資格は
無い。
誰か
適當の
人を
指名したらよからう。』
と、
至極無雜作に
云ひ
放つたのであつた。
お
互に一
面識も
無い
種々の
方面の
人々の
集合で、
不便の
多いのを
懸念した
爲であらう。
卓上には
皆の
前に、
厚紙を
小さく
切つて
屏風なりにしたものに、
各自の
氏名を
書いたのを
立てゝ、
衆議院の
議席の
名札の
樣にしてあつた。
安井氏の
眼が、
順次にその
名札を
見て
行つて、
平等醫院長の
佐藤平次郎ドクトルの
方に
向いた
時であつた。
突如、
指名を
待たずに
立上つたのは、
辯護士の
只木花吉といふ
法學士であつた。
『
自分も
安井先生と
同意見でありますが、
自分は
業務上、もつと
進んだ、
深刻な
考へを
抱いて
居ります。』
只木法學士は、
太い
聲で
云つた。
『
産兒制限ならば
法に
觸れないから、
勿論問題でないのでありますが、
墮胎をですな、
刑法第二百十二
條乃至二百十六
條の
墮胎の
罪が
體刑であるのを
改めて、
單に
罰金刑に
改正したいといふ
意見を
持つて
居ります。
男に
欺かれて
姙娠した
所が、
男がそれつきり
逃げてしまつたとか、
若氣の
誤りで一
緒にはなつたが、
子供が
出來ては
生活が
出來ないとかいふ
氣の
毒な
者の
墮胎は、
大に
寛大にしてやりたいと
考へて
居ります。』
『
強姦されて
姙娠した
者の
墮胎を
公認せよと、
小川滋次郎さんや、
浮田和民さんあたりが
論じたのはもう
古い
事で、それはあまり
新説ではないね!』
安井氏は、
又無雜作に
批評した。
『
生活に
困る
男女の
墮胎を
寛大にするのもいゝが、
刑法で
醫者のした
墮胎を
特に
重く
罰するのは
困る。
墮胎も
素人がすれば、
生命の
危險が
多いのに
反して、
醫者がすれば
安全だといふ
意味で、
醫者のを
特に
寛大にして
貰ひたいですなあ。
如何でせう?
只木さん!』
と、
佐藤ドクトルが、
得手勝手の
説を
出したが、
只木法學士も
安井氏の
横槍に
しよげたものか、
今度は
何とも
答へなかつた。
すると、
佐藤ドクトルと
同じ
畠の
醫學博士で、○○
醫科大學の
學長をして
居る
夏本赤三
郎君が
口を
開いた。
醫者同志の
事で、
賛成演説かと
思つて
居ると、
意外にも
正反對の
議論だつたのには、
佐藤ドクトルよりも、
寧ろ
他の
人々の
方がひどく
驚かされた。
而して、『
同じ
醫者でも
流石に、
大學の
學長は
偉いものだ。』と
感心した
人が
少くなかつた。
『
醫師の
墮胎罪を
輕くせよとは、
不都合千
萬な
説である。
假に一
場の
座談としても、そんな
言葉を
醫師の
一人の
口から
聞くことは、
醫育に
從事して
居る
我々の、
力の
及ばない
爲に
他ならぬことゝ、
深く
自ら
恥づる
所である。
墮胎は
扨て
置き、
産兒制限にしても、
講習機關の
設置の
如きことは
以ての
外であると
考へるから、
少くとも
我々の
主宰する
醫科大學では、
誰が
何と
云つてもそんなものは、
受付けない
方針であることを、
特に
申述べて
置くのである。』
酒好きらしい、
本來赤光りの
夏本博士の
顏は、五十を
未だあまり
餘計出て
居ないであらうと
思はれるのに、
年齡の
割に
老いぼれて
居る
爲か、それともあまりに
興奮した
爲めか、
首筋までも
眞赤にして
呼吸も
苦しさうに見える
位であつた。
その
時に
發言したのは、
大野高等女學校の
校長で、
廢娼運動に
熱心な
嬌娼會の
幹事、
大野源作といふ
文學士であつた。
大野學士は、
如何にも
場なれた
態度で、
懸けて
居たロイド
眼鏡をはづして
卓上に
置いてから、
大きな
眼でギヨロ/\と
列席者の
顏を
見廻してた
後に、
少しかすれた
聲で
莊重に
語りはじめるのであつた。
『
産兒制限などは、
是非を
彼是いふ
必要は
無い。だまつて
居ても
行ふものは
行ふし、
教へても
行はない
者は
行はないから、
議論をするだけ
むだであります。
近年人口の
増殖率が
著しく
減少して
居る
所の
我が
國に
於ては、
産兒制限の
如きことは、
寧ろ
嚴禁すべきであらうと
堅く
信じて
居るものであります。』
『
之は
意外だ!』
只木法學士が
云つた。『
内閣書記官長としての
鳩山一
郎君が、
之れを
是認して
居ることが
新聞紙上に
出て
居る
今日に、
教育者達がさういふ
考へであるとは、
實に
意外だ!
鳩山君の
口から、
優生學的に
惡い
遺傳關係のある
男には、
輸精管結紮術を
施して、
子供を
生ませない
樣にしようといふ
法律案を、
次の
議會に
提出しようといふ
事まで
云はれて
居る
今日に、……』
『
教育者は、
教育家の
立場としては……』
大野校長は
何か
應酬しようとして、
座談でも
批判でもない、一
抹の
嶮惡の
氣が
起つたと
見ると、
流石は
人の
顏色を
見つけて
居る
商賣である。
秋山主筆は
先手を
打つて、
巧に
二人の
口をふさがしてしまつた。
『いろ/\
産兒制限に
關する
御意見を
承りましたから、
次には
廢娼問題に
移りたいと
思ひますが一々
御起立を
願ふのも
御迷惑と
存じますから、
何卒御着席のまゝで、
談話のつもりで
御話しを
願ひます。』
言葉は
隱かだが、つまり
隱かにして
激論に
及ぶなといふ、
體のいゝ
命令である。
秋山主筆は
箝口令の
手前、それから
先づ
大野校長に
指名したのも、
中々如才のない
行き
方であつた。
『では、
大野さん、
何卒廢娼問題の
皮切りを
願ひます。』
大野高女校長は
立ちかけて、
又『
何卒そのまゝで。』の
注意をうけて、
座に
尻を
下してから、
語るのであつた。
『
私には
廢娼の
必要や、
遊廓の
設置が
罪惡であることが、
立派に
宗教の
形式になつて、
信仰として
頭の
中に
滲込んで
居るので、
誰が
何と
云はれても、その
信仰を
打こはし
得ない
程度になつて
居ります。
人身賣買であり、
奴隷制度である
娼妓を、
政府が
公認するのは
實に
怪しからぬ
事でありますし、
外國人に
對しても
愧づべきであらうと
思はれるのに、
議會が
廢娼案を
年々否決してしまふのは、
全く
呆れはてた
國柄であります。』
『
私も一
言させて
戴きます。』
此の
時、
絹を
裂く
樣な
聲を
立てたのは、
淑風會の
會長として
各方面に
活動して
居る
内海葉子女史その
人であつた。
御定まりの
洋裝に、
細からぬ
脛には
踵の
高い
靴をはいて、
薄化粧の
身だしなみに四十を
少しは
越した
筈の
顏が、
夜目には
やつと三十そこ/\にも
見えたが
眼鏡の
金縁が
輝いて、
折角の
美しさを
親しみ
難くするかと
思はれた。しかし
又此の
點が
淑風會の
會員一
同の
尊敬の
的と
仰がれる
氣高さであつたことは、いふまでもなからう。
『
大野先生の
仰せは、一々
御尤もと
存じます。
娼妓を
置けといふ
御議論には、
消毒が
出來るからとありますけれども、あれは
醫學的には
極めて
不完全なものであると
申すでは
御座いませんか? その
他の
點に
就きましては、一つも
存娼の
理由になるものが
無いと
存じます。
公娼を
廢止すれば、
私娼が
増すといふのは
うそで、
遊廓の
近所に一
番私娼が
多いではありませんか?
公娼を
廢止すれば、
私娼は
減じこそすれ、
決して
増加しないのであります。それから
又、
未婚者が
遊廓へ
行かずに、
妻子のあるものがお
酒の
上で、
笑談半分に
遊廓へ
行く
事も、
存娼論者によく
聞いて
戴きたいと
思ふ
點で
御座います。』
備忘用の
紙片を
持ての
話で、
又何度も/\
繰返した
文句ではあつたらうが、
中々流暢に
列座の
男子達を
感心さすだけの
うまさは十
分にあつた。
『
公娼の
檢黴が
不完全だから、
檢黴をしない
私娼の
方がいゝといふ
樣な
口ぶりには、
醫者としては、
少々同意出來ません。
不完全でも、しないよりは
ましです。
不完全ならば
止めろといふならば、
警察があつても
泥棒を
捕へ
切れないから、
警察は
止めてしまへといふのと
同一の
論法でせう。それには
到底賛成出來ません。
又公娼があると、
近所にそれを
眞似て
私娼が
出來るとか、
公娼を
止めれば
私娼も
減少するとかいふ
事は、
何を
根據としての
御話か
知らないが、
頓と
納得することが
出來ません。
公娼が
人身賣買であり、
奴隷制度に
近いといふのは、
彼等の
自由を
束縛して、
外出一つさせないからの
事で、
彼等に
自由を
許したならば、
遊廓を
存して
置く
方が
安全であります。
文明國の
對面々々といふが、
對面の
爲に
遊廓を
無くし、
檢黴をしない
私娼を
跋扈させるのは
危險千
萬であります。』
之は
佐藤ドクトルの
廢娼反對論であつた。
只木法學士も
亦佐藤ドクトルに
和して
云つた。
『
娼妓に
自由を
與へて、
客の
選擇までも
許してやれば、
丁度藝妓と
同一になります。
藝妓でも
娼妓同樣の
行動をやつて
居るのに、
廢娼を
叫ぶ
人が、
藝妓廢止を
云はないのは、
大きな
不合理と
云はなければなりますまい。
藝妓を
問題にしないのは
何故ですか?
大野さん!』
只木法學士は
隣席の
大野校長を
顧みた。
答へたくなかつたらうが、
答へなければならぬ
羽目に
陷つた
大野校長は、
微苦笑を
湛へながら、
眼鏡をはづさずに
答へた。
眼鏡をはづすのは、
得意の
長廣舌を
振ふ
時に、
彼が
好んでする
癖らしい。
『いや
藝妓も
廢止したいのが、
我々の
理想です。しかし
娼妓一つさへむづかしいのに、
同時に
藝妓までも
問題にしては、
結果運動が
全部功を
奏しない
事に
終る
恐れがあります。そこで
便宜上、
藝妓を
切はなして、
之は
第二
段の
運動に
遺してある
次第です。』
『そりやいかん! そこまで
熱心に
云ふ
運動に
方便はいけない!
方便とか
便宜とかいふ
所に
虚僞が
混じる。
虚僞の
存する
所に
熱が
醒める。
方便入りの
廢娼論では、
中々人を
感動させられないのは
當然でせう。』
只木法學士は
疊みかけた。そこへ
割込んだのは、
赤ら
顏の
夏本博士で、
『
君!
理窟はさうかも
知れないが、
世の
中はさう一
本調子に
行くものではない。
我輩も
醫師の
一人として、
佐藤君同樣檢黴の
必要を
認めては
居るが、しかし
大野校長の
御説の
如く、
藝妓廢止は
問題にしない
方がいゝと
考へて
居る。』
と、どつちに
賛成かわからない
事をいふのであつた。
此の
兩面主義は
此の
夏本氏の
長技で、
之が
爲に
敵を
作らずに、
無事に三十
餘年間勤續して、
學長になり
得た
譯であつた。
『
問題にしない
方がいゝと
云はれるが、
内海女史の
淑風會から、△△
橋の
開通式に
藝妓に
渡初めをさせるのは
怪しからん、
彼等は
醜業婦だから
出さぬ
樣にしろといふ、
強硬な
議論が
出て
居ましたね。
醜業婦として
攻撃しながら、その
藝妓を
廢娼論から
除外する、それは
方便といふ、あまりに
懸引が
甚だしいのは、
政治的手腕に
敬服すると
同時に、
主義の
爲に、
社會運動の
爲にといふ、
淑風會や
矯娼會の
如き
人々の
行爲としては、
甚だ
感服出來ないと
思ふのであります。』
只木法學士の
言葉は、
少壯辯護士だけに
中々痛い
所へ
遠慮無く
突込んで
行つた。
『まあ/\さういふものでは
無い。
渡初めと
廢娼運動とを
混同する
事はない。それでは
折角の
會合の
主意にも
反する……』
夏本博士は
相變らず
海とも
山ともつかない
調停を
事として、
何と
答辯しようかと
思ひ
煩つて
居た
内海女史と、
大野校長とにホツと
一息つくだけの
餘裕を
與へたのであつた。
大野校長は
話頭を
轉じて
逆襲にかゝつた。
『シンガポールその
他、
東洋や
南洋の
各地に
日本の
醜業婦が
居て、
外國人の
物笑ひの
種となつて
居るだけでも、
日本の
重大な
恥辱であつて、
是非共廢娼を
斷行すべき
必要があることは、
何人も
異議の
無い
事と
考へますが、
皆樣の
御意見は
如何でせう?』
『
同感です。』と
答へたのは、
夏本醫科大學の
學長。
『シンガポール
其の
他に
於ける
日本の
醜業婦は、
遊廓に
於ける
娼妓ではない。
自由に
出歩いて
居る
私娼であります。
私の
見た
所ではさうです。
然らば
廢娼論者が
國内で
娼妓のみを
對照として、
藝妓その
他の
私娼を
論外に
置きながら、
足一
歩領土外に
出れば、
廢娼の
對照を
變更するのは、
自家撞着でありませう。』
之は
佐藤ドクトルの
言葉であつた。
『
議論は
困ります。
意見の
相違に
過ぎません。』
大野校長は
云つた。
『いや
議論ではない。
對照が
不定では
話が
出來ないからです。
牛と
馬とを
寄せろと
云つては、
小學校の
算術の
問題にもなりません。』
佐藤ドクトルも
讓らない。
兩方が
引かないから、
誰も
進んで
口を
挾まうとはしなかつた。
座が
又白けかゝるのを
見て、
秋山主筆が
口を
開いた。
『
如何でせう、
之は
安井先生の
御意見を
承るべきものだと
思ひますが……』
と
云ひながら、
久しく
沈默して
居た
安井教授の
方を
見ると、
議論好きの
癖に、
口を
開かなかつたも
道理、スチームの
暖かさに、
胡麻鹽の
頭を
輕く
下げて、いゝ
氣持に
居眠つて
居る
所であつた。
室内の
視線を一
身に
集めて、
少し
狼狽したが、
何の
事か
見當がつかない。
隣席の
只木法學士が、
氣を
利かして、「
廢娼問題」と
耳語するのを
聞いて、
漸く
語り
出したのが、
今までと
一寸そぐはぬ
方面であつたので、
皆が
笑つてしまつた
爲に、
起りかけた
口論氣分も
忽ち
退散したのは、
怪我の
功名であつた。
『
遊廓は
不便なものである。いざと
云つて
出かけるにはあまりに
遠過ぎる。
性慾は
火急なもので、
遠路をするまで
待つてはくれない。そこで
近所の
私娼の
方が
繁昌する。
加之、
遊廓へ
行くと
體裁が
良くない。
私娼ならば
體裁もいゝ。そこで
益々私娼が
繁昌してしまふ。
遊廓はもう
自然に
消滅すべき
時期に
到達して
居る。
不便で
不體裁では、
存續も
永くあるまい。
廢娼も
結構ぢやが、わい/\
騷がんでも、
近い
將來に
悉く
自ら
私娼に
變じてしまふ
事と、
信じて
疑はないものである。』
その
超然たる
態度が、
益々一
堂の
笑ひをそゝつて、
敵も
味方も一
同に
拍手を
送つた。
『しかし
私はもう
老人で、
私の
娼婦論は
非實際的の
非難を
免れまいと
思ふ。
此の
問題は
私でない、もつと
若い、
血氣盛んな
人々が
議論すべきものだと
思ふ。
大に
諸君の
説を
聞きたいものだね。』
安井教授は
又續けた。
『いやもう
一通り、
皆の
議論は
濟みました。』と
秋山主筆が
答へると、
『さうかね、
年のせゐで
少し
耳が
遠い!』
獨語の
樣な
辯明をした。
耳はいくら
近くても
寢て
居ては
聞える
筈がない。
室内は
又一寸笑聲に
滿ちた。
『では、
之から
晩餐をあがつて
戴いて、それから
又改めて、
御話を
承ることに
致したいと
思ひます。
隣室に
晩餐の
用意が
出來ましたから、
何卒……』
山田社長は
適宜に
好機會を
捉へて、
笑ひの
内に
食卓へ
導いた。
安井教授が、
自分の
事を
笑つて
居るとも
氣がつかずに、
自分も一
緒につり
込まれて、
嬉しさうにニコニコしながら、
山田社長と
肩を
並べて
話して
居るのが、
何とも
云へぬ
愛嬌に
滿ちて、一
段といゝ
老大家振りであつた。
一
大野源作氏を
校長として
居る
大野高等女學校では、
毎年、
新入生の
爲に「
性教育」を
施すことが
年中行事の
一つに
數へられて
居る。しかし、
大野校長が
中々謹嚴な
方針を
旨とした
關係から、
他の
方面には
説き
及ぼさずに、
唯々月經初潮の
時に
狼狽したりすることが
無い
樣にといふ
意味の
注意だけをするのが、
例になつて
居た。そんなに
謹嚴で、
性的問題等を、
口にするのを
潔しとしないならば、
寧ろ
何も
云はずに、
沈默すればいゝ
筈なのに、と
思はれるけれども、そこは
又大野校長が、
大に
進取的で、モダーンな
試みに
於ては、
決して
他の
學校にヒケを
取らないといふ、
名譽心が
承知しなかつたのであらう。
『
我が
校に
於ては、
天下に
率先して
性教育を
施して
居りますが、
未だ
嘗て
何一つ
非難をうける
樣な
惡い
結果を
見ません。』
といふのが
性教育に
關する
機會ある
毎に、
大野校長の
口から
説かれる
紋切型の
言葉なのであつた。
その
天下に
率先した
年中行事にも、これまでかなりの
變遷があつた。一
番最初の
年には
大野校長自ら、
講堂に
全校の
生徒一
同を
集めたのであつたが、
之は
見事に
失敗であつた。
校長といふ
役目と、
謹嚴の
看板とに
束縛されて
用語の
不自由の
爲に
意味が
不徹底であつた
上に、
年齡と
經驗とに
大差のある
各年級を一
堂に
集めたことは、一
方に
難解であると
共に、
他方には「わかり
切つた
滑稽な
話」とされてしまつて、一
向誰にも
役に
立たないといふ
結果を
見たのであつた。けれども、
校長として
各年級を
別々に
集めて、
各級に
應ずる
樣に、
性教育をすることも、
出來かねるといふので、
次には
體操の
受持教員が、その
各級別の
教育擔當者に
選まれたのである。
所が、
此の
體操教員の
口から、
體操の
時間に
雨天體操場で
與へられる「
性教育」は
之れ
又不評判の
爲に、
僅に二
年間で
止められることになつた。それは
體操教員が、
未だ
若いからであつたか、
或はその
他にも
何か
理由があつたものかよくわからなかつたが、
『あの
先生、いやなことばつかり
云ふから、
嫌ひだわ。』
『さうよ。
妾、
此の
次の
時間に
休むわ。』
といふ
樣な
會話が、
生徒間に
始つて、
體操の
時に
非常に
缺席者が
殖えてしまつた。それを、
『
月經中には、
安靜にして
居た
方がよろしい。
過激な
運動は、
避けなければいけません。』
と
云つたのを
守つて、
缺席するものが
多いのであらうと
考へて
居た
所が、
實際月經中のものは、そんなことを
言ふのをいやがつて、
平氣に
體操をして
居るといふ、
矛盾した
結果を
生んだので、
結局、
受持の
女教員に
[#「女教員に」は底本では「女教育に」]その
役目を
讓ることを
餘儀なくせられたのであつた。
けれども
受持の
女教員も、あまり
良い
成績を
上げることは
出來なかつた。
同性といふ
便宜はあつたけれども、
受持で、
始終顏を
合せて
居るといふ
關係から、
性の
問題について
話しにくいことは、
家庭の
母親と
同一の
立場にあつたので、どうも
云ひ
足りない――もの
足りない
所がある――のを
免れなかつた。
こんな
工合に
擔當を
變更して、どれも
良い
結果を
得ずに、
轉々して
落着いたのが、
今まで
忘れられて
居た、
囑託の
學校醫であつた。
醫者は、
職務の
關係上、
平氣でいろ/\
説明することに
躊躇しなかつたけれども、
大野校長の
謹嚴を
損ふまいとする
註文に
對して、
次の
樣な
抗辯を
敢てした。
『たつたそれだけのことを
云ふのですか? それならば、
各級に
云ふ
必要は
有りますまい。
先づ一
年級――
精々二
年級までゝ十
分ですね。
上級生に
月經の
話などは、
釋迦に
説法で、
茶化されるのに
定まつて
居るでせう!』
醫者の
言葉は、わかり
切つた
話で、
別に
卓見でも
何でもない。
勿論、
擔任の
女教員も、
若い
體操教師も、
氣がついて
居たに
違ひない。それにも
拘らず、それ
等の
人々が
沈默して
居て、
醫者が
始めて
抗辯を
持出したのは
何故かといふと、
之は
醫者が
囑託で、
他に
生活の
途があつて、
學校との
關係を
輕く
見て
居るのと
反對に、
專屬の
教員としては、
校長に
睨まれたが
最後、
直に
生活の
脅威にぶつからなければならないといふ
懸念がある、その
兩者の
立場の
相違に
過ぎなかつたのであつた。
そんな
變遷を
經て、
校醫の
口から
初年級の
生徒だけに、
大野校長の
所謂「
性教育」を
施すことになつて、
幾年かを
無事に
經過して
來たのであつたが、
今年は、
從前の
校醫が一
身の
都合上、
辭職して、
新しく
囑託された、
別の
校醫の
口から
説かれる、
最初の
年なのであつた。
新しい
校醫に
對して、
大野校長から、
豫めその
内容の
限定されて
居たことは、
云ふまでも
無かつた――が、――
が、
由來、
囑託で
自由の
境地にある
爲に、
往々禁止の
外にまで
出勝ちで、
校長の
謹嚴な
限定が、
輕視せられ
勝ちの
醫者で、しかも
新任で、――
校長の
氣質をよく
呑み
込んで
居ない
校醫の
事であるから『どんなことを
云ふかしらん。』といふ
不安と、
興味とが、
手のあいて
居る
教員を、
悉くその
室内に
導いて、
來觀の
席に
就かせたのであつた。
中にも
大野校長は、
校長として「
性教育」の
必要な
所以を
説明し、それから
新任の
校醫を
紹介して
後に、
咳一
咳して、
『では、
之から、
新任の
校醫の
方から、
靜肅にしてその
話を
御聽きなさい!』
と、
云ひ
終つてからも、
中々校長室へは
引上げずに、いつまでも/\
例年にない
熱心で、その
講話に
耳を
傾けて
居たのであつた。
二
新任の
學校醫は、
野々村一雄と
呼ぶ三十二、三
歳の
醫學士であつた。
彼は
靜に
登壇して
靜に
語り
始めた。
『
只今、
校長先生からお
話がありました
樣に、
女性としてあなた
方が
知つて
居なければならないことに
就て、お
話しようと
思ひます。
梅や
桃の
木を
御覽なさい、
芽生えからだん/\
大きくなつても、
何年かの
間は
蕾が
出來ずに、
唯々枝葉が
茂るだけですが、
時が
來ると
花が
咲き
實がなることは「
桃栗三
年柿八
年」といふ
諺でゝもわかりませう。
我々人間も
亦その
通りで、
小さい
間には
知らなかつた
事が、
丁度あなた
方位の
年頃からそろ/\
初まつて
參りますが、その
中で一
番意外に
驚かれるのは、
月經といふものであります。
月經といふものは、
之から
愈々一
人前の
婦人になるといふ
先ぶれの
樣なもので、
寧ろそれが
起らない
場合に
心配しなければならないのに
拘らず、その
事を
知らずに
居ると、
何か
大怪我でもした
樣に
驚いて、
大騷ぎをして
人に
笑れることになります。
月經は
出血と
外形が
同一である
爲に、よく
目立つ
血液の
鮮紅色に
驚きつけて
居る
人類は、――
殊に
月經といふことを、
豫期しなかつた
場合に、
非常に
驚くのは
無理もありません。
胃潰瘍で
血を
吐く
時、
肺病で
血を
吐く
時、
血の
赤いのを
見れば、もう
死ぬに
定つたものゝ
樣に
考へ
勝ちの
人類が、
意外の
出血に
驚くのは、
當然でありますが、
月經は
驚かないでいゝ、
寧ろ
女性の
發達を
示した
祝福すべき
現象なのであります。
月經初潮の
時期は、
桃や
栗が三
年で、
柿が八
年といふ
程の
差違はありませんが、
人種により、
土地の
氣候により、
又その
人の
生活状態――
食物や
習慣等の
相違に
依つても、
亦多少の
遲速があつて、
熱帶の
人に
早いが、
寒帶の
人は
遲いとか、
肉食者や、
花柳社會の
近くに
居る
者は
早いのに
反して、それと
反對の
生活をして
居る
者、
例へば
菜食者は
遲いといふ
樣な
關係があります。
その
時期は、
我が
國の
若干の
高等女學校で
統計をとつた
結果によれば、
平均して
滿十四
年七ヶ
月位でありますから、
數へ
年にすれば十六
歳が一
番多いので、それに
次ぐのは十五
歳、それから十七
歳でありました。
故に、
若しそれよりも、
非常に
早い
者は
早熟の
異常者でありますし、
非常に
遲れる
者は
又何かの
病的の
事故の
爲でありますから、
醫師の
診療を
受ける
必要があります。
それから、その
初潮の
前には、二三
日の
間、
下腹の
氣持が
惡く、
何となく
全身がだるくて
氣不性になり、
殊に
下肢がだるい
上に、
手足の
節々の
痛むことがあります。その
上に、
食事が
進まなかつたり、
胸が
苦しくて
吐きさうになつたり、
汗が
餘計に
出たり、
尿意が
頻繁になつて、
尿量も
増したりしますが、
人に
依つては、
兩方の
乳房が
堅く
張つて、
稀には
輕[#ルビの「かる」は底本では「とる」]く
痛む
樣な
氣持のすることさへあります。』
野々村校醫は、
息をついでから、
又語り
續けた。
『それが――
月經が
愈々來潮し
始めると、
體温も
僅かではあるが
昇り、
脈搏は
著しく
増して
來ますし、
乳房が
大きくなるとか、
食慾が
進まないとかいふ
樣な、
來潮前の
容態が一
般に
強くなつて
來る
上に、
更に
精神的の
變化が
起つて、一
般に
神經過敏に
傾きますから、
夜中に
安眠が
出來なくなつたり、
譯もなく
悲しくなるかと
思ふと、
又譯もなく
腹が
立つたりして、
平生とは
一寸性質が
違ふ
樣になりますから、
之は
特に
氣をつける
必要のある
時で、
此の
時にいろ/\の
誘惑をうける
者は、
決して
少くないといふ
事であります。
そんな
風でありますから、
此の
時期には、なるべく
精神も
肉體も
安靜に
保つて、
過勞を
避けなければなりません。
例へばテニスその
他のスポーツも
止め、
夜ふかしや
徹夜の
勉強も
止める
必要があります。
殊に
下腹部を
冷したり、
激動を
與へたりするのはいけませんから、
水泳をしたり、
自轉車や
馬等に
乘る
事は、
最も
禁物でありませう。
學校の
體操等も、
休む
方がよからうと
考へられるのであります。
此の
月經は、しかし
早い
人は三、四
日、
長い
人でも六、七
日位で
濟んで、
再び
舊の
状態に
復歸するもので、
之もあまり
長く
續くのは
何か
故障があるものかといふ
注意を
拂はなければなりません。
而して一
旦來潮すれば、それからは
健全でさへあれば、
規則正しく
大よそ四
週間目毎に、
即ち二十八
日目に一
回づつ
繰迄される
筈でありますから
之が
不規則になつて、その四
週間の
間隔が、あまり
短くなつたり、
或は
又あまり
長くなつたりすれば、
何か
身體に
異常があるものと
考へねばなりません。
尤も
初潮當時には、
比較的不規則の
事が
多いのではありますが、
之は
早く
醫者に
診て
貰ふのが
良いので、一
時の
恥しいといふ
樣な
考から、
放つて
置けば、それが
爲に
取りかへしのつかない
事になる
場合があります。一
時の
恥しさの
爲に、
終生の
不健康を
招くのは
愚であります。
月經の
度毎の
苦痛は、
回を
重ねるに
從つて
減少して、
後には
何の
苦痛も
覺えない
人も
澤山ありますが、
又人によつてはいつまでも、いろ/\の
苦痛があつて、
殊に
精神的の
變動の
中々強い
人も
亦稀ではありません。』
校醫はそこで
又言葉を
切つた。それで
終るかと
思つて
居ると、
卓上の
水を一
杯呑み
干してから、
再び
話が
始まつたのである。
『その
月經といふものが、
健康でありながら
止むといふ
例外の
時があります。
之が、
即ち
植物に
果實が
出來ると
同じく、
人が
姙娠する
時で……』
その
時、
傍聽して
居た
大野校長の
顏に、
時ならぬ
暗雲がかゝると
見る
間に、
忽ちその
口から
大きな
聲が
起つた。
『
野々村君!
野々村君!』
野々村校醫は、
驚いて
言葉を
切つて、
校長の
顏を
見た。『
何ですか。』と
問ひたい
樣な
面持であつたが
校長が
苦り
切つた
顏をして、
何も
云はないので、
少し
顏の
表情をかへて、
更に
校長の
顏を
見たのである。
それは『
壇から
下りて、お
尋ねに
行きませうか。』と
聞くつもりだつたのであらうが、
大野校長はだまつてつか/\と
教壇へ
肉迫して
校醫の
耳許で
云つた。
『その
話は
止めてくれ
給へ。
姙娠の
話は!』
囁くつもりであつたらうが、
激して
聲が
大きかつた
爲に、それが
室内の
皆に
聞えたので、
隅々からもクス/\といふ
笑聲が
起つた。
校長の
顏は、一
層險惡になつた。
『では、それはそれと
致しまして。』
野々村校醫は
曖昧な
言葉で、
話頭を
轉じた。
『その
月經といふ
現象は、つまり
女性の
體内にある、
卵巣といふ
内分泌器管が、十
分に
發育して
卵子といふものを
作る。それに
伴つて
起る
出血でありまして、それが
前に
述べましたやうに、四
週間目四
週間目に
出來るのであります。
此の
性の
問題に
就きましては、
女性として
知つて
置かなければならないことが
少くありません。
之を
知らないと
大變な
不幸を
招くことがあります。
例へば
先年、
或る
大都會の
女學校の四
年か五
年の
生徒で、
何も
知らなかつた
爲に、
或る
不徳義な
醫學博士の
爲に……』
局面一
變後の
成行如何にと、
息を
殺して一
語をも
聞洩すまいとして
居た
大野校長は、
此の
時忽ち、
雷の
樣な
大聲で、その
席から
怒鳴つたのである。
『
君!
中止!
中止!』
前には
教壇まで
行く
餘裕があつたが、
今度はもうそれさへ
無かつた。
前回に
中止を
命ずると
共に、
冷笑めいた
聲が四
方から
起つて一
層腹を
立てゝ
居る
矢先へ、
今度は
更に
自分の
謹嚴にといふ
註文に
添はない
節があると
認めたので、それが
假令、
結びの
言葉であつたにしろ、
最早寸時も
默止することは
出來ないと
思つたのであらう。
始めて
校醫になつて、
未だよく
大野校長の
氣質を
知らない、
野々村校醫は、あんまりの
權幕に
驚いて、そのまゝ
壇を
下つたのであつたが、それでも
誰も
後始末をつける
人が
無いので、
自分の
席から
生徒一
同に
對して、
『では、
之で
私の
話は
終ります。』
と、
簡單な
挨拶をしたのであつた。
生徒も
驚いてしまつて、
今度はクス/\と
笑ふ
所の
騷ぎではない。お
互に
驚異の
眼をさかしさうに
輝かせながら、
此の
後が一
體どうなるかと、
注意する
爲に
神經を
針の
樣に
尖らして
居るのみであつた。
三
氣持のいゝ
程暖かで、
一人ぽつねんとして
居れば
睡魔に
襲はれさうな
春の
日を
浴びながら、
庭に
面した
座敷の
縁がはで、
二人の
男が
對話をして
居る。
『どうも
驚いたね。
僕もやかましいとは
聞いて
居たが、まさかあれ
程ではあるまいと
思つて
居たんだ。』
『どうせあの
男の
事なら、
中止位はさせるだらう。』
『
中止もいゝが、
何も
云はさないんだ。
月經の
話をしてさ、
健康ならば
有る
筈だが、
健康でも
無い
時がある。それが
姙娠で、
之が
重大なる
女性の
天職であり、
且つ
使命であるといふことを、一
言したいと
思つたらそれがいけないのさ。』
『
成る
程、それで
中止か?
丸で
普通選擧で、わけのわからない
警官が、
無産黨の
演説を
片つぱしから
中止々々とやる
態度だとでも
評するかね?』
『まあ、そこいらの
事だらう。
然らずんば
批評の
限りにあらずといふ
所さ。』
『そこでそれからどうしたんだ?』
『
中止といふから、あの
大野校長自身が
體裁よく
結末をつけるかと
思つて、
沈默して
居たがあんまり
怒り
過ぎた
せゐか
何にも
云はないんだ。
他の
傍聽して
居た
教員連中は、
勿論君子は
危きに
近よらずと
考へて、
教育家らしい
敬虔の
態度で、
唯々直立不動の
姿勢をとつてるだけだらう。
仕方がないから、
中止された
僕自身が
口を
開いて
〆めくゝりをつけなければ
收まらないといふ
事になつたのだ。』
『ふん
面白い。それから。』
『その
結果がね、
豫定の
結論を
封じられたもんだから、そらY
市の
事件ね、
凌辱と
墮胎で
牢獄に
入つた
例の
博士事件を
話して、
醫者は
勿論惡いけれども、
被害者が
普通に
性に
關する
常識さへ
持つて
居れば、
決して、
あんな間違ひは
起らなかつた
筈である。
高等女學校の
卒業間際になつて
居ながら、
凌辱と
肺尖カタールの
治療として
子宮を
暖めるのとの
區別がつかないといふのは、
性に
關する
知識に
缺けて
居た
證據で、その
常識の
缺乏があんな
悲劇を
生み
出したのだとして、
其の
支離滅裂になつた
結末をつけようとしたのさ。』
『それは
駄目だつたらう。あの
大將はそこまで
云はせはしまいと
思ふが……』
『お
察しの
通りで、
又々中止さ。
校長、
今度は
怒り
過ぎて、あの
黒い
顏が
赤くなつてから、
紫色になつたものだ。そこへ
大きなロイド
眼鏡があるので、
何のことは
無いゆで
蛸のばけ
物つていふ
恰好だらう。
一目見たらをかしくなつて
笑へて
來る。
笑ふと一
層不隱になるから、
僕も
君子の
仲間入をして、
危きに
近よらぬ
方針で
自宅へ
引上げてしまつたといふ
始末で、その
後の
事は
知らないけれども、
定めて
大騷ぎだつたらう。
今考へても
吹き
出したくなる
位さ。』
『さうか。あの
大野といふ
人は、
僕もいつか
科學世界の「
性の
問題批判會」で
同席した
事があるのだが、
中々頭が
堅さうだね。』
對談して
居る
二人の
男は、
大野高等女學校の
校醫の
野々村一雄とその
友人のドクトル
佐藤平次郎とで、
中々親しい
間柄の
樣に
見える。
野々村學士は、
又友の
言葉を
受けて
語るのであつた。
『
科學世界つてば、あれにも
此の
間性教育の
話が
出て
居たぢやないか。
大阪の
樟蔭高等女學校の一
年生で、
雜穀商の
末つ
兒である一
少女が、
去年の
夏、
海水浴の
歸り
途に、
友人から、「あの
人には
月經がある」といはれたのを
苦に
病んで
居る
矢先に、
正月から
本統に
月經が
始まつた。そこで
愈々登校をいやがつて、
奉公をするつもりで
家出をして、
神戸の
旅館に
泊り
込んで
居た。そこで
自宅の
方は
大騷ぎで、
懸賞附で
やつとその
旅館に
居ることをつき
止めたつて
云ふ
話だが、こんなのがあるとすれば
餘つ
程眞劍に
性教育を
施す
必要があらうと
思ふね。』
『さうかい、
僕はあの
雜誌を
見ないので
知らなかつたが、それは
自宅も
手ぬかりだね。』
『さうさ、
姉も
居るし、
母親も
居ようし、
資産家で
家庭圓滿といふんだから
驚くぢやないか。いくら
修身の
講釋をして、
聖人君子に
仕上げても、
人間として
生きて
居る
以上、
自分の
身體に
附いて
廻る
自然の
規則を
知らさなければ、
駄目だらうぢやないか。
佛作つて
魂を
入れないつていふ
奴だね。
未開時代の
蠻人が、
自分の
胸に
手をあてゝ
心臟の
鼓動に
驚きながら、
惡魔が
飛込んだのに
違ひないと
云つて、
切開いたら
惡魔は
出ないで
自分が
死んだといふ
話も、
有る
可き
筈の
月經を
見て、
自分を
不具者か
病人かと
誤認した
爲に
家出をするのとは、
程度の
差こそあれ、
自分自身の
生きて
行く
過程や
要約を
知らないといふ
點に
於ては、
全く
同一だらうぢやないか。
放屁をしてこんな
見下げ
果てた
身體では
生きて
居られないと、
若し
自殺を
企てる
者があれば
人が
笑ふが、
此の
月經に
驚いて
廢學するのも
同じ
事さ。
唯々世間に
放屁に
呆れて
自殺を
企てるものが
無いのに、
月經に
驚いて
廢學する
者があるのはだね、つまり
放屁の
何であるかといふ
事、
放屁はさう
愧づべき
事ではない、
生きた
人間には
往々にして
隨伴する
生理的現象だといふ
事が、一
般に
教へられてあるのに
反して、
月經がそれと
同じ
樣な、
否寧ろ
健康の
標徴として
喜ばなければならない
結構な
生理的現象であるといふ
事を、よく
教へない
人があるからの
事で、
若し
此の
教育が、
放屁教育の
如く一
般に
普及された
曉には、そんな
馬鹿げた
現象は、
地を
拂つてしまふ
筈だと
思ふね。
聖人君子にも
放屁あり、
烈女節婦にも
月經ありといふことを、もつと/\よく
知らす
必要があるんだが、
修身の
講義に
出て
來る
人は、
丸で
血の
通はない
人形の
樣な
教育をするからどうも
困るんだ……』
『オイ/\
君! そんな
長講一
席はいゝ
加減にして
貰ひたいね。
丸で
僕が
不注意で、
僕の
娘が
家出した
樣な
説教は
止めてほしいね。おまけに
放屁教育のあたりは、
少々脱線の
氣味で
片腹痛いと
云ふ
所があるぜ。』
『
失敬した、
少々大野校長に
云ひたい
所を、
君の
方に
向けちやつて。
口が
辷り
過ぎたのは
惡かつた。』
『まあいゝや、それで
止めれば
文句無しさ。
脱線はして
居ても、
君の
聖人有屁説には
敬意を
表するよ。
聖人に
夢無しとは
聞いて
居たが
聖人に
屁ありは
初耳だからね。
高尚とは
評し
兼ねるが、
兎も
角面白いよ。』
『さう
茶化すもんぢやないよ。』
熱心に、
顏を
赤くしながら
語つて
居た
時に
引かへて、
野々村學士も、
流石に
一寸きまりの
惡さうな
風が
見える。
『
茶化しやしない。
僕も
大に
君の
説に
共鳴して
居るんだ。
科學世界の
會で
逢つた
時に、
僕も
産兒制限の
話で
脱線してね、
大分云ひ
過ぎはしたんだけれども、あの
大野といふ
男の
頑迷は
又手がつけられない
位だつたからね。
君をあの
時の
會に
出席させて、
大に
聖人有屁説を
論ずる
機會を
與へなかつたのは
遺憾千
萬だ。』
『
時にもう
大分時間がたつね。』
時計を
見て
驚いた
樣に、『もう五
時半も
大分過ぎたぜ。ぢやあ、すぐに
之から
出かけようか。』
『もうそんな
時間かい。よし
行かう。』
佐藤ドクトルは
立つて、
言葉を
續けた。『
僕はそれぢや
一寸用意をするから
待つてくれ
給へ。』
春とはいふが、
夕風は
中々肌に
寒い。
冷い
春の
夕風に、
庭の
櫻がヒラ/\
散る。
佐藤ドクトルは
先に
立つて、
一人言の
樣に
何か
云ひながら
歩く。
『エート
父子親あり、
長幼序あり、
夫婦別あり、
聖人屁ありか。』
『オイ
又有屁説か? もうよし
給へつていふのに!』
四
二人は
歌舞伎座へ
入つた。
切符は
前から
買つてあつて、一
階の「か」の十
番、十一
番といふ
席は、
見るのには
工合が
惡くなかつたけれども
入つた
時には
座席の
方は
眞つくらに
電氣が
消えて、
舞臺の
方だけが
青いフツトライトで
照されて
居る
場面であつたので、
二人は
大分、
面食つた
樣であつた。
後で
番附を
見ると、それはもう一
番目の
狂言、二
幕が
濟んで、二
番目のものも
舞臺が
廻つて、
既に
幕切に
近い
時であつたことがわかつたが、そんな
次第で、
何の
事かわからない
二人は、
暫くの
間、
暗い
中で
眼をパチクリさせながら、その
幕の
濟むのを
待ちあぐんで
居る
姿であつた。つまり十
數分間かゝつて
鴈治郎の
顏の
長いことだけを
二人がかりで
印象したに
過ぎなかつた。
幕合に、
別館の
食堂で
箸を
動かしながら、
佐藤ドクトルが
云つた。
『どうせ
始めはつまるまいとは
思つたが、あんまり
落ちつき
過ぎて
惡かつたね。』
『
僕がしやべり
過ぎたのが
惡かつたのだ。つい
話に
身が
入り
過ぎちやつたもんだから。』
『しかし
今度の
中幕を
見りやいゝよ。
左團次の
鳴神上人がいゝつて
云ふからね。』
『まあさうとして
置かう。』
中幕の「
鳴神」には、
左團次の
鳴神上人が
天晴、
行ひすまして
居た
甲斐もなく、
松蔦のたえま
姫に
話しかけられて、だん/\
心がゆるんで
行き、一
旦は
自省したものゝ、それも
又滅茶々々に
打壞されて、やがては
自分の
草庵からノコ/\
出かけて、
姫の
身體に
接近してしまふ
所が
演じられた。
此の
芝居は一
度警視廳の
眼が
光つて
興行を
差止められたものであつたが、
古い
歌舞伎の
型を
改めて、
上人と
姫との
嬌態を
骨拔きにした
上、
漸く
許可になつたもので、
科白も
所作も
原作通りではなかつたけれども、
修身の
講義と
性教育との
關係を
論じて、それが
爲に
折角の
芝居を
忘れて
居た
二人には、
中々興味のあるものなのであつた。
『
歌舞伎十八
番の「
鳴神」が
風俗壞亂として
興行を
禁止されたり、
改作を
餘儀なくされたりしたつて
事は、
恐らく
前代未聞だらうね。』
小聲で
囁く
樣に、
佐藤ドクトルが
云ふ。
『さうだらう。それも
滑稽だが、
行ひすまして
雨を一
滴も
下界へ
降らしてやらないと
云つて、
龍神を
封じ
込めた
鳴神上人が、
たつた一目、
美人を
見たばつかりに、
忽ち
心を
迷はして
行を
破られ、
大雨を
沛然と
降らしてしまつたのも
面白いね。
修身が
甲で、
操行が
甲で、
優等の
學生が、
惜しい
哉、
性の
知識を
持たない
爲に、
普通の
學生ならば
相手にもしない
樣な
下らない
異性に
接近するなり、
早速堅固な
道心が
粉碎されて、
失意の
境に
急轉直下するのと、
全く
同一の
經路ぢやないか。
歌舞伎十八
番の
中に
性教育の
必要宣傳用の一
幕があるのは
愉快だね。
之を
我が
大野校長に
是非一
度見せてやりたいと
思ふがなあ。』
之は
野々村學士の
答へであつた。
『さう
大野々々つて
言ふのはよし
給へ。
見つともないから。なあにあれはね、
雲の
絶間姫が
洛中第一の
美女だからの
話で、
君ならば
鳴神上人よりも、もつと
早く
降參してしまふ
所だらうぜ。』
『
鳴神上人の
辯護はいゝが、
僕を
引合ひに
出して、くさすのはひどいね。』
『アハヽヽヽ。』
『アハヽヽヽ。』
それで一
旦、
話は
途切れたが、
暫くしてから
又同じ
樣な
言葉が、
今度は
野々村の
方から
持出された。
勿論小聲で。
『
矢張り
君のいふ
通り、
鳴神上人は
同情すべき
男だね。あゝいふ
職業の
人間は、カストラチオン(
去勢)をやらなければ、
到底萬全は
期し
得ない
譯だ。』
『
鳴神の
罪に
非ず、ホーデン(
睾丸)の
罪なりか?
相變らず
奇拔だ、
正に
聖人有屁説に
匹敵すべきものだね。』
『
舊教の
歌うたひの
男みたいに、オペラチオン(
手術)をすれば、あんな
苦痛も
墮落もないのだ。』
『
鳴神上人に
手術室の一
幕を
加へちや、
芝居にならない。
君は
奇拔な
事は
天才的だが、
惜い
哉芝居は
知らないね。』
『
馬鹿云へ。
芝居は
芝居、それはそれさ。
唯取ればいゝものを
取らずに
置いて、一
生餘計な
努力と
苦痛とをして
居るのは
愚だといふだけの
事さ。』
『しかし
鳴神がオペラチオンを
受ければ、
墮落しないかはりに、この
芝居は
成立たないぜ。いや
鳴神ばかりぢやない、
人生の
大半が
性の
煩悶の
渦卷の
綾に
過ぎないのだから、
さうカストラチオン/\でかたづけられてしまつたら、
人生の
大半が
無くなつてしまふ
譯だ。それぢやあつまらない。その
煩悶と
苦痛の
中に、
人生の
趣味も
快樂もあるので、さう
簡單にはかたづかないよ。』
『
何、
僕だつて
世間のすべてにカストラチオンをやれとは
云はないさ。あんな
職業の
者、せめて
宗教家や
道學者だけにでもやらして、
苦痛無しに
實行を一
致さしたいといふ、一
片の
老婆心の
發露に
過ぎないんだ。』
『
旨い
工合に
逃げたな。
漸く一
方に
血路を
見出したといふ
所だね。しかし
今の
話なら
同感の
所があるよ。
去年の
暮に、百
圓餘りの
郵便貯金を
引出して、
駒込神明町の
待合で
豪遊の
上、二
晩も
泊つたが、
朝になつて
酒の
醉が
醒めると、
財布が
輕くつて
商賣のクリスマスの
用意も
出來兼ねる
所から、
王子の
警察へ
行つて、
丸つきり
うその
訴へをした四十八
歳になる
宣教師があつたんだ。――えゝ「
郵便局の
歸りに
飛鳥山の
下で
突然二人の
怪漢に
襲はれて、
所持金を
強奪された
上に、
身體を
毛布で
包んで
自動車で
何處かへつれて
行かれ、二
日二
晩、
監禁された
擧句、
向島言問の
土手の
上へ
投げ出されました」つてね。それがバレて
油を
搾られた
牧師の
顏は、
想像しただけでも、
うんざりするね。
之でも
神の
子さ。』
『フーン、
雪の
日やあれも
人の
子樽拾ひつて
句があるが、クリスマスあれも
神の
子、
耻さらしでは
句になるまい。』
『
未だ
有るんだ。
今年の
正月に
或る
令孃に
肘鐵砲を
食はされた
腹いせに、その
令孃を
途上で
脅迫したばかりでなく、
天命團長、
柴金作外一
黨といふ
名で、
金三百
圓を二十五
日の
夜、九
時までに、
本願寺の
鐘樓の
下に
埋めて
置け、
應じなければ
警察と
交番とを
全部燒拂ふぞといふ
脅迫文を、
人もあらうに
警察署長宛に
出して、つかまつた
男があるんだが、それは一
體誰だと
思ふね?』
『わからないが、
今度は
坊主か?』
『ちがふ
之もヤソ
教だ。
門司市の
救世軍の
少尉殿で、
白木崎保育團長といふものをして
居る二十六
歳の
神の
子さ。』
『
驚いたね。そんな
神の
子はカストラチオンに
限るね。アハヽヽ。』
『アハヽヽヽ。』
此の
時、
二人の
席から
近い
疊敷きの
座席の
方で、
時ならぬ
嬌聲が
響いて、
附近の
觀客の
視聽を
集めたのであつた。
二人も
同時にその
方に
視線を
投じると、その
座席には
赤ら
顏の五十
恰好の
紳士が、
藝者とお
酌とをつれて、
嬉しさうに
笑つて
居るのであつた。
大分醉ひが
廻つて
居るのであらう。
鳴神の
場面で
嬉しくなつて、お
酌の
尻を
抓つて
甲高い
嬌聲を
放たせたのであるから、
本來ならば
座に
耐へない
筈であるのに、
多數の
視線を一
身に
集めながら
平然として、
皺だらけの
顏に、一
層笑ひの
皺を
加へながら、
熟柿臭い
呼氣をいやがるお
酌の
顏にふきかけて、
相變らず
嬉しさうに
笑ひ
續けて
居るのであつた。
『ありやあ
さつき食堂で
見かけた
男ぢやないか?』と
野々村。
『ウン、
僕もさう
思つたんだがね。
前にも
何處かで
見覺えがある
樣な
氣がするんだが――えゝと――あゝわかつた!』
佐藤ドクトルはポンと
膝を
叩いた。『あれはね、
矢張りあの
科學世界の
批判會で
同席した
男だ!
夏本赤三
郎つていふ○○
醫科大學の
學長だよ。』
『
夏本つてのがあれかい?
僕も
名前だけは
知つて
居たが、
顏を
見るのは
今日が
[#「今日が」は底本では「今日か」]最初だ。』
野々村はさういひながらも、
感心した
樣に
尚ほも
穴のあく
程、
向ふの
顏を
見つめて
居るのであつた。
『
左樣さ。あれが
夏本博士といふ
君の
大先輩で、しかも
強硬な
廢娼論者だよ。』
しかし
醉つた
醫科大學長は、
再度抓り
得た
事を
滿足に
思ふぞという
樣な
顏つきで、
相變らず
嬉しさうに
笑ひ
續けて
居るのであつた。
五
夏本學長を
中心にして、その
人が「
科學世界」
社の
批判會の
席上で「
我々の
主宰する
醫科大學では」と、
盛[#ルビの「さかん」は底本では「ゞかん」]に
高潔な
清論を
吐露して、
流石に
官立の
醫科大學長は
感心なものであると、一
部の
人々を
尊敬させた、その○○
大學の
教授が三
人、
待合、
春の
家の一
室に、
盃盤は
狼藉を
極め、
主客何れも
醉が
廻つて、
玉山將に
崩れんとすといふ
時から、
既に
數時間を
經過して、
主人が
好みの「
雨しよぼ」といふ
如何はしい
藝者の
踊も、
亦此の
人が
醉へば
必ずやる
裸踊りの一
曲も
悉く
濟んで、
之から
第三
次回にでも
移らうといふ
時であつた。
『おいおかみ、
之から
一寸話があるから、
若い
連中に
暫くの
間遠慮させてくれ。』
と、
藝者と一
緒に、
顏を
出して
居た
女將に
命じて、
新に
持込まれた
大火鉢の
方へ、
夏本先生は
靜に
御輿を
移したのであつた。
染八と
呼ぶ
若い
藝者が
氣に
入つて、一
緒になつて
盛んにお
得意の「
奴さん」を
踊つて、
踊りつかれたものか、
假睡の
夢を
結んで
居た
山内教授も、
無理に
起されて○○
大學を
左右すべき
中心人物は、そこに
車座になつた。
『
折角の
興を
殺いだのは、
申譯もありませんが、
實は
今夕御集りを
願つたのは、
大學の
方ではチト
御話をし
難い
問題に
就て、こちらの
方が
都合がいゝといふので、
是非、
有力な
諸君と
御協議をしようと
思ひまして、エー
工藤君からの
御忠告もあつたものですから……』
と、
同席の
工藤民雄教授を
顧みながら、
醉ひの
爲に
呼吸が
苦しいのか、
茶碗を
取上げて
夏本博士は、
咽喉をうるほしながら
學長らしい
落ちつきを
見せる
樣に、
一寸ばかりそり
身になつた。
學長に
今、
名を
擧げられた
工藤民雄といふ
人物は、
非常な
野心家であつて、
近い
將來にB
大學の
學長にならうといふ
腹は十二
分に
持つて
居るけれども、
大學に
昇格をしたばかりで、
舊の
專門學校時代との
複雜な
關係が
渦を
卷いて
居る
中に
飛び
出しては、
不得策であることを
見越して、
學内で
最も
故參で、しかも
最も
操り
易い
性質の
持主である
夏本赤三
郎を、
先づその
憎まれ
役になるに
定まつて
居る、
此の
最初の
學長に
祭り
上げて、
時期が
來るまでは
巧に
背後から
黒幕になつて、
操りの
糸を
手ぐらうといふ
魂膽の
智惠者であつた。
夏本もそれに
全然、
氣がつかないのではなかつたが、
今なつて
置かなければ、
多年我慢して
來た
甲斐も
無く、一
生浮び
上る
時期を
見出すことが
出來ないであらうといふ
懸念と、
本職の
學問よりも、
好きの
道であつた
酒池肉林の
逍遙に
度を
過して、
學位も
中々貰ふことが
出來ず、
同僚には
輕んぜられるし、
工藤教授一
派の
尻押しで
學長候補の
第一
人者としての
推薦があつた
時にも
文部省で
學位が
無くてはと二の
足を
踏まれたといふ
苦い
經驗もあるといふ
始末であつたから、
内實は
兎も
角も、○○
大學々長といふ
外形を
備へて、
世間的に
尊嚴を
保つことが
焦眉の
急であることを
知つた
爲に、
或る
意味に
於ては、
操られながらも
報恩? の
目的に、
此の
工藤教授等の
意見を
尊重すべき
必要があつたものである。
工藤の
方では、
巧に
此の
夏本の
急所を
捕へて、
次の
學長になりたいといふ
點で、
志を一つにする
山内、
横橋の
兩教授と一
團となり、三
國同盟或は三
人寄れば
文珠の
智惠の
故智に
習つたと
共に、一
方には
又責任轉嫁の
意味で、いつも
此の「
春の
家」の一
室に
會合しながら、「
醉うては
枕す
美人の
膝、
醒めては
握る○○
大學の
權」といふ
行動を
繰返して、いつとは
無しに「三
人組」といふ
尊稱をさへ
戴いて
居たのであつた。
學内には、
之を
不快な
現象と
考へて
居たものもあつたが、
此の
結束の
生み
出す
策略と、
學長といふ
支配者の
位置にある
役者との、一
團に
對しては
齒が
立たない。それは
自分の
本職を
抛つて
立働くわけにも
行かず、
又自分の
椅子も
考へねばならず、
片手間仕事に、
獨力で
之を
制禦するのは、
到底不可能な
事であつたからである。
從つて
如何に
憤慨する
人々も、これ
等の
人物には、
何等の
邪魔にもならなかつたが、
たつた一人、
甚だ
厄介な
手に
終へない
人間があつた。それは
矢張り
教授の
一人で、「
醫學評論」といふ
醫事評論雜誌に
特別寄稿家として
常に
批評の
筆を
執つて
居る
男であつた。それは
中原忠一と
云ふもので、
別に
黨派があるのでもないから、
勿論齒牙にかける
必要のない
代物ではあつたけれども、
此の
男は
少しも
筆を
曲げることをしないで、
遠慮無く
有りのままを、
思ふ
通りに
深刻な
評論をする
人間であつたから、
うつかり之に
懷柔策を
加へたり、
或は
之を
威壓したりすれば、
彼は
直に
懷柔や
威壓の
事實を
列擧して、
反つて
自分達に
不利を
來す
點が、
甚だ
厄介なのであつた。
此の
厄介物の
處分を
如何にすべきかといふことが、
即ち
今夕の
春の
家の
會合となつて、
此處に
現はれて
來た
次第なのであつた。
夏本學長は、
言葉を
續けた。
『
今夕御相談を
致したいのは、
他でもないあの
中原忠一に
對する
處分を
如何にすべきかといふ
問題であります。
御承知の
通りに、
學内の
事情を
不遠慮に
公表されては、
獨り
我々一
同が
迷惑するのみならず、
延ひては
我が○○
大學の
不名譽を
來す
次第で、
何とか
至急にかたづけてしまふ
必要があります。それに
就きまして、
工藤教授が
名案を
持つて
居られるので、
之からそれを
承りたいと
考へるのであります。』
さういひ
終つて、
學長は
再び
工藤の
方に、一
瞥を
與へた。
工藤民雄は、
半分禿かゝつた
頭を
上げて、テラ/\と
光つた
平たい
顏を
得意さうに
輝かしながら、やをら
薄い
唇を
動かし
始めたのであつた。
山内と
横橋との
方に
向つて――。
『
別に
名案といふ
程でもないがね、
調べて
見ると
中原が、
留學期間の
終らない
中に、
彼是十
日程も
早く
歸途に
就きながら、
文部省への
歸朝屆には
正確な
期日にロンドンから
乘船した
樣に
書いてある。そこで十
日あまりの
留學費を、
彼が
胡麻化して
居る
譯だから、
之は
大學教授として
有るまじき
行爲で、そんなものが
居ては、
我々の
體面にかゝはるといふ
理由で、
學長から
文部省へ
中原を
退職せしめる
樣に
上申して
貰はうと
思ふんだがね。
如何んなもんだらう?』
『それはいゝが、
先日學長室で、
學長からその
理由で
中原に
自決を
迫つた
時に……』
横橋教授が
質問を
始めた。『さう
留學滿期の
當日に
出帆する
汽船は
無い、十
日位の
前後は
止むを
得ない。それからその
間に
留學費も、
高が
些少の
金額であるし、十
日早く
出帆したと
公表すれば、
學長はじめ
文部省にまで
手數をかけるに
過ぎないから、
便宜上したことで
誰でもの
慣用手段でもあり、
官廳では
帳面上に
矛盾が
無ければ、
何でもいゝ
事になつて
居るといふ
答辯で、
學長の
方が
反つて
口を
噤んでしまつたといふぢやないか? その
點は
大丈夫かね?』
と、
心配さうである。
『そりや、あの
男の
事だから、それ
位の
事はいふさ。
又あいつとしては
實際惡いともやましいとも
考へては
居まいし、
逆襲されゝば、それ
以上の
事はいくらもある。しかし
何と
云つた
所で、あの
男から
例の「
醫界評論」を
切はなしてしまへば、
安心なものさ。』
工藤は、
發案者だけに
落ついたものである。
成算我にありといふ
心持で、
『「
醫界評論」と
中原とを
絶縁さすことが
出來るかね?』
横橋は、
未だ
不安さうに
質問を
續ける。
『
絶縁して、
中原の
執筆をさせないのみならず、あれの
主筆の
方へ
夏本學長からうまく
持込んで、「
中原を
葬れ」といふ
長い
評論を
書かすことに
定めたんだ。』と
工藤。
『どうしてさう
旨く
行つたんかい?』
今まで
沈默して
居た「
奴さん」の
名人、
山内教授が
鎌首をあげた。
『それはね、あの
主筆といふ
男が、
中原の
論文の
評判のいゝ
事を
嫉視して
居るのに
乘じたのさ。それに
金に
眼の
無い
男だからね。』
工藤は
黒幕らしい
微笑を
浮べながら
答へて
居る。
『それにね。
地方新聞の
主なものを
悉く
買收して、一
齊に
中原の
惡徳と
題する
記事を、
毎日書き
立てさせる
事になつて
居る。それも
敏腕な
我が
夏本學長の
御骨折で、もう
すつかり藥が
廻つて
居るんだからね。』
『
流石にうまいもんだね!』
『
未だそこまでは
行くまいと
思つて
居たのに、
矢張り
上手だね。』
山内と
横橋とは
口を
揃へて
工藤の
手腕に
感嘆の
言葉を
洩した。
夏本學長は、
二人の
言葉の
終るのを
待つて、
鷹揚に
再び
發言した。
『まあそんな
次第でね。その
新聞や
雜誌に、
中原の
惡徳が
澤山書かれたものを
集めて、
之を
參考資料に
添へることにし、
別に
又○○
大學の
公文書としては、
留學費を
詐取した
事實を
擧げて、
學内の
教授一
同が
彼を
排斥して
居るから、
至急に
彼に
退職を
餘儀なくせしめて
貰ひたいといふ
上申をすることにしたいと
思ふのであります。
如何でせう、
諸君の
御意見は?』
『
賛成!』
『
賛成!』
『
異議無し!』
『ではさうすることに
定めました。』と
云つて、ハタ/\と
手をたゝいた
學長は、
閾越しに
手をついた
女中を
顧みて、
『もう
話が
濟んだから、すぐに
藝者達をよこしてくれ。それからおかみにも
顏を
出して、
大に
呑み
直しだと
云つてくれ!』
と
命じたのであつた。
『
人情としては、
如何にも
氣の
毒に
思ふけれども、B
大學の
爲には
止むを
得んさ!』
『つまりあの
男が
馬鹿なんだよ。
我々と一
緒になつて、
大に
飮んで
大に
歌へばいゝものを、あの
中原と
來たら、
全く
酒色を
共にしないんだからね!』
『
愉快を
共にしない
罰といふものだ!』
そんな
批評が、
又一しきり
皆の
口から
洩らされて
居る
間に、
藝者達がゾロ/\と
入つて
來た。
『オイお
酌だ/\。
飮まないと
首になるんだぞ!』
山内は、さう
叫びながら、さつき一
緒に
踊りぬいたお
氣に
入りの
若い
染八の
手首をギユツと
握つた。
六
それ
以來、
毎日、
土地の
新聞には、一
齊に
中原忠一を
非難する
記事が
出初めて
土地の
人々を
驚かした。
『
大學教授の
公金詐取』
『○○
大學中原教授は、
國賊なり』
といふ
式の
標題で、「
學界廓清の
爲に、
此の
惡漢を
葬れ」とか、「
夏本學長何が
故に
蹶起して、
此の
醜漢の
首を
斬らざるか」とかいふ、
何れも
似通つた
内容のものゝみならず、ゴシツプの
欄にまでも、「
醜教授の
家庭」とか、「
中原氏の
日常」といふ
樣にして、
見るに
耐へない
樣な
人身攻撃、それも
大半は
捏造に
屬するものであつたから、
心ある
人の
眼には、
地方新聞の
慣用手段で、
何れ
又何者かの
爲にする
記事であらうと
思はれたけれども、
盲千
人の
世の
中で、
讀むよりは
讀まれるものゝ
方が
多いのに、まして
大學教授といふものを、
事實以上に
高級の
人物、
否な
天下第一
流の
者と
考へて
居る
土地の
人々の
間には、
之が
爲に一
大センセーシヨンを
起して、
『
實に
不都合な
男は
中原忠一である。』といふ
考へで、
狹苦しい
市中を
充滿させたことは、
確實であつた。
その
新聞をつきつけて、
再度自決を
迫られたけれども、
中原教授は
自ら
引責の
必要を
認めないと
云つて、
辭職屆を
出せといふ
要求を
應諾しなかつた。
而して
夏本學長から、
『
留學費を
胡麻化しても、
君は
惡いとは
思はないのか!』
と
責められても、
『それは
解釋を
故意に
惡くすればさうもなりませう。しかし
前にも
御答へした
通りに、
出發の日に――つまり
留學滿期の
當日が
丁度汽船の
出帆日に
相當することは
先づ
稀です。
而して
若し一
日でも
出發が
遲れる
場合には、それこそ
留學延期願や
何かで
非常に
手數を
要しますから、それを
誰でも
便宜上にやる
事は、
私よりも
寧ろ
長い
經驗のあるあなた――
學長――の
方が、より
以上精しい
筈です。
故意にそんな
事を
言ひ
立てゝ、
自分の
學内から
所謂詐欺漢を
出すことは
決して
學長としてのあなたの
名譽とも
思ひませんが、
何故にわざ/\
事を
荒立てる
必要があるのですか!
若しも
私のその
行爲が、
公金の
詐取だと
云はなければならないとすれば、
毎年、
年度末に
剩餘金で
旅行をしたり、
差當り
入用でもないものまで
購入したりするのも、
矢張り
公金を
胡麻化すのではないでせうか。
陸軍等では、
年度末になると、
餘つた
彈丸をポン/\と
爆發させてしまふつて
云ひますね。それは
云ふまでも
無く、それを
剩餘とか、
過剩とかして
返納すれば、それだけの
金額を
翌年度の
豫算から
差引かれたり、
手數が
非常にかゝつたりするからの
事で、
惡いと
云へば
寧ろさうする
方が
便利になつて
居る
制度の
罪かも
知れませんね。
私には
強ひて
學長に
抗辯をする
考へもありません。しかし
之が
爲に
大學の
體面を
汚したとか、
同僚教授のつらよごしだとか
云はれたり、
殊更に
詐欺呼ばはりをされる
覺えは、
私、
不肖ながら
毛頭無いのであります。
從つて
辭職願を
出す
意志はありません。
若し
私の
在職がいけないといふのならば、
學長の
方から
何とでもして
貰ひませう!』と
主張して、
頑として
所謂學内や
教授一
同からといふ
要求を
峻拒してしまつた。それから
又、
『
學内教授一
同の
要求といはれましたが、
果して
教授一
同がさういふか
如何か、一
度諸君に
面接して
此の
席で
御尋ねをして
見たいと
思ひます。』といふことをも
要求した。しかし、
『いや、
教授諸君は、
君の
樣な
人物、
同僚一
同の
體面を
汚した
者と
面會をするのを
快しとしないと
云つて
居るから、その
要求は
容れる
事は
出來ない!』と
學長は
謹嚴そのものゝ
樣に
答へて、
巧に
工藤等三
人以外の
人々が、うつかり
口を
辷らしたりしない
樣に、
食ひ
止めてしまつたのであつた。
未だ
若い
中原教授は、
口惜しいといふ
心から
滿面朱をそゝいだ
樣になつて、
激昂はして
居たものゝ
兎も
角も
相手から
憎々しい
野郎だと
思はれる
程よく
頑張り
通したのであつた。
彼は
同情に
生き
樣とは
考へなかつた。
孤立無援で、
敵軍重圍の
中に
立つた
中原は、
止むを
得ず
自ら
文部省に
出頭して、
專門學務局長に
事情を
述べたが、それは
官廳では
通用しない
事であつた。
『
事情はさうだらうと
思ふ。しかし、あらゆる
情報は
悉くあなたに
不利になつて
居て、
誰一人あなたを
辯護するものも
無い。それに一
教授の
身として、
支配を
受くべき
學長に
對して
楯つくといふ
事實それのみでも
已に
官吏としてなす
可らざる
行爲ではないですか! もう一
度よく
考へて
見る
方が、
反つてあなたの
爲でせう!』
といふのが、
局長の
答であつた。
而してそれから
數日の
後に、
『○○
醫科大學教授、
中原忠一
文官分限令第○
條第○
號ニ
依リ
休職ヲ
命ズ』
といふ
辭令と、「
留學費として
支給したるものゝ
中、
金○○
圓即時御返納有之度……」といふ
會計課長からの
親展書とが、
相前後して
中原の
手許に
屆けられたのであつた。
その日の
來ることを、
豫ねてから
豫想して
居た
中原は、その
辭令を
手にしながら、
私にこんな
虚僞に
滿ちた
生活は、
自分には
不適任だといふことを
自覺し、
又再びもうこんな
職務に
從事しないぞといふ
決心をした。
決心が
出來れば、
反つてノンキで
今までの
惡鬪が
馬鹿らしくさへ
彼には
思はれて
來たのであつた。
『
僕が
惡かつたんだよ。あの
夏本の
呑んだくれと一
緒に
藝者買ひをして、
馬鹿騷ぎをやりさへすりや、いくらでも
出世出來るんだがなあ!
藝者を
買ひ
得ざる
者の
悲哀!
痛飮泥醉し
得ざるものゝ
嘆き?』
そんなことをブツ/\
獨語しながら、
浪人となつた
中原忠一は、
淋しい
微苦笑を
洩した。
手腕の
鮮かな
理想的の
能吏、
夏本學長の
下に、こんな
不都合な
心掛の
者の
存在が、
許されなかつたのは、
寧ろ
當然過ぎる
事實と
言はなければならない。
七
初夏の
新緑が
會員の
寄附金で
出來上つた、
宏壯で
閑靜な
洋館を
圍繞して
居る
庭園を
こんもりと
掩うて、
見るからに
奧床しさうなのは
淑風會の
事務所と、
會長、
内海葉子女史との
邸宅とを
兼ねた一
廓である。
輕々しい
洋裝と
斷髮のみならず、一
世の
先覺者として、
甲斐々々しくも
淑風會の
會務に
盡して、
青春を
他所に
雄々しく、
目ざましい
活躍を
續けられるのを
慰めんが
爲めに、
全國十
幾萬の
會員からの
寄附を
募つて、
東京市の
山の
手に
建築されたのが、
即ち
此の一
廓で、
内海會長を
慕つて、
學僕といふ
樣な
形で
此の
邸宅内に
起臥して、
掃除や
炊事その
他萬端の
家政を
執つて
居る
若い
婦人も、
數人以上に
上つて
居るのである。
省線電車の
去來や、
大小の
邸宅を
眼下に
見下す
高臺の
上にあつて
夜の
眺めの
一しほ
美しいのを
窓越しに
恣にする
應接室で、
何か
帳簿を
見て
居た
内海女史は、
暫く
額に
皺をよせて、
一寸不愉快らしい
顏をしたかと
思ふ
中に、
急に
忙しさうな
呼鈴をけたゝましく
鳴らすのであつた。
『
先生!
何か
御用で
御座いますか?』
二十
歳あまりのおとなしさうな
娘が、
靜にドアーをノツクして
入つて、
丁寧に
頭を
下げた。それが
淑風會の
會員で、
會の
爲に
盡すと
共に、
會長たる
内海女史の
淑徳を
慕ふあまり、
日夕その
人に
咫尺して、
少しでも
餘計にあやかりたいと
思ふ
心から、
此の
事務所に
學僕そのまゝの
生活をして
居る
人であることはいふまでもないのである。
『あゝ
御苦勞ですがね。』
會長は、
若い
女性を
顧みながら、
命令した。『
急用があるから、
古富さんに
直ぐに
來てくれと
云つて
下さい。
大急ぎでね!』
『はい! かしこまりました。』
若い
女性が
去つてから
間も
無く、
又ノツクの
音が
聞えて、
入つて
來たのは○○
醫科大學の
制服をつけた、
未だ二十四、五の
若い
學生であつた。
『
何か
急な
御用と
聞きましたが……』
『どうしたの、いやに
改まつてさ。
古富さん。』
内海女史は
非常に
馴々しい
調子で――『さあ
急用だから、
此處へおかけなさい。』さういひながら
自分が
今迄腰を
下して
居た
椅子を
青年に
與へて、
自分は
横手のソフアーに、
會長らしくない
碎けた
坐り
方をした。
『
急用つていふのはね。
實は……
一寸云ひにくいんだけれども……』
『一
體何ですか?
會長!』
『
會長なんていふのおよしなさいよ。
餘計話が
切出しにくゝなるから!』
『……』
『あのね、ぢやあ
云つちまふけど、……
實はね。』
又實はを
重ねて
云つて、
一寸言葉が
杜切れたがすぐに
元氣よく、『
此間中から
何だかをかしい/\と
思つては
居たんですがね、ぢきに
癒るだらうと
放つて
置いたけど
駄目で、だん/\
氣持が
惡くなるばかりで、どうもたゞれてゞも
居るのか、
痛くつて
仕方がないの。一
體何病なんでせう。』
女史も
流石に
少し
顏を
赧くしてゐた。
『はあ、それは
困りましたなあ!』
『はあぢやありませんよ、じれつたい! あなたがこんなにしたんぢやない?』
笑ひを
含みながら、
睨む
眞似をして、『お
醫者にならうつていふ
人にも
似合はない、
病氣を
癒さずに、
反つて
人を
病氣にするなんて。あんまりぢやない?』
『けれども
僕ら……』
女史は、
熱心に
辯明しようとしながら、
言葉の
出ないのに
苦しんで
居る
古富青年の
顏を、
嬉しさうに
目尻に
小皺をよせて
凝視しながら、
『いゝえ、さうぢやないの。一
體病名は
何かつてことが
知りたいのよ。――
矢つ
張り
頼母しいわね、その
純眞な
所が……』
と、
語尾は
寧ろ
獨り
語に
近い
位に
響くのであつた。
『……
疼痛があつて、
知覺過敏なんですね。
分泌は
高まつては
居りませんか?
恐らく
淋疾だらうと
考へますが、
後でノートを
見てから
改めて
御返事します。
本統を
云へば、
診察しなければ
確實なことは
云へないんですけれど……』
『この
人は
本統に
うぶなのね。それで
居て、一
體何處から
淋疾なんかを
背負ひ
込んで
來たの?』
内海女史の
言葉は、もう
淑風會長らしくない、
碎けた
樣な、
下品な
樣な、
粗野な
樣なものになつて、
平生會長としての
女史を
見て
居る
人の
目には、
自らの
眼を
疑はなければならない
程の
奇觀を
呈して
來るが、
之で
見ると
人間といふ
者は、
會長として
數知れぬ
程の
會員の
尊敬を
受けるだけでは
滿足出來ないで、
反つて
唯々一人の
異性と、四
角張らない
態度を
執つて
居る
方が、より
以上、
望ましいものらしく
思はれる。
『エヽ、それは……』
古富青年が、モジ/\するばかりで、
答へに
苦しんで
居るのを、
溶けてしまふかと
思はれるばかりの
目付きで、
飽かず
眺めて
居た
女史は、
『そんなに
云ひにくいのなら、
云はなくてもいゝわ。』と、一
旦、
言葉を
切つて、『
見なけりやわからないつたつて、
貴方に
診察なんか
頼めないぢやないの! きまりが
惡くつて!
誰か
適當な
人は
無いでせうか?』
『では、
僕等の
大學の
先生は?』
『
駄目々々! ○○
大學なんかへ
行けば、すぐに
妾の
名が
知れてしまふ、
妾にいけないばかりでなしに
貴方だつて
困るのに!』
單純な
青年の
考は
忽ちに一
蹴されてしまつた。
『
大學がいけなければ……』
『……』
親密な
二人の
間に、
暫く
沈默が
續いた
時に、
室のドアーをノツクする
音が
聞えた。それは
丁度、
都合よく
言葉の
無い
時に、ノツクされたものか、それとも、
前からノツクして
居たのであるが、
會話に
熱心のあまり、
耳に
入らなかつたものであつて、
寂莫になつてから
始めて
聞えたものか。
どつちかわからない!
少くとも、
後者ではないかといふ
懸念が、サツと一
抹の
暗影を
女史の
腦裡に
投げて、
今まで
樂しさうであつた
晴々しい
顏に、
濃厚な
不快の
色を
湛はしたのであつた。
女史は、『チヨツ!』と
低く
舌打ちをしながら、ソフアーから
立つて
椅子の
上に、
莊重な
態度に
坐つてから、
命令する
樣に、
『おはひり!』
と
叫んだのである。
ドアーから
姿を
見せたのは、
矢張り
當番の
會員であつたが、
前の
女性ではなかつた。
『あの――
只今内務省の
尾本登さんがお
出でになりまして、
先生にお
目にかゝりたいとお
云ひで
御座いますが……』
『さう。
逢ひますから、二
號の
應接室へお
通しゝて
置いて
下さい!
失禮の
無い
樣に、よく
氣をつけてね。』
『ハイ! かしこまりました。』
若い
女性が
丁寧に
辭儀をして
去るのを
待ちかねたかの
樣に、
内海女史は
又ソフアーの
上へ
横はつて
『あゝやり
切れない/\。
邪魔ばつかり
入つて、
本當にしんみりした
話一つ
出來ないんだもの!
古富さん! もつと
同情して
頂戴よ――さあ。そんなに
畏まつて
居ないで、こつちへいらつしやい! もつと/\。』
ソフアーの
半分のあいた
所を
指した
手は、
青年が
命のまゝになるまで
引かないのであつた。
『あのね、
妾は
矢つぱり、
開業して
居る
婦人科醫者の
所へ
行きませう、その
方が
人にわからなくつていゝから――××
町の
野々村醫院つての
知らない? あれでも
醫學士と
書いてあるから、これ
位の
病氣ならいゝでせうと
思ふの――。ぢやあよろしい。さうと
定まつたら、
妾向ふで
又話をして
來るけれど、
一寸挨拶をしませうね。お
別れの――』
女史の
白い
腕が
延びるよと
見る
間に、『チユツ。』といふ
音は、
高く
青年古富豐彦の
頬のあたりに
響くのであつた。
八
尾本登が
内海女史を
訪うたのは、
矯娼會から二、三の
代議士の
手に
依つて
衆議院へ
廢娼問題や
結婚法案等に
關する
議案を
提出することに
就て、
内海女史の
淑風會に
於ても、
協力して
貰ひたいといふ
依頼の
爲であつた。
内務省の
役人である
尾本氏が、こんな
事に
出かけて
來るのは、をかしい
樣に
見えるけれどもそれは
矯娼會の
樞要な
位置を
占めて
居るからであつて、
彼がその
位置に
据ゑられた
理由は
内務省の
役人を
入れて
置けば、
萬事に
於て
會の
仕事が
都合よく
運び
且つは
世間的に
おしが
利く
爲だといふ
理由を
聞けば、一
見をかしかつた
此の
現象も、をかしい
所か、
寧ろ
當然過ぎる
程當然なことが、よくわかつて
來るのである。
『
先日、
大體御賛同を
得ました
廢娼問題のことは、もう
申す
必要もないのですが、
今度又一つ
結婚法案の
方に
就ても、
御賛同を
得たいと
思ひまして……』
一通りの
挨拶が
濟んでから、
尾本氏は
今日の
來意を
述べるのであつた。『
前回の
問題も
同樣では
有りまするが、
今回の
問題に
就ては、
殊に
淑風會を
煩はさなければなりません。と
云ふ
次第は、
問題の
性質上、どうしても
婦人側から
提出される
筈のもので、
御婦人を
會長とする
淑風會が、
中心になつて
戴かないと、
第一
不自然に
響くのみならず、いろ/\
工合の
惡い
點が
起ります。
所が
私達の
矯娼會は、その
資格に
缺けて
居りますので、
又々御邪魔に
出ました
次第で――
何卒此の
草案を
御覽願ひたいと
思ひます。』
『はア。』
といさゝか
氣の
無い
樣な
返事をしながら、
女史が
手にして
讀み
出した
紙片には、
次の
樣な
文字が
書かれてあつた。
結婚法案理由書
現今、
我國に
於ける
社會問題は、
性的生活の
不調和に
基因する
事實最も
多く、
之が
爲に
離婚問題の
續出すること、
世界にその
比を
見ざるが
如き
多數に
及べるは、
實に一
日も
閑却すべからざる
所而してその
由來する
所は、
結婚を
輕ずる
弊風……
結婚法案
第一條 本法に於て結婚當事者と稱するは、……
第二條 結婚當事者は、現に黴毒其他の花柳病に罹り居らず、又他に之を感染せしむる虞なきことを醫師の診斷書を以て證明すべし。
結婚當事者は、結婚の前日までに前項の診斷書を、市町村長に提出すべし。
第三條 現に花柳病に感染せるに拘らず、強ひて結婚せんとする者は、男女双方に於て疾病感染の虞あることを認知し、且つ醫師より其の豫防方法に付いて、一定の注意を受くることを要す。醫師は前項の注意を爲したる時は、其の診斷書を直に市町村長に提出すべし。
第四條 醫師は結婚當事者の孰れかに於て、現に花柳病に感染せるに拘らず、之を隱蔽せる疑ある時は、遲滯なく市町村長に告知すべし、此の場合に於ては、醫師は業務上の默秘義務により拘束せらるゝこと無し。
第五條 結婚當事者は、結婚後に於て花柳病の隱蔽せられたる事實を發見したる時、又は結婚生活に堪へざる虚弱の體質なることを發見したる時は、その結婚を取消すことを得。
但し前項の取消は、之を二回以上爲すことを得ず。
第六條 結婚當事者は、虚僞の證明書を以て結婚したることを發見したるときは、離婚請求を提起することを得。
但し前項の請求は、之を二回以上爲すことを得ず。
第七條 醫師は結婚當事者の診斷書に故意に、虚僞の事實を記載したるときは、開業の許可を取消さるべし。
第八條 醫師は、本法の診察及び診斷書交付の義務を有するものとす。
第九條 本法の規定に違反したるものに付いては、……條の罰則を準用す。
第十條 ……
順次に
目を
通して
行く
中に、
一寸女史の
顏色が
潮紅したり、
紙片を
持つ
手先の
輕く
動く
樣に
見えたりした
時があつた。しかしそれは、
恐らく
尾本登には
氣がつかなかつた
位の、
極めて
輕微なもので、
單に
女史自身の
心の
中に、
淡い
動搖を
起したに
過ぎなかつた。それよりも
第五
條の一
節で、『
又は
結婚に
堪へざる
虚弱なる
體質なることを
發見したるときは、その
結婚を
取消すことを
得。』といふ
所を、
非常の
興味を
覺えたかの
如く、二、三
度見返して、
双頬の
上に
微笑さへ
湛へられたことの
方が、
反つて
尾本氏の
目についた
筈である。
『
非常に
結構な
御主旨です。
妾達の
淑風會の
會員精神と、
丁度一
致する
樣に
考へますから、
喜んで
今度の
御運動にも、
賛同することゝ
致しませう。』
讀み
終つてから、
内海女史は
尾本氏に
答へた。『
此の
年齡にはなつて
居りますが、
未だ
結婚生活を
知らない
妾には、
花柳病の
苦しみが
果してどんなものかを、
想像することも
出來ませんが、
然し
淑風會の
會員等に、こんな
苦痛をさせたくないと
思へば、おぼろげながらも
此の
呪はしい
病氣の
苦しみがわかる
樣な
氣が
致します。』
『
早速御快諾下さいまして、
感謝に
堪へません。
嬌娼會のもの一
同も
定めて
喜ぶことと
信じます。』
尾本氏の
顏は、
本當に
喜ばしさうに
輝いて
見えた。
『では
協力方法の
具體案は、
追つて
承ることに
致しますが、
何卒交換條件と
申すのも
何ですけれども、
是非淑風會の
入會者を
一人も
多く
御周旋下さる
樣に、
御依頼致して
置きます。
此の
機會を
利用しまして……』
流石に
會長として、
活躍するだけの
女史は
機敏で、
頭がよかつた。
『ハイ
承知致しました。
誓つて……』
尾本氏もさうより
他に
答へる
言葉を、
見出し
得なかつたであらう。
答へもそこ/\に、
直に
席を
立つて
辭意を
述べるのであつた。
『
失禮致しました。では
又改めて
近日中に
御伺ひ
致します。』
『おもてなしも
致しませんで、
失禮しました。
次回の
御出でを
心から
御待ち
申して
居ります。』
尾本氏の
自動車――それは
役所の
自動車であるらしかつた――が
門内の
植込を
ぐるりと
廻つて、
往來へ
出てしまつた
後に、
見送つて
出た
玄關の
石段に
立つて、
殘されたガソリンの
臭氣をも
忘れて
居た
淑風會長、
内海葉子女史の
腦裡には、
抑々どんな
考が
浮んで
居たであらうか。
女史の
傍に
侍つて
居る
淑風會員の
若い
女性達は、それを
結婚法案を
通過せしめて、
會員の
福祉を
増進してくれることに
違ひないと
思つたであらうが、
意外にもそれが、
若い
燕の
青年、
古富豐彦の
上から、
人事ではない
花柳病の
苦痛に
飛んで
居たことを、一
體誰が
知つて
居たであらう。
偉大なる
女史の
胸中は、
到底、
若い
乙女達の
洞察し
得る
程淺薄なものではなかつた。『
燕雀何ぞ
鴻鵠の
志を
知らんや。』と
云つた
熟語は、
流石に
吾人を
欺かなかつたのである。
九
大野高等女學校の
校醫を
囑託された、
醫學士の
野々村一雄は、
自宅では
婦人病專門で
開業をして
居たが、
診察の
最中に
受付が
彼の
前に一
葉の
名刺を
出して、
來客の
旨を
傳へた。その
名刺には『
科學世界主幹、
秋山十
助』と
記されてあつた。
名刺を一
瞥しながら、
野々村は、
『
今診かけて
居るから、
一寸待つて
貰ふ
樣に
云つてくれ
給へ。
手があき
次第、
すぐに
會ふからつて――』
と
取次に
答へて、
看護婦に
手傳はせながら、
手を
休めずに、
診察中であつた四十
かつかうの
婦人患者に、
引續いて
洗滌したり、
藥品を
塗布したり、
注射をしたりするのであつたが、その
患者の
方が一
段落になると、
休憩を
兼ねて
面會をする
爲に、
後の
患者を
待たせて
置いて、
別室の
方へと
歩を
移した。
婦人患者と
入違ひに
入つて
來た
秋山十
助の
用件は、
彼が
主幹をして
居る
雜誌の
増刊として、
今度『
性的煩悶解決號』といふのを
出すに
就て、
野々村にも
何か
一つ
擔當して
貰ひたいといふことであつた。
『
如何でせう。
未だ
どなたにも
確定して
居ませんから、どの
題でもかまひませんが、一つどれかを
御引うけ
下さい。』
さう
云ひながら、
秋山主幹が
出したノートには、
次の
樣な
毒々しい
題目が、いやといふ
程澤山並べられてあつた。その二、三を
擧げれば、
職業婦人と
母性とは
矛盾するか。
老孃生活は
何故惡いか。
姙娠中に
夫婦愛の
破綻が
起るのは
何故か。
自涜の
害毒とその
對策。
あるべき
毛の
無いのは
不具か。
容色の
衰頽防止法。
嫉妬や
猜疑の
利用法。
夫婦生活の
倦怠不滿の
療法。
良人の
放蕩と
性的技巧の
關係。
不感症は
如何すれば
治るか。
花柳病と
配偶者心得。
最も
有效な
避姙法と
姙娠する
方法。
罪にならぬ
避姙と
墮胎。
等、
等、
等。
『
弱りましたなあ。あんまり
惡どい
題ばかりで、
一寸引受ける
氣になりませんが――』
野々村は
微苦笑をしながら、
題目と
秋山の
顏とを
等分に
見較べて
居る。
『それは
私達の
方でも
知つて
居ります。しかし
昨今はこれ
位な
題を
並べないと、
人の
注目を
引かない
程に、
世間の
人々が
強烈な
刺戟を
求めて
居るのです。
同業の
諸雜誌が、
皆競つて
此の
式にやつて
行きますから、どうもジヤーナリズムから
云へば、
仕方が
無いのです。』
秋山の
顏にも
微苦笑が
浮ぶ。
『
成る
程、さう
聞けば
御尤もの
樣ですね。
昨今の
雜誌は
共産主義か
性的問題かの
孰れかを
看板にして
居なければ、
賣れない
樣な
觀がありますね。』
『
全くさうです。
從つて
多數の
名士が、
皆執筆しますから、
御承諾下すつても、
決して
貴方の
體面を
汚す
樣なことの
無いのを
保證します。』
秋山は、
相手が
少し
自分の
方に
傾きかけて
來たのを
見て、
突込むのは
今だとばかりに
舌鋒を
鋭くした。
『かも
知れませんが、あまり
有難くもない
樣ですね。
若し
是非引うけろと
云はれるなら、一つ
新に(
性病の
素人診斷と
自宅治療)
位な
所にして
貰ひたいですな。
如何でせう。』
『
結構です。
貴方も
中々隅に
置けませんね。
隱かな
題で、
猛烈なもの
以上に
讀者の
心を
引きつける
題目ですね。』
『おだてちやいけない。そんな
事をいふと、一
旦讓歩をしたのを
又撤回しますぜ。』
『いや、
是非どうか
御願ひ
致します。では
撤回されない
中に、
失禮しませう。
患者さんも
御待ちの
樣ですから――』
『まあいゝでせう、
患者もさう
居りませんから――』
『いや、
又伺ひます。』
秋山はさういひながら
席を
立つたが、
何を
思ひ
出したのか、
歸りかけた
踵を
回らして、
改まつて
低い
聲で
新しい
質問を
發した。
『
さつきから
聞かう/\と
思ひながら、お
話にまぎれて
忘れて
居ました。
今患者さんの
話が
出たので
ふと思ひ
出したのですが、
淑風會の
會長、
内海葉子女史はどういふ
用件でお
宅へ
來たのですか。
貴方にも
會員になつてくれといふのですか?』
『え?
淑風會の
會長ですつて?』
野々村は
意外さうに
問ひ
返した。『そんな
人は
知りませんよ。
何かの
間違ひぢやありませんか?』
『いゝえ、
確かです。
私が
此の
室へ
導かれた
時、
入違ひに
歸つた
婦人は、
確に
内海葉子女史です。』
『をかしいなあ。あれは
最近に
來た
患者で、
山本つて
云ふのですが――』
『
何!
患者ですつて!
之は
驚いた。
矢つぱり
性病でせうな?』
『
病名の
事は、
業務上の
秘密で
云へませんが、
僕の
專門の
範圍であることだけは、
答へてもよろしい。しかし
山本といふ
人ですから、
内海といふ
會長ではありますまい。』
『いゝえ、
確に
内海女史です。あの
人は
私の
社の
座談會の
時に、
穴のあく
程見て
居ますから、
決して
間違ひはしません。
山本といふのは
變名でせう、
淑風會長内海某で、その
病氣の
治療をするのは、
工合が
惡いからでせう。』
秋山の
顏には、
確信の
色が
漲つて
居た。『
道理で、
何だか
そつぽを
向いて
挨拶もしなかつたが、
先方では
僕といふことは
知つてたんですね、
本來、
利口な
女なんだから!』
『さうかなあ。
全く
驚いてしまふね。』
今度は
驚くのが、
野々村の
方へ
傳染した。『
僕の
樣に一
本調子の
者には、
何が
何だかわからなくなつちまふ。』
秋山の
職業意識は、
野々村の
最後の一
句に、
微妙な
反應を
起したものと
見えて、その
嫋々たる
餘韻を
聽く
爲に、
再び
腰を
下してしまつた。
『
未だ
何か
耳よりな
話でもありますか。』
『いや、
耳よりといふ
程でもありませんがね。
昨今僕にとつては
意外な
發見ばかり
起るので、
少々驚いて
居る
所なんです。』
それから
野々村は
聞かれるまゝに○○
醫科大學長夏本赤三
郎の、
歌舞伎座に
於ける
醜態や、
大野高等女學校の、『
性教育』の
活劇などを
述べ、
秋山は
又それ
等の
人々の
座談會に
於ける
高潔な
態度を
語つて一
層野々村の
驚きを
深くしたのであつた。
十
嬌娼會の
事務所で、
幹部が
二人、
話をして
居る。
二人とは
大野高等女學校長の
大野源作と、
内務省の
尾本登の
兩氏であつて、
肝心の
話は
濟んで、
餘談に
耽つて
居るものらしい。
『
尾本君、いつか
僕等がやつた
性問題座談會の
記事をまとめて、
科學世界社から
出した
本に
發賣禁止を
命じたつて
云ふが
本統かい?』
『
本當だ。
無論、
君の
説は
結構だが、
佐藤といふ
醫者や、
只木といふ
辯護士の
議論が
不隱だからいけないと
認めた。
隱健であるべき
安井さんまでが、
産兒制限の
皷吹をするのだから
禁止は
當然だらうと
考へた。』
『しかし
禁止は
困るねえ。』
大野校長は
不平さうに
見える。
『
君の
説を
不可としないのだから、
良いだらう。
君が
性教育の
講演を
許しながら、
月經の
話以外には一
言も
論及させないのと
同じ
事ぢやないか。』
『さう
云つては
困る。
僕のは
無垢な
女學生に
惡影響を
及ぼすのを
防ぐ
爲で
止むを
得んさ。』
『
僕の
立場では
又、
世間一
般に
惡影響を
及ぼさせまいといふので、つまり
同じ
事だらう。』
『それでは
水掛論になつてしまふ。
何とかして
禁止を
解いて、
貰へまいか。
僕のあの
會に
於ける
立場を
明かにする
爲には、あの
本が一
番必要なんで、それには
反對の
連中の
言説も
有る
方がいゝんだがね。』
『さう
君の
都合ばかりにも
行かないね、
第一、一
旦禁止したのを
取消しては、
取扱者の
權威にも
關はるし……』
『けれども
君自身が、
中々熱心な
艶本や
性慾物の
蒐集家ぢやないか。
君や○○
廳の××
君等は、
官權を
濫用して
艶本を
押收するとまで一
部で
噂をして
居る
位だぜ。』
『
之は
手嚴しい。』
尾本氏は
苦笑をした。『しかし
發賣禁止のものを、
參考の
爲に
手許に
保存するのは、
寧ろ
職務に
忠實だと
褒めて
貰ひたい
位だ。
何もほしい
本を
發賣禁止にする
譯でも
無いんだから!』
『
手許といつても
官廳ならばいゝが、
私宅へ
集める
必要はあるまい。
殊に
他人が
自宅に
所藏して
居る
艶本を、
つてを
求めて
刑事をやつて
貸して
貰ひつぱなしにするのが
常套手段だといふのは、
亂暴ぢやないか。いくら
云つても
返却しないつていふ
不平を
方々で
耳にして
居るぜ。』
『××
君は
確にやるだらうが、
僕は
知らない。
艶本の
自宅所藏は
良くないかも
知れないが、
何も
僕ばかりの
事ぢや
無い。
艶本の
類の
押收したものは
燒棄てる
規則にはなつて
居るが、
燒き
棄てるまでに
積んであるのが、
暫時の
間になくなつてしまふので、あれは
刑事や
何か、
警察や
關係者が
自宅へ
持つて
行くとより
思へないね。さ
其處だ、
低級で、
無理解な
者の
手に
渡すよりは、
僕の
樣に
檢閲するだけの
識見のある
者の
手に
收めて
置く
方が、
弊害が
少いと
思ふが
如何だらう。』
尾本君は、しきりに
自分の
立場を
辯解して、
反つて
内幕を
曝露した
形になつた。
『そんな
事も
聞いては
居たが、その
辯解は
寧ろ
詭辯に
近いね。
不都合な
話といへば、
刑事の
中には、その
發賣禁止の
艶本を、
高い
値段で
[#「値段で」は底本では「傾段で」]知人を
介して、
秘密に
販賣して
居るものさへ
有るぜ。
何の
事は
無い、
發賣を
禁止すべき
立場の
者が、
商賣人の
本屋に
賣らせないで、
自分等の
手のみで、
專賣するといふ
奇怪な
現象を
呈して
居るのぢやないか!』
大野校長は
此處ぞとばかりに、
相手の
弱點に
肉薄して
行く。
「
君がそんなことまで
知つて
居るなら、
決してそれを
否定はしないさ。その
事實が
即ち、
低級で
無理解な
者の
手に
渡すよりも、
僕の
手に
收めて
置くのがいゝといふ
言葉が、
眞理であることを
立證して、
決して
詭辯でもなく、
又一
片の
辯解でもない
證據になるとは
思はないかね。』
『
思はないね。そんなことを
云へば、
君の
家は
艶本の
倉庫になつてしまふ
次第で、
到底不可能の
話だ。さう
思ふならば、
規則通りに
押收品を
燒却してしまへばいゝのだ。』
『しかし
僕は一々
全國各府縣の
警察を
廻つて、
押收品を
燒いて
歩いて
廻る
譯にも
行かない……』
『そんな
事をし
給へとは
云はない。つまり
自分自ら
艶本を
蒐集して、
愛讀するだけの
心がある
以上――いや、
何と
云つて
辯解をしても、
事實はその
通りに
違ひない――さうやかましく
書物の
發賣を
禁止しなでもいゝだらうといふのだ。
自分だけは
讀みたいが、一
般の
人々には
讀まさせないといふのは
大きな
矛盾で
不都合だと
云ふ
事を……。』
『それが
矛盾ならば、
性教育を
施すといひながら、
月經の
話以外には
何も
云はないといふ
君のやり
方も、
同樣に
矛盾で
得手勝手ぢやないか! しかしさう
云つてると、
話が
又後戻りをするばかりで、いくら
云つても
際限が
無いから
止さう。――つまり、
君の
意見としては、
僕の
矛盾を
攻撃するのが
[#「攻撃するのが」は底本では「攻擧するのが」]主ではなくて、
攻撃は
君の
性的問題に
對する
立派な
態度を、
世間の
人々に
知らすのに
便利な
本だから、あの
本の
禁止を
解けといふ
所に
主眼があるのだらう。』
『
左樣さ、さうわかれば
問題は
無い。お
互に
公職にある
者として、
矛盾と
知りつゝも
體裁を
造るのはあたり
前で、
君の
行爲を
責める
心は
少しも
無い。
唯々何とかしてあれを
出さす
樣に
骨を
折つてくれゝばいゝのだ。』
大野校長は
始めて、
本音を
吐いた。
『さうなると
官廳の
體面があつて、一
旦禁止したものを、そのまゝ
許す
譯には
行かないが、――よろしい、そんならかうしよう。』
尾本君は
一寸考へてから、
『
君から
話をして、
早速、
發行所の
科學世界社から、
何とか
辯解の
書面を
出さし
給へ、
警保局長あてにね。そこで
僕が
只木辯護士や、
佐藤ドクトル
達の
言葉に、
澤山の
伏せ
字の○○を
入れさせたり、
安井さんの
話の
頁を
切取らしたりして、
分割還附といふ
形式にしたらいゝだらう。』
『ぢやあ、そのつもりで
居て
貰はう。
科學世界社へは、すぐにその
手配をさせるから!
有難う!』
苦い
顏をして
居た
大野校長が、
始めて
笑顏を
見せたのを、
尾本君は
見逃さなかつた。
『
大野君! あの
本を
又生徒の
父兄に
買はして、
學校の
廣告にしようつていふんぢやないかね。
君は
中々敏腕だからね!
散々人を
攻撃しながら、
一人で
嬉しさうな
顏をしてるのは
怪しからんぜ!』
『わかつたよ。
之以上同志打ちは
無用だ。
明日新橋をおごるから、もう
何にも
云はずに
置き
給へ、
覺えてゐるだらう、いつか一
緒に
行つた
家さ。あそこならば
大丈夫、
矯娼會に
傷のつく
樣な
心配は
無いから!』
『
承知した、
明日だね!』
『
左樣だ。』
『では
今日は
之で
失禮しよう。』
『では
又明晩!』
二人の
敏腕な
官吏と
女流教育家とは、
激論なんかした
覺えは
無いといふ
樣な
顏付で、
嬉しさうに、
親しげに
矯娼會の
事務所を
出たのであつた。
初夏の
午後四
時に
近い
日光は、
會館に
連る
公園の
松並木を
過ぎつて、
科學世界社の
方へ
急ぐ
大野校長に
直射して、その
細長い
痩驅の
影を、一
層細く
且つ
長く、
松の
木の
影と
並行して、
地上に
明に
描き
出して
居たのであつた。
十一
科學世界の
主筆、
秋山十
助は、
自分が
主催者として
骨を
折つた
座談會に
關係した
人々の
行動に
就て
人以上に
興味を
覺えたので、
野々村醫院で、
變名して
性病の
診療を
受けて
居た
淑風會長、
内海葉子を
見た
日、
靜に
日誌にそのことを
書きつけるのであつた。
萬年筆を
走らせて
居る
中に、
座談會の
席上の
皆の
言葉や、
職務上發賣禁止の
衝に
當つて
知り
得た
尾本氏の
事や、
野々村醫學士等を
通じて、
間接に
知り
得た
夏本赤三
郎、
大野源作等の
教育家の
日常等が、
目まぐるしく
走馬燈の
樣に
彼の
腦裡に
去來して、一
見、
別人の
樣な
態度が、
同一の
人に
依つて
行はれる
事に、
寧ろ
呆れるばかりであつた。
秋山主筆は
終日の
疲れも
忘れ、
時間の
過ぎるのまでも
忘れ
果てゝ、
日記帳としてあるノートの
上に
幾頁も/\
續く、
長い/\その
日の
感想を、
蠶の
口から
吐き
出される
絹絲の
樣に、
縷々として
書き
綴るのであつた。
× × ×
× × ×
日本といふ
國は、
紳士や
淑女とされる
人々程、
言行の一
致しない
國である。
例へば『二
重生活は
不經濟であるから、
服裝や
住宅等も
和洋何れかに一
定しなければいけない。』と
叫びながら、
自分は
和服と
洋服とを
作つて、
洋館と
日本建築との
兩樣の
家に
住んで
見たり、『
迷信を
打破せよ。
丙午等を
氣にして
自暴自棄に
陷るのは
愚の
極である。』といふ
意見を
發表して
居る
御當人が、
息子の
嫁を
選ぶ
場合に、『
氣立にも
容姿にも
申分は
無いが、どうも
丙午が
氣になるから、
他の
人にしよう。』と
云つたりする
類は、いくら
有るかわからない
程であるが、
此の
言行の
不一
致は、
性慾に
關する
問題になると、一
層その
度が
甚だしくなつて、
僞善の
程度にまで
達してしまふ。それはつまり
紳士であり、
淑女であるといふ
體面を
保たんが
爲に、
醜いものと
考へて
居る
性慾を、
故意に
隱蔽しようとするのに
伴ふ
必然の
結果なのであらう。だから
若しも、あらゆる
紳士や
淑女を、
悉く
去勢したならば、
此の
僞善は
立ち
所にその
跡を
絶つに
至るに
違ひない。
人の
前に
出た
時に、
高潔らしい
態度を
示して、
性慾を
蛇蝎の
如くけなす
人程、
殊に
此の
僞善の
程度の
強烈になるのは、どんな
外形を
執るにしても、それは
外見、
即ち
見えだけのメツキであつて、
内容としての
性慾の
程度は、
各人誰でも
平等だからでなければならない。
假に
各人の
持つ
性慾の
分量を十として、
體裁をかまはずに、十だけ
性慾を
持つて
居るといふ、
有りのまゝの
言動を
敢てする
非紳士淑女階級に
於ては、
毫も
僞善を
必要としない。それから
同じ
紳士淑女にしても、その十の
性慾を五か
六位に
見せて
居れば、
僞善の
程度は
極めて
少くて
濟むけれども、一か二より
持つて
居ないといふ
態度を
取つたり、そんなものは
知らないといふ
樣な
風を
裝はなければならない
人は、どうしても
絶大な
僞善を
敢てしなければ
納まらない
事になるに
定まつて
居る。あの
座談會に
出た
人々だけでも、その
關係が
はつきりわかつて
居るではないか!
官立○○
醫科大學長、
夏本赤三
郎氏が、
廢娼論に
賛成して、
高潔そのものゝ
樣な
顏[#ルビの「かほ」は底本では「かう」]をするのは、
自己の
性慾の
旺盛なものゝ
てれ隱しに
過ぎない。
生まじめな
人間、
酒池肉林の
逍遙を
共にしない
人間を
忌み
嫌つて、
何とか
難癖をつけて
放逐するのは、
勿論自分の
表裏の
關係が、
他に
知れるのを
恐れるからの
小細工である。それも
之れも
皆、
性的嗜好品であり、
性的玩弄物たる
藝者とふざけて
居たいといふ
彼の
本能に
支配されるが
爲の、
外見上の
矛盾である。
女に
話しかける
事さへ
敢てし
得なかつたニイチエが、
女を
糞味噌にこき
下ろした
事や、
性慾の
旺盛なのに
苦慮し
拔いたと
云はれるシヨーペンハウエルが、
禁慾の
哲學を
編み
出した
事は、
行き
方こそそれ/″\
違つて
居るけれども、
心の
中と
外とに
現れる、
性慾を
中心にした
矛盾といふ
點に
於ては、
即ち
何れも一つであらう。
良い
方に
矛盾したか、
惡い
方に
矛盾したかの
相違こそあれ、
夏本博士もシヨーペンハウエルやニーチエなんかと、
揆を一にした
所は
偉いものである。
ドクトルの
佐藤平次郎氏の
公娼必要論や、
辯護士、
只木花吉氏の
墮胎無罪論等には、
多少の
脱線もあつたし、
幾多の
非難があつて、
家庭では
餘程放縱な
人の
樣にも
推測されたのであつたが、
事實は
反つて
之を
裏切つて、これ
等の
人々に
對する
醜聲は、
未だ一
度も
耳にした
事がない。
云ひたいだけの
事を、
平氣でヅケ/\
云つてのければ、それ
以上もう何も
必要が
無いのでもあらうか?
紀元前二百
數十
年の
昔、ギリシヤに
快樂説を
唱へたエピクロスといふ
人が
居て、その
反對の
學説を
唱へる
禁慾を
尊ぶツエノの
門弟達から、
惡魔の
如く
思はれては
居たが、
扨て
逢つて
見ると、
意外に
眞面目なのに
度膽を
拔かれたといふ
話を、
私は
今此の
人々に
於て、
まのあたりに
見る
心地がしてならない!
淑風會の
會長として
令名が
高く、
廢娼運動や
婦人參政權問題[#ルビの「ふじんさんせいけんもんだい」は底本では「ふじんせんせいけんもんだい」]に
日も
惟れ
足りない
位の
活動を
續けて、
天晴れ
巾幗婦人の
模範とされ、
女神の
化身とまで
仰がれて
居る
内海葉子女史の
手に、
若い
燕が
飼養されて
居るかと
思へば、十
年一
日の
如く
産兒制限を
力説したり、
平氣でもつて、『
遊廓は
便所と
同じ
樣なものです。
便所が
無くては、
到る
所に
立小便のたれ
流しが
行はれて、
不潔の
巷と
化することを
思へば、
遊廓の
存在が
文明國の
體面を
損するものとは
云はれません。
公娼の
無い
國は、
畢竟、
性慾を
到る
所にたれ
流しにする
國であります。』と
公言して
居る
社會改良運動家の
安井濱藏氏が、
家庭に
於ては
模範的の
紳士であつて、
多數の
子女との
團欒に、
羨しい
程の
和氣靄々振りを
見せて
居る
等、一つとして
外見のみでその
眞相を
握み
得ない
事のみが
多い。
所詮、
弱い
臆病な
犬が
人を
見ればワン/\と
吠えつくのに、
強い
犬は
沈默して
午睡の
夢に
耽つて
居るのに
類して
居ると
云へよう。
大野高等女學校長、
大野源作氏の『
性教育』に
對する
態度は、
實に
滑稽千
萬である。
矯娼會の
幹事として
活躍して
居る
立場から、どうしても
性慾を
不潔なものとして、
極めて
あつさりとお
上品に
取扱はなければならないし、
又女史教育者としての
新人であるのを
見せる
爲には、『
性教育』を
天下に
率先してやつて
居る
所を
見せる
必要がある。
此の
厄介な十
字路に
立たされた
交通巡査として、『
月經に
關する
注意』だけをして、それに
性教育の
看板をぶら
下げるのが、
最も
安全で
賢明であると
考へるのに
無理は
無いが、しかし『こんな
事情だから、その
つもりでやつて
貰ひたい。』と
ざつくばらんに
校醫の
野々村一雄學士に
依頼することは、あの
人の
性格では
到底出來ない
相談である。
野々村氏としては
又醫者として
月經の
話より、一
歩も
外に
出られない
性教育の
話では、
極めてをかしい
羊頭狗肉的のものだと
考へるに
定まつて
居る。そこがあの
馬鹿な
騷ぎを
惹起したのであつて、
衒ふ
人と
衒はない
人との
間には、
始終有り
勝ちのゴタ/\である。
内務省の
尾本登氏が、
圖書[#ルビの「としよ」は底本では「としと」]の
檢閲者として
人一
倍黄い
方面――
性慾もの――にやかましく、
嚴重にピシ/\と
發賣禁止を
命令しながら、
克明にその
禁止本を
役所の
參考品としてのみまらず、
自宅の
書架にまで
珍藏して
尚ほ
足らず、
進んで
繪畫や、
人形その
他いろ/\の
風俗に
關する
押收品から、カツトされた
映畫のラヴ・シーンのフヰルムに
至るまでも
手を
廣げて、○○
廳と
連絡をとつてコレクシヨンを
實行すること
多年、
今や
自宅に一
大特殊博物館を
有して
居る
形なのは、
云ふまでもなく
大きな
矛盾に
相違ない。
しかしながら、それは
尾本氏が
燃ゆるばかりの、
性慾に
對する
熱烈なる
興味に
基づく
蒐集作業であつて、それ
位の
人であるからこそ、
他の
檢閲係以上に、
細かい
點にまでも
氣がつき、
目が
屆く
結果、
勢ひ、
所謂性慾物に
對する
發賣禁止が
嚴重になるのであらう。
平たく
云へば『
じやの
道は
蛇』なのである。
性慾の
何たるかを
知らない
子供達に、
性慾の
描寫を
見せた
所で、一
向何のことかわからない、
玄人上りの
婦人が
家庭に
入つて、
往々にして
素人以上に
嫉妬深くなることがある。
要するに、
性慾方面に
人一
倍の
理解があつて、よく
氣がつくか、ポカンとして
氣がつかずに
居るかの
差別であると
見れば、
糞やかましい
檢閲官としての
尾本氏が、
同時に
醜猥博物館の
經營者兼創立者を
兼務して
居ることに、
些しばかりの
矛盾も
無く、
不思議も
何も
無いと
考へることが
出來るであらう。
夏本學長が
中原忠一
教授を、
事を
設けて
追ひ
出した
話を
聞いた
時には、ひどい
人だと
腹が
立つた。しかし
總ては
性慾を一
人前に
所持して
居るのを、
無理に
隱さんが
爲の
魂膽である、
性慾の
とがである。
破れた
洋服が
氣になつて、
隱さんが
爲に
伊達のマントを
羽織りたい。
破れたまゝで
平氣で
居られゝば
問題でないけれども、
無理にもマントを
手に
入れようとする
時に、
不自然が
起り、
無理が
出來る。
惡い
人に
見えるけれども、
惡い
人ではない。
破れた
洋服では
町を
歩き
得ない
人である。
見え
坊である!
僞善者である!
褒めた
話では
無いけれども、
寧ろ
氣の
弱い
人間として、
憐れんでやるべき
代物である!
夏本氏のみではない、
内海女史も、
尾本氏も、
大野氏も、
皆その
憐れまるべき
存在である。こんなのが
世間にいくらあるか
知れないと
思ふ。
さうだ! それ
等は
悉く、
白粉をコテ/\に
塗つて
居る
醜婦に
等しい!
馬鹿や
子供には、
或は
美人に
見えるかも
知れないが、
相當に
眼のあいた
人からは、
醜婦[#ルビの「しうふ」は底本では「しにふ」]であることが
すぐにわかる。
寧ろあんなに
塗らない
方が、
醜いながらに
可愛らしく、
又奧床しくも
見えるであらうにと、その
心根の
氣の
毒な
所がある。
私も
眼をよくあいて、
人を
見なければいけない。
大きな
顏をして、カラ
威張りをする
樣な
人間に
接觸する
場合には、そのカラ
威張りの
陰から、
平重盛と
對座中の、
平清盛の
法衣の
下の
具足の
樣にチヨイ/\と
仄見える、
彼等の
性慾生活を
洞察してかゝる
必要がある。それを
洞察してしまへば、
彼等が
威張れば
威張る
程、
氣取れば
氣取る
程、
愈々益々滑稽に
見えて、その
鍍金の
光に
眩惑される
事は
無い。
職業上、いろ/\の
人の
前に
出る
私には、
此の
心掛が
非常に
必要なことゝ
思ふ。
前日の
座談會は、
科學世界社とし
利益であり、『
科學世界』といふ
雜誌としても
成功を
收めたのであつたが、一
雜誌記者としての
私に
取つては、
又個人としての
秋山十
助に
取つては、
恐らくそれ
以上の
大きな
利益を
得た。より
以上に
得る
所があつたのを、
何よりの
幸福と
考へるものである。
況んや、それが
豫期しなかつた
所の、
偶然の
獲物であつたのを
思へば、一
層その
幸福を
感謝しなければならないと
思ふ。
私は
雜誌記者として、
惠まれたる
成功の
大道の
上に、
確實な
歩みを
運ぶことになつた
樣に
痛感するのである。
× × ×
× × ×
興に
乘じて、
得意のペンを
走らして
居た『
科學世界』の
主筆秋山十
助は、
書き
終つてホツとしたのも
束の
間で、
時計を
見て
驚いた。それはいつの
間にか
時が
移つて、もう
午前三
時に
近くなつて
居たからである。
『
之は
驚いた!
早く
寢よう。
此の
嬉しい
心持を
毀さない
樣に、
出來るならば
此の
續きの
もつと嬉しい
夢を
見る
樣に、
樂しい
安息の
床に
就かう!
而して
明日は
豫定の
仕事に、
元氣よく
突進して
行かう!
惠まれたる
私よ!』
さう
思ひながら、
日記用のノート・ブツクを
靜に
閉ぢた。
郊外の
文化住宅の
夜は、
靜に/\
更けて、
萬籟聲無く、
希望に
滿ちた
上弦の
月のみが、
美人の
横顏を
欺く
半圓をほがらかに、
窓ガラスの
上から
覗かせて
居るのみであつた。(完)