人造人間 高田義一郎 -------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)此處《ここ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)一|人前《にんまへ》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)かなり[#「かなり」に傍点] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)愈々《いよ/\》 *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 --------------------------------------------------------        一  此處《ここ》は○○帝國大學《ていこくだいがく》醫學部《いがくぶ》、○○教授《けうじゆ》の研究室《けんきうしつ》である。  此《こ》の教授《けうじゆ》は古《ふる》くから人間《にんげん》を試驗管《しけんくわん》の中《なか》で一|人前《にんまへ》に造《つく》り上《あ》げて見《み》せねば止《や》まないといふ意氣込《いきごみ》で、彼是《かれこれ》十|年《ねん》ばかりも暇《ひま》さへあれば自分《じぶん》の研究室《けんきうしつ》に入《はひ》り込《こ》んで、その研究《けんきう》ばかりして居《ゐ》たのであつたが、先頃來《さきごろらい》愈々《いよ/\》最善《さいぜん》の結果《けつくわ》が得《え》られ――所期《しよき》の目的《もくてき》が到達《たうたつ》せられる所《ところ》まで漕《こ》ぎ着《つ》けたといふので、入浴中《にふよくちう》に比重《ひぢう》の原理《げんり》を思《おも》ひついて裸體《らたい》のまゝシラクスの市中《しちう》を狂喜《きやうき》して飛歩《とびある》いたシシリーの物理學者《ぶつりがくしや》アルキメデスの昔話式《むかしばなししき》に、何時《いつ》どんな狂人《きちがひ》じみた事《こと》をやり出《だ》すか知《し》れたものぢやないと、教室《けうしつ》の助手達《じよしゆたち》が寄《よ》ると觸《さ》はると袖《そで》を引《ひ》き合《あ》つて囁《さゝや》く位《くらゐ》、教授先生《けうじゆせんせい》『試驗管《しけんくわん》内《ない》に於《お》ける人間《にんげん》の培養《ばいやう》完成《くわんせい》』に宇頂天《うちやうてん》である。        二 『オツクスフオード大學《だいがく》のホールデン教授《けうじゆ》が人間《にんげん》の體外生殖《たいぐわいせいしよく》に成功《せいこう》したといふデーリー・メールの表題《へうだい》を見《み》た時《とき》には、殘念《ざんねん》だ! 此《こ》の仕事《しごと》のプリオリテートをアメリカへ取《と》られたか。之《これ》は我輩《わがはい》丈《だけ》の殘念《ざんねん》では無《な》い。國家《こくか》の爲《ため》にも遺憾《ゐかん》だと考《かんが》へたが、内容《ないよう》を讀《よ》んでそれが十九五一|年《ねん》を豫想《よさう》した一|場《ぢやう》の夢物語《ゆめものがたり》に過《す》ぎない事《こと》がわかつたので、漸《やうや》く安心《あんしん》した。』  と前置《まへお》きして今《いま》しがた眼《め》を通《とほ》した外字新聞《ぐわいじしんぶん》の記事《きじ》に非常《ひじやう》に驚《おどろ》かされたのと、其後《そのご》の安心《あんしん》も、始《はじ》めの驚愕《きやうがく》の大《おほ》きかつた丈《だけ》それ丈《だけ》大《おほ》きかつたのであらう。○○教授《けうじゆ》は未《いま》だ興奮《こうふん》の鎭《しづ》まりきらない樣《やう》なおもゝちで今《いま》、誰《たれ》かに話《はな》しかけて居《ゐ》るが、いつもの樣《やう》に此《この》教室《けうしつ》の助手《じよしゆ》A君《くん》を訪《おと》づれて通《とほり》がかりに廊下《らうか》で聞《き》いて居《ゐ》る私《わたし》には、相手《あひて》は誰《たれ》か衝立《ついたて》の陰《かげ》になつてわからない。唯《たゞ》頭《あたま》の禿《は》げた○○教授《けうじゆ》が鍵穴《かぎあな》を通《とほ》して見《み》えて居《ゐ》る丈《だけ》である。 『我輩《わがはい》が體外生殖《たいぐわいせいしよく》に頭《あたま》を惱《なや》まし出《だ》したのも隨分《ずゐぶん》久《ひさ》しいものだな。何《なに》しろカーレルやバロウスが犬《いぬ》、猫《ねこ》、鼠《ねずみ》、兎《うさぎ》、鷄《とり》等《など》の胚胎組織《はいたいそしき》の培養《ばいやう》をやつた第《だい》一|回《くわい》の報告《はうこく》にヒントを得《え》て早速《さつそく》着手《ちやくしゆ》したので、ブラウスやハツダやオツペル達《たち》の追試驗《ナハブリユーフング》と殆《ほとん》ど同時《どうじ》だつたから――左樣《さやう》、あれは一九一一|年《ねん》の暮《くれ》だつけ。あれからもプラウスニツツだのヂンゲルだのオツペルだのルーだの隨分《ずゐぶん》澤山《たくさん》な研究者《けんきうしや》がそれからそれへと研究《けんきう》の歩《ほ》を進《すゝ》めては行《い》つたけれども、結局《けつきよく》組織片《そしきへん》を生理的食鹽水《せいりてきしよくえんすゐ》に移《うつ》したり、リンゲル氏液《しえき》に入《い》れて置《お》いてどう變化《へんくわ》するかを見《み》る丈《だけ》で、誰《たれ》も、我輩《わがはい》と同樣《どうやう》の點《てん》に着眼《ちやくがん》しなかつたんだ。無論《むろん》精蟲《せいちう》を體外《たいぐわい》で檢索《けんさく》した者《もの》はあつたけれども温度《をんど》の影響《えいきやう》や、酸類《さんるゐ》乃至《ないし》アルカリ類《るゐ》の濃度《のうど》を加減《かげん》して精蟲《せいちう》の生存期間《せいぞんきかん》又《また》は動作《どうさ》の活溌《くわつぱつ》さ如何《いかん》を見《み》た丈《だけ》で、要《えう》するに精蟲《せいちう》を瓶詰《びんづ》めにして小包託送《こづつみたくそう》の目的《もくてき》から人工姙娠《じんこうにんしん》可能《かのう》の限度《げんど》を明《あきらか》にし、出來《でき》る丈《だけ》それを擴大《くわくだい》延長《えんちやう》する考《かんが》へより一|歩《ぽ》も出《で》なかつたのであつて、それが悉《こと/″\》く我輩《わがはい》の研究《けんきう》に對《たい》する縁《えん》の下《した》の力持《ちからも》ちをした形《かたち》になつて居《ゐ》るのは多少《たせう》氣《き》の毒《どく》の樣《やう》でもあり、又《また》愉快《ゆくわい》でもあるのだ。デーリー・メール紙《し》の夢物語《ゆめものがたり》の方法《はうはふ》にしても飛行機《ひかうき》から墜落《つゐらく》して慘死《ざんし》した婦人《ふじん》の卵巣《らんさう》を取出《とりだ》して特殊《とくしゆ》な培養液《ばいやうえき》の中《なか》に五|年間《ねんかん》生《い》かして置《お》く事《こと》に成功《せいこう》し、次《つい》で之《これ》に受精《じゆせい》させて四|年後《ねんご》に漸《やうや》く人間《にんげん》の子供《こども》が出來《でき》たのに喜《よろこ》んで、それからは卵巣《らんさう》を剔出《てきしゆつ》して二十|年間《ねんかん》も體外《たいぐわい》に生《い》かして置《お》き、其《そ》の毎月《まいげつ》の卵子《らんし》の九|割《わり》までを受精《じゆせい》[#ルビの「じゆせい」は底本では「しゆせい」]して赤《あか》ん坊《ばう》に仕上《しあ》げたとしてあるが、夢物語《ゆめものがたり》としては大分《だいぶ》物足《ものた》りないし、又《また》不出來《ふでき》だらうと思《おも》ふ。そんなに子宮《しきう》とか卵巣《らんさう》とかいふ器管《きくわん》を體外《たいぐわい》に生《い》かして置《お》けるといふのならば、一つその事《こと》、口《くち》の體外培養《たいぐわいばいやう》をして蓄音機《ちくおんき》の代用《だいよう》をさせたり、胃袋《ゐぶくろ》を體外《たいぐわい》に生《い》かして置《お》いて消化不良《せうくわふりやう》に惱《なや》む人達《ひとたち》は體外《たいぐわい》で消化《せうくわ》したものを浣腸《くわんちやう》でもした方《はう》が名案《めいあん》だつたらうぢやないか。何《なに》? 凝《こ》つては思案《しあん》に及《およ》ばずだつて? そんな辯解《べんかい》は苦《くる》しい。我輩《わがはい》の方法《はうはふ》を聞《き》き、我輩《わがはい》の研究《けんきう》を見《み》れば正《まさ》に愧死《きし》するに足《た》るものがあるだらう。』  鼻息《はないき》が中々《なか/\》荒《あら》い。否《い》な少々《せう/\》荒過《あらす》ぎるかとも思《おも》ふが、話《はなし》が面白《おもしろ》さうだから、ヂツとして聞《き》いて居《ゐ》ると――。        三 『我輩《わがはい》の方法《はうはふ》は目下《もくか》有力《いうりよく》な世界《せかい》の各國語《かくこくご》に飜譯《ほんやく》した論文《ろんぶん》を印刷中《いんさつちう》であるから暫《しばら》く細目《さいもく》は發表《はつぺう》を見合《みあ》はすが、子宮《しきう》や卵巣《らんさう》を取出《とりだ》す樣《やう》な空想《くうさう》じみた事《こと》はしないよ。十|餘年《よねん》前《まへ》に野口英世君《のぐちひでよくん》が狂犬病《きやうけんびやう》の病源體《びやうげんたい》培養《ばいやう》の時《とき》に兎《うさぎ》の腎臟《じんざう》の切片《せつぺん》や俗《ぞく》に腸滿《ちやうまん》といふ病氣《びやうき》の腹水《ふくすゐ》等《とう》を使用《しよう》してかなり[#「かなり」に傍点]手數《てすう》のかゝつた培養液《ばいやうえき》を作《つく》つたが、あれにもつと幾倍《いくばい》も手數《てすう》をかけた液《えき》や、細菌檢査《さいきんけんさ》を見《み》た人《ひと》は知《し》つてるだらうが寒天《かんてん》や膠質《かうしつ》をガラス製《せい》の皿《さら》や試驗管《しけんくわん》の中《なか》に入《い》れるだらう。あれに血液《けつえき》其他《そのた》いろ/\のものを加《くは》へたものを成熟《せいじゆく》した初生兒《しよせいじ》の樂《らく》に入《はひ》る位《くらゐ》な大《おほき》さの瀬戸物《せともの》の甕《かめ》の中《なか》に入《い》れてあるのだ。それ以上《いじやう》は發表《はつぺう》の時期《じき》でないから云《い》へないが、此《こ》の中《なか》へ適當《てきたう》な精選《せいせん》した卵子《らんし》と精蟲《せいちう》とを入《い》れて受精《じゆせい》させるので、それは人工姙娠《じんこうにんしん》の場合《ばあひ》と少《すこ》しも違《ちが》はぬけれども、子宮《しきう》が天然《てんねん》のものでないから強《し》ひて名《な》づければ此《こ》の『人工子宮《じんこうしきう》』が我輩《わがはい》の創案《さうあん》といふ譯《わけ》になつて居《ゐ》る。さう聞《き》いた丈《だけ》では一寸《ちよつと》不安《ふあん》に思《おも》ふだらう。我輩自身《わがはいじしん》さへ最初《さいしよ》は大《おほい》に不安《ふあん》な所《ところ》があつたのだが、それが豫期以上《よきいじやう》の好成績《かうせいせき》を收《をさ》めて新《あたら》しい生命《せいめい》の種子《たね》がムク/\と其《そ》の中《なか》から成育《せいいく》して來《く》るのを見《み》た時《とき》には、實《じつ》に抑《おさ》へ切《き》れない程《ほど》嬉《うれ》しかつたね――。無論《むろん》何回《なんくわい》も繰返《くりかへ》す中《うち》にはいろ/\の故障《こしやう》が起《おこ》る。甕《かめ》をぶつけたり、培養基《ばいやうき》の作《つく》り方《かた》や分量《ぶんりやう》の工合《ぐあひ》が變《かは》つたり、温度《をんど》の變化《へんくわ》が起《おこ》つたり濕氣《しつき》や光線《くわうせん》の加減《かげん》等《とう》一寸《ちよつと》した事《こと》があつても、夫々《それ/″\》發育《はついく》に變調《へんてう》が伴《ともな》つて畸形《きけい》になつたり、發育不良《はついくふりやう》になつたり、甚《はなは》だしい時《とき》には半途《はんと》で死《し》んでしまつたりするので隨分《ずゐぶん》落膽《がつかり》もしたが、又《また》その都度《つど》經驗《けいけん》を重《かさ》ねて行《ゆ》く譯《わけ》で、最初《さいしよ》の四、五|年間《ねんかん》は隨分《ずゐぶん》苦心《くしん》したものゝ、今《いま》では百|發《ぱつ》百|中《ちう》の自信《じしん》と經驗《けいけん》が出來《でき》て從來《じうらい》の人工姙娠《じんこうにんしん》の樣《やう》なあて[#「あて」に傍点]にならないものとは丸《まる》で違《ちが》ふね。  それを誰《たれ》が何處《どこ》から嗅《か》ぎ出《だ》すものか、いろ/\のつて[#「つて」に傍点]を求《もと》めて參觀《さんくわん》さしてくれとか、一つ御依頼《ごいらい》したいとか云《い》つて來《く》る。始《はじ》めの内《うち》は謝絶《しやぜつ》ばかりして居《ゐ》たんだが、つい[#「つい」に傍点]斷《ことわ》り切《き》れない知己《ちき》のを引受《ひきう》けてからといふものは依頼《いらい》引《ひ》きも切《き》らずといふ姿《すがた》で、現在《げんざい》試驗室《しけんしつ》にある發育中《はついくちう》のもの數《すう》十|個《こ》の中《うち》三|分《ぶん》の二は依頼《いらい》のものばかりだから、自分《じぶん》の研究《けんきう》にも少々《せう/\》差支《さしつか》へる位《くらゐ》だ。それで先頃《さきごろ》から、大分《だいぶ》助手《じよしゆ》にもやらして居《ゐ》るが、此《こ》の分《ぶん》で行《ゆ》くと將來《しやうらい》は別《べつ》に其《そ》の方《はう》の研究所《けんきうじよ》を建《た》てなければ追《おつ》つかないだらうと考《かんが》へて居《ゐ》るよ。  しかも其《そ》の結果《けつくわ》は早晩《さうばん》各方面《かくはうめん》に大革命《だいかくめい》を起《おこ》すだらう。一|例《れい》を云《い》へば殺人《さつじん》といふ事《こと》は無意味《むいみ》になつて罰《ばつ》せられない樣《やう》になるか、或《あるひ》は人造《じんざう》の人間《にんげん》には特別《とくべつ》の除外例《ぢよぐわいれい》を設《まう》けるか、どつち[#「どつち」に傍点]か一|途《と》を選《えら》ばなければならないので、前《まへ》に云《い》つた夢物語《ゆめものがたり》には『パリーでは年々《ねん/\》六|萬人《まんにん》の人造人間《じんざうにんげん》が出來《でき》て、戀愛《れんあい》と生殖《せいしよく》とを明劃《めいくわく》に區別《くべつ》をする事《こと》になつた。』としてあるが、あれは想像《さうざう》の不足《ふそく》から大《おほ》きな馬脚《ばきやく》を現《あら》はして居《ゐ》る。人造人間《じんざうにんげん》がいくら出來《でき》ても千|古以來《こいらい》の自然《しぜん》の人間《にんげん》は矢張《やは》り從前通《じうぜんどほ》りに出來《でき》るから、戀愛《れんあい》と生殖《せいしよく》の區別《くべつ》にはならない。しかしそれよりももつと[#「もつと」に傍点]/\重大《ぢうだい》な事《こと》が澤山《たくさん》起《おこ》つて居《ゐ》る。未《ま》だほん[#「ほん」に傍点]の緒《いとぐち》についたばかりの我輩《わがはい》の研究室《けんきうしつ》丈《だけ》でさうだから、將來《しやうらい》之《これ》が廣《ひろ》く行《おこな》はれたらそれこそ大變《たいへん》だらうよ。何《なに》がそんなに大變《たいへん》かといふのかね、わからなければ二、三の實例《じつれい》を示《しめ》さうか。』  ○○教授《けうじゆ》は元氣《げんき》よく得意《とくい》の熱辯《ねつべん》を振《ふる》ひ續《つゞ》けて相手《あひて》を煙《けむ》に卷《ま》いて居《ゐ》る。相手《あひて》は見《み》えないが話《はなし》の工合《ぐあひ》からいつも氣焔《きえん》を聞《き》かされ續《つゞ》けで弱《よわ》つて居《ゐ》る助手連《じよしゆれん》でない丈《だけ》は確《たし》かである。        四 『一|月《つき》ばかり前《まへ》だつた、××警察署《けいさつしよ》の署長《しよちやう》が刑事《けいじ》をつれて來訪《らいはう》して、「貴官《あなた》の研究室《けんきうしつ》で人間《にんげん》をお作《つく》りになりますか。」といふから「左樣《さやう》。」と答《こた》へるとね、「□□町《まち》八|番地《ばんち》の山田治郎作《やまだぢろさく》といふ者《もの》の依頼《いらい》で作《つく》られた事實《じじつ》がありますか。」といふ質問《しつもん》さ。「そんな人《ひと》は知《し》らぬが。』と答《こた》へると、「然《しか》らば同人《どうにん》の家《いへ》にある嬰兒《えいじ》は貴官《あなた》の教室《けうしつ》のものとは全然《ぜんぜん》同《どう》一|物《ぶつ》――同《どう》一|人《にん》――ではありませんね。」と肉迫《にくはく》して來《く》るので、我輩《わがはい》は次《つぎ》の樣《やう》に答《こた》へたよ。 『我輩《わがはい》から直接《ちよくせつ》山田《やまだ》といふ人《ひと》に渡《わた》しはせぬが、第《だい》三|者《しや》から山田《やまだ》といふ人《ひと》の手《て》に當教室《たうけうしつ》製《せい》の人間《にんげん》が渡《わた》つたかも知《し》れない。それは證明《しようめい》出來《でき》ない。何故《なぜ》ならば人間《にんげん》は人間《にんげん》だが戸籍《こせき》にも載《の》つて居《ゐ》ないし、學者《がくしや》たる我輩《わがはい》が研究的《けんきうてき》に製作《せいさく》した物品《ぶつぴん》として珍重《しんちよう》されて居《ゐ》るに過《す》ぎないから、各人《かくじん》の間《あひだ》にいくらも授受賣買《じゆじゆばいばい》が行《おこな》はれもしよう、しかも、現在《げんざい》未《いま》だ其《その》取締《とりしまり》は無《な》いんだからね。』  すると署長《しよちやう》も刑事《けいじ》も泣《な》き出《だ》さんばかりの顏《かほ》をして、『弱《よわ》つたなア○○君《くん》。』『弱《よわ》りましたなア署長《しよちやう》。』と二人《ふたり》で顏《かほ》を見合《みあは》して同《おな》じ樣《やう》な事《こと》を繰返《くりかへ》したつきり沈默《ちんもく》して居《ゐ》るんだ。譯《わけ》がわからないから、こつちから『一|體《たい》どうしたんですか。』と質問《しつもん》すると署長《しよちやう》の答《こたへ》は次《つぎ》の通《とほ》りさ。 『イヤ申遲《まをしおく》れましたが、山田《やまだ》といふ家《いへ》の細君《さいくん》の墮胎《だたい》といふ見込《みこみ》で告發《こくはつ》した所《ところ》が、分娩《ぶんべん》も姙娠《にんしん》もしないあれは○○大學《だいがく》[#ルビの「だいがく」は底本では「いがく」]の先生《せんせい》の作《つく》り物《もの》ですといふので手《て》がつけられないのです。それも今回《こんくわい》限《かぎ》りならばよい樣《やう》なものゝ、今後《こんご》之《これ》が各所《かくしよ》に續出《ぞくしゆつ》すれば全《まつた》く始末《しまつ》に終《を》へなくなるかと思《おも》ふんです。』  之《これ》は尤《もつと》もな話《はなし》だと思《おも》つたね。しかし之《これ》は『人體《じんたい》以外《いぐわい》ニ於《おい》テ生《しやう》ジタル人間《にんげん》ト雖《いへど》モ之《これ》ヲ人《ひと》トシテ取扱《とりあつか》フベシ』といふ法律《はふりつ》でも出《だ》すより仕方《しかた》があるまいが、さうなると我輩《わがはい》の研究室《けんきうしつ》では毎日《まいにち》出産屆《しゆつさんとゞけ》ばかりして、私生子《しせいじ》以上《いじやう》に厄介《やくかい》なものを始末《しまつ》する手續《てつゞき》丈《だけ》でもやり切《き》れなくなるから迷惑《めいわく》此《こ》の上《うへ》無《な》しさ。アハヽヽヽ、私生子《しせいじ》といふ從來《じうらい》の稱呼《しようこ》もをかしなものになるから、こつちへ貰《もら》ふ事《こと》になつて、從來《じうらい》の奴《やつ》は父不詳子《ちゝふしやうじ》と改《あらた》める事《こと》になるかも知《し》れないね。  それに今《いま》でこそ赤《あか》ん坊《ばう》ばかりだが、どん/\大《おほ》きくなると研究室《けんきうしつ》出來《でき》の無籍者《むせきもの》が壯年《さうねん》になり、老年《らうねん》になる譯《わけ》で兵役《へいえき》や納税《なふぜい》の義務《ぎむ》も無《な》いかはりに公民權《こうみんけん》も無《な》ければ殺《ころ》されても殺《ころ》されつぱなしになつて困《こま》らうから、何《いづ》れ近《ちか》い中《うち》に『人造人間取扱法案《じんざうにんげんとりあつかひはふあん》』位《くらゐ》なものが議會《ぎくわい》の大問題《だいもんだい》になる事《こと》だらう。放《はふ》つて置《お》けば殺人《さつじん》御免《ごめん》の恐怖時代《きようふじだい》が出現《しゆつげん》する可能性《かのうせい》があるからね。        五  種々《いろ/\》な理由《りいう》で我輩《わがはい》に人造人間《じんざうにんげん》を依頼《いらい》に來《く》る者《もの》は隨分《ずゐぶん》多《おほ》い。勿論《もちろん》益々《ます/\》それが殖《ふ》えこそすれ減少《げんせう》する見込《みこみ》は無《な》いので文字通《もじどほ》り忙殺《ばうさつ》されて居《ゐ》るが其《その》一、二を云《い》つて見《み》れば、生《う》みの苦《くる》しみをしたくないとか姙娠中《にんしんちう》見苦《みぐる》しい形《かたち》をしたくないとか、姙娠《にんしん》の爲《ため》に容色《ようしよく》の早《はや》く衰《おとろ》へるのを避《さ》けたい等《など》といふ雜多《ざつた》な原因《げんいん》から姙娠《にんしん》を好《この》まない新《あたら》しい婦人達《ふじんたち》もあれば、姙娠中《にんしんちう》の謹《つゝし》みが續《つゞ》かないで胎教《たいけう》の惡影響《あくえいきやう》を及《およ》ぼすのを恐《おそ》れますといふ考《かんがへ》の女性《ぢよせい》もある。さうかと思《おも》へば又《また》優生學《いうせいがく》の立場《たちば》から人工姙娠《じんこうにんしん》をと願《ねが》つて居《ゐ》たが、現在《げんざい》自分《じぶん》の女房《にようばう》の胎内《たいない》にと思《おも》ふと、偉《えら》い人《ひと》の種《たね》を借《か》りて來《く》るのに躊躇《ちうちよ》させられて居《ゐ》た。しかし此《こ》の人工子宮《じんこうしきう》の中《なか》で育《そだ》つとすればそんな感情《かんじやう》は少《すこ》しもまじらないから理想通《りさうどほ》りの崇拜者《すうはいしや》の種《たね》を喜《よろこ》んで貰《もら》へる。それは下手《へた》な養子《やうし》をするのに較《くら》べてどれ丈《だけ》結構《けつこう》な事《こと》かわからないと、大喜《おほよろこ》びの學問《がくもん》のある男子《だんし》も來《く》るといふ樣《やう》な姿《すがた》さ。所《ところ》が我輩《わがはい》の驚《おどろ》いた事《こと》が一つあるんだよ。それは商人《しやうにん》の利《り》に敏《さと》い事《こと》だがね。  一|體《たい》どこで聞《き》いたものか、そんな事《こと》のわかる筈《はず》は無《な》い樣《やう》な男《をとこ》なのにすつかり[#「すつかり」に傍点]組織的《そしきてき》に準備《じゆんび》をして來《き》て、人工子宮《じんこうしきう》に培養《ばいやう》する要素《えうそ》供給《きようきふ》の專賣所《せんばいじよ》をやらして欲《ほ》しいといつて來《き》たのさ。自分等《じぶんら》夫婦《ふうふ》から材料《ざいれう》を提供《ていきよう》するものには其《そ》の必要《ひつえう》は無《な》いが、前《まへ》の人《ひと》の樣《やう》に優良《いうりやう》な種《たね》を選《えら》ばうとする場合《ばあひ》、自分《じぶん》で直接《ちよくせつ》に崇拜者《すうはいしや》の所《ところ》へは頼《たの》みにも行《ゆ》きにくいし、又《また》供給《きようきふ》する方《はう》も一寸《ちよつと》返事《へんじ》にこまる。其時《そのとき》に中《なか》へ入《はひ》つて相手《あひて》の欲《ほつ》すつまゝに軍人《ぐんじん》でも政治家《せいぢか》でも、事業家《じげふか》でも、學者《がくしや》でも、宗教家《しうけうか》でもチヤンと整《とゝの》へて來《く》る事《こと》を自分《じぶん》一|手《て》で引受《ひきう》けるといふので實《じつ》に拔目《ぬけめ》の無《な》いもんだね! 之《これ》には全《まつた》く感心《かんしん》させられた。人《ひと》が苦心《くしん》したのをそつくり其儘《そゝまゝ》利用《りよう》して濡手《ぬれて》で粟《あは》をつかむ樣《やう》な大儲《おほまう》けをやらうといふ悧巧《りかう》な考《かんが》へだから。』  といひつゝ調子《てうし》づいて握《にぎ》つた拳骨《げんこつ》でドシンと卓《たく》を叩《たゝ》いた。○○教授《けうじゆ》の熱辯《ねつべん》に傾聽《けいちやう》して居《ゐ》た筈《はず》の相手《あひて》は此《こ》のドシンといふ音《おと》に驚《おどろ》いて目《め》をさました。何時《いつ》終《をは》るかわからない長談義《ながだんぎ》についうと[#「うと」に傍点]/\して居《ゐ》たのであらう。道理《だうり》で靜《しづ》かだつたと肯《うなづ》かれた。スルト教授《けうじゆ》は禿頭《はげあたま》から湯氣《ゆげ》を立《た》てんばかりにカン/\に怒《おこ》つて、天井《てんじやう》も拔《ぬ》けるかと思《おも》はれる程《ほど》の大聲《おほごゑ》で、『馬鹿野郎《ばかやらう》。失敬《しつけい》な。』とどなりつけた。  此《この》底拔《そこぬけ》の大聲《おほごゑ》に私《わたし》も驚《おどろ》いて飛上《とびあが》つた。飛上《とびあが》り過《す》ぎて思《おも》はずドシンと尻餅《しりもち》をついた。但《たゞ》しそれは研究室《けんきうしつ》の廊下《らうか》ではなくつて、それは自分《じぶん》の床《とこ》の上《うへ》であつた。  私《わたし》ですか? 私《わたし》は助手《じよしゆ》A君《くん》の友人《いうじん》です。いつもA君《くん》から○○教授《けうじゆ》の脱線振《だつせんぶり》を聞《き》かさせて居《ゐ》る上《うへ》に、今日《けふ》は早朝《さうてう》から又《また》教室《けうしつ》にA君《くん》を訪《と》ふのを樂《たのし》みにして居《ゐ》たのです。(大正十五・九・十九) 底本:「現代ユウモア全集 第十一卷 高田義一郎集 らく我記」現代ユウモア全集刊行會    1928(昭和3)年11月20日発行 入力:宮城高志 校正: YYYY年MM月DD日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。