next, back, c026 名古屋城
(金鯱城、柳ヶ城、亀尾城、蓬左城)
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名古屋市中区本丸

家康がほぼ天下を取り大阪の秀頼と西国大名に対する備えとして
東海に有力な城郭を築こうとして初め清洲城改築を計画したが
地域が狭いなどで、応仁の乱後大永元年今川氏親が斯波氏等の牽制のため
米子氏豊に今の二の丸付近に那古野城を作ったが、
この地を選び慶長十四年牧助右エ門長勝に縄張りを
翌年西国の外様大名十九家に命じて造らせた。
天守は同十七年本丸御殿は十九年完成した。
家康は武州忍城より第四子松平忠吉を東海鎮護にと考えたが急逝したので
八歳の第七子義利(義直)を甲府より呼び寄せた。
維新後兵部省の元で他の城と同様売却されるところ
工兵大佐中村重定らの反対運動で破壊を免れたが昭和二十年戦災で焼失、
東南、西北、西南の三櫓と表二の門を残して天守、小天守、御殿、隅櫓一、門四を失った。
その後昭和三十四年天守、小天守、正門が復元された。
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