松江市殿町
関が原の功により浜松から月山城に入った堀尾帯刀吉晴は、 慶長一二年松江に新城を造った。一説には縄張りは小瀬南庵とも 言われている。松江城は先の犬山城と異なり城郭建築の最盛期で いわゆる複合天守であるが質素で孤独に見えるのは一大名が建てた もので財力に乏しく急いだためだろう。同時代の名古屋城などと 比するとよくわかる。これには吉晴夫人の内助が大きく働いている。 上 s39年春 H4年夏 上右、下 '城’へもどる