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ヘゲモニーを失った日本

 ヘゲモニーHegemonyとは支配権,主導権,覇権などを言うらしい。覇権の時代の象徴的な国アメリカは目下イラクでのコントロールに戸惑っており、国内でも来年の大統領選挙に向けて、民主党の巻き返しで混乱しており、世界の主導権を主張する力関係を失っている。
支配権または主導権は、世界的に見ると、各国は争って自国の経済の主導権をとることに熱中している姿が見える。

 日本の阿部首相は残念ながら一年で辞職したが、就任当時、彼はかなりしっかりした、テーマを持って登場していた。その一は「戦後レジームからの脱却」だった。レジームという言葉を「戦後レジームを見直し、新たな船出をするときが来た」とよく言っていた。

レジームとはフランス語で体制のことで、フランス革命のときに、それ以前の旧体制や古い秩序を表す「アンシャン・レジーム」という言葉が生まれたのが、はじまりだったと言う。つまり、戦後レジームとは戦後ずっと続いてきた日本の体制を指すわけだ。

 福田首相は、早々と靖国神社への参拝は致しませんと宣言している。何処の国へ遠慮しているのか甚だ頼りない限りだと思っている。権謀述数に長ける首領どもに担ぎ上げられて、首相の座についたという印象は免れない。

 その第一は、心に響く演説が聞きたいと思うことばかりだ。平成19年10月20日、元産経新聞の編集長だった石井英夫氏のコラムを読んだ。阿久悠さんの本に書いてあった。主題は政治家と弔辞という言葉の考察である。米国のクリントン米大統領の演説のキーワードは「春」と「再生」と「変化」で、まぎれもなくフォオ―クソングだったという。

 一つの国のリーダーたるものが公式に語る言葉には、訴えるものと、酔わせるものと、近未来のあらまほしき予想図が含まれていなければならないと阿久さんは評価していた。
それに比べると、日本の政治家は言葉を持っていないとつくづく感じるというのである。
例え、雄弁ではあるが、あの言葉の選び方と、あの抑揚の殺し方、しかもよどみのない空虚な言葉の流れ・・・ああ、これは定型の弔辞だと気がついたと述べている。

 作家曽野綾子さんは、この度の自民大敗はの背後には、「若い世代の閣僚達の日本語の貧困もその原因の一つにあるような気がしている」大敗を決したとき、この事実を真摯に受け止めている」「厳粛に受け止めている」これらは、日本語力の無惨なほどの形骸化を見せ付ける言葉だと指摘している。

 福田首相は「個性の出し方については」皆さんが教えてください。自分からキャラを出そうと考えたことは一度もないんでね」極めて後ろ向きに語った。大衆に迎合し、世論におもねって国を誤ることにもなりかねない。しかし、“政治は言葉”言葉という武器を駆使して国民を揺り動かさなければならない。文学通で、スピーチライターを起用すればよい。

 人情の機微や庶民の哀歓をすくい上げるこまやかな言葉遣いや文章表現が必要なのであると最後に石井英夫氏は訴えている。かたや、中国政府の海外諸国への進出ぶりは目を見張る勢いである。日本の証券市場へ第一号の上場を果たしている。

 特に新華僑の進出が現在大きな力関係を持ち始めたというNHKの番組で見た。中国の故ケ小平氏が、中国の将来を握るのは、若手の育成を必要であると各国特に日本には若い大学を終えた若手を送り出し、その人たちが現在の中国のグローバル化を進める時代を迎え始めた。かたや、中国の偽物、日本の有名ブランドを平気な顔で少しばかり変名して偽物が平気で売られている現状は、よく知られているが、この問題は事実だが、実情は若手の華僑が立派に活躍し始めた報道を観て、現在の中国の進出ぶりは驚くばかりの事実を伝えていた。

 国内の政情の矛盾点やら、不穏な空気、その他国内の問題点を外国から指摘されながら、目下の諸外国への進出は素晴らしい勢いである。日本のI・T産業の鍵は中国に握られているという記事を見た。

 現在の日本の政治は民主党が、なにもかも反対姿勢を打ち出し、国会は混乱している。
この様な現状では、ますます国内問題に追われ、海外からの進出に対応できない状態だ。
ヘゲモニーが打ち出す力が失われてゆくのは、日本の力が薄れて行くことに繋がるのが、
心配になるのを憂うのは私一人の心配で終わればと祈るのみである。

                            石 井 立 夫