私は貝になりたい

 第二次大戦後の戦争裁判をたった一人で戦い抜き、部下の命を守った岡田資(タスク)旧日本海軍中将の姿を通して、現代人が失いつつある“美徳”を訴えかける感動作「明日への遺言」は平成203月現在全国で上映中だ。藤田まこと主演映画で、大変な動員数で展開されている。これはおそらく新記録を立てるだろう。

 しかし、私は昭和33年度生放送された、フランキー堺主演の「私は貝になりたい」を思い出している。片やプロ軍人が自己も責任において、立派な最後を遂げた軍人の物語である。多くの高級軍人が自己の責任を全うしないで、うやむやに終戦を迎えた中で、岡田中将の行動は、甚だ立派だが、ある点では、プロとしての責任を取ったと言うことで、立派な最後を終わったと言う事例だ。

 その他の多くのプロの軍人が果たして幾人責任を取ったかと言う疑問はどうしても私には残り、敗戦の惨めな時代を思い出しているのだ、反対に、全くの素人の兵隊が、自分の意に副わないで、召集と言う形で、いかに多くの兵隊の犠牲者がでたか?私はその点にどうしても拘るのだ。

 私もそのうちの一人だ。召集という形で、どれほどの多くの犠牲者を出したか、いまさらそれを問うつもりはないが、フランキー堺の映画を見たとき、大変なショックを受けたのを今でも忘れることは出来ない。第13回芸術祭受賞、岡本愛彦演出、橋本忍脚本の映画だった

 特に岡本愛彦氏の演出は見事なもので(森光子と結婚、平成2004年、前立腺癌で亡くなった。前立腺癌は男性の宿(シュクア)(男性特有の持病)で、私も三回の手術を受けた(個人的な話題で恐縮だが)現在は何となく収まっている)フランキー堺は、赤紙で召集された理髪店の主人だった。

アメリカ軍の捕虜を上官の命令で刺し殺しそうになり、結局命令と言へ、殺していなかったのだ。「突撃前へ!」上官の命令で、しぶしぶと捕虜を殺害しようとするが、失敗して怪我を負わせる。戦後、突然県の警察部が「戦犯容疑者として逮捕される。アメリカ裁判官が「あなたは捕まえた人を殺した。絞首刑!」と断定された。

 どうしておれが、どうしておれが」結局判決は絞首刑に決まった。
「ふさえ、賢一さようなら お父さんは二時間ほどしたら、遠い遠いところへ行ってしまいます。もう一度逢いたい、もう一度暮らしたい・・・・

 お父さんは生まれ変わったても、人間にはなりたくありません。人間になんていやだ。
もし生まれ変わっても牛か馬の方がいい。いや牛や馬なら人間にひどい目に逢わされる。
どうしても、生まれ変わらなければ、ならないのなら、いっそ深い海の底の貝にでも・・・そうだ貝がいい。

 貝だったら深い海の底でへばりついていれば、いいんだからなんの心配もありません。
深い海の底だったら戦争もない。兵隊に取られることもない。ふさえや賢一のことも心配することもない。どうしても生まれ変わらなければならないなら、私は貝になりたい・・・・
最後に、彼は十三台階の段々を登って行くシーンで終わった。

 例え小説とは言え、この種見えざるBC級の裁判が実際に、多くの現地で行われた事実があったのだ。戦いは空しい。絶対に負けるものではないという教訓だけは戦後しばらく若い我々には根深いものが残った。今更の話題ではないが、「明日への遺言」の高級軍人物語の印象から私はふと、若き日のフランキー堺の映画を思い出した。

  平成20年4月3日               石 井 立 夫