昭和が終わった日

 429日(火曜日)NHKの番組で「昭和が終わった日」という題名で放送された。
私は昭和以前の生まれだから、特別の関心を持って放送を観た。評論家の大谷昭宏氏(ジャーナリスト)の紹介で「特攻花」という名の写真集を発行し、メデイアで取り上げられ、2005年には個展も開催された独特の才能を持った仲田千穂さんという若い写真家の紹介をし、独特の話題から、この番組が始まった。

 隊員たちに、娘たちは、野の花を贈った。彼らはその花をそっと滑走路に置き飛び立ったその花の種が風に舞い60年たった今も毎年、滑走路周辺に花を咲かす。
この天人菊を、島の人たちは「特攻花」と呼び、平和を願う花として今でも大切にしているこの悲しい話題から始まった。その島の名は奄美郡・喜界島と言い、若い特攻隊員が飛び立った鹿児島知覧の名だった。

 大谷昭宏氏はフラッシュ・アップで平成20年に思いを馳せつつという記事を書いている。2008年は平成20年。昭和が終わって20年になるわけだ。

 大谷昭宏氏のプロフィール
早稲田大学出。読売新聞に入社。黒田清氏などと共に、「黒田軍団」の一員として、数多くのスクープ記事を取材。1987年黒田氏が渡辺恒夫社主と対立後退社。黒田とジャーナリスト事務所を設立。

 黒田氏の死去に伴い、自分の事務所を設立、2006年NNN今日のコメンテーターとして出演。黒田清の信念「ジャーナリズムの基本は伝えることではなく、弱者の訴えを代弁すること」を継承している一方で、特定のサブカルチャーを弱者への脅威として不用意に批判してしまうため、文化間の軋轢を起こしやすい側面もある。高濃度燃料を推奨していたことがあり、知識面での不足が目立つ。

 仲田千穂さんのプロフィール
彼女は写真家として活躍しているが、19歳のときに喜界島に咲く「特攻花」と出会い、以来5年間、この花を撮り続けてきた。特攻隊員と同年代だった彼女にとって、此の花との出会いは衝撃的だったという。その彼女がこれまで撮りためた写真を一冊にまとめた写真集が「特攻花」だ。元特攻隊員の摂津氏をはじめとする生きた証言。

 5年間の取材メモとあわせて、この国の戦争と平和を丁寧に映し出してゆく。「特攻花」を通して、写真の持つ力と、伝えることの責任を学んだという一人の女性カメラマンの魂の記録でもある。ピースな映像作家で知られる映画監督の中野裕之氏も「根性のある娘」と絶賛を寄せている。

 昭和6417日、昭和天皇は崩御された。
その3日後に平成に変わった。NHKのハイビジョン番組「昭和が終わった日」大谷昭宏氏と仲田千穂さんの二人が戦争と関わった人々を訪ねて行く。南方の島で捕らえられた捕虜の婦女子が上官の命令で惨殺されたため、戦後BC級戦犯とされ、死刑宣告の後、巣鴨プリズンの刑場から何とか生還した方、この人は戦後天皇が普通の人間と宣言されたとき、一言戦争に参加した兵隊にすまなかったと言って欲しかったと言っていた。

 沖縄の集団自決の壕に建てた碑を心ない人に破壊された彫刻家・・・・の言葉。特攻隊からの生還者、その他多くの戦争参加者の言葉、当時戦争へ参加させられた人々がまだ現役で残っているだけに、やるせない思いを私も感じながら観ていたのだ。昭和元年に私は小学校に入学した。まさに昭和という時代と共に歩んできたのです。

 私には個人としての色々な思い出がある、昭和天皇は、まさに激動の生涯を過ごされた。
まさに人生の縮図と言えよう。戦争への事実を否定する人が多いが、歴史は否定できない事実なのだ。この番組を観ながら今更ながら平和の尊さを痛感したのだ。

  平成20年5月22日               石 井 立 夫