スポーツ解説者・張本勲氏
張本勲氏の勇気ある発言

 10月6日予め家内に依頼しておいた張本勲氏の在日朝鮮人(昔はこのような言葉を使っていた)の経歴について、彼は堂々と認め、広島出身の人で、幼いときに、原爆に遭遇したが、幸いにも落下した原爆の山の後ろに住んでいたので、直接の被害者ではなかった。しかし、姉が被害者として、亡くなった姉の悲しみを持っていた。母親が必死になって、何とか最後まで姉の逝去を庇って、悲しい思い出は経験している。

 彼は偉大なる野球選手で、生涯の記録ヒット数3、085本を打った大記録を残している毎日曜日の第六チャンネルに出ているが、彼の野球に対する、厳しい言葉は正に彼の苦労から発した言葉であり、立派なものだ。

 彼の野球に関する言葉は、誠に厳しいもので、その言葉は彼だからこそ、言えるもので、今時の若い人に、寸鉄を刺す言葉であるが、彼だからこそ、通じる警句に値する。しかも、若い人達に与える言葉には、毎回感心させるものがあるので、私は毎日曜日の番組を大いに楽しみにしている。

 マリナーズに所属するイチロウ選手は、今年、後二本で、張本氏の記録に迫ったが、手が届かなかった。来年はどうだろうか?イチロウは、アメリカで大活躍している選手だが、一度だけ、張本さんに追いつきたいと言っていたが,天才的な技術を持った選手でも、今年はついに追いつくことは出来なかった。

 九連勝の大記録を立てた、元巨人の川上監督が、張本氏の手のやけどを見て、良くぞ野球選手になれたなーと感心していたらしいが、彼は子どものときに、バックしてきた車に轢かれた経験があるらしい。この厳しい手に怪我をして、それを克服して、中学生、高校生活を卒業し、其の当時から突出した、野球選手を目指して、練習をしてきたらしい。

 彼はロッテの野球チームに所属していたときに、大記録を残したらしい。大記録を立てた瞬間の記念写真を見た覚えがある。現在は野球評論家だけではなく、色々な野球の指導もしているようだ。

 フアンにサインを求められた時には、必ずトップに3,085本とまず書いて、自分の名前を書いておる写真を見たが、おそらく今後、このような名選手は出ないだろうと思っている。今後も、私はフアンとして、毎日曜日の彼のテレビの出演を期待し続けたいと思っている。

  平成20年10月23日               石 井 立 夫