ジャズの復活

 ジャズの復活がテレビで放送されていた。懐かしい思いを込めて久振りの音楽を聴いたのだが、どうも違和感があった。よく考えてみると、戦後の米軍が日本領土を占領していた当時のものばかりが主で、私には馴染めない理由が分かったのである。

 占領軍が俄然勢いを伸ばしていた時代だった。私は復員をしたばかりで、食べることばかりに専念していた時代だったから、戦後のジャズは殆ど聞いていない時代を過ごしていた哀れなものだった。米軍の格好の良いことは、今でも頭に残っている。

 銀座の4丁目の交通整理を当時の人気俳優のタイロン・パワーが仕切っていた風評も有ったらしい。兎に角米軍の格好の良さは、例えば、服装が第一格好良く、右手に、手提げのコカコーラの6本入ったボックスを下げ、左手にラジオボックスを提げて、ラジオを聞きながら格好よく、颯爽と歩いている姿は今でも頭に残っている。

  いささか時代は遡るが、昭和14年、15年まではアメリカ映画、ジャズが輸入されていたのである。昭和16年にはハワイを空襲した年だから、当然アメリカ憎悪が急速に日本全体が陥ってしまった。なかにし礼さんが、産経新聞に小説を書いているが、その文中に、戦前のジャズの記事を書いていた。

 さすが小説家はよく調べているものだと、感服したが、文中にあるジャズの歴史をいささか引用させて貰った。余りにも懐かしい思い出に繋がったからだ。起源と暦史と様式、そのバリエーションについて、ジャズメンたちについてまず調べていた。

 ルイアームストロングの歌とトランペットの温かさと瑞々しさ、デイユーク楽団のクラシックのオーケストラにも劣らぬ風格ある響き。ビリー・ホリデイが歌うブルースの憂愁。エラ・フイツジェラルドがスキットで見せる超絶技巧。黒人ジャズとクラシック音楽を合体さ『ラブソデイ・インブルー』を作曲したジョージ・ガーシュインの天才性。

 ペンホーリック楽団の『セントルイスーブルース』トランペットの繊細な音を訴えるようなブルース。音楽映画も『ジャズ・シンガー』『ブルースの誕生』『四十二番外』『喝采(アプローズ)』『ブルースの誕生』『有頂天時代』『雨に唄えば』『野郎度どもと女たち』は特にお気に入りで、フランク・シナトラにはしびれっぱなしだった。特に彼の(My way)は今でも懐かしい。

 デイアナ・ダービンと言う名の女優は一時日本では素晴らしく可愛い人として大変な人気だった。バーバラ・スタンウィックという名前の意外と日本人好みの女優がいた。

 当時のアメリカの男性俳優のロバート・テイラーという名のトップの色男と騒がれた俳優と結婚した。彼女が映画で初めて唄った(Where the lazy river goes by)は抜群だった艀(はしけ)の後ろに、父親がバンジョーを弾いて、その曲はセンルイス・ブルースだったことを今でも思い出すシーンだった。

 戦時中という厳しい時代にスターという名の雑誌が売られていた。五十銭だったが、裏のページに、当時流行した映画の唄が載っていた。学生の身分では高い買い物だったが、映画の唄を懸命に覚えたものだ。非国民と言われる時代に隠れるようにして、購入したものだ。

 ともあれ、いくら厳しい制限があっても、卒業と同時に100%軍隊に入隊という厳しい時代だったが、現在のように就職見送りという時代は、程遠い過去の思い出ばかりが思い出される時代を過ごした自分には、夢物語としか思えないのだ。今更後悔の念はないが・・・・

    平成21年2月12日               石 井 立 夫