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| 戦時中のサイパン島 | ||
| 生きて虜囚の辱めを受けず |
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この文章は太平洋戦争の時、当時の総理大臣であった東条英機大将が発した全陸軍の将兵に発した戦陣訓の一部にあった文言である。忠実にこれを解釈した兵隊は捕虜になることは避け、只管国歌に忠実を守ることに専念し、結果は国家の壊滅に際し、単に言葉だけが残りソ連に多くの捕虜収容所で65万人の捕虜生活を余儀なくされ、5万人に上る死者まで出した悲劇を生んだ歴史的事実があり、その他多くの犠牲者を結果的に出してしまったのだ。 |
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この文言のため、多くの兵士が無駄な死を迎えたか筆舌に尽くしがたい文言になったのである。日本本土で唯一の戦場になった沖縄の地は、今も大きな犠牲を払った兵士の怨念の声が聴こえてくるのである。然し不思議なもので、捕虜になった兵士の記録は知らないが相当数いたようだ。それほど壮絶な戦いがあったのだ。 |
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兵隊を励ます組織 |
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私はこの記事を読んで、これこそ兵隊を動かす最低の要素が示されている。単なる感傷ではない、生きることを保証することが無ければ、誰が国のために命を捧げる勇気が出来るだろうか。 |
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生きて虜囚の辱めを受けず、この単純な12文字の中味は、どれほどの日本兵の犠牲を強いて、怨念の姿、後の面倒は全然見ない、過酷な運命に耐え、只管日本のために死んでいった兵隊の姿が、未だに眼に浮かぶのだ。私の感傷ではない、無数の同級生の姿、それも親への別れの挨拶、出征先まで秘密にされ、別れて行った友人の姿を垣間見ることがある。センチメンタルな話ではない。 |
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そのときに国歌が面倒を見るという保証は何も無かった。総動員という魔物の言葉に全国民が極端に言えば、無批判に行動しただけの話である。この悪夢は戦後64年過ぎた現在ではかなり薄れはしたが、戦争経験者には、時々思い出せさせる悪夢だ。さて、アメリカの組織を更に続けて行く。 |
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第二次世界大戦から、ベトナム戦争、イラク戦争まで「全ての兵士を故郷へ帰す」という動かしがたい信念が基本にある。これが伝統的に民主主義であるアメリカの良い点である世界中にチームを派遣し、遺体(遺骨)を見つければ、CILの専門家が科学的に身許鑑定を行い、遺族へ引き渡す。その鑑定ぶりは関係者の間ではつとに有名だ。 |
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| 天皇陛下訪れる | サイパン島 |
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たった一人の兵士の遺骨を捜すために、硫黄島に大人数のチームを送り込み、ドーバー海峡が干潮になったときに海底の泥を全部吸い上げて、欧州戦争で亡くなった兵士の遺骨を捜査したこともあった。そのCILで、研修を受けた40代の日本人がいた。 |
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彼は、太平洋・ウエーク島でCILが見つけた旧日本軍兵士と見られる遺骨の鑑定に加わり「レベルの違いを思い知らされた」と打ち明ける。遺骨は、3体分が個別に埋葬されており元判定の材料となる歯の治療痕もあった。 |
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米軍には、第二次大戦以降の全て行方不明兵士の歯科記録が残されており、DNA鑑定も行って、身許を特定する、CILのスタッフから「当然キミタチ(日本)もそこまでやるんだろう」と言われたが、日本にはそんな力量も予算もない。結局、」身許不明者として、千鳥ヶ淵戦没者墓苑へ葬られるしかなかった。 |
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多数の実働部隊や装備を持ち、専門家も擁している防衛省・自衛隊は国内の硫黄島での一部の業務を除き、基本的には遺骨収集事業にはタッチしていない。拉致問題のように、「内閣府に省庁の枠組みを超えた組織をつくるべきだ」と言う声もあるが、実現の見通しは極めて低い。だが今後、海外派遣が常態化している場合などには、どう対処するのだろう。 |
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アメリカのCILを見れば分かるように、国家のために命をかけた人の慰霊をおろそかにしている国など、世界を見渡してもどこにもない。国民や現役の士気にかかわるからだ。 |
| 平成21年2月19日 石 井 立 夫 |