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| 放 浪 記 | ||
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森光子の放浪記 |
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彼女の5月9日の誕生日に林芙美子の『放浪記』の公演2000回を迎えた記念公演を8チャンネルで観た。1920年生まれだから今年89歳になる。一年半にわたる初の密着取材を続け、素顔に肉薄した作品だった。 |
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作家林芙美子の波乱に満ちた半生を描いた『放浪記』は、脇役ばかりだった森が初めて主役を努めた作品だった。昭和36年、41歳の時だった。以来、代役なしで単独主演の記録を伸ばし続けている。女優としての下積み時代、歌手生活、2度の結婚と離婚、戦争で亡くした肉親・・・・・。 |
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『放浪記』の舞台裏から、森光子の知られざる生い立ち、親交のあった美空ひばりとのエピソードまで、貴重な映像とともにつづられる中で、森は体力についての不安を口にする。ひとりの女優の偉業をたたえるドキュメントに終わらず、同時に激動の昭和、芸能史を振り返る構成になっており、感慨深いものがあった。この中味で特に印象の強いものは、(1)戦前昭和18年、19年に、彼女は一歌手として戦地の慰問に赴き、数日中に赴く特攻隊の兵士の前で、唄った場面だ。(2)戦後アメリカ軍に占領されていたが、米軍の前で和服姿で、当時のスタンダード・ナンバージャズを歌ったシーンだ。フランク・シナトラの「国境の南」という題名だった。 |
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(3)美空ひばりが電話で、ビンクロスビーのホワイト・クリスマスを原語で歌ったシーンだ。彼女はさすが天才と言われた歌手だっただけに、見事なリズムで歌ったシーン。 |
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ともかく芸能人に囲まれて祝福されたのは結構なことだが、まるで森光子の追悼式の雰囲気みたいな感じすら持った。彼女は健在の身であり、放浪記の公演を尚続けて行くつもりなのだ。若い人から見れば、89歳はそうとうの老人と見えるようだ。 |
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多少腰が弱くなっているように見えた。例のでんぐり返りの所作は止めたらしいが、今後3000回の祝福会が予想できるような雰囲気だった。さて、私も今年89歳の年齢だが、意気健康で、毎日健康で暮らしている。 |
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戦争に3年間参加したが、戦前、戦後の経験は森光子さんと同様の経験を持っている。 |
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無理をしないで、過ごす毎日だが、89歳がいかに老齢に見えるか、時には同様に見られることはあるが、虚勢を張らず、妻は85歳であるが、共に健在に過ごしており、残念ながらこの番組は観てなかったようだ。 |
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粗筋は説明したが、同じように辛い思いは十分経験している。今更思い出話はしないが、世間の様変わりはテレビ、新聞で見ているようだ。あたかも森光子の追悼番組のようにも思えたが、元気な彼女の姿を拝見して、当方も刺激を受けたのだ。 |
| 平成21年5月21日 石 井 立 夫 |