故  宮  院
洛陽の紙価を高める

 (晋書・文苑伝にある)晋の左思が三都腑(さんとのふ)を作ったとき、洛陽の人々が争ってこれを書写したので、洛陽市中の紙の値が高くなったという故事から)本の売れ行きが非常に良いたとえ。(広辞林)

 最近この故事から日本の印刷された本に関する逆の現象が起きている。例えば文芸春秋の雑誌「諸君」が5月号から休刊されることになった。私は長年この雑誌を愛読し、日本を元気にするオピニオン雑誌として読んでいたが、このような雑誌類の休刊が始まっているようだ。大新聞も印刷部数が減ってきているようだ。

 新聞の広告欄をみると、印刷物の広告が目立つが、実際面の売れ行きは捗捗(はかばかしく)しくないようだ。この顕著な例はアメリカでも同様の現象が起きているようだ。
その原因はインターネットの普及が進み、日常の情報は何時でも、何処でも見ることが出来るようになったからだ。

 極端な例として、子供までもが、電車の中で見ている携帯電話が、世界中の情報が瞬時に見られる時代なのだ。現代の若者は徐々に読書量が減りつつあるのは、前から言われてきたが、話題はもっぱらインターネットからの情報が主で、今やこの現象は急速に進むことは別にニュースに取り上げるほどのものではない。漢字離れは進む一方であるが、彼等は、なんら痛痒は感じないのだ。

 過日も、漢字検定協会のニュースが大きくとり上げられていたが、一時は大変な勢いで検定試験が行われたことがあったらしいが、これはスキャンダル・ニュースとして大きく報じられた。特別な問題として報道されたことで済まされるようだが、不正があり親子が逮捕までされた。

 読書量が減ったため、若者と大人との話題が妙に合わなくなったと老境に入った人が訴える話を聞くことが増えた。新聞から得られる世界的なニュースは若者には彼等なりの解釈で理解しているのだろう。

 現在から48年前、山本夏彦氏と山本七平氏との対談集の復刻版が発行された。お二人とも鬼籍に入っておられるが、二人の対談は懐かし・可笑し・毒舌対談;十番づくし、とあるが対談の紹介ではなく、お二人とも読書の量の豊富さに驚いている。対談の基礎になるには、読書量がその基盤にあるからだ。是非ともこの本をお勧めしたい・・・・・。

現 代 の 若 者 た ち 神 田 の 古 本 屋 街

当時はテレビの普及は現在ほどではないだろうから、読書以外に豊富な教養は得られない時期だと思う。若者の読書量は減って入るが、一部には情熱を傾けて読書に専念している人がいるので、一概に否定するものではない。

 カニ工船という本が良く売れていると聞くが、これも一部の現象であって、全体のものではないと聞いている。問題は若者たちが全般的に年齢者との対話が少なくなっていることは否定できないらしい。大人との対話を避けている傾向があるようだ。面倒な話はしない・面倒だ・この現象は、当分続くのではないだろうか。

 大体日本人は対談する場合は感情的になりやすい面があるようだ。人との語りは冷静であり続けることが大事だ。人のことは簡単だが、私も人との語りは苦手だ。日本人の苦手意識は誰もが経験しているはずだ。最近は進歩の後が見られるようになりつつあるようだが、テレビの影響が大きいと思う。話し合ってみると、お互いが自分の裁量内での話し合いができない。益々対話が減少してゆく気がするのだ。

 現在老境にある家内と私との間の、二人の対話は極端に少なくなるばかりだが、アメリカに住む長女がたまに帰ってくるのが、楽しみだ。若いだけあって、世界的な情報が入ってくるらしく、この話が現在大きな楽しみになっている。現在の情報時代にまさに適合していると思っている。

  平成21年6月11日               石 井 立 夫