西郷隆盛 ・ 坂本竜馬
人品骨柄卑しからず

 人品骨柄卑しからず(ジンピンコツガラ・イヤシカラズ)と読ませるが、四字熟語にある人としての品格、品性。人柄、品性人品も骨柄も同じ意味の語。『人品』は、六朝の沈約(しんしゃく)の文章に「人品庸陋(ようろう)(人柄が卑しい)という語が見える。下品な人物という意味だ。これには容貌(ようぼう)の良し悪あしも含んである。

 『骨柄』は、漢語ではなく日本語。もとは、からだの骨組み、からだつきの意。それが転化して、人柄の意味に用いられるようになったが、やはり外見もかかわっている。今は普通「人品骨柄卑しからず」と言うように、顔つきや外見から受ける上品な印象を表現する。

 全国漢文教育学会長;石川 忠久氏の解説;から引用。
この言葉は尊敬語であり、意味深いものがある。該当する人は多くいるが、例えば、現在私の尊敬する作家司馬遼太郎氏などが挙げられるのではないだろうか。また明治の初期の人を上げれば、坂本竜馬、勝海舟、西郷隆盛などが挙げられるのではないだろうか。

 最近の日本人の多くの傾向は、この言葉に相応しくない人が増えているような気がする。人のことを、とやかく言うお前はどうだと言われれば答えようがないが・・・・・・。
この言葉が使われていない、若い人は殆ど知らない言葉だろうが、要するにガラが悪い人が一部にはびこっている。これを忠告する人がいない、出来ない、怖いからだ。この現象が現在の日本を象徴している姿だと言いたい。

 視野を世界に向けて広げてみると、日本を代表する政治家は目を世界に向けて発信して、ものを言っているかというと、どうも物足りない感がする。発信するならば、人品骨柄をまず問われるだろう。諸外国の政治家はどうか・それを論じるだけの資格はないが、常に問われるのはまず題名の言葉なのだ。国内に目を向け、外国にも目を向ける時代なのだ。

 麻生総理は目下色々と非難されているが、まもなく下野されるらしい。私の目にはそうは思わないが、色々政治に関しては、問題があるようだ。政治家には無関心を決めているが、政治の流れは無関心ではいられない。例えば、麻生総理はダンデイーだし、英語もしゃべれるし、外交面では何とかこなしているように見えるが、それだけではだめらしい。

 題名の骨柄も非難される面はないように見えるが、多面性が要求される現在は簡単ではないようだ。しかし、完璧な人間は、そうそういないのだが、なるべくなら、日本を代表する人は題名の人柄が問われるのが必須条件にはなるだろう。

 現代に生きることはますます条件が厳しい時代になるだろう。老人の今更出る幕ではないが、後世に残る人が出てほしいのは、当然のことだが、ここで問題になるのは、やはり教育の問題が原点に帰することになるだろう。

  平成21年7月24日               石 井 立 夫