紙か電子か

 情報の伝え方について二人の有識者が語っていた。
偶然にも626日の朝、世界でも有名なエンタテイナーのマイクロ・ジャクソンが死亡したニュースが伝えられた。

 この速報性で、電子の情報がいかに早く伝えられるかを如実に知らしめたかを示した格好になった。現在はまさに情報時代であり、速報性が尊重される時代にあることは、世間の認めるところではある。しかし代表的な二人は有識者の情報の伝え方にそれぞれの意見があり有意義だと思い、オピニオンを読んでみることにした。

花田紀凱氏の意見;文芸春秋社;週刊文春編集長
電子媒体の時代だといわれているが;紙は終わりで、これからはwebの時代と言われて久しい。大手出版社でも優秀な人材を電子媒体担当として投入しているが、成果が上がったとは、一向に聞こえてこない。読書人口も昔からそんなに変わっていなのではないか。読む人は読んでいる。webや携帯電話で活字を読み始めただけだ。紙媒体がなくなってしまうとは思わない。ジャーナリズムの仕事は情報の分析・批評と発信速さや量などの発信力ではwebが格段に上だが、分析、批判を世間に問うに紙媒体の方がなじむ。コラムなどがweb上でいまだに成立っていないのもその一例だ。

 活字を読むなら紙媒体の方がいいか?{自分はアナログ人間だからね。紙の一番の良さはやはり手触りだ。ページを捲る感覚とマウスをクリックする感覚は、人間の感性として同じ行為ではない。読んだものが書棚にあるということに意味があるのではないか・・・・}

 『浅田次郎さんが『自分の著作もパソコンで書いたものは文章が荒れている』と言う。手書きだと頭の中で推敲をしながら書くが、パソコンだと手が先に動いてしまうからからだそうだ・・・・・・。

小林弘人氏の意見;インフォーバーン代表取締役 
 電子雑誌は新市場を生む
:電子のよさに早く着目した「webのよさは、調べ、仲間を募り、連絡し、物を買うなど自発的な次の行動への移行がスムースなことだ。ただ、私も紙の雑誌を刊行し、否定はしない。リアルな物体として本を大切にしたり、子供と読むのは文化を活性化する。紙と電子は根本から違う」

 新聞・出版界の展望は『雑誌は“紙の束”に価値があるのではない、読者が共通テーマに集い、コミニーテイが形成する。こうして培ってきたコミニユテイーが雑誌の最大の命だ。
そこに無自覚だとwebにとって代わられるだろう。読者は良くも悪くも実利を取る。

 web と相性が良いと分かるや、そちらへ行った。読者の志向とかけ離れたことが、この10年の雑誌の苦境を招いたと言える」「一方、書籍は独立した文脈を形成するメデイアで、紙のまま存在し得る。紙は希少資源だから、高騰して費用を負担できなくなるまで残るだろう。

 新聞は各国で議論がある。米国はニュウヨーク・タイムズが組織改革し、web も伸びたが、それでも事業を成立させ得るかは、不透明だ。各国とも今の規模では食えない。組織体インフラが巨大なまま次代へ突入するのは危険だ」

 電子媒体のプロ必要;次代とは「文字文化は何百年も写本でつないだ。活版印刷の誕生時、写本に慣れた人々は「印刷機が普及しない」と考えたようだ。しかし、本の複製は識字率を上げ、自分が読解すると言う態度を敷衍(フエン)させた。現代では、それが紙に印刷されるのではなく、電子媒体に記憶されるという時代ということだ。

 メデイアとは頭の中の考えを人に伝える媒介だ。これからも形をどんどん変えてゆくし、受け取り方も変わるだろう。」「電子媒体の良い点は少ない部数で刊行できることだ。どの書店にも同じ本が並ぶ社会に多様性があるとは思えない。私は米作家、バリー・ハナが好きだが訳書が少ない。

 webでは、ハナの最新情報が分かり、訳者の目に触れる。読者はWEBによって広い選択を得ているのだ。電子雑誌は、発売と同時に世界のどこでも読めて新市場を掘り起こす」電子媒体の課題は?「誰でも開設できるので玉石混交で、プロが育つ必要がある。web が健全で伝えるためにスキルの底上げが大事だ。

 紙媒体のプロは電子媒体を嘆いたり敵視せず、WEBの特性に目を向けつつ編集や裏付けに力を注ぐべきではないか。売れ筋のノウハウ本をまねて次々に刊行するのではなく、自分に感動をくれた本を編みたいという編集者の初心に立ち返ることが必要だ。良質な情報を提供する場としてweb の力を駆使したほうがいい」

 このテーマは現在無視する時代ではない、むしろ老若男女を問わず積極的に理解できないと、時代に取り残されることになりそうだ。何事にも対応できなければ生きて行けない時代になりそうだ。朝新聞を読みながら、片方ではE-メールを読む。このようなスタイルが一般的な生活スタイルだと思う。

  平成21年7月30日               石 井 立 夫