![]() |
|
偕 老 同 穴 |
|
偕老同穴;とは『詩経(王国、大車)』生きては共に老い、死しては同じ穴に葬られる意で、夫婦が仲むつまじく連れ添うこと、平治物語『-の契り深かりし入道にはおくれに老い死しては同じ穴に葬られる意で、夫婦が仲むつまじく連れ添うこと』平治物語『-の契り深かりし入道にはおくれ給ひぬ』この言葉をふと思い出し、我が夫婦も、いつしかこの言葉に触れたのだ。現在はもはや年金暮らしだが、毎日つましい生活を続けている。 |
|
以上の紹介の言葉を見る限り、平々凡々と人生を歩んできた感がするが、我が人生は平凡極まる者でも、それなりに紆余曲折があったのを、振り替えざるを得ない。出世もならず、財産も残せず、誠に切ない人生を歩んできたものだと、今更ながら痛感している次第だ。 |
|
しかし不思議なもので、何時しか時間を経て、その間年齢を重ね、この言葉が適用されるのかと最近老齢を迎え、夫婦ともに、八十台の人生を何時しか過ごして、これ無事に過ごしているのが、幸いかなと感じている最近の自分を改めて認識すると、これで良と思うことにした自分を発見するのだ。 |
|
結婚記念日には、家内に指摘されるまで、気がつかず、何時しか金婚式、銀婚式も過ぎ、まさに今思えば、実直に記念日に、指輪の一本も送ったことはないが、自慢しているのではない。要するに、だらし無い生活を何となく過ごして来ただけの過ぎし日の、現在若人の言うところの、愛情が足りないで、過ごしてきただけの話である。 |
|
戦争に参加させられて、貴重な青春時代を犠牲にしたものを、何となく取り戻したいという概念が何となく心の片隅にあるようだ。今更、時代が余りにも変わったので、老人の生き甲斐だけを求め、若人の立ち振る舞い、言動の余りにも異なる現状には着いてゆけない、もどかしさをいらいらしているだけのことだ。最後は健康で過ごすことが、最高という人生観を持ったのが、幸いだと思うことにした。 |
| 平成21年9月3日 石 井 立 夫 |