ケ シ の 花 畑

アフガン支援の懸念

 1118日産経新聞の記事からこの題名が注目された。
尊敬する曽野綾子さんのオピニオンで「アラブ社会」理解せずに行う危うさという副題がついていた。
彼女の意見をコピーして見たい。日本政府は支援策として今後、アフガンには5年間で50億ドルを拠出するという。

 それらの金はアフガン警察官の給与負担、元タリバン兵士の職業訓練などに使われるという。日本人はこうした部族が乱立した形をとる「国家」の実情に全く疎い、といわざるを得ない。

 アラブ社会で基本的に問題にされるのはもっと狭義の、部族どころではない、大家族の利益だという実態についても感覚がない。最近、こうした点について名著が出たローレンス・ライトの書いた「倒壊する巨塔アルカイダと「9・11」への道」(白水社)という本だ。治安維持に必要とされる警察を育てる意図は、とても日本のようにいかないだろう。今回の支援は8万人の
警察官の半数の給料を日本側が持つというものだそうだが、実際に8万人の警察官が
いるかどうか、どうして調べられるのか。こうした「数えられない数を対象にした支援」を私は信じないのである。

 「倒壊する巨塔」の著者は、「そもそもアラブ社会では、本名を使っているものはほとんどおらず、また相手に本名を尋ねることは不作法なことだと考えられている。こうした匿名の習慣のため、子供が父親の本名を知らないことさえままあった」

 家族関係を知らないと、誰が誰なのか個体識別ができない」とはっきり書いてある。
個体が識別できなくて、警察官の数が]どうして分かるのだ。とすれば、警察官の名簿も警察の機能もないに等しい。警察支援の金だけを考えてみても、その中のかなりの部分はまとまってどこかの誰かの懐に入るだろう。

曽 野 綾 子(右側)

 原則として「偉い人」が一番たくさんか、ほとんど全部をとるのだ。また警察官の意識についても日本とは全く違う。そもそもアラブ社会では、自分と同じ大家族に属する親戚は徹底して守るという習慣があり、決して外部の手で逮捕などさせない原則がある彼らが国家としての安全を考えて警察業務を行ったりしないことは、「アラブの格言」にある通りだ。

「正しくたって間違えたってどっちでもいいのだ。おまえの兄弟を支持しろ」「国籍という概念は、彼等にはほとんど意味をもたず」「彼らは国境など存在しない部族社会の住人だったのだ」「部族の行動規範とコーランの戒律だけが、個人の考えだけが、個人の考えと行動を縛っていた」それも文化の一つの形だったことを西欧社会はどうしても認めないのである

 以上が曽野綾子さんのオピニオンだった。
日本は貴重な外貨を使って後進国(開発途上国)を支援している。極端な危険はそうないことを願っているが、単なる支援ではなく、投資を考えないのか?この場合は人の派遣が伴う
若い頃、アフリカの開拓を夢みたことがあった。アメリカに次のようなものがあった。

 Vertical integration system 垂直統合システムというものだった。アフリカにこのシステムを利用して養鶏事業を開発しようと思った。当然のことだが、人間を派遣して10年計画で計画を実行するものだった。投資利益はその後に考えればよい。まず人間の派遣と技術指導を優先して考えた。

 結局夢の段階で終わったが、仄聞するところによれば、中国政府が既に進出して、農業関係も実行しているという。前述の貴重な外貨援助もよいが、なぜ投資を考えないのか、派遣に伴う人の問題になるだろうが、危険を伴う仕事に飛び込んで行く若者はいないのか、老人は余計なことを考えてしまう。

 せっかくのチャンスと考えて勇気を出し飛び出せといいたい。
すでに進出しているケースがあるかもしれないが、寡聞にして知らないこともあるかもしれないがその場合は許してもらいたい。

  平成21年11月26日               石 井 立 夫