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| Mississippi | ||
| 兵隊と女優 |
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昭和十七年兵隊になっていた。入隊して三週間ぐらい過ぎて班長がお前たちはそろそろシャバが恋しくなってきただろう。本日は学生時代を思い出し、何でも良いから歌でも唄って見たらどうかと言われた。 |
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幹部候補生要員として34人が入隊したが、まだまだ学生気分が抜けていない。 |
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日本人好みの美人女優だった。アメリカ映画は昭和十五年ぐらいまでは日本に輸入されていたのだ。題名は「Where the lazy river goes bye」彼女は新婚の夜、艀(ハシケ)のフナ板に旦那のジョエル・マクリー(Joel McCrea) に抱かれ、静かに歌いだした。 |
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船の後ろには、彼女の父親が、バンジョーでセントルイス・ブルースを弾いていた。 |
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それからの訓練のあり方は生半可ではない・徹底的に鍛錬され初年兵教育はどうやら終わった。第一次試験が終わり、私の成績は十七名の合格者の十七番だった。 |
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朝晩の区別なく、特に卒業演習では富士山裾野では寒さとの戦いと、二日三晩の徹夜での演習は現在でも忘れられない思い出だ。その上アメリカとの戦いで日本軍はいよいよ不利になり、対ア号作戦教育のため、一ヶ月の延長教育になった。毎日フラフラになりながらどうやら卒業できた。 |
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原隊に帰りはしたが、連隊本部では十七名の卒業生はいらない。やがて七名ぐらいが本部に残ることが出来た。幸いなるかな私は残ったのだ。運命というものは分からないものだ。 |
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| Joel McCrea(左側) |
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毎日師団司令部から秘密の暗 号が入るのだから私の立場はますます貴重な存在になったのだ。やがて終戦となり、軍隊は解散したが、個々に故郷に帰ったが、その後の苦労は人並みだったと思う。私は縁があってアメリカ・ニューオリンズ市を訪れたことがある。 |
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すぐそばに揺蕩う(タュタフ)大きな流れのミシシイピー河が流れていた。 |
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単純な話だが、誰でも忘れられない歌を誰でも持っているのではないだろうか。それが老いて尚そっと思い出の歌を唄うことが秘かにあるのかも知れない。 |
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「 Where the lazy river goes bye 」 |
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以上が歌の内容だが、間違っているスペルが有るかもしれないが |
| 平成21年12月10日 石 井 立 夫 |