成人の日に思う
この日を迎うるに際し若者は改めて自己の社会への責務を問うことになるだろう。 昔日の我々には徴兵検査があった。満20才になると必然的にこの検査があったのだ。 夏目漱石の小説、それから「其子が徴兵で急に国へ帰らなければなくなったが」とあるが、すでにその当時からあった成人の日だった。
すでにその当時からあった成人の日だった。兵役は国民の義務だった時代は、終戦の日まで続いたが、かなり古い時代から日本人の義務だったようだ。私も戦時中だったので、卒業を短縮され、半年前の昭和17年10月1日に入営をした。
東部4部隊へ入隊せよ;との命令書がきたが、住所が判明しないので、事前に場所を確かめるため連隊を調べた覚えがある。場所は高田の馬場だった。門前で三角の旗を持った兵士が立っていた。その場を確かめ、指定の日に入隊した。近衛騎兵連隊だった。そのときは何も知らなかったが、後刻大変な名誉ある連隊であると連隊長が説明した。
父が入隊の私服を持ち帰ると同時に連隊長の話を聞いていて、大変名誉な連隊にはいったものだが、我が家はそのような名誉ある家系ではないのに・・・・と笑っていた。 さて乗馬連隊なので、翌日から朝は6時にラッパの音で起こされ新兵さんの生活が始まったのだ。
学生時代から乗馬の経験を持ったものが半数いて、彼らは軍隊の要領が分かっていたが、私は何がなんだかさっぱり理解できなかった。幸い幹部候補生に合格をしたが、最後まで軍隊の要領は理解できなかった。
当時は幹部候補生になれるかどうかが、青年の一応の目安だったのである。 現代は誠に結構な平和が続き、若い人たちは老人にはうらやましい時代に見える。 例えば女性は白い襟巻きを制服のように着こなし、この日のために用意したのだろうが、普段はこの襟巻きをしている人は見かけない。
箪笥に入れ、勿体ない投資に見えるのだが、これは老いたる人には勿体ないとしかうつらないのだが・・・・・・・。男性の場合、本来おとなしい青年がこの日だけは、何かを主張しないと・・・と思うのだろう、親から貰った着物羽織の姿で一応主張する姿が見えた。
滑稽な姿だが、頭は今風に赤い色に染めて、一応酒を飲むことが許される年代だが、壇上に上がり格好をつけて怒鳴っていた姿を見かけたが、滑稽としか見えなかった。 その昔は元服が行われたが、これは現在に通じないが十五歳になると儀式があり、大々的に行われたらしい。
現在の日本社会、「大人になれない成人」「自立できない大人」があふれているように見える。政治の世界にまで及んでいるように見えるのだが・・・・・・。 一般企業の新人社員やプロ野球の育成選手なら当然のことに訓練するのだろうが、政治家は選挙で選らばれて、志を胸に国会に出てきているし、年間の報酬や秘書給与などを含め、一人に数千万円の国費が支払わられている。
それが、チルドレン、などと言われているが、一人前の仕事ができるのか心配だ。 産経新聞の成人の日に当たるトップの記事に、論説委員の皿木喜久氏が「いまだ元服せぬ人々」という題名で論説を書いていたが、まさに元服できない人々の例を挙げて書いていたが一部を借用して成人の日のことを書いてみた。
戦争を経験した時代の老人と平和な時代を無為に過ごしている若い人々を比較してみて、これで良いのかやや心配して意見を書いてみた次第だ。