|
当時は別に中国とか上海とかの意識はなく、中国人との差別は感じなかった。
しかし中国人にとっては、これ以上の屈辱感はなかったであろう。社宅は高い塀で囲まれており、出入りは日本人と海軍の陸戦隊しか認められなかった。父はカネボウに勤めていて、毎日社宅から歩いて通勤していた。別にそれが当たり前の感覚と記憶していたのである。そこで十八歳になるまで育ったのである。違和感は全くなかった。記憶による記事を書いてみたい。中華人民共和国が19⒋⒐年10月に成立したが、それ以前の歴史を書いたものである。
①昭和六年上海事変があった。陸戦隊が白鉢巻姿でドイツ製のオートバイ(バックまで可能な車)で戦う姿を思い出す。
当時は現在のような防弾ヘルメットは無かったのだ。理由は分からないが、子供心に勇ましいという印象だった。
|